人生アラカルト

どうせ過ごすなら楽しくね。

ホテルに返金してもらいに行くの?

2013-10-31 18:56:53 | 不思議な話

「違う食材やなんて、なめとんか」

怒りの収まらない客たちが、ホテルに料金の返還を求め

ているんやそうな。これまでも、8年も払い続けたホテルも

あったというから、食い物の恨みは恐ろしい。

昨日、京都駅のホテル喫茶に行ったが、人の多さに少し

驚いた。ホテルのコーヒーは高いがうまいと思う。

コーヒ一杯で1時間半いた。

京都駅で友人と心ゆくまでしゃべってのお値段。高くない。

近所に席にいたおばさんたちグループも長居のくちが多

かった。

普通の喫茶店と違う。やっぱり****ホテルのコーヒー

やと思う。

食べ物は違うのかなあ。

「あの肉違うたんやて。腹立つな。お金返してもらう」

それでわざわざ、ホテルまで行くか。

 

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親父が厳しすぎると、子供は

2013-10-29 20:59:34 | 判断は勝手

反感をもつだろうな。

みのもんた氏のテレビ会見を見ていて、あれっと思ったのは

ご子息を甘やかして育てただろう、と思った。

ところが、氏は子供に厳しく当たったと言っていた。

親父が厳しく子供に当たると、子供は逃げようとする。

悪いことがばれないよう子供は親父に恐れおののく。 

世の中で一番恐ろしい存在が親父。親父にばれなければ

いい。親父が恐ろしい。

でも、折檻を受けた子供は忘れないよ。たたかれた痛みを。

一生涯覚えている。自分が何をしたかよりも、親父の手の

平を覚えている。そして、気の弱い子供は困ったことが起

きるとまず、逃げようとする。

 

 

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医者に殺されるな、と近藤先生

2013-10-29 19:50:26 | がん治療

近藤誠先生の「患者よ、がんと闘うな」が出たのは1997年。

沢山の医者を敵に回すような題名の本はたちまち11版まで

刷り上げた。私も買った。

近藤先生は乳房温存療法のパイオニアとして知られ、また

は抗がん剤の毒性を訴え続け、2012年なんとに菊池寛賞

を受賞した。

なんと、と思わずもらしたわけは「そんなことまで言い切ってよ

いの?」 と驚きに満ちた内容だからだ。

「医者に殺されない47の心得」に至っては23刷、100万部

を超えいまもばりばり売れている。

私自身20年前に初めての胃がんを手術しているから、「がん

と闘うな」は大いに参考になった。なかで、〈抗がん剤は効か

ない〉との説明には大変驚いたが、実際にそうかもと思った。

言葉として、注目を集めたのは、《がんもどき》という偽のがん

の指摘。本当のがんは転移しているのだという。 だから、手

術や抗がん剤治療は無意味なんだとか。

私は2年半前に内視鏡による手術で、食道がんと胃がんを取

り除いてもらっているので、近藤先生のいうことを、鵜呑みに

している訳でない。ただし、術後2年半しか経っていないので、

手術がうまくいったかどうかは結論をだすには早いのだろうか。

私が影響を受けたことは血圧問題だ。

フィンランドで、75歳から85歳までの「高圧剤を飲まない」人

達の調査で最高血圧が180以上の生存率が最も高かった。

140を切った人たちの生存率が低かった、という説明には

我が国の療法と随分違っているので、ぐらついた。

しかし、いまはお医者さんのいう通り、薬で血圧を下げている。

「47の心得」は228ページで、あっと言う間に読み切れる。

 

 

 

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明日、金沢へ行きます

2013-10-25 20:51:55 | 日本海

明日金沢へ行く予定だけど、台風はどうなったんでしょう。で

かいやつがまだ、海の上をうろうろしてるようだけど。

自然は自然まかせ、数日前からあたふたしても始まらないが、

jrの北陸線はよくストップするのです。湖西線は、ちょっと風が

吹いても、運転中止にする。強風ではないが、前に兄弟たち

が京都で足止めくった原因が、小松で人身事故だっていうの。

京都から石川県の小松までどれだけ離れていると思う?200

キロは楽にあると思う。そんなところで起こった事故のため全部

だめになるって、足腰がよわいねえ。

再来年に北陸新幹線が来るって、地元は宣伝しているみた

いだけど、新幹線もいいけど在来線をしっかり運用してや、い

うたらいいのに。

 

明日は金沢大学社会学究室の同窓会が金沢のホテルであ

ります。かなり前に亡くなられた恩師がコーヒーを好まれたので

いつも、お墓がある野田山で「コーヒーゼミ」をするんだ。

私が1巻お経を読むことになっている。

台風はもういらん。できたら、晴れてくれ。

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なにもない道路上での卒業式

2013-10-19 20:52:51 | 行ってみて

石巻で、震災の記録書ともいうべき新刊書を購入した。

うち1冊が三陸河北新報社発行の「津波からの生還」

であった。図書は石巻地方へ発行する日刊紙「石巻か

ほく」に「私の3・11」のタイトルで連載されたものを編

集したものだった。

 

いくつもある《体験》のなかで、「児童に山へ登れと叫

ぶ」を紹介しよう。

相川湾に面する相川小学校校では、津波が起こっ

た時の避難行動は、昔から高台のお宮さんに児童たち

避難させるように決まっていた。地震発生後、校長の片

倉誠之助先生は、子供たちをお宮さんへ逃がしたが、

津波は想像を超えるものだった。「山へ登れ!!」 と

片倉校長は叫んだ。必死に山を登る子供たち。

震災の5日後、10人の卒業式を行う。その時の状況は

次だった。

 

「卒業式は学校近くの道路で行われた。卒業証書はあ

 りませんでしたが、『卒業、おめでとう!』 お祝いの言

 葉を贈りました。涙を流す子どもたち。教師たちは声を

 振り絞り、校歌を歌いました。横断幕も、花もない殺風景な式典

でしたが、涙、涙の感動の卒業式になりました」

 

その光景が見えるようではないか。

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お金のことにうるさい大阪人

2013-10-18 08:10:16 | 判断は勝手

あるところで、文科省へ行って大臣表彰を受け

たと報告したら、旅費は出たんか、ホテル代は

どうした、と質問責めの人。

「そんなもん、出るかいな」というと。

「日帰りで3万はかかっとる」 と計算してる。

表彰の内容を聞かずに、ゼニのことばっかり。

聞かずとも分る。

あんた、大阪人やろ。

 

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門だけが残る屋敷跡

2013-10-17 23:08:17 | 行ってみて

石巻市の幹線道路にも交通渋滞が起こる。ホテルから津波があ

ったところへ行こうと幹線道路を走ったらノロノロ状態。え? 

津波が街を襲った時もそうだった。逃げる車へ津波が襲った。

怖かっただろうな。

幹線道路から離れると門だけが残る空き地があちこちに残っている。

コスモスが屋敷跡を飾る。

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同じ団地のテニスクラブが母体

2013-10-16 19:26:40 | ソフトテニス

今度、文部科学大臣から表彰を受けた「伏見ソフトテニス(FST)」は、

私が住んでいるマンションが母体であることに気付いた。

35年前に遡る。私が転勤先の金沢から大阪本社に戻ると、マンショ

ンの住民たちが向かいの龍谷大学のテニスコートでソフトテニスをし

ていた。マンションからコートが丸見えだった。

「なんだ、これは」

聞くと大学のある教授が好意でテニスを指導しているのだという。

早速、加えてもらった。テニスをしていたのは、12人以上だったと

思う。テニス経験者もいたが、多くは初心者であった。

この住民たちが独立して「DF」というクラブをつくった。「DF」は

「伏見ソフトテニス」の母体でもある。

マンションのグループが生涯スポーツの国の優良団体まで登って

いったわけだ。

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レンタサイクルで日日新聞社へ

2013-10-15 22:03:10 | 行ってみて

市役所を訪ねたものの、一観光客を相手にしている時間も

ない雰囲気にすぐ退散。

隣接の駐車場に車を置くと、レンタカー屋へ行って自転車

を借りた。地図を頼りに向かったのは石巻日日新聞社だ。

津波被害を受けていち早く壁新聞を手書きでニュースを報道

し続けたことで有名だ。

印刷不能になっても、記者たちは取材を欠かすことなく、ついに

壁新聞を張って市民にニュースを届けた。壁新聞を続けた取材態勢に

対してマスコミだけでなく、日本国中から称賛称賛が集まった。

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丘陵地があって海が見えなくて

2013-10-15 20:47:41 | 行ってみて

石巻に限らず津波の跡をたどるには「足」をどうするかが

問題となろう。私は石巻市に着くとすぐ、レンタカーを借りた。

正解だった。女川や大川小学校など石巻から離れると、そ

こまでどうして行くかが最大の問題になるからだ。

ところが石巻市は小都市とえども、かなりな広さ。そして、海

と市の中心地の間には日和山という丘陵地がある。

石巻滞在二日目、私は市役所へ行った。市役所はjrの駅近くにあり、

市役所へ行けば、なにか資料を得られるであろう、と思った。

甘かった。

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