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「市場と感情の経済学」復刊

 ダイヤモンド社の書籍担当者から、リチャード・H・セイラーの「市場と感情の経済学」の翻訳本(篠原勝訳)が復刊されると聞いた。10月くらいには出るらしい。同書の原書は、1992年に出ており原著のタイトルは"The Winner's Curse"(勝者の呪い)、1998年に邦訳が出たが、残念ながら、あまり売れなかったようだ。
 しかし、2002年にダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を取ったこともあり、近年、行動経済学の本がまずまず売れているようなので、ダイヤモンド社が翻訳の復刊を交渉したとのことだ。尚、翻訳は基本的に当時のままだが、邦題は変えて出すようだ。
 ジャーナル・オブ・エコノミック・パースペクティブという専門誌にセイラーが行動経済学分野の第一線の研究者と一緒に年に4本、論文を連載していたものが、一冊にまとめられて出版された。連載が掲載されていた当時、投資研究部という名前の部署にいたので、会社で読んでいた。
 既存の経済理論では説明できない「アノマリー」(的現象)を次々にテーマにしており、目次を見ると、序章から第14章まで何れも取り上げているテーマが幅広い。「協調行動」「究極ゲーム」「産業間賃金格差」「勝者の呪い」「金利と割引率の損得勘定」「競馬と宝クジの戦略」「株式市場のカレンダー効果」「株価は平均に回帰する」「クローズド・エンド・ファンドの謎」など、何れも興味深いし、後の行動ファイナンス、行動経済学でも重要なテーマとなったものが紹介されていて、内容的・知識的にも決して古くない。
 一つだけ寄り道すると、「究極ゲーム」とは、最も簡単なバーションでは、被験者Aに一定のお金を仮に渡し、このうちいくらかを被験者Bに提供することを提案させるゲームで、Bが提案を受諾したらA、Bは当初のお金を貰ってこれを提案通りに分けることが出来るが、Bが提案を拒否したら、A、B共にお金を貰うことは出来ないというゲームだ。
 単純なゲーム理論で考えると、1%でも渡すと提案すると、Bは提案を拒否した場合に何も貰えなくなるので、提案を受諾する筈であり、Aはごく少額を提案すればいい、というのが解答なのだが、現実には、もっと「気前のいい」提案が多く、平均は、Aが配分する額の37%で、最も多かった分配案は50%、つまり、折半だった、という実験が初期にある。ゲーム理論の学者が、回数を増やして繰り返しの要素を入れたり、ゲーム理論を教えたりして、やり方を変えた実験を設計しても、A側の「気前の良さ」と、B側が、少額の分配提示(たとえば10%)を断るというようなケースが相当数出ることは、基本的に変わらなかったという。人間は、自分の損得だけで価値判断を行うのではなく、「フェアであるか、否か」が相応に(人によってちがうが)重要な価値判断要素になっている、ということが分かる実験だ(詳しくは、復刊される本をご覧下さい)。
 投資の世界では、「アノマリー」という用語は旬を過ぎてから、時間が経っており、かつてほどワクワクするものではない(伝統的なファイナンス理論が衰退したので、そのアノマリー=異常事象がそれほど刺激的でなくなったからだろう)が、既存の理論で上手く説明できない現象を嗅ぎつけて、これを検証し、様々な角度から説明を試みる、というアプローチは、投資で言えば、アクティブ運用のアイデアを組み立てる時と同じようなアタマの使い方になる。運用的発想法を鍛えるという意味では、具体的な投資の方法が書かれている本を何冊も読むよりも、よほど役に立つだろう(拙著など、ブック・オフに売って、購入資金の足しにして下さってもいい)。

 目下、「サブプライム問題」で相場が荒れている。サブプライムローン関連の損失処理と、これに絡んだ信用不安問題は、割合短期間でクリアできるかも知れないが、おおもとの原因が米国の住宅価格下落にあることを思うと、サブプライムローン問題は大きさ的に「氷山の一角」だし(サブプライムローンの残高が1.3兆ドル、全住宅ローンが10兆ドルあり、それぞれの背後に担保となる不動産があるし、もちろん、オフィス物件もある)、相場用語で言うところの「調整」(上げるのが当たり前だという意味か、下げる場面を「調整」と呼ぶ)は、そこそこに長くかかるかも知れない。ロシア危機からLTCM破綻に至った1998年の危機よりも(数ヶ月で株価は元に戻った)、原因がアメリカ国内にあり、規模が大きい分、たちが悪いかも知れない。
 何を言いたいかというと、しばらくの間、相場はツマラナイかも知れないので(普通に資産形成で投資している、買い持ち投資家にとって、という意味だ。先物で遊んでいる人には、サーファーにとっての大波のように面白いだろう)、この間に、投資の発想を豊かにしてくれるような良書を読むのがいいのではないか、ということだ。
 本当は、本が出る頃にブログに書く方が、推薦として有効なのだろうし、出版社にも喜んで貰えるだろうが、忘れるといけないので、今書いておく(一株屋としては、推薦図書などよりも、この機会に推奨銘柄を挙げたり、相場の予想でも書くことが、望まれているのかも知れないが、まあ、ブログはタダなのだし、我慢して下さい!)。
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