島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

38≠P天智天皇

2018-09-08 | 天皇陵巡り
   
 夫婦共に天皇になった舒明と皇極・斉明天皇の息子葛城皇子(カズラキノミコ)(中大兄皇子の名の方が有名)は、異母兄で乙巳の変後出家していた古人大兄皇子一家を謀反のかどで皆殺しにし、その時に唯一年端のいかなかった古人大兄皇子の娘倭姫王(ヤマトヒメノオオキミ)だけ生かし、後に皇后としましたが、二人の間に子供は生れていません。
  写真は東海道沿いに建ってる天智天皇陵への石柱です。
    
 その頃は皇女に適当な人がいなかったのか、中大兄皇子は倭姫王以外は臣下の娘とばかり結婚しています。
 蘇我入鹿を唐オた乙巳の変(大化の改新)を起こす為、蘇我家の中に仲間を作る為もあってか、蘇我倉山田石川麻呂の娘遠智娘(オチノイラツメ)との間に建王(タケルノミコ)(夭折)・大田皇女(オオタノヒメミコ)(後の天武妃)・鸕野讃良皇女(ウノノサララノヒメミコ)(後の天武皇后で持統天皇に)をもうけ、同じく蘇我倉山田石川麻呂のもう一人の娘姪娘(メイノイラツメ)との間には御名部皇女(ミナベノヒメミコ)と阿閉皇女(アヘノヒメミコ)(後の元明天皇)をもうけています。
   
 中大兄皇子はこの3人以外にも、他に6人の女性に11人の子をもうけていますが、めんどくさくややこしいので後に繋がる重要な2人だけを紹介すると、後に第39代弘文天皇になった大友皇子の母宅子娘(ヤカコノイラツメ)と言う采女で伊賀の田舎娘と、最後なんとか今の天皇家に繋がった志(施)貴皇子(シキノミコ)(第39代光仁天皇の父)の母で女官の道君伊羅都売(ミチノキミイラツメ)です。
 計16人(娘12人)の中大兄皇子の子供のうち、4人が何故か一応叔父にあたる天武天皇に嫁いでいます。
  
 小学生の時に、少年向きの天智天皇の冒険小説仕立てを読んでますので、中大兄皇子は藤原鎌足と蹴鞠を通じて知り合い、専横をほしいままにしていた蘇我入鹿を大化の改新で唐オて、その後は庚午年籍(コウゴネンジャク)(670年)を作成したり、唐と戦ったりした後近江宮を開き、日本の発展に尽くしたと信じていました。
しかし、意外と政敵をだまし討ちしたり、醜い面も見せた人物だったようですね。
   写真の山科陵の参道は、立派でかなり長いです。
    
 参道の最後には門まで見えてきました。
夜には閉まるようです。
    
 父第34代舒明天皇が亡くなった時は、中大兄皇子はまだ16歳でしたので、母が第35代皇極天皇となり、乙巳の変の時は20才で、叔父が第36代孝徳天皇に成りました。
その次はもう他に有力候補もいなかったので、中大兄皇子で当然だったようですが、何故か母がもう一度天皇になってしまい第37代斉明天皇です。
 皆で九州に遠征中に、その斉明天皇が亡くなったのにもかかわらず、すぐには天皇に成らず、称制と称して7年間を過ごした後、やっと近江宮(滋賀県大津市)で即位し第38代天智天皇(テンジ)(626~671)(在位668~671)と成りました。
  写真は知名度で言うとトップクラスの天皇にふさわしい拝所の手前、実際に水が出ている手水鉢もありました。
   
 天智天皇は30年近く政治の中枢にいたのですが、実際天皇の名で働いたのは3年間程です。
その間に忠臣の鎌足にも死なれ、やっぱり最後は息子を天皇にしようとしたのか、やや弱気を見せつつ亡くなり、この山科陵(ヤマシナノミササギ)(京都市山科区)に葬られました。
     
 奈良でもなく、近江宮からも少し離れたこの京都山科に何故天智天皇陵は有るのか(山科の山の中で命を落としたという説有り)不明ですが、この八角墳である御廟山古墳(ゴビョウヤマコフン)に天智天皇が葬られてることはまず間違いないようです。
    
 京都の町中にあった私の小学校は山科に校外学舎を持っていて、ここにはよく遠足で行くため、天智天皇陵の横はよく通っていました。
小さい時からよく知っていた天智天皇陵には、大きな石の日時計があったはずなのですが、今回京都市営地下鉄東西線の御陵駅(ミササギエキ)から歩いて5分ほどの山科陵に行ったのですが、どこにも日時計を見つけられませんでした?。

      返事
花水木さん:20世紀は戦争の世紀、
    21世紀は天災の世紀と言うそうですが、
    もう死ぬ世代の私でも、なんか不安ですね。
     結局東海大地震だけが起こらなかった、
    になれば良いのですが。

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