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「包む」 あとがき 幸田 文

2015年06月28日 01時03分05秒 | 文章読本(作法)
 「包む」 現代日本のエッセイ 幸田 文  講談社文芸文庫 1994年

 あとがき

 何をお包みいたしましょう、という云いかたは、いまではほとんど聞かれなくなってしまった。私は子供のころそれをお菓子屋さんでよく聞いた。小学校も三四年になるとお使いがおもしろくなって、頼んでもさせてもらう。母はお使いに行くさきを択んでさせてくれた。へたにお使いをさせて愚劣なことばかりおぼえては困るというのだろう。それで比較的品のいいお菓子屋のお使いなどをした。店さきには鹿の子餅、しぐれ、松の雪、きんつばなど、とりどりにならんで、どれにしようかときめわずらっていると、そこのおかみさんが出て来る。奥と店との境にさげた紺暖簾から、日本髪の鬢(びん)を少しかしげ、襷(たすき)へ片手をかけて、「いらっしゃいまし」とそこへ膝を折る。子供へもそう丁寧なのだ。私はうろうろと見ている。「何をお包みいたしましょう」と云われると、なんとなく安心する。それは、ゆっくりと見ていらしていいのですよと云われたようでおちつくのである。「きょうはお天気がよろしゅうございますから桜餅のような匂いのたつものはいかがで。」そう云われると桜餅のいい匂いが、いまもうこの口もとにあるような気がして、まずそれがきまった。一ト品きまるとあとのとりあわせは楽で、おかみさんは経木(きょうぎ)を濡布巾できゅっと拭くと手早く盛りこみ、白いかけ紙でふわっとくるんでくれる。それを風呂敷へ入れて、潰さないようにと両方の掌をひろげて捧げたように帰って来れば、ここにほんとにいいものを大切に包んで持っているという気がして嬉しかった。
 私には「何をお包みいたしましょう」は、おいしいものに直結していた。そのころは果物屋も煮豆屋もさかな屋も八百屋もそう云ったものだそうだ。いまは土・日のデパートのお菓子売り場などでは、買い手を多くて売り子が少いから、お客のほうで「これいくらいくら頂戴」と競っている始末だし、日によって売り場のすいているときは、買おうと択んでいるケースの向こう側へ売り子がすっと寄って来て、ただ黙って立っている。そうされると、お客は早くきめなければいけないような急いだ気にさせられて味気なくおもう。だから買ったあともそれを手堤に押しこむと、なにか々(そうそう)と立ち去りたい妙な足どりになる。いいものを包んで大切にかかえている嬉しさなどはない。ものがたべものなのである。幾何(いくばく)かの金を味にかえて、そこにほんのりしたものがなければつまらない。「何をお包みいたしましょう」には明治から大正へのゆるやかな時代があらわされているが、いまの、すっと寄って来て黙って立っている式や、「何あげますう?」には、昭和三十年代のよさは表現されていないとおもう。悠長な云いかたをいまもしてもらいたいというのではないけれど、子供ごころにも侵み入るようなことばの味はなつかしい。「包む」には庇(かば)う心がある。
 別に私が、いいもの、おいしいものを包んで持っているつもりからの題ではない。包むに包みきれずあらわれてしまうのが書くということだ。包みかねるのが文章で、包みたいのがわが心ではないかとおもう。包みたい節がたくさんあるからこその「包む」であり、逆に何を包まんわが思いなどと、いったん包んだ心をほどいて見せるようなへんてこなこともしたくなるのである。包んでもほどいても、作文はすでに書くひとの底をみせているものだとおもう。
 私は子供のときに聞いたあのおかみさんの「何をお包みいたしましょう」がなつかしいばかりに、包みきれない作文の題にした。

 この随筆集は作者が五十代はじめの1956年(昭和31年)に出版された。

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