ネコの知られざる世界(1)―歴史に翻弄されたネコ―
今回、ネコについて書こうと思い立ったのは、我が家の庭を近所のネコ(複数)が、
まるで自分たちの通路のように我が物顔で闊歩するようになったことがきっかけでし
た。一体、ネコはどんな了見で他人の家の庭に勝手に進入しているのか知りたくなり、
ネコについていろいろ調べてみました。
いうまでもなくネコはペット界を二分する、私たちに身近な動物です。ネコ好きにと
っては知っていることばかりかと思いますが、まずは、ネコは人間社会とのかかわり
の中でどのように扱われてきたのかの歴史をおさらいしておきます。
世界のネコ事情
イエネコの祖先はアフリカに生息していたリビアヤマネコで、農耕が始まった1万年
ほど前に人間の近くで暮らし始めたと考えられています(注1)。
藪の中のリビアヤマネコ
出典 (注1)
その最も早い証拠は、1万年前のキプロスでネコの墓が見つかっています。ただし、
当時のネコが、果たして野生のネコなのか、飼育され家畜化された飼いネコ(つまり
イエネコ)なのは分かりません。
最近の研究によれば、イエネコの祖先にはふたつの系統があり、より古い方の祖先は、
紀元前4400年頃に西南アジアからヨーロッパへと拡散した。ネコは紀元前8000年頃
からティグリス川とユーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」の農村周辺
をうろつくようになり、そこでネズミを退治したい人間たちと、互いに利益のある共
生関係を築いていった。
クラウディオ・オットーニ氏はDNA鑑定から、ネズミは、人間の文明が生み出す穀
物や農業の副産物に引き寄せられる。ネコはネズミの後をついてきた結果、人間の居
住地域に頻繁に近づくようになったのだろう、との結論に至りました。
彼によれば、「おそらくはこれが人間とネコとの最初の出会いでしょう」「人間がネ
コを捕まえてきて檻に入れたわけではありません」。つまり人間は、いわばネコが自
ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけだったという(注2)。
飼いネコとなった明らかな証拠として、古代エジプトで紀元前1400年ころのテーベの
墓から出土した壁画に、狩猟する男性の傍らにたたずむネコの姿が描かれています。
ネコは、穀物をネズミの害から守るため、あるいは猛毒の蛇コブラ除けのために飼わ
れていたようです。
他方、ネコはバステスト女神という音楽や踊りを好む受胎と豊穣の神様として崇拝さ
れ、ネコが死ぬとミイラにして大切に埋葬されました。
古代エジプトのネコのミイラ
出典 (注2)の『日経新聞』
古代エジプト時代にはネコの国外への持ち出しは禁止されていましたが、ローマとの
戦争に負けてネコも国外に持ち出されるようになりました。特にローマ軍が進軍する
際に、軍の食料を守るためにネコが連れてゆかれ、世界各地に広がったとされていっ
たとされています。
イギリスからは、子供が猫を抱く姿が彫られた紀元1~2世紀の墓石が見つかってい
ます。この時代には裕福層の間でネズミの駆除と同時にペットとしても飼育されてい
たことが分かります。
ところが中世にはキリスト教が夜行性であること、人の命令に従わないといった、猫
特有の性質が悪魔的だとみなされ、ネコは魔女の手先として迫害をうけるようになり
ました。
実際、多くのネコが“処刑”され、殺され、ネコは激減しました。
しかし近世に入り、ペストがヨーロッパで大流行し、多数の死者が出るようになった
ことをきっかけに、ネコへの評価が一変しました。
当時は、ペストはネズミが媒介する伝染病だと考えられており、ネズミを駆除してく
れるネコの有用性が改めて評価されるようになりました。
15世紀~17世紀半ばの大航海時代には、世界中の海の探索や交易が盛んになりました。
元々ネコは古代から船の積み荷や食料、船そのものの躯体をネズミの害から守るため、
またネズミによる病気の蔓延を防ぐために船に同乗していました。
同乗した猫は「船乗り猫(Ship’s cat)」と呼ばれ、船の安全の守り神として、そして
乗組員たちの良き相棒として活躍しました。
ここに至ってネコは、再びネズミの駆除という役割の他に、「守り神」として、また
乗組員の相棒として、つまりペットとして人間の生活に定着していったのです。
ここで重要なことは、大航海時代にネコが世界中に広まったという点です。
近代には、ネズミ駆除というより、ペットとしての飼育が一般的となり現在に至っ
ています(注3)。
日本におけるネコ事情(注4)
日本における家畜化されないネコ(ヤマネコと総称される)としては、対馬と西表
島にベンガルヤマネコ属の亜種がいます。
すなわち前者にはツシマヤマネコが、後者にはイリオモテヤマネコが生息し、両者
とも一応在来種と考えられており、天然記念物の指定を受けています。
最古のイエネコ(飼い猫)の証拠は、弥生時代後半(6~7世紀)に発見された橈
骨(前腕の骨)とされています。当時交易のあった韓国でもその時代の貝塚にネコ
の骨が発見されていることなどから、このネコはイエネコであると思われます。
ネコは奈良時代、中国から経典をネズミから守るために輸入されたはずでしたが、
日本では早くから貴族の愛玩動物として大切に可愛がられたようです。
平安初期に書かれた「日本現報善悪霊異紀(通称日本霊異紀)」で、この中に狸とい
う記述があり、これが猫の意味であるとされています。確実な記録は(平安時代)
「宇多天皇御記」(889年)で、唐から来た黒猫についての記述があります。
この時代は、貴族の間だけとはいえ、猫がネズミを捕るための家畜動物から、希少
な愛玩動物へと変わっていった時代とも言えます。
その後ネコは長い間、「ネズミの害から穀物や書物などを守る」という本来の仕事
をせず、貴族や裕福層の間でペットとして繋がれて飼われるようになっていました。
当時、野良犬か使役、または食用とされてきたイヌとは大いに異なります。
室町時代に入ってもその傾向は続きましたが、ネズミ害を食い止めるためにちゃん
と仕事をするように、ということから安土桃山時代の慶長七年、「京都中の猫を放し
飼いにするように」「売買禁止」との法令が出されました。ネズミの害は減ったよう
ですが、野良猫が現れるようになったともされています。
また、徳川綱吉の「生類憐みの令」が1687年に発令されると、猫の放し飼いが一般
的となり、野良猫はさらに増加しました。
しかし江戸時代には、ネコは愛玩用でもありますが、何を考えているかわからない
といったイメージから「化け猫」のように一種の不気味さをもって描かれることも
ありました。
明治以降になるとヨーロッパから洋猫が流入し、庶民の間でもネコが飼われるよう
になりました。しかし戦後、特に高度経済成長期以降、欧米の犬文化が流入すると
愛玩ペットとしてはネコに加えてイヌも急速に増え、この二つがペット界を二分す
るようなりました。
しかし、イヌを飼うには広い面積が必要で、近年は毎年狂犬病や狂気に対する予防
接種が義務付けられお金もかかります。さらに雨風の時でも暑さ寒さにかかわらず
散歩に連れてゆかなければならないなど、手がかかります。
これにたいしてネコを飼うには場所も広い場所も要らないし、散歩に連れてゆく必要
もありません。私もかつてイヌを飼っていましたが、雨の日も寒い日も散歩に連れて
行くのが大きな負
担でした。
最近、近所の森に散歩に行くと、イヌを連れている人がたくさんいますが、そのイヌ
はほとんどが小型犬で、中型犬さえほとんど見ません。やはり、中型犬以上になると、
散歩も大変なのでしょう。
こんな事情を反映しているのか、2023の飼育数を見ると、イヌが684万匹で、ネコ
が907万匹で、イヌは前年から20万匹減少しています。
ところで、私たちが動物を“ペット”として飼うという場合、日本語の“愛玩動物”という
言葉が示すように、人間が動物を可愛がるという方向をイメージしがちですが、実際
にはこの点がかなり変化しているように思います。
つまり、最近ではネコに限らず、人はペットを愛玩の対象としての動物というよりむし
ろ人間と同等のパートナーとして認識しているのではないかと思います。
ネコも犬も飼い主は、ペットには人間の名前を付け、他人に話すときには “うちの子”
と言ってはばかりません。
最近では、人がペットを飼うのは、むしろ動物に癒してもらい、孤独を癒してもらうな
ど救いを求めるという側面がだんだん強くなってきているのではないでしょうか?
この場合には、動物が人間に依存しているのではなく、むしろ人間が精神的に動物に依
存しているといった方が正しいのかも知れません。
私も子供のころ、辛いことや悲しいことがあると、飼いネコに一生懸命訴えた記憶があ
ります。
動物の癒し効果を利用して心の問題の治療を行うことを「アニマル・セラフィー」と言
いますが、ネコはこの目的にとってピッタリの動物です。
ネコにはこれと言って急ぎの問題があるわけでなく、日がな一日寝ている印象がありま
す。まるで、人間に対して“そんなにあくせく動き回ってどうするの”と言っているよう
です。そんな
姿を見ているだけで、なんとも平和で見ているだけで心なごみます。
ストレス過多の現代社会においては、ネコが醸し出す、のんびりとして屈託のなさ、お
おらかさがとっても癒しになります。
ネコは、イヌのように飼い主に向かって、しっぽを振りながら駆けつけることはありま
せんが、機嫌さ良ければネコは人間に抱かれておとなしくしています。この感覚が実に
癒しになります。
機嫌が良くないときは、飼い主が名前を呼んでも知らんふりする一方、自分がかまって
ほしい時、エサを欲しい時には頭を人間の足にこすりつけるようにして甘えます。
つまり、ネコは人間の機嫌をとるでもなく、”自らの生活の方針”(なんてものがあればの
話ですが)を貫き通します。自分を通すことができにくい現代社会に生きる私たちにと
って、ネコのこうした身勝手さ我儘、良く言えば”自律心”はうらやましくもあり、ネコ
の魅力の一つです。
次回はネコの生態学的側面や日常行動について考えてみます。
注
(注1)ネコの進化・系統的説明については、『子猫のへや』
https://www.konekono-heya.com/history/evolution.htmlを参照
(注2)『日経ナショナル ジオグラフィック』(2017/7/3
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO18021730T20C17A6000000?channel=D F130120166020&nra&page=2
『日経新聞』(デジタル版 2017年7月3日 5:40
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO18021730T20C17A6000000/
(注3『にゃんペディア』(世界)更新日:2023年9月20日
https://nyanpedia.com/world_history/
(注4)『にゃんぺディア』(日本 更新日:2023年5月19日)
https://nyanpedia.com/japanese_history/
『猫との暮らし大百科』(2021年6月30日)
https://www.anicom-sompo.co.jp/nekonoshiori/5890.html#:~:text
今回、ネコについて書こうと思い立ったのは、我が家の庭を近所のネコ(複数)が、
まるで自分たちの通路のように我が物顔で闊歩するようになったことがきっかけでし
た。一体、ネコはどんな了見で他人の家の庭に勝手に進入しているのか知りたくなり、
ネコについていろいろ調べてみました。
いうまでもなくネコはペット界を二分する、私たちに身近な動物です。ネコ好きにと
っては知っていることばかりかと思いますが、まずは、ネコは人間社会とのかかわり
の中でどのように扱われてきたのかの歴史をおさらいしておきます。
世界のネコ事情
イエネコの祖先はアフリカに生息していたリビアヤマネコで、農耕が始まった1万年
ほど前に人間の近くで暮らし始めたと考えられています(注1)。
藪の中のリビアヤマネコ
出典 (注1)
その最も早い証拠は、1万年前のキプロスでネコの墓が見つかっています。ただし、
当時のネコが、果たして野生のネコなのか、飼育され家畜化された飼いネコ(つまり
イエネコ)なのは分かりません。
最近の研究によれば、イエネコの祖先にはふたつの系統があり、より古い方の祖先は、
紀元前4400年頃に西南アジアからヨーロッパへと拡散した。ネコは紀元前8000年頃
からティグリス川とユーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」の農村周辺
をうろつくようになり、そこでネズミを退治したい人間たちと、互いに利益のある共
生関係を築いていった。
クラウディオ・オットーニ氏はDNA鑑定から、ネズミは、人間の文明が生み出す穀
物や農業の副産物に引き寄せられる。ネコはネズミの後をついてきた結果、人間の居
住地域に頻繁に近づくようになったのだろう、との結論に至りました。
彼によれば、「おそらくはこれが人間とネコとの最初の出会いでしょう」「人間がネ
コを捕まえてきて檻に入れたわけではありません」。つまり人間は、いわばネコが自
ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけだったという(注2)。
飼いネコとなった明らかな証拠として、古代エジプトで紀元前1400年ころのテーベの
墓から出土した壁画に、狩猟する男性の傍らにたたずむネコの姿が描かれています。
ネコは、穀物をネズミの害から守るため、あるいは猛毒の蛇コブラ除けのために飼わ
れていたようです。
他方、ネコはバステスト女神という音楽や踊りを好む受胎と豊穣の神様として崇拝さ
れ、ネコが死ぬとミイラにして大切に埋葬されました。
古代エジプトのネコのミイラ
出典 (注2)の『日経新聞』
古代エジプト時代にはネコの国外への持ち出しは禁止されていましたが、ローマとの
戦争に負けてネコも国外に持ち出されるようになりました。特にローマ軍が進軍する
際に、軍の食料を守るためにネコが連れてゆかれ、世界各地に広がったとされていっ
たとされています。
イギリスからは、子供が猫を抱く姿が彫られた紀元1~2世紀の墓石が見つかってい
ます。この時代には裕福層の間でネズミの駆除と同時にペットとしても飼育されてい
たことが分かります。
ところが中世にはキリスト教が夜行性であること、人の命令に従わないといった、猫
特有の性質が悪魔的だとみなされ、ネコは魔女の手先として迫害をうけるようになり
ました。
実際、多くのネコが“処刑”され、殺され、ネコは激減しました。
しかし近世に入り、ペストがヨーロッパで大流行し、多数の死者が出るようになった
ことをきっかけに、ネコへの評価が一変しました。
当時は、ペストはネズミが媒介する伝染病だと考えられており、ネズミを駆除してく
れるネコの有用性が改めて評価されるようになりました。
15世紀~17世紀半ばの大航海時代には、世界中の海の探索や交易が盛んになりました。
元々ネコは古代から船の積み荷や食料、船そのものの躯体をネズミの害から守るため、
またネズミによる病気の蔓延を防ぐために船に同乗していました。
同乗した猫は「船乗り猫(Ship’s cat)」と呼ばれ、船の安全の守り神として、そして
乗組員たちの良き相棒として活躍しました。
ここに至ってネコは、再びネズミの駆除という役割の他に、「守り神」として、また
乗組員の相棒として、つまりペットとして人間の生活に定着していったのです。
ここで重要なことは、大航海時代にネコが世界中に広まったという点です。
近代には、ネズミ駆除というより、ペットとしての飼育が一般的となり現在に至っ
ています(注3)。
日本におけるネコ事情(注4)
日本における家畜化されないネコ(ヤマネコと総称される)としては、対馬と西表
島にベンガルヤマネコ属の亜種がいます。
すなわち前者にはツシマヤマネコが、後者にはイリオモテヤマネコが生息し、両者
とも一応在来種と考えられており、天然記念物の指定を受けています。
最古のイエネコ(飼い猫)の証拠は、弥生時代後半(6~7世紀)に発見された橈
骨(前腕の骨)とされています。当時交易のあった韓国でもその時代の貝塚にネコ
の骨が発見されていることなどから、このネコはイエネコであると思われます。
ネコは奈良時代、中国から経典をネズミから守るために輸入されたはずでしたが、
日本では早くから貴族の愛玩動物として大切に可愛がられたようです。
平安初期に書かれた「日本現報善悪霊異紀(通称日本霊異紀)」で、この中に狸とい
う記述があり、これが猫の意味であるとされています。確実な記録は(平安時代)
「宇多天皇御記」(889年)で、唐から来た黒猫についての記述があります。
この時代は、貴族の間だけとはいえ、猫がネズミを捕るための家畜動物から、希少
な愛玩動物へと変わっていった時代とも言えます。
その後ネコは長い間、「ネズミの害から穀物や書物などを守る」という本来の仕事
をせず、貴族や裕福層の間でペットとして繋がれて飼われるようになっていました。
当時、野良犬か使役、または食用とされてきたイヌとは大いに異なります。
室町時代に入ってもその傾向は続きましたが、ネズミ害を食い止めるためにちゃん
と仕事をするように、ということから安土桃山時代の慶長七年、「京都中の猫を放し
飼いにするように」「売買禁止」との法令が出されました。ネズミの害は減ったよう
ですが、野良猫が現れるようになったともされています。
また、徳川綱吉の「生類憐みの令」が1687年に発令されると、猫の放し飼いが一般
的となり、野良猫はさらに増加しました。
しかし江戸時代には、ネコは愛玩用でもありますが、何を考えているかわからない
といったイメージから「化け猫」のように一種の不気味さをもって描かれることも
ありました。
明治以降になるとヨーロッパから洋猫が流入し、庶民の間でもネコが飼われるよう
になりました。しかし戦後、特に高度経済成長期以降、欧米の犬文化が流入すると
愛玩ペットとしてはネコに加えてイヌも急速に増え、この二つがペット界を二分す
るようなりました。
しかし、イヌを飼うには広い面積が必要で、近年は毎年狂犬病や狂気に対する予防
接種が義務付けられお金もかかります。さらに雨風の時でも暑さ寒さにかかわらず
散歩に連れてゆかなければならないなど、手がかかります。
これにたいしてネコを飼うには場所も広い場所も要らないし、散歩に連れてゆく必要
もありません。私もかつてイヌを飼っていましたが、雨の日も寒い日も散歩に連れて
行くのが大きな負
担でした。
最近、近所の森に散歩に行くと、イヌを連れている人がたくさんいますが、そのイヌ
はほとんどが小型犬で、中型犬さえほとんど見ません。やはり、中型犬以上になると、
散歩も大変なのでしょう。
こんな事情を反映しているのか、2023の飼育数を見ると、イヌが684万匹で、ネコ
が907万匹で、イヌは前年から20万匹減少しています。
ところで、私たちが動物を“ペット”として飼うという場合、日本語の“愛玩動物”という
言葉が示すように、人間が動物を可愛がるという方向をイメージしがちですが、実際
にはこの点がかなり変化しているように思います。
つまり、最近ではネコに限らず、人はペットを愛玩の対象としての動物というよりむし
ろ人間と同等のパートナーとして認識しているのではないかと思います。
ネコも犬も飼い主は、ペットには人間の名前を付け、他人に話すときには “うちの子”
と言ってはばかりません。
最近では、人がペットを飼うのは、むしろ動物に癒してもらい、孤独を癒してもらうな
ど救いを求めるという側面がだんだん強くなってきているのではないでしょうか?
この場合には、動物が人間に依存しているのではなく、むしろ人間が精神的に動物に依
存しているといった方が正しいのかも知れません。
私も子供のころ、辛いことや悲しいことがあると、飼いネコに一生懸命訴えた記憶があ
ります。
動物の癒し効果を利用して心の問題の治療を行うことを「アニマル・セラフィー」と言
いますが、ネコはこの目的にとってピッタリの動物です。
ネコにはこれと言って急ぎの問題があるわけでなく、日がな一日寝ている印象がありま
す。まるで、人間に対して“そんなにあくせく動き回ってどうするの”と言っているよう
です。そんな
姿を見ているだけで、なんとも平和で見ているだけで心なごみます。
ストレス過多の現代社会においては、ネコが醸し出す、のんびりとして屈託のなさ、お
おらかさがとっても癒しになります。
ネコは、イヌのように飼い主に向かって、しっぽを振りながら駆けつけることはありま
せんが、機嫌さ良ければネコは人間に抱かれておとなしくしています。この感覚が実に
癒しになります。
機嫌が良くないときは、飼い主が名前を呼んでも知らんふりする一方、自分がかまって
ほしい時、エサを欲しい時には頭を人間の足にこすりつけるようにして甘えます。
つまり、ネコは人間の機嫌をとるでもなく、”自らの生活の方針”(なんてものがあればの
話ですが)を貫き通します。自分を通すことができにくい現代社会に生きる私たちにと
って、ネコのこうした身勝手さ我儘、良く言えば”自律心”はうらやましくもあり、ネコ
の魅力の一つです。
次回はネコの生態学的側面や日常行動について考えてみます。
注
(注1)ネコの進化・系統的説明については、『子猫のへや』
https://www.konekono-heya.com/history/evolution.htmlを参照
(注2)『日経ナショナル ジオグラフィック』(2017/7/3
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO18021730T20C17A6000000?channel=D F130120166020&nra&page=2
『日経新聞』(デジタル版 2017年7月3日 5:40
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO18021730T20C17A6000000/
(注3『にゃんペディア』(世界)更新日:2023年9月20日
https://nyanpedia.com/world_history/
(注4)『にゃんぺディア』(日本 更新日:2023年5月19日)
https://nyanpedia.com/japanese_history/
『猫との暮らし大百科』(2021年6月30日)
https://www.anicom-sompo.co.jp/nekonoshiori/5890.html#:~:text