島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

播州そろばん

2011-01-24 | 播州
      
    小野市は「そろばんのまち」です。
 幅10mぐらいの大そろばん看板も、市役所駐車場に立っていました。
上にわざわざ2010と書いてあるのは余計なことで、毎月ぐらいの市の人口(5万人ぐらい)を入れて、増減を一喜一憂するのはどうでしょうか。
     
   大そろばん看板の近くにある、伝統産業会館も見てきました。
 そろばんは永禄年間(1558~1570)に中国から伝わったことを知りました。
イゴヨクヒロマル(1549年)キリスト教が伝わった直後ぐらいですが、そろばんのほうがイゴヨクヒロマッタですね。
 この説明書には、京都の二条京極に「天下一割算指南」道場が有ったと書いてありますが、これは京都発祥のラーメン屋「天下一品」とは関係ないようです。
     
 「長崎そろばん」の展示コーナーもありました。
最初に日本でそろばんが作られたのは、やはり長崎で、五つ玉が二つ有りました。
 その後大津(私もよく通る京都大津間の逢坂の関近く)の「大津そろばん」と言うのが、江戸時代を通じてはほぼ独占状態だったようです。(近江屋も尾張屋も悪代官も使っていたのは大津そろばん)
    
 「大津そろばん」は明治になって衰退し、変わって今はここ小野市の「播州そろばん」が80%近くのシェアを占めているようです。
 長崎・(京に近い)大津・小野と、私の足跡とそろばんの歴史が重なるのを知って、小学生の時そろばんが苦手だった私も、急にそろばんに好意的になっています。
     
 小野市は隣の三木市と並んで「金物のまち」でもあります。
このなんとなく懐かしく、子供の時には使わしてもらえなかった大きなはさみは「ラシャ切鋏」というですね。
 昭和の始め、小野市の「ラシャ切鋏」は全国一の生産量を誇ったようです。
   今回のブログは学術的で為になるブログにまとめてみました。

  返事
花水木さん:そろばん1級は凄いですね。
    私はそろばんは早いがいつも間違っていた、そろばん落ちこぼれです。
喜珍さん:パネルにしてもそこそこ立派でした。
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4 コメント

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Unknown ()
2011-01-24 22:14:26
私はそろばん2級までしかいけなかったかな? 就職したときはそろばんができないと事務仕事はできなかったんですよ~。今ではPCがあるから電卓も要らなくなりつつあります。 ラシャ切り鋏? 洋裁で使うハサミ。我が家の裁縫箱のハサミも年季の入ったのが鎮座ましており未だに必要な道具の1つ。 今は何でもよその国から安く入るようになりましたが日本の文化、産業も大事にしていかないとと思うこの頃。
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Unknown (花水木)
2011-01-25 23:22:49
珠算に簿記は就職には必須アイテムでしたが
今は和さんの仰る通り、PCには財務のソフトが入っているので、ただ数字を入力すれば事は済むようになりました。昔の苦労は何だったんでしょうね。

ラシャ鋏って、切れ味が凄いんですよね。
手潔ョさんで布を綺麗に切る職人技を見るのが好きでした。切り口がギザギザになるのは、ピンキング鋏でしたっけ?
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Unknown (喜珍)
2011-01-29 07:56:30
電動式の算盤型時計というのも良いかもしれません。

願いましては、12時34分56秒です!・・・なんて (*^_^*)
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Unknown (中ちゃん)
2011-01-29 11:38:59
 いつもお世話になっています。
兵庫県小野市は、そろばんの町、刃物の町で有名です。私もそろばんは昔、習って級をとりました。何級かは恥かしくて言えませんが・・・・・
でも阿弥陀三大像は、兵庫県にいながら知りませんでした。先生のプログで知りました。一つ勉強になりました。有り難う。
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