鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

牛馬図目貫 後藤光乗 Kojo-Goto Menuki

2015-06-29 | 鍔の歴史
牛馬図目貫 後藤光乗


牛馬図目貫 後藤光乗

 ぼかすやグラデーションの対極にあるのが、図柄や文様をより鮮明に表現するための手法の一つである象嵌であり、厚手の素材を用いた色絵だが、象嵌も色絵も、すり減りや脱落により、鮮明に表現するという目的が損なわれる結果となってしまう場合がある。そこで考案されたのが芋継と置金だ。芋継は金地高彫と、赤銅地など別の素材になる高彫の塑像を合着させる手法。置金は、特に金地の上に赤銅などの別の素材からなる塑像を固着させる手法。いずれも金の部分が無垢であるため、いくら磨り減っても金の華麗さが失われることはない。
 写真例は芋継手法になる後藤宗家四代光乗と極められた目貫。桃山時代という背景から、豪壮華麗な風合いが好まれたもので、芋継は光乗や宗家五代徳乗に間々見られる。表からの鑑賞では、色絵かどうかは不明だが、裏行をみると、金地部分と赤銅地部分が中間で接合されているのが判る。金と赤銅を明確にしているのである。

波龍図小柄 政随 Masayuki Kozuka

2015-06-22 | 鍔の歴史
波龍図小柄 政随


波龍図小柄 政随

 明らかに擦り剥がしを画中に採り入れた作。叢に石目地を加えた雲。波と雲を掻き分けるように現れた龍神を高彫金色絵とし、その所々を擦り剥がしている。下地は色合い古風な朧銀地。金の色絵が薄手であるが故、自然に手ずれが起きたとも考えられるが、龍の首辺りにある火炎が高彫でありながら擦れておらず、それよりも低い位置にある雲が擦り減っている。もちろん擦り剥がしによる雲の表現であり、ぼかしの効果が活き、その中から突き出した爪の表現が素晴らしい。角、眉などの要所も擦り剥がしで立体感を出している。龍神の表情も鏨が深く切り込まれて活力がある。裏面の処理も面白い。鑢を施して金色絵を加え、これを叢に擦り剥がして雲を表現しているのであろう。これらのように、擦り剥がしはぼかしの手法としても利用されている。金工におけるぼかしはとにかく難しい描法だと思う。布目象嵌や擦り付け象嵌を駆使した作もあるように、金工の工夫の痕跡が窺える。


波図目貫 Menuki

2015-06-20 | 鍔の歴史
波図目貫


波図目貫

 山銅地容彫金色絵に擦り剥がしが加わった作。目貫であることと、実際に柄に装着されていることから、汚れもあることから手擦れが起きたものであろう。波の崩れ落ちる様子に面白さが加わっている。

波に菱図鐔 古金工 Kokinko Tsuba

2015-06-20 | 鍔の歴史
波に菱図鐔 古金工


波に菱図鐔 古金工

 桃山時代の製作であろう、豪壮華麗な作風だが、金無垢としては重過ぎるし、製作費も嵩むところから色絵とされたものであろう。ところが、結果として耳際などの金色絵が擦り減ることにより陰影が生まれ、文様が明瞭になった。耳の波が際立って見えるが、地の菱の葉が唐草状に連続している様子が不思議な動きと奥行感を生み出している。元来の彫刻や構成が上手であることに加え、使用による擦り減りが思いもよらぬ美観を生み出したということだ。

鉄線唐草図鐔 美濃 Mino Tsuba

2015-06-19 | 鍔の歴史
鉄線唐草図鐔 美濃


鉄線唐草図鐔 美濃

 江戸時代初期の美濃彫様式の作。赤銅魚子地を深彫にし、地底に魚子を打ち施して文様の背景とし、蔓状の唐草に花を咲かせた鉄線花を極端な高彫にし、花のみ金の色絵を加えている。金色絵はうっとり状の色絵で、一部は剥離しているが、多くは擦り減って地が出ている。この風合いがいいのだ。はっきりと花の部分が際立っている場合と、このように擦り減った状態を想像して比較してほしい。ボクはこの状態に美を感じる。作者もこの磨り減った様子を意図して製作したのではないだろうか。

秋野に兎図目貫 蝦夷 Ezo Menuki

2015-06-17 | 鍔の歴史
秋野に兎図目貫 蝦夷


秋野に兎図目貫 蝦夷

 蝦夷造りと呼ばれる野趣に溢れた独特の味わいのある拵がある。複雑に入り組んだ高彫様式の唐草文金具や地彫の柄鞘で、実用具であったためか金具の多くは手擦れによって地金が見えている。この手擦れの美観が、後に江戸埋忠派などによって創作の手法へと採り入れられてゆくのである。写真の目貫が蝦夷金具の典型。古風な褐色を呈す山銅地を打ち出し強く量感を持たせた高彫とし、古風な毛彫を加え、際端を絞ってさらにふっくらとさせ、秋草の咲き乱れる野に耳長兎を心象的に描き表わした古風な美濃彫様式。それぞれの図の周囲は透かし去って抜け穴としており、打ち抜いた痕跡とその表情も古風。実用のままの裏行きも見どころ。

山葵図目貫 Menuki

2015-06-13 | 鍔の歴史
山葵図目貫


山葵図目貫 

 古金工の作風を踏襲して江戸時代初期に製作されたと思われる目貫。裏行を牡丹図目貫と比較すれば、自ずと製作時代の降っているのが判る。時代はどうでもいい、題材が面白いし、擦り減りによって画像が活きいきとしている。製作当初は総金色絵で豪壮華麗な風合いとしたものであろうが、結果として表面が減って地が出、谷間の金色には古色が出て味わい深くなった。このような作があり、擦り減りの面白さが見出され、手法として採られるようになったのであろう。


牡丹図目貫 古金工 Menuki Kokinko

2015-06-12 | 鍔の歴史
牡丹図目貫 古金工


牡丹図目貫 古金工

 先に紹介した曳舟図目貫と比較しても意味はないのだが、古作の面白さが判るだろうか。精巧に彫刻している。花や花芯の表現も古風で優雅だ。山銅地を打ち出して薄手に仕立て、金の色絵を施したものだが、全面に均一な色絵が施されている状態よりもむしろ、手ずれがあることによって立体感が生まれている。金の色絵が薄く処方されたが故に下地が出てしまったようだ。それが思いもよらず味わい深い空間を創出する結果となった。あるいは、この目貫が製作された室町時代後期にすでに、この美観が求められていたのかもしれない。


曳舟図目貫 江戸埋忠

2015-06-11 | 鍔の歴史
 擦り付け象嵌や銀の滲みと同様に、強い主張をしていると言うわけではないものの、面白い表情を呈する技法がある。「擦り剥がし」がその一つである。高彫に仕立てた塑像の表面に色絵を加えた後、その高く盛り上がっている部分の一部を、手ずれで色絵が剥げたかのように処理するもの。古びた感じが面白いのと、やはりそのような時代の上がる風情を再現したもの。実際に古後藤や古金工の高彫色絵の作例では表面が擦り減って地金が出ている作もあるが、その表情が美しい場合がある。うっとり色絵などは、被せた金の板が固着していないことから、剥がれた部分に切断面が見えたり、金の板の隙間が観察される場合もあるが、焼き付けられた金の色絵の薄い板が自然に擦り減った様子は確かに面白い。健全な状態が良いというのは、その通りだが、時を重ねて変質した状態に美を感じるのも我が国の文化の一つだ。そんな古い作品が持つ風情に憧れを抱いたと考えられるのが擦り剥がしの手法である。又一方で、蝦夷拵、蝦夷金具と呼ばれる古作がある。これにも、江戸時代に古い手を再現している作もあるのだ。

曳舟図目貫 江戸埋忠



曳舟図目貫 

 江戸時代の作だが、一見すると古いように感じられる。山銅地を打ち出し強く薄手に仕立てている点にも古作を再現した作であることが想像される。とにかく面白い。江戸埋忠派の得意とした手法である。□

以下の作例は古金工の、実際に擦れて高彫色絵が剥がれたもの。これも面白い。特に栗の実の表情が、手ずれによって豊かになったと感じられる。波にもまれる芦図笄は、色絵のほとんどが失われている。高彫の端部にかろうじて金の断片が残っている程度。それでもこの画面を通して伝わり来る迫力は凄い。

栗図笄



松に葛図笄


波に芦図笄



桐紋散し図鐔 正阿弥盛世  Moriyo Tsuba

2015-06-05 | 鍔の歴史
桐紋散し図鐔 正阿弥盛世


桐紋散し図鐔 豫州松山住正阿弥盛世(大小)

 写真例は、盛世など伊予正阿弥派の鐔工が得意とした作風。平滑な地面を溝に2ミリほどの幅の切り込みを設けて葉をデザインし、要所に銀の点象嵌を散している。植物は沢瀉が多いようだ。銀の花の周囲に銀が広がっているのが判るだろうか。この表情がいい。花の香りを意味したものか、墨を淡く流し込んだような素敵な風情である。銀の点象嵌だけではこの淡く広がる銀黒は出ないだろう、銀が広がるように意図して処方したに違いない。銀はこのように面白い素材である。朧銀などの色合いが変化するのも銀の特質によるものと思われる。黒化すること、時に周囲に広がることも絵の中に組み入れてゆく。金工の感性が示されるところである。

雨龍図鐔 甚吾 Jingo Tsuba

2015-06-04 | 鍔の歴史
雨龍図鐔 甚吾


雨龍図鐔 甚吾

 肥後金工志水甚吾は銀の布目象嵌象嵌の使い方が巧みだ。地鉄と一体化しているかのような銀の表情を引き出す。この鐔の地鉄は槌の痕跡を残したもので、わずかに擦り付け象嵌で銀を散し配している。光の加減で銀が白く感じられるが、普通は黒く沈んだ色調で、しかも強い光沢を持つ。鉄色黒くねっとりとした質感があり、銀との相性は頗る良い。雲間にようやく姿を現した龍神、といった風情だ。


大根に月図鐔 甚吾

大根に月図鐔 甚吾
 これは無銘だが甚吾の特徴が良く示された鐔。大根の根と月に銀が用いられている。この表情もいい。土の付いたままの彫り出されたばかりの大根である。



狐図鐔 東意 Toi Tsuba

2015-06-01 | 鍔の歴史
狐図鐔 東意


狐図鐔 東意壽松斎

 綺麗に詰み澄んだ赤銅魚子地の背後に銀地で三日月を描いている。ススキ原であろうか、秋の空気感が伝わり来る。西に沈み行く三日月は夕暮れ時を意味している。魚子地はわずかに残った明るい空で、月が淡く見えている。高彫に銀色絵の狐の姿が美しく、もちろんこの鐔の主題だが、月があることによって印象は異なってくるだろう。滲むような処理が為されていない銀の月がいい。