鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

鉄拐仙人図小柄 乗意 Joui Kozuka

2015-01-29 | 鍔の歴史
鉄拐仙人図小柄 乗意


鉄拐仙人図小柄 乗意

 利壽、安親と共に奈良三作と呼ばれる乗意も、時に平象嵌を巧みにした。この小柄が良い作例。朧銀地で薄肉に彫り出す肉合彫で鉄拐仙人を写実描写し、その口から噴き出した霊魂を平象嵌でぼかしに表現している。ぼかしそのものが、金工では難しい手法。金属であるが故にグラデーションが付かない。ぼかしは先に紹介した布目象嵌を用いた方法が多い。さて、ここでは、朧銀地に微細な点刻を加えて噴き出した気を表現、線状の赤銅の平象嵌で、しかも線がぼやけるように微細な石目地処理を施すことにより鉄拐の幽体を朧に表わしている。平象嵌による多くの線描写は、線が明瞭に見えるように工夫しているのだが、ここではその逆だ。

鴛鴦図鐔 大森英満 Terumitsu Tsuba

2015-01-28 | 鍔の歴史
鴛鴦図鐔 大森英満


鴛鴦図鐔 大森英満

 高位の武家から特別の注文を受けたものであろう、贅を尽くした作。金梨子地塗の蒔絵道具を想わせる精密な描法。このような平象嵌の手法による独特の梨子地象嵌を生み出して華麗な作風を展開したのが大森英秀。英満はその子で技量は頗る高い。鐔の下地は赤銅磨地。水辺の大地は薄霜が降りている景色であろう、陽に照らされて輝いている様子を表現していると思われ、大小を交えて濃淡のある金梨子地象嵌に金銀色を違えた方形の切金風の平象嵌を散している。背景は立ち込めている霧であろう、これも陽に応じて明るい空気に包まれている様子を大小の金梨子地で演出している。羽根色の美しい鴛鴦は、高彫に平象嵌と色絵。金、銀、朧銀、素銅の四色のみながら、細かな梨子地象嵌を組み合わせて見えている以上の色彩感を示している。名品である。73.5ミリ。□

千鳥図鐔 菊池序定 Tsunesada Tsuba

2015-01-27 | 鍔の歴史
千鳥図鐔 菊池序定


千鳥図鐔 菊池序定(花押)

 松樹は毛彫のみで表し、他の要素は平象嵌のみの工法。いずれも繊細で緻密。千鳥は平象嵌であるが故に文様表現である。その背後に流れる薄雲は微細な点の連続になるが、これも平象嵌の手法。漆塗りの梨子地に似ていることから梨子地象嵌とも、真砂象嵌とも呼ばれている。千鳥の金を微妙に色違いとしているのは、平面的な図柄に変化を持たせようとしているのであろう、平象嵌には良く採られている構成。序定は清定でも紹介したように平象嵌を伝統とした仙台金工の出で渋谷氏。菊池序克の門に学んだ。

藤花図小柄 戸張富久 Tomihisa Kozuka

2015-01-26 | 鍔の歴史
藤花図小柄 戸張富久


藤花図小柄 戸張富久(花押)

 平象嵌のみによる絵画表現は、平坦に感じられてしまうのかもしれない。多くは毛彫や片切彫、高彫の一部に施されている。そう考えると、桃山頃の埋忠明壽の平象嵌による作品は、比較的毛彫も少ないにもかかわらず優れた画面を創造していることになる。
 写真例は、埋忠明壽などが関わって隆盛した琳派の美観を受け継ぎ、華麗な文様美が示された作。朧銀地平象嵌を主体に、ごくわずかに花の縁に毛彫が加えられている。これが効果的。恐らく毛彫がなくても、煙るような銀の古色が画面に変化を与えていよう。戸張富久は江戸時代後期の後藤光孝の門人。

車胤図小柄 長常

2015-01-24 | 鍔の歴史
車胤図小柄 長常


車胤図小柄 長常(花押)

 古代中国の車胤は、若い頃には貧しかったため、夜は蛍の光を頼りに勉強したという。その教訓を描いた小柄。長常らしい強弱変化を付けた片切彫と、その下地の平象嵌の効果を活かした作。灯りの代わりとした蛍は、毛彫による網の中に、その微かな光を金の平象嵌で表現している。人物描写が優れている点で高い評価を得ている長常。絵筆による描線を鏨による線刻に代えて描いているもので、片切彫は町彫りの大先輩である横谷宗の得意としたところ。さほど多用しない平象嵌だが、的確に処方されている。

瓢箪から駒図小柄 長常 Nagatsune Kozuka

2015-01-23 | 鍔の歴史
瓢箪から駒図小柄 長常


瓢箪から駒図小柄 長常(花押)

 長常は瓢箪から駒を出してしまった。張果老の伝説とは少々異なるが、図柄からの印象は張果老だ。画題はまあいい。朧銀地に強弱変化を付けた片切彫と、その下地として加えられている平象嵌の妙。平象嵌の上に鏨の連続的な痕跡を活かした彫刻は素晴らしい。

名所絵図鐔 石山基董 Mototada Tsuba

2015-01-22 | 鍔の歴史
名所絵図鐔 石山基董


名所絵図鐔 石山基董作

 基董は、政守と同じ京都の金工。活躍した時代もほぼ同時期と推考される。というのは、政守については生没年が良く判っていない。ただし、元禄四年の年紀作がある。基董は寛文九年の生まれであるから、元禄四年は二十三歳。基董が若いころから修業を積んでいたとしても、政守の方が少し年長と考えて良いだろう。平象嵌に毛彫を組み合わせて京都近郊と思しき風景を描いていることから、政守の影響を受けていると考えられる。
 平象嵌と毛彫を組み合わせた表現方法は、この後に登場する一宮長常が得意とした。長常の場合は人物に視点を置き、動きのある作品を遺していることから人気が高く、評価も高いのだが、手法の面白さとしては、洛中洛外図屏風などの障壁画を見るような政守に軍配が上がる。
 さて、基董のこの鐔は、政守の四分一地に対して赤銅地を活用している。夜を想定していると考えて良いだろう、月が川面に反射しているところを採り入れるなどは、創造意欲が旺盛。各所の風景の要素を散し絵のように点在させている点も屏風絵に似ている。

洛中洛外図鐔 細野政守 Masamori Tsuba

2015-01-21 | 鍔の歴史
洛中洛外図鐔 細野政守


洛中洛外図鐔 細野惣左衛門政守

 写真例のような俯瞰の視線で、洛中洛外、あるいは近隣の風光明媚な地の景色を、スナップ写真に収めたような構成とするを得意としたのが政守。しかも平象嵌と毛彫を組み合わせ、人物は頗る小さな描写ながら、まさに人々が群れるように生きている、その繁栄ぶりを表現している。春の野遊びを想わせるのがこの鐔。いずれの社頭であろうか、鳥居のさらに上から見下ろしている。参詣者があり、それを目当てとした物売りがあり、食い物屋があり、遠く山間には弓を射る者がいる。世の中が安定し、人々に野遊びという余裕が生まれてきた頃の、時代観が良く示されている。
 平象嵌が脱落した作を見たことがある。平象嵌の下地は0.5ミリほど鋤き下げられており、その面には鏨で棘のような微細な突起を無数に生じさせてあった。この工作により、象嵌部分を噛み合わて落ちにくくしているのである。



軍配図鐔 仙臺住清定 Kiyosada Tsuba

2015-01-19 | 鍔の歴史
軍配図鐔 仙臺住清定


軍配図鐔 仙臺住清定

 清定は精緻な線模様を得意とした金工。鐔の真上からの鑑賞では、線にどれ程の量感があるものか良く分からないと思う。斜め手前からの拡大写真をご覧いただくと、平象嵌と0.5ミリほどの高さの線象嵌からなっていることが分かる。この手法が清定の特徴。図柄は文様化された華やかなもので、軍配は特に清定が好んだ図。平象嵌の背景の地の質を変えて色合いに変化を求めている。線の幅は、もちろん1ミリ以下、0.2ミリ前後。気の遠くなるような作業の連続であろう。


張果老図小柄 栄乗作光孝 Eijo Kozuka

2015-01-17 | 鍔の歴史
張果老図小柄 栄乗作光孝


張果老図小柄 栄乗作光孝(花押)

 普段は紙の馬を持ち、必要とあればそれに特殊な仙薬をふりかけて実在の馬に変える。仙人張果老である。「瓢箪から駒」とは異なる。桃山時代の後藤家の平象嵌。馬の斑文と張果老の着物の文様が平象嵌と色絵の組合せである。拡大写真であれば表面の微妙な量感や凹凸が解ると思う。栄乗は桃山時代の金工。江戸時代も最初期の作例である。
 ところで、瓢箪から駒とはいつごろから言われ始めたのであろうか、あまり考えられてはいないようだ。「瓢箪から駒」について面白い言い伝えがある。天正年間に盛んに採掘された多田銀山(兵庫県猪名川町)に、「瓢箪間歩」と呼ばれる銀を多産した坑があった。普通、我が国の鉱山の坑道というと、人がようやく立って歩ける程度。ほとんどが這い入る程度でしかない。だが瓢箪間歩は馬で乗り入れることが可能なほどの規模であったという。もちろん坑内に馬で乗り入れる者などない。ところがここを訪れた秀吉は、馬で坑に出入りしたという。これを目撃した鉱山労働者は「瓢箪から駒が出た」と喜び、これが「瓢箪から駒」の語源であるというものだが、どうだろうか。

唐花図縁頭 埋忠 Umetada Fuchigashira

2015-01-16 | 鍔の歴史
唐花図縁頭 埋忠


唐花図縁頭 埋忠

江戸時代中期以降の平象嵌は、繊細さを高めた。以前に埋忠明壽などの桃山頃の平象嵌を紹介したが、いずれも独創的であり、後の金工の息吹きと成長を感じさせるものであった。江戸時代の金工は、即ち埋忠明壽のような桃山時代あるいは江戸初期の作を手本とし、更なる発展を遂げたのである。写真の縁頭が桃山時代から江戸時代初期の埋忠派の作風。山銅風の下地に墨絵のような意匠で金銀赤銅などの平象嵌を施している。文様風である。本作は埋忠派だが、時代の上がる埋忠明壽の平象嵌は、この作より、文様部分がごくわずかに肉高く処理されているという特徴がある。

親子鶏図目貫 遅塚久則 Hisanori Menuki

2015-01-14 | 鍔の歴史
親子鶏図目貫 遅塚久則



親子鶏図目貫 遅塚久則

 象嵌に鏨の打ち込みを加えて表情に多彩な変化を与えた金工が久則。もう一つ、久則には他の金工にはない大きな特徴がある。過去にも紹介したことがあるのだが、目貫のような裏面が絵として採られることのない作であっても、その一部を描き表わしている点。親子鶏図目貫の裏面写真がその例である。普通、柄に巻き込まれると、この裏の顔は見え難いはず。だが、確かに、ちらっとでも柄糸の隙間から鶏の横顔などが見えれば驚きである。
 さて、ここではこのような丸彫りではなく、象嵌の表面に加えられている様々な鏨をご覧いただきたい。体毛はもちろんだが、次の縁頭の、猿の顔などは巧みな彫刻に、微細な点刻を施している。着物の柄の一部は鑚の打ち込みによるもの。鶏の羽の表面、鶏冠、胸毛、足先すべてが見どころ。これらは象嵌や平象嵌の上に加えられ、色絵も組み合わされている。

山水図鐔 染谷知信 Tomonobu Tsuba

2015-01-13 | 鍔の歴史
山水図鐔 染谷知信




山水図鐔 染谷知信

 殴りつけたような鏨の痕跡を活かした象嵌が特徴的。この作風を見て油絵のようだと評した方がおられたが、何をバカなことをと思う。この金工の作風は、江戸時代の文人画を手本とした点描風であるところに特徴があると言えるのだ。木々はもちろん岩肌、山肌などを良く鑑賞すれば、実態が判るだろう。知信の象嵌は、それ故に表情が特質である。面白い、様々な表情がある。これを見て油絵だと評してしまったのだろう。象嵌した金の上を様々な鏨で打ち込み、重なる木々の葉を表現している。松樹の幹にも微細な鏨を打ち込んでいる。山間には瀧が落ちている。湖を進む舟には薪らしきものが積まれているのも判る。地模様と象嵌の組合せである。凄い技術と感性だ。


秋草に虫図縁頭 安則 Yasunori Fuchigashira

2015-01-10 | 鍔の歴史
秋草に虫図縁頭 安則


秋草に虫図縁頭 安則

 きりぎりす、いなご、ばった。いずれも似た昆虫であり分類が詳しくないので深く追求しないが、夏から秋にかけて活躍する虫。これに秋草の代表でもある菊。両者の採り合わせは好まれていたと思われ、古くからあり、描かれている場面も様々。江戸時代には趣の異なる菊や精密に彫り表わされた虫を題に得た作も多い。大胆な構成である。菊は葉を綺麗な虹色を呈する貝殻象嵌で表しており、花弁はむしろ脇役。金属だけではなく、このように貝殻を的確に用いて新趣を追求した金工もあった。製作されて150年以上経ているわけで、大切にされてきたのであろう、良く風化せずに残されたと思う。

剣持龍図小柄 江川斎桂宗隣 Sorin Kozuka

2015-01-09 | 鍔の歴史
剣持龍図小柄 江川斎桂宗隣


剣持龍図小柄 江川斎桂宗隣(花押)

 江川宗隣は横谷に学んだ水戸金工。即ち、町彫り風を強くした金工だが、だがこの小柄では、後藤風に挑んで見事な作品に仕上げている。綺麗に揃った赤銅魚子地に、鮮やかな金色を保つ高彫の龍神。これも据紋の作である。高彫に色絵ではなく、明らかに金地を目貫のように打ち出した高彫で、金の色合いが特に綺麗に仕上がっている。別彫りした塑像が紋であり、これを地面に据えることから据紋と呼んでいる。広い意味でこれも象嵌だが、別彫りした塑像を、彫り下げた下地に嵌め込む象嵌とは本質を異にしている。だが、作品は塑像そのもので、手法より問題とすべき点であり、その違いを気にすることもなかろう。