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矢作著「悲劇週間」は堀口大學のメキシコクーデター体験とフエセラとの恋が主軸

2018年03月21日 | 斜読

book458 悲劇週間 矢作俊彦 文春文庫 2008
 メキシコを舞台にした本を探して見つけた。堀口大學(1892-1981)の青春時代を日記風の物語にしていて、筆裁きも軽快であり、織り込まれた史実も現場にいたかのように生々しい、あるいは生き生きしていて、すぐに引き込まれた。が、大著であり、1月末のメキシコツアーに持参したが、冒頭の与謝野鉄幹、晶子らとの交流ていどしか読み進めなかった。読み終わったのが3月初めで、2ヶ月かけて読んだことになる。
 タイトルの悲劇週間とは1913年2月9日~24日に起きたメキシコのクーデターの2週間を指し、大學は戦闘を体験している。ツアーの前に読み終えていれば、堀口大學が恋人のフエセラと散策したそこここや、悲劇週間での大學の足跡を追体験できたかも知れない。

 堀口大學の父・堀口九満一は長岡藩の出で、祖父が戊辰戦争で戦死したため苦学しながら、p12東大に一番で入学する。在学中に子どもが生まれ、p12赤門の筋向かいに住んでいたので大學と名付けたそうだ。
 p13父は卒業後、領事官補として朝鮮に赴任しているとき、閔妃が暗殺される。父の閔妃暗殺関与は大學の関心事の一つで、何度も登場する。著者は日本の朝鮮半島政策のみならず、日本の歴史、日本の対外政策、国際政治に強い関心を持っているようで、国際情勢、各国の政治の駆け引き、政争について繰り返し語られている。


 父九満一の朝鮮赴任中に母が他界し、大學と妹は長岡の祖母のもとで育つ。父は閔妃事件後、オランダに赴任し、間もなくベルギーの女性と結婚する。日露戦争のさなか、p24父はアルゼンチンと交渉し、軍艦2隻の買収に成功する。なかなかやり手の外交官だったようだ。大學にも外交官の道を期待し、大學と祖母、妹は一高受験のため東京上野に移り住む。
 しかし、一高受験に失敗、ほどなく祖母が亡くなる。そんなとき、偶然p30「スバル」を手にし、与謝野鉄幹と出会う。なんとp32与謝野鉄幹と父は知り合いだった。しばらく、与謝野鉄幹、与謝野晶子との交流が綴られていく。石川啄木高村光太郎も登場する。

 p47大學は慶応の予科に入り、永井荷風の授業を聞く。p56それがメキシコに赴任中の父にばれてしまう。
 大學は慶応に通っているのはフランス語を学ぶためと言い訳をしたところ、父から、メキシコはナポレオン3世の支配で上流人士はフランス語で暮らしているから、メキシコでフランス語を身につけ、それからヨーロッパへ留学しろと言ってきた。
 ・・鉄幹もフランスに渡り、フエセラもフランスで暮らして戻ったばかり、大學も後にフランスに向かうから、このころはフランスへのあこがれが強かったようだ・・。ほどなく、父の手配した旅券、メキシコ行きの切符が届く。

 横浜から東洋汽船に乗る。ホノルルに寄港したとき大學は喀血する。肺病で入院し、退院後、ホノルルの日本旅館で療養する。その後も大學は倒れたり、大病を患ったりし、結局、父は大學の外交官の道をあきらめ、詩作を容認することになる。
 日本旅館の主人は庄内藩出で大學を親身に世話をする。
 主人によれば、p71ハワイは日本に救いを求めたが、日本が清国と戦っている隙に、アメリカはアメリカ人の生命と財産を守ると言って港に軍艦を入れ、そのままハワイを属領にした、そうだ。ハワイにおけるアメリカの巧妙で強引な政策は伏線で、悲劇週間の裏でもアメリカが強引に働きかけ、日本=つまり九満一と対立する。

 病状が回復し、メキシコに着いた大學は、父、ベルギー人の母、異母妹弟らとともに公使館で暮らす。公使館はレフォルマ通り=改革通りの近くらしい・・私の泊まったホテルもレフォルマ通りに近く、現日本大使館もレフォルマ通りにあるが、webではここが公使館と同一かどうかは分からなかった。
 p83~に支倉使節団と当地に残った日本人が紹介される。p85に大統領ディアス、p86に革命戦争、義賊ビリャ、新大統領になるマデロが登場する。
 ディアスは親日家で、西欧に先駆けて日本の不平等条約が改定された。ディアスと交渉を重ねてきた父は、一転、マデロと友好関係を結ばなければならず苦心するが、九満一の真摯な態度がマデロとの親密なつきあいにつながっていく。

 p91に榎本武揚が登場する。榎本武揚は箱館戦争で敗北するが、のちに特命全権大使としてロシアと領土交渉をまとめ、メキシコに領事館を設け日本人移民団を送り込んでいる。
 p486には鳥羽伏見の戦い、p530には白虎隊自刃も紹介される。・・日本の近代化、その背景を改めて学ぶ。

 p97に大學のフランス語教師になるフランス系スペイン人のペレンナが登場する。ペレンナは、新任少尉としてフランス軍のメキシコ進駐に参加していて、p484プエブラの戦いで軍功をたてるも負傷して帰国する。
 p485にメキシコの債務を理由にしたマキシミリアン皇帝の傀儡政権とベニト・ファレスが登場する。
 帰国したペレンナはp485近代砲術を指南する上級将校として来日、p486大政奉還後、函館に砲陣を構築しフランスに帰るが、p487プロイセンが攻めてきて、p488共和政府は降伏、p489コンミューン成立、p491~ヴェルサイユ政府の非情が語られていく。
 ペレンナはp499・・いざというとき人間は卑怯か、卑怯でないかの二種類に峻別される・・といいつつ・・いまどうすれば卑怯でないのか・・と悩む。日本もフランスもメキシコも、どの国も、歴史は繰り返し、政治が反転してきた。そのとき耐えがたい悲惨が起きる。政治の反転で卑怯か卑怯でないかも反転してしまうのだろうか?。著者の問いかけである。

 フエセラとの恋は悲劇の2週間に重なって深まっていく。これは読んでのお楽しみに。
 クーデターが起きたとき、父九満一を初めとする公使館の面々、在メキシコの日本人が、危険を顧みずマデロ大統領の家族を公使館に保護した。マデロ大統領暗殺後も、九満一はキューバ大使、イギリス大使、アメリカ大使などと連携し、大統領の亡骸引き取りを革命軍と交渉している。九満一の外交官魂はいまの官僚にも見習って欲しいと思った。
 メキシコを旅する人のガイドブックとして格好のみならず、激動の歴史をどう読み解くかについても示唆に富んだ本である。(2018.3)

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