鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

水車図鐔 才市 Saiichi Tsuba

2018-10-31 | 鍔の歴史
水車図鐔 才市


水車図鐔 才市

 才市は、最上大業物作者に数えられている刀工虎徹と出を同じくする長曽祢派の金工。この鐔は、甲冑師の出というだけあって鉄が持つ風合いも味わい深く、何より陰に意匠された透かしがいい。水の流れと車の組み合わせは、淀の水車、或いは水に漬けこまれた牛車の車にみられるが、ここでは蔦や菊などの秋草が添え描かれており、鄙びた風情が感じられる。鐔にはこのような陰に意匠し、しかも草体に略された図が採り入れられることがある。古い甲冑師や刀匠鐔にみられる手法で、江戸時代には本作のように風景の一部として生かされることがある。素敵な心象的景色とされた作品である。

海辺図鐔 埋忠宗賢 Munekata Tsuba

2018-10-30 | 鍔の歴史
海辺図鐔 埋忠宗賢


海辺図鐔 埋忠宗賢

 埋忠重義同様に、風景の文様表現で江戸時代における、金工の祖でもある埋忠明壽の技術を受け継いだ金工の一人。この鐔では様々な風景の要素を盛り込み、昼夜の海辺の景色を心象表現している。雪輪を櫃穴に意匠していることと蓑を着ていること等から冬景色であることが想像されよう。鐔としては採られている題材が多いのだが、見ようによっては、そこがまた面白い。夢の中の風景のようだ。簡素化した図柄だけが優れているわけではないのだ。

桜樹図鐔 正充 Masamitsu Tsuba

2018-10-29 | 鍔の歴史
桜樹図鐔 正充


桜樹図鐔 正充

 こちらは写実的描写とされた主題の桜。一方背景は鍛え肌を焼手腐らかしの手法で強調したもので、水の流れを想わせる。桜と川の流れの組み合わせは京都の西を流れる桂川と嵐山が元となる花筏などの図柄が有名。この鐔は、嵐山を主題としたものではなさそうだが、地鉄の工夫と巧みな構成であり、また特に桜が正確な構成と描写であり、心象世界を鮮明にして美しい。

龍田川図鐔 青木将之 Masayuki Tsuba

2018-10-27 | 鍔の歴史
龍田川図鐔 青木将之


龍田川図鐔 青木将之作 埋忠鍛之

 川の流れに散りかかる紅葉。装剣小道具だけでなく様々な器物や着物にみられるこの図は、「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」の和歌が文様表現された心象風景。先の桜楓と同様に川の流れが重要なポイント。琳派の美観もそうだが、こんな景色は実際にはないだろうと思う一方で、鑑賞者は自然に空間を受け入れてしまう。それが心象風景だ。鉄地からなる背景にも抑揚をつけて素材そのものの景色を浮かび上がらせている。


楓図鐔 李春

 鐔下方にある陰に表現されている二つの穴は何を意味しているのであろうか。水たまり、小さな池などを想わせる。ふっと見かけた景色だが、散りかかる楓が写実的表現である。この二つの小透の存在が、見る側に色々想像させる。不思議さが加えられた風景である。

桜楓図鐔 埋忠重義 Shigeyoshi Tsuba

2018-10-25 | 鍔の歴史
桜楓図鐔 埋忠重義


桜楓図鐔 埋忠重義

 重義は風景の文様表現など琳派の美意識に通じる世界を鐔の上に展開した明壽の門流。師風に倣って巧みな文様風の風景を彫り描いて人気が高い。殊に鉄地を巧みとし、抑揚のある肌合いに金銀の布目象嵌を施している。この鐔は特に地鉄の工夫という意味では、耳際に虫食い風の鋤彫を加えている。木の幹を暗示しているのであろうか、川辺の岩か。水の流れに降りかかる桜と楓は、春秋の時間を一緒にしており、絵画としてはままみられる心象表現。見事な美空間である。

山水図鐔 若芝 Jakushi Tsuba

2018-10-24 | 鍔の歴史
山水図鐔 若芝


山水図鐔 若芝

 肥前長崎の鐔工。独特の穏やかな高彫によって山水風景を彫り出し、個々に細い線象嵌、布目象嵌、擦り付け象嵌などの手法で金による彩色を施す手法を得意とした。本作が典型。繊細な絵画を見るようである。もちろん極細の線だけで描いたのであればべったりとして奥行き感もないのだろうが、過ぎることのない高彫と見事に調和している。下は同じ手法になる三国志より取材した作。


稲穂に鼠図鐔 貞之 Sadayuki Tsuba

2018-10-24 | 鍔の歴史
稲穂に鼠図鐔 貞之


稲穂に鼠図鐔 貞之

 貞行もまた独特の地鉄造りも追求した、加賀の鐔工。鍛え強い鉄地を高彫にし、焼手腐らかしで蝦蟇肌とも呼ばれる自然な凹凸の生じた肌合いを作品の要とした。この鐔に関しては細部まで加刻されていることから蝦蟇肌とは言い難いが、それでも、耳際には独特の抑揚のある風合いが窺える。強みの感じられる地鉄である。

猛虎図鐔 宗政 Munemasa Tsuba

2018-10-23 | 鍔の歴史
猛虎図鐔 宗政


猛虎図鐔 宗政

 この鐔工もまた、鉄地に意を注いだとみられ、緻密に詰んでしかも強靭な風合いを漂わせる、独特の鉄味の作品を見る。そして彫口が深く鋭く、精密である。装剣小道具には、水飲み虎と呼ばれる図柄が好まれて描かれることがある。本作のような場面であり、虎の用心深さと迫力が主題であり、この鐔も全面に作意が込められている。川面と雲、陰に透かされた月、面の背後を櫃穴に仕立てて虎の姿をくっきりと浮かび上がらせている。構成も巧みである。宗政は伊勢藤堂家に仕えた工。

龍虎図鐔 遊洛斎赤文 Sekibun Tsuba

2018-10-22 | 鍔の歴史
龍虎図鐔 遊洛斎赤文


龍虎図鐔 遊洛斎赤文

 龍がいないではないかと言われるが、巻き上がる雲を描いて龍の存在を暗示している。虎の描写に迫力がある一方で、雲はいかにも簡潔。虎の身体、特に足先などは雲の動きと同様に誇張している。虎の背後を振り返って吠える様子には生き物を超えた生命のありようを感じる。赤文もまた鉄地を巧みとした金工。普通に処理しているように見えるが、鉄質に強みが感じられる。なぜ他の工の鉄味と違っているのかは分からないのだが…、そこが技術力なのであろう。


獅子図鐔 雪山 Setsuzan Tsuba

2018-10-20 | 鍔の歴史
獅子図鐔 雪山


獅子図鐔 雪山

 雪山は一宮長常の前銘。後に真鍮地や赤銅地に高彫象嵌を施したり平象嵌片切彫などを得意としたが、初期にはこのような迫力のある地造りを特徴とする、覇気ある鐔を製作していた。高彫の妙味はもちろんだが、背景に石目を施しているところがポイント。石目地は時代の上がる真鍮地にみられる皺状を想わせ、古作を狙ったものと思われる。この処理によって主題がくっきりと浮かび上がってくる。

亀図鐔 鉄元堂尚房 Naohusa Tsuba

2018-10-19 | 鍔の歴史
亀図鐔 鉄元堂尚房


亀図鐔 鉄元堂尚房

 尚房は正楽敏行の養子となって鉄元堂の号を用いた名工の一人。師の技術を受け継ぎ、特に亀の図を得意としたようで、複数の作品を遺している。鉄味がやはり優れている。それが故であろうか背景が景色となり、高彫象嵌された亀が活きている。その大きくとった背景は、万年生きると伝えられる亀の生命力を暗示しているようでもある。描かれていな部分にも実は鉄の肌合いがあって作品の一部になっていることは、他の絵画類も同様、日本的な美観の現れている所でもある。写真で伝えられないのがもどかしい。22□

南蛮人図鐔 鉄元堂正楽敏行 Syoraku Tsuba

2018-10-18 | 鍔の歴史
南蛮人図鐔 鉄元堂正楽敏行


南蛮人図鐔 鉄元堂正楽敏行

 自ら鉄を熟す技量の高さを示したのであろう、工銘に鉄の文字を用いている。この工は人物描写が優れている。夕立に遭遇した人々の姿を捉えた図はあまりにも有名(下写真)。その一方で、韃靼人であったり南蛮人であったり、海外の人の姿にも興味を示しているようで、異風の人物図も多い。鉄地の処理も優れている。鍛えが強いながらも、人物や背景の細部まで精密に彫り出している。江戸中期の技術者であり、後の多くの金工に影響を与えている。


夕立図鐔 正楽

波龍図鐔 藻柄子入道宗典 Souten Tsuba

2018-10-17 | 鍔の歴史
波龍図鐔 藻柄子入道宗典


波龍図鐔 藻柄子入道宗典

 鉄地を縦横に彫り込んで立体的な描写を成功させたのが宗典。地鉄の処理が巧みで、合戦や中国の歴史人物を広い視野からなる構成で捉えた集団図としている作が多い。次の竹林七賢図などがその好例。肉彫に金銀素銅の象嵌を施して表情まで表現している。上の波龍図は肉彫深く量感豊かに彫り出している。


竹林七賢人図鐔 藻柄子宗典

輪違い透図鐔 尾張

2018-10-16 | 鍔の歴史
輪違い透図鐔 尾張


輪違い透図鐔 尾張

 円を十字に繋いでいるだけの簡潔な図柄だが、要所に切り込みを入れており、造形の奥深さを感じさせる。刀は剣の外装を装飾するという意識は太古の時代からあった。植物図のように装飾に上下があれば、太刀から打刀に変化すると逆転するわけだから、装飾としては不完全なものとなる。だから上下無関係のものが図に採られるようになる。図柄は別として、鉄が備えている質感がいい。鎚で鍛えた痕跡が全面に残されており、自然な鉄骨が耳から地面へといたるところに突出している。このような作を手にしたら、質感の魅力に手放せなくなるだろう。単なる鉄の板や塊ではないか、という意見もあろうが、鉄が持つ景色を鑑賞するという意味では存在感が頗る大きい。

霊芝透図鐔 古甲冑師 Ko-Kachushi

2018-10-15 | 鍔の歴史
霊芝透図鐔 古甲冑師


霊芝透図鐔 古甲冑師

 茸の類も万年茸と呼ばれる霊芝も、古くから生命の根源に関わる天然自然の妙薬として捉えられている。この鐔の文様の処理はとても簡潔。地の表情がいい。網目状、或いは密集した花弁状とでもいうべきか、単なる日足状の線ではなく、濃密な先刻が施されている。実用の上では何ら意味があるように感じられないことから装飾に違いないのだが、掌中にあって指先を心地よく刺激してくれる。鐔は、拵に装着されていてこそ役割を果たすのだが、江戸時代の数奇者によって古作が持つ風合いから感動を得ることへと鍔など鉄地の装剣小道具の存在意識が大きく変えられたようだ。この鐔などは五感を刺激してくれる大名品である。