5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2021年版です。

炎天下

2018-08-11 21:49:02 | くらし

坪内稔典の「季語集」はこのブログにもよく引用させてもらっているため、季語の残りが少なくなった。夏の頁をペラペラやっているとなんと「炎天」という季語のエピソードについては未だ引用していない。猛暑の今年こそ「炎天」を最初に思い浮かべねばいけないはずが、うっかりしたこと。これも疑似熱中症だと誰かに哂われるかもしれない。

「生きてゐてがらんどうなり炎天下」

比較的新しい中村苑子のこの句を詠むだけでそのとおりだと言いたくなる。1993年の作品だとあるから、この夏も暑かったのかとWIKIを読んでみると、91年のピナツボ山の噴火が原因で発生したという記録的な冷夏で、平年より2~3度下回った。おかげで米が不作となり「平成の米騒動」と呼ばれる米不足となったとある。

真夏の日中、まるで燃えるような空が炎天である。坪内先生は自分の高校時代のエピソードを披露する。

「その日、ガールフレンドの家を訪ねるA君の介添えとして私たちは炎天の道を歩いていた。私とB君は紐でくくった大きな西瓜を提げていた。その西瓜はA君の家でとれたとびきり大きなものだった。目的のガールフレンドの家に近づいたとき、何かの拍子で西瓜を道に落としてしまった。『お前たちは、、、』と絶句したA君。落としたのは故意でも悪意でもなかったのだが、結局、路上に散った赤い西瓜のように、A君の恋も散ってしまった」

西瓜を運ぶ際にはあり得る事故だが、ここは少し坪内先生の作為を感じないでもない。中村苑子の「がらんどう」とは、炎天下に呆然と立ち尽くした三人の高校生の気持ちの中を表しているかもしれない。

「炎天に山あり山の名をしらず」

坪内先生はこの自作の句を最後に加えているが、これも、がらんどうの心で見上げた炎天の先に、かげろうに揺れそうな山が見えたという関連作だと思うと、ちょっと可笑しい。三人は割れた西瓜の欠片を頬張っただろうか。

今日の名古屋地方は26日目の猛暑日。炎天下にはもうすっかり慣れてしまった。



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