島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

奈留島百人一首46

2013-09-05 | 奈留島百人一首
  
 46. 由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ
            ゆくへも知らぬ 恋の道かな

                           曾禰好忠(ソネノヨシタダ)(平安時代中期)
 「潮の流れの速い由良の海峡を渡る船頭が、船の舵をなくしたので、舟はどこへ行くのやら、そのように私の恋の行方もどうなるか不安です。」
 私の母の実家が丹後なのでか、この「由良」は丹後の由良川の河口のことだと思い込んでいましたが、和歌山と淡路島の間の由良瀬戸とする説もあることを、今回知りました。
丹後の由良川の河口は広いですが、そんなに流れが速いとは見えませんものね。
  
 46. 奈留の門を 渡る万葉 かぢをきり
            ゆくては遙か 日本本土かな

             の門を・渡る・かぢを・ゆく・かな  13字 同じ
 奈留島から直接乗り換えなしに長崎港まで行くのは、毎日1便・12時35分に奈留港を出る、九州商船のフェリー「万葉」か「椿」だけです。
 京都へ帰る時、飛行機嫌いの私は、これを利用することが多いです。
  
 奈留島を出航したフェリー万葉は、すぐに奈留島と前島の間の狭い海峡を通り過ぎて、長崎までに寄る奈良尾の港をめざします。
 写真右が前島、左手が奈留島の奈留神鼻で、その間200mないと思われますし、遙か上空を前島への電線が通っています。
 高度成長期に、この間に橋を架ける話もあったことは、遠い昔の夢物語に終わりました。
 それでもここを通り過ぎる時は、奈留島を離れると意識しますので、この歌は丁度そんな気持ちにピッタリの出来ばえになりました。
 この後、舵を左に切って船は進みます。

     返事

大雪男さん:50番まで、一気に行ってみます。
花水木さん:尹が「い」の検索で出てくれたので、なんとか書けました。
     旦那さん也尹(ヤイ)or尹也(イヤ)なんて名ではないですわね。
喜珍さん:宮の森の田んぼは採算取れなかったのでしょうか?
さんまさん:ありがとうございます。
     貴公のブログで、いろんな小物を見るだけで楽しく満足しています。
コメント (2)
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奈留島百人一首45

2013-09-02 | 奈留島百人一首

 45. あはれとも いふべき人は 思ほえで
             身のいたづらに なりにべきかな

                               謙徳公(924~972)
 謙徳公は太政大臣藤原伊尹(コレタダ)のおくり名です。
26番の作者貞信公(藤原忠平)は祖父にあたり、このあと50番作者の藤原義孝は息子です。
 伊尹(コレタダ)・伊周(コレチカ)・師尹(モロタダ)などは、私が50年以上にわたり、何回も読み方を憶えては忘れてしまった、腹立たしい名前です。
 「気の毒だと思ってくれる人もいないから、恋こがれながら死んでいくに違いない」
この歌、古文素人の私には、納得して訳せませんでした、したがって、なかなか憶えられず、すぐ忘れてしまう一首です。
 
 45. あれはなに たずねた人は 旅行者で
             落ちそで落ちぬ 烏帽子岩かな

                  あ・れ・人は・で・かな   8字 同じ
 鈴ノ浦の海岸や、福江に向かう船からも見える烏帽子岩。
サザンオールスターの歌でおなじみの湘南海岸の烏帽子岩ほど有名ではないし、奈留島の人も知らない人が多いですが、まあ奈留島の名所です。
  
 昔、浦の青年達がこの岩を引き落とそうと、綱をかけて舟で引っ張り始めると、どこからともなく「泊が火事だ」の声が聞こえてきたので、引くのを止めて駆けつけるも何もなかったそうです。
これは烏帽子岩の精の仕業だと思い、もう引き落とすのをやめ、その後はどんな風や波でも岩は落ちず、現在もそこにこうして残ったのです。
 最初の「あ」が同じぐらいですが、全体としては替え歌になっていると思われます。

     返事
大雪男さん:43・44番二首の解釈は完璧?だと思うのですが・・・。
喜珍さん:最近の写真でないと、よくわかりましたね??
    6月ぐらいから登ってないと思います。
花水木さん:写真でしか晶子さんを知らないのですが、写真を見る限り残念ながら、
    本人が柔肌とか、こよひあふ人みな美しきとか絶対に思えない顔?ですね。
喜珍さん2:出来る事は良いとして、その維持が難しく問題なのは、
     箱ものも結婚も同じですね。
さんまさん:やっぱりこのアスレチックには、
      島の皆さんそれぞれに、思い出があるようでした。
コメント (3)
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