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「下流を生きる知恵」はあるか ~タクシー論争から考えてみる~

 当ブログのアクティブなコメンテーターのお一人である「作業員」さんには、「竹中平蔵氏と・・・・」のエントリーに豊富なコメントを頂いており、「偽装請負」の問題をはじめとして、私も多くのご教示を受けました。しかし、さすがに、このエントリーにはコメントが200以上付いていて、これを追って読むのは、特に新規の読者に取って難しい状態になってきたので、別のエントリーを立てようと思い、ご相談したところ、「下流を生きる知恵」というタイトルのエントリーがいい、というお答えを頂きました。



 下流を生きる知恵といっても、何から話を始めるのがいいか、手の付け方が難しいのですが、ちょっと面白い議論を見つけたので、ご紹介してみます。

 橘木俊詔氏の新刊「格差社会 ~何が問題なのか~」(岩波新書)を読んでいたら、「規制緩和と非正規雇用」と小見出しのついた項目があり(p45~)、労働市場の規制緩和で派遣の対象職種が増えたことなど労働市場の規制緩和は、「格差の拡大という点から考えると、労働市場の規制緩和はそれほど重要な要素ではない、と私は考えています」とあって(これ自体が、論点として面白いかも知れませんが)、その後に、「むしろ産業ににおける企業参入の自由化といった規制緩和の方が、格差の拡大については、より重要な問題ではないかと考えます」とあって、例としてタクシー業界の話を取り上げています。

 詳しくは先の本を読んでいただきたいと思いますが(データ、論点が豊富なので、値段分の効用は十分あります)、タクシーの参入規制の緩和によって、タクシー台数が増えて、タクシー1台当たりの売上が減り、タクシー運転手の収入が減った、ということに触れられており、「企業の参入障壁を外して、どの企業でもビジネスを可能にするようにした、という意味での規制緩和の効果は、賃金の格差拡大につながったと私は判断しています。」とあります。
 
 次の段落で、橘木氏は、規制緩和推進側からの意見として、「タクシーの台数増加はタクシー料金の低下を促したので、消費者一般の利益は大きい、あるいはタクシー運転手の増加は失業率を低下させる効果をもたらした、といった主張がある」と紹介しています。これは、例えば中川秀直氏の著書「上げ潮の時代」の中でも取りあげている話題なので、橘木氏は、これを意識していおられたかも知れません。
 
 橘木氏は「これらのメリットとタクシー運転手の所得低下というデメリットのどちらが大きいのかについては、簡単には判断できません。ただ、失業率を低下させる政策の効果を論じるのであれば、タクシーの台数を増加させて雇用を増やすのではなく、他の業種の仕事の増加ではかる方が正当ではないかと考えます。」と書かれています。

 一方、中川氏の著書では、「規制緩和反対論者が例に出すのは、タクシーの参入規制の緩和である。しかし、これは反論になっていない。逆であるからだ。参入障壁がなくなったために、雇用が確保されて、タクシーの職に就かなければ失業したはずの人が救われたのではないか。また、タクシー利用者の利便が増したのではないか」(p51)とあります。

 東京で暮らしている実感としては、たとえば、銀座から深夜にタクシーに乗って帰宅する際、対向車線に「空車」が列をなして走っていて(延々と並んで止まっていることもありますが)、「空車」という赤い文字が、酔眼には、提灯行列のように見えることがあります。銀座方面に向かったタクシーが全てお客を乗せられるわけではなさそうだし、この調子では大変だろうなあ、と思うところですが、利用者である私自身は、タクシーに直ぐに乗れること、個人タクシーの深夜料金割り増しが通常の3割ではなく2割であること、などのメリットを確かに受けています。(タクシーがあふれかえりすぎて渋滞することが時にあり、これはデメリットですが、例外と考えていいでしょう)

 運転手さんに売上状況を訊いてみると、過半数の方が、以前よりも生活が苦しくなっている、と答えます。また、老若を問わず、新人の運転手さんに当たることが少なくないので、都内の道に詳しくない私は(四半世紀以上ペーパードライバーです)道の指示に苦労します。ただ、競争が厳しいとはいえ、彼らが、取りあえず職を得ていることも事実です。

 議論としては、たとえば、タクシーは供給が制限されているという前提でかつて投資を行ったタクシー経営者や個々の運転手は、ある種の既得権を侵害されたといえますが、この「競争制限」の期待自体が一般論として正当なものとは言えないでしょうから、彼らにある程度の配慮をする余地があるとしても、タクシーの規制緩和自体は「良いことだった」と、私は考えます。

 中川説に賛成票を一票ということですが、もっとも、橘木さんの書き方は、メリット・デメリットを比較して結論を出したわけではなく、「失業率を低下させる政策の効果を論じるのであれば」と別の議論にスイッチしているので、彼の議論が間違いだ、とは言えません。

 また、景気に関わるマクロの政策を別とすると、タクシーの規制緩和それ自体は、僅かながらでも社会全体としての、生産の拡大と経済厚生の向上につながっているように思えます。タクシーの規制緩和をしない方が良かった、という議論を構成するのは、なかなか難しいように思います。

 私の結論は、「規制緩和は、経済全体にとってプラスだろう。しかし、当事者にとっては甘くない」というものです。「甘くない」と言うと、「冷たい」、「そこを何とかする方法を聞きたい(考えろ!)」と言われがちなのですが、事実なのだから、先ずはこれを受け入れて、ここから出発するより仕方がないと思います。

 それでは、たとえば、タクシーの運転手になってはみたものの、これではとても食べていけないという状況にある運転手さんは、どうすればいいのでしょうか?

 作業員さま、この辺から、出番でいかがでしょうか!

<本エントリーは、作業員さんにコメントを頂くことを想定して書いたものですが、他の方のコメントも大いに歓迎いたします>
コメント ( 143 ) | Trackback ( 0 )
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