今日も髪はクルックル

コーヒーロースターの毎日です。

大人が大人にならないから子どもたちは迷うのかもしれない。

2017-02-25 08:39:12 | Weblog
幼稚である、わたくし。
今年の7月に48歳になるとは思えないくらい幼稚だ。
私が子どものころ48歳の人は立派に大人だったように見えた。
中身はしらないが、外見や嗜好は大人であろうとしていた。
オザケン聴いてる場合じゃない、演歌を聴いている歳なのだ。
そんなの個人の自由じゃん、って言えばそうなのだけれど、
最近そういう物言いにとても居心地の悪さを感じるようになった。
何をしても選んでも自由、そう自由なんだけど、ね。

順番だと思う。
自分の番が来たらすみやかに退席するのが大人だ。
そうしないと順番が回ってきた子どもが訪れたとき、空席を見つけられず困る(席を自分でつくればいいじゃんて
いう人もいるかもしれないが)または、じゃあここでいてもいいんだって大人にならなきゃいけない年齢なのに
子どもの場所で留まってしまうかもしれない。
順番は必要だ。
何度目かの「楢山節考」を読んだ。
そしてまた、大人にならなきゃいけないと強く思ったのだ。

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