山形の森 保守醒論

山形から発信する内外の時評ブログ!

民主党・鳩山由紀夫幹事長の忸怩

2008-01-21 23:36:08 | Weblog
「ガソリン国会」なる大上段を掲げた、民主党の国対戦術、民主党・鳩山由紀夫幹事長の忸怩が見える。
ブログ子は鳩山からの電話を自下に受けたことがある。
(贈書に対する)礼電であった。 敬語使いは紳士そのもので丁寧なものだった。
さすが、鳩山家の坊ちゃんと感じさせたが、“果して無像の政界で輝ける人物なのだろうか?”と思ったものだ。
ましてや、“Oh、ザ悪”の権化とも言える小沢一郎を先陣に国政奪還を謀ることが、鳩山家の政治DNAに合致しているのか、と考えると違和感しか残らない。
祖父鳩山一郎こそ、真正保守派一統で、吉田茂の保守派と相構える政権交代出来うる二大政党政治体制の時があった。
GHQによる国家解体の狭間で、害毒な“マルクス主義思想”が入り込み、感染、腐敗菌が蔓延した。
政局最優先の小沢と、現実理性を抑えた鳩山を一体に見ることこそ茶番だ。 されど政治家に忸怩で終ることは許されない。
況してや、鳩山一郎の血を引く政治家として「日本人の保守」たる意味を感じ取れば、自ずと道は見えるはずだが。
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朝日新聞の「宏池会・保守本流」は欺瞞→アサヒる

2008-01-21 21:14:39 | Weblog
旧宏池会の古賀派と谷垣派が合流を発表した。
朝日新聞をはじめとするメディアは、「宏池会」を“保守本流”と表するが、それは如何なものか。
両派は、(政局が読めない)SYピエロ加藤の「?道化の乱」で宏池会第2次分裂となったのだが、宮沢喜一前宏池会会長の「保守」なる理解と認識はどうだったのか?、について興味引く発言がある。
首相退任後に田原聡一朗のインタビューで、「あなたは、最初から保守政治家だと思いますか。保守とはどういうことなのか?」の問いに、宮沢は「一方に社会主義、そして共産主義というのがありました。当時革新と称されていましたがね。私は社会主義、共産主義には反対で、本当は資本主義と言いたいのだけれど、これはまた別のインプリケーション(言外・含蓄)を持つものだから、マーケットエコノミーと言いましょう。それが保守だと私は捉えています」と答えている。
お分かりの通り、宮沢の理解する「保守(政治家)」は経済的見地(資本主義体制)からのみで、国柄などの発想は出てこないのである。
日本人国家として長年培われてきた“歴史や文化の伝承”などは見えず、これが朝日新聞などのメディアが「宏池会・保守本流」と報道する欺瞞(アサヒる)の正体なのだ。
確かに、池田勇人が1957.6「宏池会」を結成した当時は、安全保障問題等において“(日本)保守”を感じさせる言動があったが、暗愚の鈴木内閣(宮沢官房長官)を経て「宮沢宏池会」の“保守DNA”は著しく減退した。
宮沢喜一は首相在任時、靖国神社に参拝(1992.11頃、未確認)したと伝えられる。
加藤紘一(官房長官)は、「宮沢さんに『参拝してきたので遺族会に言ってくれ(参拝の約束は果した)』と言われ、『いつ行かれたのか?』と聞いたら、『あなたに言うことではない(宮沢は加藤を信頼していない。この関係が分裂にも繋がる)』と言われ、苦労した」と自書している。
保守の観点からすると加藤より、それでも宮沢の方がまだましなのだ。
首相の靖国参拝を批判する加藤は、近接の衆議院九段宿舎に居住、(参拝するでもなく)靖国神社隣設の遊就館を幾度となく訪れ、展示批判の粗探しをして米国・中国等に(悪意解釈を)触れ回る。
過去のこととは言え、このような「売国政治家」を会長に頂いた政策集団「宏池会」のDNAに“保守”を呼称する術を見いだせない。
朝日新聞の“欺瞞→アサヒる”なみだ。(山形3区・保守有権者の奮起に期待したい)
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