鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

八橋(杜若)図鐔 加賀金工

2010-05-31 | 
八橋(杜若)図鐔 加賀金工


八橋(杜若)図鐔 無銘加賀金工

 肥後の作品でも紹介したが、八橋図は広く好まれた図の一つでもある。それ故に様々に意匠されている。この鐔は、加賀金工の手になるもので、能楽として演じられた『杜若』図。表に橋と杜若を描き、裏は能を想わせる意匠としている。
 素銅地はやわらか味があり、古典的な緊張感の漂う赤銅地とは風合いを異にしている。水面は銀の線象嵌、杜若は金平象嵌による陰陽の表現、橋は朧銀高彫象嵌、金平象嵌、赤銅平象嵌と色金を違えている。
 自然の中の景色というより、雨の落ちてきそうな空の下、水辺に立って眺めたその風景の印象を解きほぐしながら図にしているような、素敵な構成の作品である。

薬玉図目貫

2010-05-30 | 目貫

薬玉図目貫 無銘

 薬玉(くすだま)を割ってきらびやかな場を演出することがある。これも時期を逸してしまったが、本来は五月五日、端午節句にかかわる伝統的な飾り物である。薬玉と呼ぶように、薬種を集めて束にして吊り下げておいたもので、その香りそのものも薬効を求めるためのもの。
 薬玉には、二種類あることはあまり知られていない。端午節句の薬玉と、半年後の重陽の節句に飾られる茱萸袋(ぐみぶくろ)である。いわば秋以降に用いる薬と考えれば良い。
 表に薬玉を、裏目貫に茱萸袋を描き、赤銅地を高彫にし、金銀の色絵を華やかに施している。□

藤図小柄 二題

2010-05-29 | 小柄
藤図小柄 二題

 

藤図小柄 銘 戸張富久(花押)


藤図二所物 銘 筆心斎保尭(花押)

 藤の季節も過ぎてしまったが、綺麗な図柄の作品であるため紹介する。いずれも平象嵌の技法を駆使した繊細な趣の漂う作品。赤銅地を石目地に仕上げ、富久(とみひさ)の場合には葉を金で、独特の藤色をイメージさせる銀で花を平象嵌している。保尭(ほきょう)の作は総てが金だが、金の色調を二種類用いて変化を楽しんでいる。
 平象嵌を用いた金工作品の多くが地金を石目地に仕上げている。石目地とは表面に微細な点刻を施してマット状に仕上げる手法で、渋い光沢を呈する特徴がある。これに対して磨地とは、鏡面のように平滑に仕上げるもので、光沢が強い特徴がある。これにより、金や銀の平象嵌部分の光沢を印象付けるための工夫と考えるが、確かに図柄の華やかさは際立っている。
 平象嵌の魅力は、線状象嵌がより繊細に観察される点にもある。加賀金工の作例を紹介したこともあるが、幅が0.1~0.2ミリという作例もある。
 いずれも製作の時代は江戸後期。□

雨龍図鐔 甚吾 Jingo Tsuba

2010-05-28 | 
雨龍図鐔 甚吾


雨龍図鐔 無銘甚吾

 大振りで角木瓜形の、地鉄の強みの感じられる鐔。鉄地の表面には鎚の痕跡を鮮明に残してその肌合いを鐔の景色とし、甚吾独特の手法になる主題の周囲をごくわずかに鋤き込んで主題に布目象嵌を施している。なにより、画面からはみ出さんばかりに鐔全体を用いて龍の姿を描いているところに魅力がある。殊に凹凸の激しい地面は乱雲。裏面には三鈷を描き添えるのも甚吾得意の表現。同趣の作品は得意としたものであろうか、あるいは守護の意味から製作の依頼が多かったものであろうか。中でも殊に迫力に満ち満ちた作例である。□


唐草文図鐔 西垣

2010-05-27 | 
唐草文図鐔 西垣




唐草文図鐔 無銘西垣

 平田の技術を手本とし、独自の風合いを探り出した西垣の特色が良く現われている作。地金は真鍮地で、同心円を鋤き込んで円相を示しているところはまさに平田。さらに文様を腐らかしの手法で薄肉に表現する手法も実は平田にある。ただし、西垣の文様表現は、この作品のように、複雑で緻密な唐草がもつ古典への回帰と新趣との調和を成功させているところにある。文様の低い部分には漆を潜ませたのであろうか黒っぽく沈んでおり、古寂な風合いのある真鍮地の魅力をさらに強くしている。これを拡大すると、石目地処理されていることがわかり、手の込んだ描法であることが再認識させられる。
 配されている文様は抱杏葉紋で、鍋島氏、大友氏など九州の武将が用いた家紋である。左右の櫃穴を餌畚形の大透として、その縁には鋤き込んだ鏨の痕跡を意図的に残して装飾としている。素敵な、そして美しい鐔である。□

引両に投桐透図鐔 神吉

2010-05-26 | 
引両に投桐透図鐔 神吉


引両に投桐透図鐔 無銘神吉

 林又七にもみられる引両に桐を組み合わせた図だが、これにやはり又七が得意とした唐草文を施して華を与えた作。引両は華麗な二重唐草文が施されて幔幕を想わせる。この見越しの桐であり、絵画的な風合いの文様でもある。この桐の葉の意匠は深信と楽壽どちらの極めの鐔にもある。美しい作品である。

老松透図鐔 神吉

2010-05-26 | 
老松透図鐔 神吉


老松透図鐔 無銘 神吉

 代の遡る肥後鐔には遠見松図や老松図がある。他国の金工にも同図がある。この鐔は、同じ題を得ながらも洒落た図案とした作。鉄味は鎚の痕跡を残して古風な肌合いとしており、林初代を狙ったように見せるも、実は構成に強い個性を見出そうとしていることが良くわかる作品である。

対鶴図鐔 神吉楽壽

2010-05-25 | 
対鶴図鐔 神吉楽壽


対鶴図鐔 無銘楽壽

かみよし楽壽(らくじゅ)極めの対鶴図鐔である。遠目での鑑賞では左右の櫃穴が松皮菱の意匠とされている菊花丸形鐔という印象しかないのだが、仔細に観察すると、ここに毛彫で巴状に鶴が意匠されていることがわかる。洒落た意匠、巧みな構成である。江戸時代も後期に至ると肥後金工にも多彩な世界観が広がる。鶴を題に得た作品は他国他流派にも多くみられる。だがこのような作品を眺めると、確かに肥後独特の風合いが潜んでいる。さすが、と頷ける作品である。

蕨手透図鐔 神吉深信 Kamiyoshi Fukanobu Tsuba

2010-05-24 | 
蕨手透図鐔 神吉深信


蕨手透図鐔 銘 神吉深信

 左右大透に蕨手(わらびて)を巴に意匠した林極めの鐔を紹介した。簡潔な意匠で蕨手を構成した美空間は林又七や重光極めの作にも見られる。この鐔は林の流れを汲む神吉深信(かみよしふかのぶ)の、構成の美しい作。鉄味は初代の美意識を受け継いで緊密に詰み、しかも新鮮味漂う極上質。
 蕨手とは唐草の先端部に当たり、蔓草などの成長点のように万物の伸長していく様子が意匠されたもの。そこまで感じとらずとも、この構成を単純に美しいと眺めれば充分であろう。透かしの造形がゆったりとした曲線によるゆえか、動きがある構図ながら安堵感と言うか安心感に満ちている。□

枯木象嵌図鐔 林

2010-05-22 | 
枯木象嵌図鐔 林


枯木象嵌図鐔 無銘林

 唐草が生命の強さを意味しているとすれば、枯木象嵌はその終焉の姿を意匠したものと言い得よう。植物の枯れて朽ちてゆく様子を題に得るということは、その背後に来年の春には再び芽を出し葉を茂らせることへの期待もある。そのような古典的な春秋の意識よりもむしろ、江戸時代には、枯木さえも生け花の要素として採り入れられたように、そこに美を感じる意識があることは間違いない。茶室の飾りは、過ぎることなく客人を楽しませることにある。花が多過ぎては時にわずらわしくもあり、一つの華を活かすために他の花を摘み取って客人を迎えた茶人もあったという。枯れた風情が茶の湯の美意識に採り入れられたこともある。必ずしも生気にみちた様子が好まれているわけではない。
 枯れた風情にも華を感じるのが肥後金工。この鐔の表面は鎚目地仕上げで微妙な抑揚があり、これが枯木象嵌の美しさを感じさせるにほど良い風合い。木瓜形の造り込みながら櫃穴にも枯木の要素を採っているが、これは過ぎたかもしれない。簡潔な板鐔仕立てのほうが枯木の美観が引き立てであろう。だが、この鐔も充分すぎるほどに美しい。

左右大透蕨手唐草文図鐔 林

2010-05-21 | 
左右大透蕨手唐草文図鐔 林


左右大透蕨手唐草文図鐔 無銘林

 左右の櫃穴を大きく開け、変わった形に意匠するのが肥後の特徴の一つ。動物、殊に鷹の餌を入れるための篭を餌畚と称すが、これに陰影が似ている透かしを左右の櫃穴として施すことが多く、これを餌畚透と呼んでいる。だが、果たして餌畚を意匠したものでろうか疑問である。茶を嗜んでおられる方であればよくご存知であろうが、この形を模したと言われる餌畚形建水など縁の張った器があり、筆者は餌畚そのものよりも、このような陰影を想いうかべてしまう。林又七の置縄透図鐔でも述べたが、肥後金工も、実は茶道具としての器物、餌畚の鉢を暗示させるこの形を想定していたものではないだろうか。
 精美な鉄地を造り上げた林又七は、その一方で、布目象嵌や彫込象嵌の手法を用いて美しい金の唐草文を装飾として施すを得意とした。この鐔の代別は断定されていないが又七極めに同趣の作がある。この鐔は鮮烈な金の描線により、二重唐草を濃密に施しており、地鉄も詰み澄んで美しいが、大胆な八ツ木瓜形、櫃穴に蕨手を採り込んでいる点も意匠として目をひくところ。

遠見松透図鐔 林重光

2010-05-20 | 
遠見松透図鐔 林重光


遠見松透図鐔 無銘 林重光

 どなたも遠く山陰に陽が沈む様子をご覧になったことがあろうかと思う。太陽を背景に木々は陰影となる。揺れながら落ちてゆくその楕円形のなかで松樹も揺れている。
 科学好きであった筆者は、子供の頃のことだが望遠鏡で太陽を観察したことがある。山の彼方に沈んでゆくその様子を思い出してしまった。筆者が育った長野は山が近く、望遠鏡がなくとも陽に写る木々の陰影は鮮明に確認できた。
 この鐔の意匠にはそのような印象がある。同図は又七が製作しており、本作は全く同じ仕立て、同じ質感、同じ感性で再現したもの。質の良い鉄地は色合い黒く、表面がねっとりとした感があり、素材そのものも鑑賞の要点。
 遠望の松樹は陽炎のような揺らぎの中で実体をあらわにしない。文様表現されてこそ美しいのである。

雲出八橋透図鐔 林重光

2010-05-19 | 
雲出八橋透図鐔 林重光


雲出八橋透図鐔 無銘林重光

 又七と同図を採りながらも独創を凝らした二代重光(しげみつ)の鐔。二代が初代をそっくりに写して製作することも間々あるが、それをせず、耳の幅広く景色の素材それぞれもしっかりと肉取りしており、横に長い櫃穴の様子も、骨太く構成して時代の上がる感を漂わせている。杜若の花の意匠も独創的だが、一方では水鳥を鐔の下方に布置するなど、文様表現が進んでいることも考察される。又七の作と比較して鑑賞されたい。□

八橋透図鐔 林又七

2010-05-18 | 
八橋透図鐔 林又七


八橋透図鐔 無銘林又七

 又七に任せるとこうなるのか、といった意匠構成の作品である。『伊勢物語』の東降りに取材した八橋(やつはし)図には我が国の伝統美が隠されている。和歌を基礎とする文学世界は、絵画にあるいは文様にと様々な分野で表現されているのだが、又七はこの鐔を生み出したのである。杜若と八枚の橋板、これに流れる雲を加えて雲出八橋(くもいでやつはし)と呼んでいる。着物の文様としても創案されているが、鄙びた風情の中に華が感じられる肥後鐔独特の空間、殊に又七の求めた陰影の表現には誰もが脱帽しよう。
 鉄地の美観も鑑賞の大きな要素。鉄色黒くねっとりとした光沢があり、表面には微妙に鎚の痕跡が残り、ここに素朴な毛彫が加えられている。透かしの切り口などには古寂な風合いが漂い、まさに計算された演出の結果があるように感じられる。掌中で楽しみたい作品である。

置縄(釜敷)透図鐔 林又七

2010-05-17 | 
置縄透図鐔 林又七

 
置縄透図鐔 無銘林又七

 緊張感に満ち満ちた、鉄そのものの美観を、楕円形の輪違い模様の中に表現した鐔。縄を置いただけの文様と捉えたものであろうか置縄文と呼んでいるが、筆者は茶道具の一つでもある釜敷きを意匠した図であると考えている。
 肥後鐔の背後にある茶の意識とは何であろうか。という疑問が起こると思う。茶の精神性が作品に表されることは不可能であろう。もっと感覚的であり、時には具象的な図案もあろう。後藤家の作品には茶道具をそのまま図として採った例も多々あり、他の流派にもある。肥後金工は茶道具を文様化しないとは言えまい。櫃穴を餌畚形にするのも餌畚が茶席を飾る道具として利用されたり、その造形が焼物に採られたりしているから。轆轤鑢文も茶道具に直接関わるし、見方によっては茶器の底の文様はまさに轆轤文である。装剣小道具における茶の美意識とは、様々な要素によって成り立っていると思う。置縄も茶道具を文様化した一つであると考えているのである。
 それにしてもこの鉄地の美しさには超を付けて良いだろう。林又七が丁寧に仕立てたその過程が想像されよう。以下は『銀座情報』に掲載したこの鐔の解説である。

 肥後金工の作品が、千利休に学んだ細川三斎の茶の美意識を根底に置く芸術であることは、その風情が充満している平田彦三や林派の作品の鑑賞、あるいは茶に関わる造形美が隠されている作品の鑑賞によって知ることができる。例えば彦三には、茶碗の底や内面にみられるような轆轤の痕跡や、茶筅を彷彿させる放射状の細線が文様として施された鐔があり、茶の精神性のみならず、茶道具の造形をも作品に取り入れた点が想像される。
 最も分かり易い茶の湯の風情とは、彦三による焼手腐らかし手法の素銅や真鍮地の朽ちかけたような自然な凹凸のある質感の創出であろう。このような焼手腐らかしとは、楽や信楽などの焼物が呈する肌合いに似た、鐔にも存在する金属の素材そのものの美を追求したものであろうが、鉄地の腐らかし肌とは異なって文様風に変化を見せ、その地相は視覚に迫るものがある。ところが林又七の創出した鉄の地肌は、さらに自然味の溢れた抑揚変化のある地様とその表面を覆う錆によるものであり、焼物の質感を指先で感じ取り掌で愛でるそれのように、鍛鉄が滲み出す強靭でありながらも繊細で緻密な皮質を、眼のみに頼らず触感を通して鑑賞するところに特徴がある。
 ここに紹介する鐔は、古くから置縄透図鐔と題され親しまれていたもので、縦に長い御多福竪丸形の造り込みに、細縄を巻き寄せたような抽象的な図柄に特徴がある。後の数奇者が見た印象によるこの呼称が、果たして作者の創作意図を詳らかに表わしているものであろうかは一考を要する。
 この鐔では、色合い黒々とした表面に地鉄鍛えと造り込みの際の槌目が明瞭に窺え、その一部が焼物の窯変のように躍動変化し、これを掌にして鑑る者の指先にねっとりとした質感を伝える。地鉄の所々に小さな粒状となだらかな筋状の鉄骨が自然に現われ、槌目と働き合って幽玄の趣を呈する。図柄が抽象的であるが故に図柄の持つ意味よりむしろ鐔そのものに視点が注がれ、鑑賞者は必然的にその素材美に心を向けるのである。
 刀装具の図柄として採られる茶道具としては茶器・釜・炭など、あるいは香道具など雅味ある関連の道具類が後藤家の作品に多くみられる。肥後金工の作品では、先に記したように具体的な図柄より轆轤文(ろくろもん)や日足文(ひあしもん)が多い。また、漂い来る香の匂いを想起させる肥後の特徴的唐草象嵌、風化してゆく様子を思わせる枯木象嵌(かれきぞうがん)なども茶の風情に深く関わる要素である。
 さて、この図の巻き寄せられた帯状の物体は、炭斗(すみとり)や花籠などに用いられる籐や竹を素材とした細工物ではないかと考えられる。籐細工には武野紹鷗が最初に用いたと云われる釜敷がある。後に利休が吉野紙の釜敷を考案したが、素材は木や籐、紙縒など様々で、竹釜敷は千宗旦が好んで用いたことも知られている。掲載の鐔は、この籐を巻き寄せただけの古風な造りになる釜敷を図に得たもので、その素朴な風合いを鍛鉄の錆肌によって求めたものではないだろうか。