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その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

頭が悪いねぇ…

2023-12-11 09:59:17 | 転職

「がりがり」って「我利我利」だった^^;

「ハレ」の日に餅をつく…農耕文化のひとつかも知れないけれど、今では農家戸数も減少し、田舎でさえ自宅で餅をつくということが少なくなったような気がします。地元集落神社の「年越祭」…かつては35歳までの男子が担っていたのだけれど、いつの頃からか集落役員の仕事となり、そして、コロナ禍により「振る舞い餅」も中止されてしまいました。時を同じくして、『祭り事』を支えきれなくなった年代が集落役員を務める年代となり、無理して再開することも可能ではあったけれど、『次』を担う役員の肩の荷を軽くしてあげるためにも…『おやじぃ』は、「振る舞い餅」を止めることを決断した。
「誰それの代で無くなった。」と言われるよりは、「コロナ禍で飲食行事は中止した。」と言っていた方が気楽である。『おやじぃ』の手で丸めた『取り餅』よりも、市販の小さな鏡餅を配った方が衛生的でもある。こうして『やらないための理由』はいくつでも考えつくのだけれど、『再開するための理由』を探し出すのは難しい…こうして『楽』な方向へと流されていくのでありますよ^^;
一年の無事安全に感謝し、神酒、神饌を『神さま』と共にして、新たな年もまた良い年であることを願う…『宗教色』は排除して、「無事安全に感謝する。」という本質さえ残れば良いじゃ~ないの。その内、「年越祭」自体が煩わしいと思い始める時代が来たりしてねぇ(笑)


敢えて『御本尊』はUpしない^^;

さて、『御神体』か否かは別にして、いつの時代のモノかは別にして、本殿内に「弁財天座像」が鎮座していることは『おやじぃ』も確認し、画像として残しました。(良からぬ輩が現れないように、敢えて画像はUpいたしません^^;)神々(光々)しいはずの社殿内は薄暗く、役員すらも本殿内に「座像」があったかどうかも定かではない記憶…神々しいモノだから、直視したり、画像に残すなどと言うことは『罰当たり』の所業かも知れないねぇ…「うわさ」を打ち消すには証拠も必要だから(笑)
はてさて、そんな神々しいはずの神社の「お賽銭」は僅かであり、これで維持することなど到底叶わないのでありますが、世の中、『キックバック』という集金システムがあることを知る。渦中の某議員は、事前に準備したコピーを読み上げ、再度質問する記者に「頭悪いねぇ。」と発言したとか…『おやじぃ』が期待しているのは、国民を唸らせる、流行語大賞にもノミネートされそうな『お言葉』を待っているのでありますが…いや待て、『頭悪いねぇ。』がノミネートされたりして^^;
『神さま』に願いが叶うようにとお賽銭(浄財)をあげ、『議員さま』に願いが叶うようにと献金(浄財)をあげる…どちらも非課税である。『意識、無意識に関わらず政治資金収支報告書に記載漏れをした議員は直ちに失職となる。』などという条文が加えられたなら、決して手を染めようとは思わないだろうけれど。そんなこと考える『おやじぃ』が『頭悪いねぇ』と言われるわなぁ(笑)

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〇✕のやったこと^^;

2023-12-10 07:43:36 | 転職

上手に隠れ(隠さな)ければ…

電動機械を使っていて、やはり怖いのは「キックバック」…硬いモノにぶつかって、反動ではね返ることであり、むき出しの「刃」が操作者側に飛んでくれば大ケガにもつながりますなぁ…。売上割戻金である『キックバック』も、硬いモノ(正直な人)にぶつかるとはね返ってくるようであり、身に危険が及ぶようである。(いや、割戻金に期待して販促効果が上がれば良し、利得として隠してしまうところがいけないのである^^;)
大物は、決して我が身に災いが起こらないように上手にお金を捌き、いつか大物を夢見る中物(失礼^^;)は、隠し方にあの手この手で右往左往し、小物はそのおこぼれを期待する。「政治資金パーティー収入の一部キックバック問題」…『おやじぃ』は、『中物』たちの答弁に期待しているのでありますよ。かつて流行した「記憶にございません。」…高々この5年間さえ遡れないのかと記憶力を疑われるし、「秘書が勝手にやったこと。」と言えば、今の世の中、自らのガバナンス能力の欠如を露呈することになる。「捜査に影響をあたえてはいけない。」…なるほど、自らの責任には言及せず、他者を慮る配慮が伝わって来る。(なんてことはない。話題を他者にすり替えているだけである^^;)『流行語大賞』にノミネートされるような『キラーフレーズ』が見つからないのかも知れない。「日頃から身を粉にして売上に貢献してくれた私設秘書たちの『モチ代』としたので、遡って正しく申告させます。」なんてぇこともないか…どなたかのセンスのある言葉に期待しております(笑)


食っちまったものは仕方がない…

さて、盗んだお金で奢られたとしても、罪とはならないようである。正当な「政治資金パーティー」で得た収入であるから、正当な手続きを踏んでさえいれば、何も恐れることはないはずなのだけれど、何故か政治資金収支報告書への『記載漏れ』が生じてしまうんだよなぁ…。よく「政治にはお金が掛かる。」と言うけれど、掛かるならかかるなりに記載すれば良い。つまりは書けない『大人の都合』というものがあるに違いない^^;
はてさて、『政治の世界の大物』というものは、見事なお金の捌き方をするはずである。『大物』を目指す『中物・小物』は、それこそ『大物』の捌き方というものを見習えば良いのではないかなんてねぇ…もしも、均等に全国民に『モチ代』として配られたなら誰も文句は言わないはずである。もしかして、『不正である』と騒ぎ立てているのではなく、『不平等である』と文句を言っていたりしてねぇ…コタツの中で、ぬくぬくと暖を取る我が家の『さくらさん♀』ではあるけれど、尻尾だけが外に出ているのよねぇ。尻尾もまた『我が身』ではあるはずだから、上手に隠さないと…「尻尾を隠しなさい。」と優しくコタツに入れてやる『おやじぃ』ではない。お前さんがそこに居るから『おやじぃ』がコタツに入れないのだよ。しかし、彼女は得たポジションを『おやじぃ』に譲ってくれたりしないのだよ(笑)

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うわさの真相…

2023-12-09 09:59:31 | 転職

確かにそんな名前の雑誌もありました^^;

「人の噂も七十五日」などと申しますが、「うわさ話」のその実は、見ても聞いてもいない人が広めてくれることが厄介な点であります。多くの場合、「ポジティブ(良いこと)」なうわさは拡がらず、「ネガティブ(悪いこと)」で無責任なうわさは広まるような気がしますけれどねぇ…。
例えば、画像の一杯のラーメン…『おやじぃ』が美味いと絶賛しても拡がらないが、不味いと言った途端に『あのお店のラーメン(全体)が不味い』というイメージを与えてしまい、食べてもいないのに「不味い」という風聞が広がってしまうような気がする。それは『おやじぃ』の口に合わなかっただけであり、美味しいと感じる方もいらっしゃるはずである。(誤解を生まないために、この塩バターラーメンは美味しかったですよ…『おやじぃ』の主観ではあるが^^;)
「悪いうわさ話」に飛びつくのは、自分に類が及ばないと高を括っているからであり、自分の身に降りかかる火の粉であれば、必死に打ち消しにかかるはずである。ところがギッチョンチョン、必死に打ち消す形相、姿が可笑しいと、また「うわさ話」に拍車が掛かる。人々が話題に飽きてしまうまで、七十五日(ひとつの節)をじっと静観しなさいという教えなのかも知れないけれど、一度刷り込まれてしまったイメージは中々払拭できないものでありますよ(笑)


「幽霊の正体見たり…」

さて、廃屋となってしまった元神官のご自宅から、『集落神社の御神体が出て来た。』…これまた勝手な解釈と「うわさ話」である。ことの真偽を確認するために『おやじぃ調査隊』は、実物を検分に出掛けたのでありますが…。出て来たのは木箱と中に納められた『木の祠』(敢えて画像は公開しません^^;)「神祇伯(しんぎはく)」…神祇(神職)の長官。「資延王(『すけのぶおう』と読むのだろうか?)」…1785年から1819年に「神祇伯」を再任した実在の人物のようである。「勧遷之」…分霊したもの。と解釈できるから、どこぞのご本尊から一旦分霊し、我が集落神社「市杵島姫命(イチキシマヒメ)」を祀るために使われた『モノ』と推測できる。『モノ』と表現するのも、神式的には、本尊が神社に「鎮座」していただき、これからは『昇神』していただいているはずだから、その後は、一時の『道具』『モノ』であるという『おやじぃ』の勝手な解釈である。
はてさて、これを貴重な品物と考えるか否かは、個人の宗教観によるところが大きいからコメントのしようがありませんけれど、郷土の歴史を語る上では貴重な史料ではある…事実、神社の来歴と「資延王」の再任期間は一致しているのだから。そもそも、「市杵島姫」が何故「弁財天」になるんだ?日本書記にも出て来る女神ではあるけれど、仏教の隆盛後、『神仏習合』の結果のようでもある。無責任な『うわさ話』も誰かを傷付けたり、足を引っ張ったりするものでは無かったから良しとしよう…『おやじぃ』一人が、一日半の『ひまだれ(時間の浪費)』した程度だから。まぁまぁ、雑学ネタがまたひとつ増えたことをありがたいと思うことにいたしますよ(笑)

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『秋止符』…遺言

2023-12-08 08:54:05 | 転職

15年間がんばってはみたものの…

『秋止符』は1979年アリスの楽曲。果たして『あの夏』の二人に何が起こったのかは知る由もないのですが…作詞した谷村新司さんも今年10月に亡くなりました。
我が親父も亡くなってから15年目の冬を迎えようとしております。普段の父子はさほど会話を交わさないものであるけれど、亡くなる前の2週間ほどは病室で、あれこれと会話しました。(病状的には回復できる状態だったのだけれど、今では自分の死期を悟ったのではないかと思っている。そして、別の病気で突然この世を去ってしまったのでありますが…。)硬いペーパータオルに書いた覚書と交わした会話が親父の遺言になってしまいましたけれどね。
そんな親父の『遺言』は、ひとつ一つ片づけてきましたけれど、最後に残ったのが『ヒバの木の頭』…伐れとのことであり、その時はさほどの労力でもなかったはずなのですが、地上から眺める庭と仏間から眺める庭の景色が違い、意外とその高さでバランスが取れていると感じたのでありますよ。しかし、『おやじぃ』も身のこなしが怪しくなって来ましてねぇ…遂に、昨日落としてしまいました。これで親父と交わした『遺言』の数々は終わりかなと思っている。
既に親父を乗り越えたと思い込んでいる『おやじぃ』ではありますが、ふと、親父の残した『手紙』をなぞりながら生きてきたのではないかと思い、アリスの『秋止符』を思い出した次第であります(笑)


12月…後片付けの車両で渋滞^^;

さて、突然、降って湧いたような集落神社の『御神体』問題…亡くなった親父からは、「長さ三尺の絵巻物と十六童子を祀っていた。」と聞かされていたのだけれど、元宮司宅から「弁財天座像」が出て来たとのお話に尾ひれがついて、これが『御神体』に違いないと勝手に話を『盛って』くれた方が居る。火消し役の『おやじぃ』は、改めて社殿の中を確認し、『御神体』か否かは別にして、『弁財天像』が鎮座していることを確認しましてねぇ…『御神体派』の説得材料を探すのに一日掛かり。信仰心のあつい方(古老)を納得させるために余計な仕事が増えてしまいましたよ^^;
はてさて、「仏さま」や「神さま」と言うものは、良い方向へ解釈すればよいのだけれど、得てして、『不幸』な出来事が起こると『無沙汰にしたから』とか『余計なモノを持ち込んだから』と負の方向へ意味づけしてしまう方がいらっしゃる。色々な信仰を持つ人々が暮らす集落において、神社仏閣がある場合は…「信仰のための存在ではなく、集落和合の象徴と考える。」そんなことを亡き親父が語っていたことを思い出す。「和」を重んずるべきところを、それ自体が諍い(いさかい)の原因になっては本末転倒…これまた亡き親父からの『遺言』のひとつかも知れない。『なぞり書きで生きているおやじぃ』が、果たして「終止符」を打てるのか…今朝も文字遊びで終わりとしますか(笑)

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かかあ天下とからっ風…

2023-12-07 07:34:52 | 転職

上州名物、牛定食の『からっ皿』ってね^^;

渋川市の伊香保温泉は、勤め人時代に一度訪れているのだけれど、バスの後部座席で酔い潰れ憶えていない。(実に情けなや^^;)と言いますか、当時は東北自動車道と関越自動車道が「北関東道路」で接続していなかったから、足利、桐生、伊勢崎と一般道を延々走り続け、途中に観光地を挟むものだから一日掛けての移動でした。(バスの中で飲んでいるしかなかったと言い訳だけはしておこう。)前日に荷物を積み込み、量と重さは把握していたから、二人一組でエッチラホッチラ運ぶしかないと覚悟決めていたのだけれど、大工さんのお手伝いと『台車』の活躍で、想定2時間の作業時間が1時間で終了できましたよ。三食運転付きのアルバイトが、二食休憩付きの仕事に変ったことから、お昼は名物「上州牛」の牛定食…お肉はどこへ?そりゃ~あなた、『上州名物、かかあ天下とからっ風』で有名な場所でありますから、お肉はあっという間に『からっ皿』でありますよ(笑)
今回もまた石段で有名な温泉街や所縁の「竹下夢二記念館」を見逃しております。汗をかいたのに、温泉に浸かれてもいない。雪の谷川岳から吹き降ろす一陣の風のように、労働者諸君は、伊香保温泉を後にしたのでありますが…。(次の機会があれば、友人『ノロ社長』にも、武芸上達の秘湯があるとウソをついて、温泉に浸かることを進言しよう^^;)


ふと気づいた…山が茶色^^;

さて、何気なく見過ごしてしまいそうですが、山が茶色い…そんなこと冬なのだから当たり前。そうじゃない。日常的に見慣れた山々は、杉の緑、カエデの赤や黄色が混じるのである。つまりは、植林はされずに、クヌギやコナラの山なんだよなぁなんて思った次第。違和感といったものでもありませんが、昆虫たちの『楽園』であろうなどと思った次第であります。そう言えば、『上州名物のかかあ天下』…『かかあ』にとっての『楽園』なのかと考えてみた(笑)
はてさて、「上州(群馬県)は養蚕・絹織が盛んであったから、必然的に女性の方が経済力では上であった。」という説があるようだ。ましてや一般的には亭主を尻に敷く『かかあ』をイメージしてしまうのだけれど、「家のかかあは、天下一の働き者」という本来は誉め言葉のようである。決して女性の『楽園』ではなさそうでありますよ。一般的には『亭主関白』を装ってみても、その実は、オッカーが決定権を握っており、自由気ままに見える夫は、その手のひらの上で体よく転がされているような気もするが…。(むしろ、その方が上手くいくとも思えるし^^;)早朝から運転し、せっせと献上品のお土産を買い込んで、お財布の中は『からっ風』…どこかへ飛んで行かない程度に、タコ糸で操られる『凧オヤジ』のような気がしてまいりましたぞ(笑)

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『じじぃ』もおだてりゃ…

2023-12-06 07:00:00 | 転職

「豚も煽てりゃ木に登る」とは言え…

独り暮らしの老婦人宅で、「杉の高枝切りをしてくれる業者さんを知らないか?」と尋ねられたのだけれど、「今どき高所作業車を借り出し、職人さんを頼んだら数万円の請求になるだろう。」とお応えした。4年程前に一連梯子で届く範囲を『おやじぃ』が伐ってあげたのだけれど、もう届かない。シルバー人材センターに問い合わせたら、高所作業は受け入れていないとの回答だったとのこと。「義を見てせざるは勇なきなり。」と手が届く範囲ならと請け負ってはみたものの…一連梯子では届かず、二連梯子にしがみつきながら作業した結果でありますよ。『おやじぃ』だって、シルバー人材センターに登録できる年齢なのだから、この場合の『勇』は『蛮勇』というヤツでありますよ。「次はやらないよ。」と言いつつ、次に頼まれる時は、依頼者はあの世とやらに行っているかも知れない。『おやじぃ』とて、身体が利かないのであるから登ることはないだろう。しかし『おバカと煙は何とやら』…「恐い」と思っている内はケガはしないなどとも思っている。(もう、止めとけ止めとけ^^;)


お昼は奮発して…

さて、「山羊」と書いて「やぎ」と読む。(何を今さら^^;)「マウンテンゴート(シロイワヤギ)」という急峻な崖を登るヤギがいて、コヤツの蹄の底は登山靴のように岩をしっかり捉えることができるらしい。一方、同じ鯨偶蹄目の「ブタ」はおだてたところで木に登ったところを見たことがない。恐らくご先祖さまは、木に登る必要を感じなかったに違いない。木に登りたくなくても登っている『おやじぃ』の場合は、今日もおだてられ、明日は伊香保温泉まで運転手を務めることになりましたよ。褒めて伸ばすか、おだてて利用するかは別にして、「お金」のためなら法に触れない程度に何でもいたしましょう。登る必要のない『ブタ』と、登りたくなくても登らなければいけない『おやじぃ』…ミンチにならない程度に無理します。話題作りのために安全に心掛けて行ってまいりますよ(笑)

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『清いお金』の行方…

2023-12-05 08:12:45 | 転職

おにぎり付けても600円です。

昨日は蔵王温泉のとあるホテルでアルバイト…クレーム処理のお手伝いではありますが^^; 「台座を運んで設置するお仕事です。」と『俄か大工』の友人『ノロ社長』は張り切っているのだけれど、折角充電したのに、インパクトドライバーのバッテリーを忘れるという大失態…やはり「大工さん」の一歩手前である『大八さん』のどこか抜けたお仕事ではある(笑)
『おやじぃ』はと言えば、『大工』…『第九』…『歓喜の歌』と年末の現金収入に歓び、はて、『大 八』…『第八』…『何だっけ』と相変わらず言葉遊びができる気楽さで臨んでおります。ちなみに、ベートーヴェンによる「交響楽第8番」は、へ長調作品93とされ、『和題』はなさそうである。
そろそろ雪景色の蔵王…幸い道路の雪は融け、路肩に雪が残るのみ。ゲレンデには雪はあり、気の早いスキーヤーの跡は見られるもののスキー場のリフトは動いていなかった。本格的なシーズンイン前の月曜日ですもの、こんなものでしょう…コロナ禍明けのシーズンですから、観光客の賑わいを見せて欲しいところですが、『スキー離れ』も進んでいるのではなかろうか?などと余計な心配をしてあげている。
簡単なお仕事の後は、当然、お昼をゴチになれると踏んでいたので、一度訪れた500円のラーメン店…「もやし」を「豚味噌」に変え、おにぎり1個を加えても何と600円の昼ご飯でありますよ。年金暮らしのご夫婦の副収入なら納得も出来ますが、実情はどうなんでしょうねぇ?


時を遡り、コチラ道の駅ですが…

「確か、道の駅がオープンしたはずである。覗いてみるか?」と寄り道した道の駅は、お隣の観光物産館と新設された駐車場がほぼ満車状態…前日、オープンしたニュースを見て大勢の人が訪れたに違いない。月曜日のお昼ですよ…ちなみに、観光バスは1台も留まっていないのだから^^; 「暇とお金を持て余した人が大勢いるということ。」などと悪態をつきながら、同時に開催されていた「北海道展」の「カニ弁当」2,800円が気にかかる…これはさすがに手が出ない(笑)
はてさて、家に帰って「御仏供米」の領収書…確か昔は、米一升で納めていた記憶なのだけれど、今ではお金で換算して納めておりますなぁ。「何で納めなければいけないのか?」と問い詰められたと護持会役員のお話も聞いていたので調べてみたのだけれど、元々は「仏さまにお供えする米」とされるはずで、本来は『清いお金』のはずであるけれど、当然、お寺の運営費…さらには本山に納める寺負担の『上納金』もあるはずだから、しっかりした『集金システム』が出来上がっている。まぁまぁ、『観光産業』とて、名所・旧跡の『御力』をお借りして、『他人の懐』に期待している訳だから、偉そうなことも言えますまい。回り回って『その懐』にたかる『ハエ』のような存在の『おやじぃ』なのだから…。お金に『清い』か『汚い』かを考えるに『汗をかいたか?』と部分もあるけれど、政治屋の皆さんだって『皆さんのために汗をかきます。』と演説する訳だから、彼らが集めるお金も『清いお金』となりますか?隠さなきゃ~良いのにねぇ(笑)

 

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でんきんばっしゃ…

2023-12-04 07:54:33 | 転職

春先の完成検査の状況ですが…

朝方、家の「柱」の夢を見た…「柱」の夢には、プラス面とマイナス面があるようですが、ここでは内容を言及しないほうが良さそうである^^;
そして、思い出したのが『でんきんばっしゃ』『でんきんぼう』…標準語で言えば「電柱」ということになるのだろうけれど、これは「電気柱」が訛ったものか、「電信柱」が訛ったものかを考えてみた。そもそも「電柱」には送電用のものと通信用のもの、そして、共用のものが存在するのでありますよ。(そんなことを気にして生活はしていないけれど、架線が断線したり、カラスが巣をかけたりした時は、自ずと連絡先も変わってくるのでありますよ^^;)
黒船来航で有名なペリー提督が二度目の訪日をした際に持ち込んだ「モールス式電信機」用の電柱が日本の事始めのようであるから、「電信柱」が訛ったものではないかと考えたのではあるけれど、『でんきんばしら』という方言は各地にもあるようです。子どもの頃は『〇✕さん宅前のでんきんばっしゃ』が集合場所であり、遊び場であったのだけれど、当然、木柱でありクレオソート臭がして、防腐処理としてコールタールも塗られていたから、「鬼ごっこ」や「だるまさんが転んだ」なんてやっていると、寄りかかった手に『コルタル』のプツプツが手に付いた…これが石鹸使っても落ちないんだわぁ(笑)


「かきの土手鍋だから画像に残せ」と…

さて、一本で全て賄える訳ではないから、『でんきんばっしゃ』は要所要所に立っていたはずである。子どもの頃の記憶をたどってみても、現在、コンクリート柱が立っている場所と変わらないはずであるけれど、そこに無いものは子どもたちの姿だけかも知れない。集落の末端では「支線」(倒伏防止用)が張られており、ぶら下がって(とは言っても斜めの線だから足は地に着いている。)遊んだのだけれど、何が楽しかったのか今では分からない。「そこに支線があるから。」…何かに寄りかかりたかったのかも(笑)
はてさて、都市部では『景観形成』という理由で、電線の地中化が進んでおりますが、「雪国で地中化するなどもってのほかである。」と異を唱えた方が居た。これからの季節、吹雪(ホワイトアウト)の時には、『でんきんばっしゃ』を目印に歩くのである…『でんきんばっしゃ』は雪国の風物なのであるというのが彼の主張であったような気もするが…。確かに吹雪の時は、道路幅の目印として車を走らせる場合もある。(そんな時は出歩かない方が良いに決まっているのだけれど、吹雪だからといって会社は休みにはならないのでありますよ^^;)そうねぇ…『でんきんばっしゃ』は、一見邪魔のようだけれど、電気(生活費)を運ぶだけじゃなく色々役立っているはずなんですけれど。この「柱」が腐る夢…夢診断の結果は自ずと見えて来る(笑)

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…を懐にする

2023-12-03 11:29:25 | 転職

『お毒見役』として許すことにする^^;

アルバイト先の日当払いを済ませ一段落…どうも政治の世界では「表の金」の他に『裏の金』を作ることが必要らしい。そんなもの、正々堂々と「表の金」として計上すれば良いのではないかと思うのだけれど、その使い方が少々怪しげな香りのするお金だから『裏』も必要とされるのかも知れない。「サラリーマンは1円たりとも隠し立てできない。」などと主張される方もいらっしゃいますが本当ですかねぇ?接待交際費の飲食代へのツケ回しなど、良からぬ事を考え付く人は必ず出て来るものである。これとて、ある程度の責任と地位が無ければできない技であるから、『力』のないオジサンにはできない芸当かも知れませんけれど^^;
そんなことから『懐にする』という言葉を今朝は検索してみたのだけれど、今どき、札入れを胸元に忍ばせる人も居ないだろう。しかしである、『コンカフェ』なる場所では、婦女子の胸元にお札を入れるサービス(お遊び)が今でもあるらしい。自分のお金で、ホステスさんやホストさんに入れ込むのはご自由ですけれど、それが『人の善意(募金・公金)』だったなら腹も立つ。一旦、預かったお金をこっそり自分の懐に入れ、次に女の子の胸元に差し込むなんて馬鹿バカしい。したくてもできない『おやじぃ』の僻みだったりしてねぇ(笑)


鍋が出来上がる前にキムチで…

さて、悪事を行うには、綿密な計画を立て、一人で実行するに限るが(相方からバレるかも^^;)それでもバレる。1968年に起こった「三億円事件」は、未解決事件として、ある意味で『最高傑作』かも知れない。(泥棒を賛美する気はありませんが、当時は、警察官は絶対の信頼があった裏返しかも知れない。また、その後に盗んだお金を使えたかどうかも定かではないけれど…。)まぁまぁ、衝動的な犯罪は別にして、横領などの犯罪は『絶対にバレない』とご本人が思い込んでいるから出来る所業かも知れませんけれどね。
はてさて、某テレビ局の地方局長が募金を着服する…一旦、預けられたはずのお金が何故にプールされてしまうのか?『裏の金』は、表に出て来てはいけないお金だから、どこまでも『裏の世界』で使われなければいけない。調子にのって『表の金』として、個人で豪遊してしまうからバレてしまうのかも?そうか、一旦懐に入れたお金は、絶対外に出してはいけないのである。だから、自分の懐から相手の懐へと忍ばせるのか…結果、そのお金が婦女子の胸元に。そんな馬鹿な…『裏のお金』が作れない『おやじぃ』の妄想は拡がる。『おやじぃ』が胸ポケットに忍ばせるのは、ティッシュ程度であるけれど、もう『鼻血も出ない』お年頃であるから、使うのは流れる鼻水だけだったりして…何とも情けないお話である(笑)

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ゲゲゲのちゃんちゃんこ

2023-12-02 09:46:59 | 転職

「ちゃんこ鍋」から発展して…

低い山も白く変わり、寒さが募る季節となりました。『おやじぃ』は、今年度の土木工事現場確認に出掛けましたが、冷え切った身体には温かい鍋が何よりのごちそうであります^^;
「今夜はちゃんこ鍋。」という友人『ノロ社長』の言葉に、「ちゃんこ鍋」と「ちゃんちゃんこ」の語源などを調べてみた…というか、東北の寒い冬は、袖なしの「ちゃんちゃんこ」程度では過ごせる訳もなく、子どもの頃は、長袖の下着に、シャツ、編み直した毛糸のセーター、そして『どんぶく(綿入れ袢纏)』などを重ね着させられていた記憶である。『どんぶく』…こちらの方言ではあるけれど、どうやら「胴服(どうぶく)…羽織の古称」が語源のようであります。漫画「ゲゲゲの鬼太郎」が着る「ちゃんちゃんこ」は、ご先祖さまの霊毛が織り込まれた逸品であり、幾たびも「鬼太郎」のピンチを防いでくれるのだけれど、『おやじぃのどんぶく』は、ご先祖さまの古着を仕立て直したものだから、寒さくらいは防いでくれたに違いない。古着とは言え、子ども向けに「絣(かすり)」などを使い、これまた「打ち直した綿」を使っていたのだから、祖母の『愛』は感じる逸品ではある。昔、都はるみさんが唄った「北の宿から」では、寒さ堪えてセーターを編んでくれるのだけれど、その『愛』は残念ながらお相手には届かないようである。故)淡谷のり子さんは、この歌詞を「貧乏臭い。」と酷評していたけれど、失ってしまってから感じる『愛』もある…などと、今頃になって振り返っておりますよ(笑)


ほう~寒いさむい^^;

さて、日本一寒いと言われる『東北の冬』は、単に気温が低いだけでなく、建物の構造にも原因があるようです。昔は、障子戸が直接外と接しており、関東のように「雨戸」などと言う物もないから、すき間風が家の中にまで吹き込み、時として寝ていると顔に雪を被っていたなどという『昔話』もある。そんな家の中で、コタツと火鉢程度で過ごしていたのだから、寒いと言えば寒いのも当然でありますよ(笑)
はてさて、『愛』だけでは「寒さ」を凌げないから、今では各部屋で温風ヒーターをたき、結果、薄着で過ごしているという体たらく…しかし、昔の生活に戻れるかと言えば、それは無理だと思うなぁ。子どもたちを寒さから守ってくれた『ゲゲゲのどんぶく』は、今では市販品としてオシャレな柄で売られているから、回顧、オシャレといった雰囲気で生き残っているのかも知れない。昔の『愛』は『お金』で代替できる?ご先祖さまの『霊毛』も、ご先祖さまからの『遺産』に変わっていたりして…子どもを思う気持ちは、今も昔も変わらないと思いたいのだけれど、どうも残忍な事件が多過ぎる。『個』を大切にするあまり、『子』を蔑ろにしているのかも?とは言え、あまり『子』に執着し過ぎるとそれはそれで嫌われますけれどね(笑)

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