Harumichi Yuasa's Blog

明治大学専門職大学院ガバナンス研究科(公共政策大学院)教授・湯淺墾道のウェブサイトです

EUのフェイクニュース規制

2018年05月06日 | 選挙制度
欧州委員会によるフェイクニュース規制の内容が4月26日に公表された。
http://europa.eu/rapid/press-release_IP-18-3370_en.htm

ロシア政府が背景にあるとされるSNSを利用した世論誘導による選挙への干渉問題について、アメリカ連邦議会における議論は、当初問題視されていたロシア政府や関係者がスポンサーになっていると見られる広告出稿やアカウントの開設問題から、プライバシー保護問題に焦点が移行した感がある。ケンブリッジ・アナリティカ社への大量の個人データの流出問題がその背景にあることは言うまでもなく、選挙への干渉について特別検察官による捜査が継続しているという事情もあろう。
これに対してEUは、虚偽情報の流布は表現の自由という基本的人権の侵害であると捉えると同時に、SNSの個人データが世論誘導や選挙干渉に悪用されることを排除してセキュアでレジリエントな民主的手続を確立する必要があるとして、フェイクニュースの流布に対する規制にも熱心である。
具体的には、フェイクニュース対策は、デジタルシングル市場創設という政策領域の一分野として位置づけられており、今回の規制案もこの枠組みの中で提案されたものである。

この間の経緯を、簡単に整理してみる(以下は英語版を参照している)。

2017年5月16日
ジャン=クロード・ユンケル(Jean-Claude Juncker)委員長がデジタル経済・社会担当のマリヤ・ガブリエル(Mariya Gabriel)委員(ブルガリア選出)に対して書簡を発出。
市民を保護するため、第一副委員長(より良い規制、組織間関係、法の支配と基本的人権、表現の自由、情報の自由、メディアの多様性と自由、インターネットの公開性、及び文化的・言語的多様性担当)と密接に連携して、オンライン・プラットフォームによるフェイク情報の流布によって民主主義を脅かしている実態についてEUレベルで調査する必要があると指摘。
https://ec.europa.eu/commission/commissioners/sites/cwt/files/commissioner_mission_letters/mission-letter-mariya-gabriel.pdf

2017年11月13日~2018年2月23日
フェイクニュースとオンライン虚偽情報に関する意見聴取(Public consultation)を実施。
https://ec.europa.eu/info/consultations/public-consultation-fake-news-and-online-disinformation_en#about-this-consultation
意見聴取項目は、第1にフェイク情報とそのオンラインでの拡散の定義、第2にオンライン上でのフェイク情報の拡散に対してすでにプラットフォーム、ニュースメディア、市民組織等が実施している対策の調査、第3はフェイク情報のオンラインでの拡散を防止して情報の質を高める方策についての将来の行動の射程。
意見聴取結果は以下に公開されている。
https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/synopsis-report-public-consultation-fake-news-and-online-disinformation
意見聴取を受けて、ユーロバロメーターによる世論調査も実施。調査結果は下記に公開されている。
http://ec.europa.eu/commfrontoffice/publicopinion/index.cfm/survey/getsurveydetail/instruments/flash/surveyky/2183

2017年11月13日・14日
意見聴取の一環として、マルチステークホルダーによる会議を開催。
https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/recordings-multi-stakeholder-conference-fake-news

2018年1月15日
フェイクニュース及び虚偽情報に関する有識者会合(High-Level Group on Fake News and online disinformation)が設置され、第1回会合開催。
メンバーの中にはFacebook、Twitter、Google代表も含まれる。
https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/experts-appointed-high-level-group-fake-news-and-online-disinformation

2018年2月7日
有識者会合の第2回会合開催。

2018年2月14日
2019年欧州議会選挙に向けた欧州委員会勧告が発出される。
https://ec.europa.eu/commission/sites/beta-political/files/recommendation-enhancing-european-nature-efficient-conduct-2019-elections_en.pdf


2018年3月12日
有識者会合の最終報告書が公表される。
https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/final-report-high-level-expert-group-fake-news-and-online-disinformation
有識者会合は、公的にも指摘にも検閲は明確に排除されるべきであること、インターネットの分断や憎悪をもたらすような技術的方策は避けるべきであることを前提として、「多元的な対応(multi-dimensional approach)」が必要とする。
報告書は、次の5点を勧告。
1 オンラインニュースの透明性を高めること。オンラインでの流通を可能にするシステムに関するデータの適切かつプライバシーに準拠した共有を含む。
2 虚偽情報に対処するためメディアリテラシー及び情報リテラシーを促進し、ユーザーがデジタルメディア環境をナビゲートできるようにすること。
3 ユーザーとジャーナリストが虚偽情報に対抗し、急速に進化する情報技術との積極的な取組を促進するためのツールを開発すること。
4 欧州のニュースメディアのエコシステムの多様性と持続可能性を保護すること。
5 異なるアクターによる措置を評価し、必要な対応を常に調整するため、欧州における虚偽情報の影響に関する継続的な調査を実施すること。

2018年4月26日
このような経緯をへて、今回のプレスリリースでは、虚偽情報に対する「多元的な対応(multi-dimensional approach)」が提案された。
今回提案された多元的対応は、次の各段階からなる。

虚偽情報に関する行動規範
各ファクトチェッカーの独立ネットワークの構築
虚偽情報に対するセキュアなヨーロッパのオンラインプラットフォーム
メディアリテラシーの強化
加盟国に対する選挙のレジリエンス強化支援
質の高い多様な情報の支援
戦略的なコミュニケーション政策の調整


第1に求めているのが、プラットフォーマーに対して2018年7月までに共通の行動規範(a common Code of Practice)を策定して遵守することを求めるというものである。直接的な法規制はひとまず回避されているが、実際にはEU委員会とFacebook等のプラットフォーマーとの交渉が行われている模様である。
行動規範は、具体的には以下を目的とするとしている。

スポンサードコンテンツ、特に政治広告についての透明性を確保すること、また政治広告のターゲティングオプションを制限し、虚偽情報の提供者の利得を削減すること。
アルゴリズムの機能と第三者による検証を可能にすることについて、明確に説明すること。
他の視点を代表する異なるニュースソースをユーザーが発見してアクセスしやすいようにすること。
フェイクアカウントの特定と閉鎖対策、自動ボットの問題への取組を開始すること。
ファクトチェッカー、研究者、および公的機関がオンラインの虚偽情報を継続的に監視できるようにすること。


さらに、今後の対応として、EU委員会は至急マルチステークホルダーのフォーラムを開催するという。このフォーラムは、オンラインプラットフォーム、広告業界、主要広告主などの関係者間の効率的な協力の枠組みを提供し、虚偽情報への取組を調整することを目的としており、フォーラムの最初の成果は2018年7月までに公開されるとしている。したがって、前記の共通の行動規範は、おそらくこのフォーラムにおいて議論されて策定されることになると思われる。
また2018年12月までに、委員会は進捗状況を報告するとしており、これらの方策の有効性が検証されることになる予定である。
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