※以下、原水禁のHPより転載。
2011年3月11日、岩手、宮城、福島を中心とする東日本一帯を襲った巨大地震は、多くの命と生活基盤を根こそぎ奪い取る未曾有の被害をもたらしました。震災で犠牲になられたかたがたにあらためて哀悼の意を表します。
この震災によって太平洋岸に点在する原子力発電所も地震と津波によって多くの被害を受けました。特に福島第一原発の事故は、電源喪失、メルトダウン、水素爆発などを通して莫大な放射性物質を東日本全体にばらまきました。特に福島第一原発の地元である福島県民の生活環境や農畜産物などを広範囲に汚染しました。そしていまも事故は収束に至っていません。収束に向けた取り組みは長期にわたるものと推測され、その間さらに多くの甚大な被害が拡大されようとしています。私たちは一日も早い事態の収束を求め、東京電力・政府関係者のさらなる努力を強く要請します。
私たちは、これまで地震や津波の被害が常に予想される日本における原子力発電所の立地の危険性を強く訴えてきました。しかし日本の原子力発電所は安全であるとして、政府・東京電力は一顧だにしてきませんでした。経済成長政策万能の考え方から経済効率を優先し、安全性をないがしろにしてきた責任は重大です。脱原発の運動に取り組んできた私たちは、今回の事態をふせげなかったことに、強い責任と憤りを感じざるを得ません。
今必要なことは、放射能汚染の実態や事故原発の現状に関するきちんとした情報公開、避難を強いられている方々の生活保障、地表からの放射性物質の除去そしてヒバクを最小限に抑える施策などに私たちは全力を挙げて取り組んでいくことを誓います。
福島第一原発事故は、チェルノブイリ原発事故と並ぶ原発史上最大級の事故となりました。ヒロシマ・ナガサキから66年、チェルノブイリ原発事故から25年、私たちはこのフクシマから立ち上がらねばなりません。放射能被害の下で「健康」や「生活」への不安、差別と偏見を断ち切らねばなりません。これまで私たちは「核と人類は共存できない」として、核兵器廃絶とヒバクシャ支援、脱原発の運動を進めてきました。今、あらためてその運動の質が問われています。「フクシマ」の現実とどう向き合っていくのかが、私たちの大きな課題です。「フクシマ」をスタートとする運動の構築を模索していきます。
今年の被爆66周年原水爆禁止世界大会は、ここ福島大会を皮切りに、広島大会・長崎大会そして沖縄大会と続けていきます。原発も基地も戦争も、合意なき「国策」として、私たち一人ひとりの「命」を軽んじてきたのです。もうこれ以上「命」が粗末にされてはなりません。豊かな自然とすこやかな「命」を守るためにここ福島から声を上げ、大きな行動に結び付けていきましよう。 私たちは「核」に負けてはいけません。故森滝一郎原水禁初代議長の「人類は生きねばなりません」の言葉をもう一度噛み締めましょう。
2011年7月31日
被爆66周年原水爆禁止世界大会・福島大会
http://www.peace-forum.com/gensuikin/seimei/110731_66taikai2.html
(参考記事)
●脱原発を世界にアピール 福島で初の原水禁大会(河北新報)
「脱原発」をテーマにした原水爆禁止世界大会が31日、福島市のホテルで開かれた。大会は例年、広島、長崎両市で原爆の日に合わせて開かれてきたが、福島第1原発事故を受け、福島市で初めて開催された。
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などの主催。国内外から約850人が参加し、「豊かな自然と健やかな命を守るためにフクシマから声を上げよう」とするアピールを採択した。
原水禁の川野浩一議長は「この66年間の活動で核兵器は廃絶への道を歩んできたが、福島で原発事故を招いてしまった。しかし、この事故を最後にしよう。『ノーモア・フクシマ』と叫ぼう」と呼び掛けた。
長崎県平和運動センター被ばく者連絡協議会の奥村英二事務局長、ビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」の元乗組員大石又七さん(77)、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故で被災したアントン・ブドビチェンコさん(34)が、それぞれの体験を発表。「再びヒバクシャをつくるな」とメッセージを発信した。
大会に先立ち、福島県平和フォーラムは「原発のない福島を求める県民集会」を市中心部で開いた。子どもを県外に避難させている郡山市の女性会社員(49)らが、事故の早期収束などを訴えた。
約1700人の参加者は「福島に原発はいらない」「すべての被害を補償しろ」とシュプレヒコールを上げながら、街頭をデモ行進した。伊達市の幼稚園教諭伊藤美恵子さん(53)は「子どもを守りたいという一心で、デモに初めて参加した。福島で大会が始まった意義は大きい」と語った。
大会は8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日に合わせて両市に移り、11日には沖縄で集会が開かれる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110801-00000008-khks-l07
2011年3月11日、岩手、宮城、福島を中心とする東日本一帯を襲った巨大地震は、多くの命と生活基盤を根こそぎ奪い取る未曾有の被害をもたらしました。震災で犠牲になられたかたがたにあらためて哀悼の意を表します。
この震災によって太平洋岸に点在する原子力発電所も地震と津波によって多くの被害を受けました。特に福島第一原発の事故は、電源喪失、メルトダウン、水素爆発などを通して莫大な放射性物質を東日本全体にばらまきました。特に福島第一原発の地元である福島県民の生活環境や農畜産物などを広範囲に汚染しました。そしていまも事故は収束に至っていません。収束に向けた取り組みは長期にわたるものと推測され、その間さらに多くの甚大な被害が拡大されようとしています。私たちは一日も早い事態の収束を求め、東京電力・政府関係者のさらなる努力を強く要請します。
私たちは、これまで地震や津波の被害が常に予想される日本における原子力発電所の立地の危険性を強く訴えてきました。しかし日本の原子力発電所は安全であるとして、政府・東京電力は一顧だにしてきませんでした。経済成長政策万能の考え方から経済効率を優先し、安全性をないがしろにしてきた責任は重大です。脱原発の運動に取り組んできた私たちは、今回の事態をふせげなかったことに、強い責任と憤りを感じざるを得ません。
今必要なことは、放射能汚染の実態や事故原発の現状に関するきちんとした情報公開、避難を強いられている方々の生活保障、地表からの放射性物質の除去そしてヒバクを最小限に抑える施策などに私たちは全力を挙げて取り組んでいくことを誓います。
福島第一原発事故は、チェルノブイリ原発事故と並ぶ原発史上最大級の事故となりました。ヒロシマ・ナガサキから66年、チェルノブイリ原発事故から25年、私たちはこのフクシマから立ち上がらねばなりません。放射能被害の下で「健康」や「生活」への不安、差別と偏見を断ち切らねばなりません。これまで私たちは「核と人類は共存できない」として、核兵器廃絶とヒバクシャ支援、脱原発の運動を進めてきました。今、あらためてその運動の質が問われています。「フクシマ」の現実とどう向き合っていくのかが、私たちの大きな課題です。「フクシマ」をスタートとする運動の構築を模索していきます。
今年の被爆66周年原水爆禁止世界大会は、ここ福島大会を皮切りに、広島大会・長崎大会そして沖縄大会と続けていきます。原発も基地も戦争も、合意なき「国策」として、私たち一人ひとりの「命」を軽んじてきたのです。もうこれ以上「命」が粗末にされてはなりません。豊かな自然とすこやかな「命」を守るためにここ福島から声を上げ、大きな行動に結び付けていきましよう。 私たちは「核」に負けてはいけません。故森滝一郎原水禁初代議長の「人類は生きねばなりません」の言葉をもう一度噛み締めましょう。
2011年7月31日
被爆66周年原水爆禁止世界大会・福島大会
http://www.peace-forum.com/gensuikin/seimei/110731_66taikai2.html
(参考記事)
●脱原発を世界にアピール 福島で初の原水禁大会(河北新報)
「脱原発」をテーマにした原水爆禁止世界大会が31日、福島市のホテルで開かれた。大会は例年、広島、長崎両市で原爆の日に合わせて開かれてきたが、福島第1原発事故を受け、福島市で初めて開催された。
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などの主催。国内外から約850人が参加し、「豊かな自然と健やかな命を守るためにフクシマから声を上げよう」とするアピールを採択した。
原水禁の川野浩一議長は「この66年間の活動で核兵器は廃絶への道を歩んできたが、福島で原発事故を招いてしまった。しかし、この事故を最後にしよう。『ノーモア・フクシマ』と叫ぼう」と呼び掛けた。
長崎県平和運動センター被ばく者連絡協議会の奥村英二事務局長、ビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」の元乗組員大石又七さん(77)、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故で被災したアントン・ブドビチェンコさん(34)が、それぞれの体験を発表。「再びヒバクシャをつくるな」とメッセージを発信した。
大会に先立ち、福島県平和フォーラムは「原発のない福島を求める県民集会」を市中心部で開いた。子どもを県外に避難させている郡山市の女性会社員(49)らが、事故の早期収束などを訴えた。
約1700人の参加者は「福島に原発はいらない」「すべての被害を補償しろ」とシュプレヒコールを上げながら、街頭をデモ行進した。伊達市の幼稚園教諭伊藤美恵子さん(53)は「子どもを守りたいという一心で、デモに初めて参加した。福島で大会が始まった意義は大きい」と語った。
大会は8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日に合わせて両市に移り、11日には沖縄で集会が開かれる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110801-00000008-khks-l07