25日、愛知県発表の県内コロナ感染確認数は177人。名古屋が79人、豊橋が4人、岡崎が2人、豊田が5人、他市町村が87人である。これで累計は9213人。また、死者は岡崎で1人が報告されて、累計は111人となった。NHK午後5時半現在の発表では全国の感染確認合計は1424人と出ている。
壁のカレンダーを見ると、11月15日は旧暦の十月一日だった。十月の古い呼び名は「神無月」と書いてかんなづき。この月については、数ある語源説の中で一番ポピュラーなのが、平安の歌人藤原清輔が奥義抄に書いた「この月は出雲大社に神々が集まってしまうので、村の社がからっぽになる。だから神のいない月だ」と解する説だというのは「ことばの歳時記」の金田一春彦先生である。
今日の中日夕刊には「神在月、密避けてお迎え」という出雲市発のニュースが載っている。全国から八百万の神々を迎える出雲大社では、旧暦十月十日の昨夜、恒例の「神迎神事」を稲佐の浜で挙行したというもの。この月、出雲だけは神様ばかりになるから「神在月」と書いてかみありづきと呼ぶのだ。
大国主命と天照大神の使者たちが国譲りの交渉をおこなったとされる稲佐の浜で神官たちの神事が終われば、大勢の参列者たちは大社までの「神迎の道」を歩くというのが例年の約束事なのだが、今年はコロナ対策で一般の参列は中止だ。密集を避けようと神官たちはバス移動だったという。
金田一先生の「ことばの歳時記」には、こんな説も紹介されている。音楽学者の田辺尚雄によると、雅楽では12ある音階を「十二律」と呼び、それぞれを十二の月に配したが、その十月にあたるのが「上無」(かみむ)という音。「上無の月」といったのを「神無月」と書くようになったのだろうという。
金田一先生はこの田辺説にいちばん心を惹かれると書いている。ポピュラーに過ぎる清輔説には与したくないという国語学者の心理、わからんでもない。
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