yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

イタリア紀行2004-29 海の都ヴェネツィア、まずはサン・マルコ広場

2015年06月01日 | 旅行

イタリア紀行2004-29 イタリア4日~5日目 大運河 サン・マルコ広場 サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂 サン・マルコ広場の洪水対策
 
 2004年3月12日金曜、夜、私たちの乗った水上バスは、ヴェネツィア・サンタルチア駅そばの船着き場から勢いよく進み、すぐに大運河グランドキャナルに入った。大運河は大きなS字を描いてヴェネツィア本島を二分していて、さらに150を超えるといわれる小さな運河が縦横に通っているので、ヴェネツィア本島は180に近い島で構成されているそうだ。
 夜陰ではっきりしないが、大運河には邸宅、居館が並んでいるようで、ときおり窓から漏れる灯りに華やかな住まいが浮かび上がる。
 やがて細い水路に入り、じきにホテルの船着き場に止まった。まだスーツケースは届いていないので、そのまま運河沿いを歩いて近くのレストランに行き、シーフードと白ワインを楽しんだ。
 食事を終えたのは9時半頃だったが、サン・マルコ広場が近いのでホテルを通り過ぎ、細い路地をサン・マルコ広場の表示に従って歩いて行ったら、突然視界が開けた。
 サン・マルコ広場は奥行きが160mほどもあり、周りをぐるりと居館が囲んでいて、居館の灯りで広場が照らされているので、巨大な中庭に佇んでいるように感じる。
 夜陰のサン・マルコ大聖堂は異国情緒を漂わせて幻想的だった。大聖堂の前を通り、波の音に向かって歩くと、大運河の埠頭に出る。係留されている船が揺らめいている。1000年の海の都ヴェネツィアに来た、と思うと身震いが出る。冷え込んできたせいかもしれない。来たときの路地を戻り、ホテルに帰った。

 2004年3月13日土曜の朝食前にサン・マルコ広場に向かった。途中で道を変えたが海に向かっていたら大運河に出た。向こう岸のサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂が朝靄に姿を現している。ファサードは端正である。再建時はルネサンス後期になるが、清貧をモットーとするヴェネディクト会の精神を表したのかも知れない。
 大運河沿いを歩いてサン・マルコ広場に出た。昨日は気づかなかったが、広場には洪水対策のパネルが並んでいた。地盤沈下も進んでいて、しばしば2mを超える洪水に襲われているのは予習で知っていた。幸い3月は水位が低く洪水の心配はないが、2mの洪水が来たら、観光はもちろん、日常の生活にも支障が出る。パネルの排水対策を期待したい。
 続く
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする