鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

猛虎図目貫 後藤光乗 Kojo-Goto Menuki

2012-05-31 | 鍔の歴史
猛虎図目貫 (鍔の歴史)



猛虎図目貫 無銘後藤光乗

 虎は実在の動物だが、霊獣の一つと捉えられて描かれることが多い。金無垢地や赤銅地を打ち出し強く高肉に表現するのは後藤だけでなく一般的な目貫も同様の技法によるのだが、後藤には金地と赤銅地の別彫りした像を溶着させて一体に表わす芋継(いもつぎ)と呼ばれる手法がある。金の色合いは、色絵よりも金無垢地のほうが遥かに良い。それが故に赤銅の黒と金色の対比になる図を描く場合においても色絵に頼らず、この手法が採られることがある。置金(おきがね)も同様で、金地の上に赤銅地など別彫りの像を固着させる手法。いずれの技法も、擦れてもなお同じ金色を呈し、あるいは赤銅地の色を呈するところに大きな特徴がある。この目貫がまさにその意識によって製作されたもの。裏面の工作の様子も鑑賞されたい。

龍虎図目貫 後藤光乗 Kojo-Goto Menuki

2012-05-30 | 鍔の歴史
龍虎図目貫 (鍔の歴史)



龍虎図目貫 無銘後藤光乗

 龍の図柄として過去に紹介したことがある作例の一つだが、出来が素晴しいので再度紹介する。緊迫感に満ち満ちた図柄、龍虎対峙の場面を描いた作。金無垢地を裏面からの打ち出し強く肉高く彫り出した容彫にし、表面にはやはり強く鏨を打ち込み、切り込んだように鏨の痕跡を残す後藤家らしい技法で彫り描いている。猛虎の身体には毛彫で斑模様を描くと同時に、赤銅の平象嵌により、鮮やかな金地に深く沈んだ黒を施している。
 後藤宗家四代光乗は三代乗真の嫡子。動乱の時代を生きたためであろうか、後に伝説的な流浪説話が生まれたが、実は足利家‐織田信長‐豊臣秀吉に仕えており、殊に織田時代には小判の製作を命じられていることでも存在感が強い。この頃から後藤家は、装剣小道具の製作だけでなく、為政者の近傍で財政面でも力を発揮してゆくようになる。
 光乗の作風は三代乗真に比較して小振りに引き締まった造り込みが多い。桃山時代ではあるが、父の作風とは決別して独創を追及したと思われる。彫刻技術だけでなく図柄構成の感性も特段に優れており、祐乗‐光乗‐顕乗(七代)との評価も頷けるところ。

瓜図二所物 後藤乗真 Joshin-Goto Kozuka/Menuki Hutatokoro

2012-05-29 | 小柄
瓜図二所物 (鐔の歴史)


瓜図二所物 無銘後藤乗真

 瓜の図も多い。かつて、古典文様の一つでもある唐草文に、永遠の生命が示されていると説明したことがある。健康で長生きは総ての人間の憧れである。永遠に繰り返される植物の再生と夏場の蔓草の繁茂は、まさに永遠の生命を暗示する、憧れの象徴でもあった。瓜はまた、たっぷりと甘い水分を蓄えて人々も喉を潤す。絵に描かれないほうが不思議なくらいだ。同様に蔓性植物として良く描かれたのは葡萄。普通の植物さえ蔓草のように表現されたのが美濃彫である。この二所物は、赤銅地を高彫として金のうっとり色絵を加えた正確で精密な描写。黒と金の二色だけだが、無限の色彩さえ感じられる。剥げたうっとりのしたの表情も楽しんでほしい。

梔子図笄 後藤乗真 Joshin-Goto Kougai

2012-05-28 | 鍔の歴史
梔子図笄 (鍔の歴史)



梔子図笄 無銘後藤乗真

 梔子(くちなし)は薬であった。前にも述べたが、時代の上がる金工の作品には薬となる植物図が頗る多い。装飾の要素として美しいだけでなく、自然が生み出した薬、植物を服用することによって生命の再生が行われるという不思議さへの強い指向性がそこにある。神仙の意識がごく自然に伝わっているのである。画面をはみ出さんばかりの大胆な図採りと構成、凹凸に富んだ迫力のある高彫、金銀のうっとり色絵の使い方も巧み。名品の一つである。□

七夕図目貫 後藤乗真 Joshin-Goto

2012-05-26 | 鍔の歴史
七夕図目貫 (鍔の歴史)



七夕図目貫 無銘後藤乗真

 大振りで大胆な彫刻表現になる、七夕に関わる図。三題話というわけではないが、露のついた梶の葉に短冊、筆の三つの要素で、あるいはこの中の二つでも揃えば、乞巧奠とも呼ばれる現代の七夕の行事である。七夕に関わる題としては、わかりやすい牽牛織女のほか、三つ星、糸巻、香道具、時代が下っては笹など多数ある。打ち出し強くふっくらとした高肉彫りに、細かな彫刻を加え、さらに一部に金のうっとり色絵を施している。うっとり色絵とは、高彫した図の表面に薄い金や銀の板を被せ、その図の際で薄板を固着する手法。金の薄板と地とは接着されていないため、手擦れによって剥がれてしまう場合が多い。ここでも一部が剥がれている。この剥がれた下の描写を見ると、金板で隠れている部分にも表面と同様の細かな彫刻が施されていることが判る。金板によって見えないにも関わらずである。大胆な中にも繊細な面がある。□


牡丹図小柄 後藤乗真 Joshin-Goto Kozuka

2012-05-25 | 鍔の歴史
牡丹図小柄 (鍔の歴史)


牡丹図小柄 無銘後藤乗真

 後藤らしい文様風の彫刻表現になる枝牡丹図。何の花だろうというように、良くみても牡丹らしさが感じられないところに特徴がある。古典的な織物などの牡丹文と比較してようやく牡丹の文様であることが理解できる。赤銅魚子地高彫で、これも笄直し。牡丹が花の王と呼ばれ、獅子と共に描かれることが多い。ここにも古典から逸脱し得ない乗真の思考が窺いとれよう。面白いことには間違いない。

炭図小柄 紋乗真廉乗 Joshin-Goto Kozuka

2012-05-24 | 鍔の歴史
炭図小柄 (鍔の歴史)



炭図小柄 銘 紋乗真廉乗(花押)

 いずれ紹介する機会もあろうかと思うが、後藤家には炭や薪を題材とした図が比較的多い。舟で運ぶ図にもある。背景には茶に関わる美観がある。茶道具の図も多い。なんだか良く判らない物が描かれているという中には茶道具が含まれることもある。先に紹介した宗乗の仔犬図目貫で、仔犬が咥えているものの一つが茶箒であると思われる。そのような例が多く、この炭図も茶に関わると思われる。三つの束ねられた炭。この奇数には陰陽の意識が現われている。未だ古典の意識が作品のそこかしこに窺いとれるのである。赤銅魚子地高彫金色絵の笄直し。宗家十代廉乗の極めで、銘が小柄の側面に刻されている。量感のある高彫が乗真の特徴である。


独楽図小柄 乗真 Joshin-Goto Kozuka

2012-05-23 | 鍔の歴史
独楽図小柄 (鐔の歴史)


独楽図小柄 無銘後藤乗真

 独楽のような遊び道具も図に採られることが多い。独楽が回転によって自立することは、かつては不思議であったと思う。自立こそ重要な部分かもしれない。とすれば独楽は玩具とは捉えられていないのだろう。この作も元来は笄であったものを、必要に迫られて小柄に仕立直した。小柄より笄のほうが古いため、時代の上がる後藤の作で二所物や三所物を揃えるなど小柄が必要な場合には、笄を小柄に仕立て直して用いる。そのため、時代の上がる後藤には笄直の小柄が多い。赤銅魚子地高彫。
後藤宗家三代乗真は宗乗の嫡子。生年は永正二年と永正九年の二説がある。永禄五年の浅井家との戦いで戦死。このような歴史背景から、後藤家は金工を職としていたものの、むしろ武士であったことの方が強く認識される。

弓矢に冥加あり図小柄 紋乗真 Joshin-Goto Kozuka

2012-05-22 | 鍔の歴史
弓矢に冥加あり図小柄 (鐔の歴史)


弓矢に冥加あり図小柄 紋乗真光孝(花押)

 後藤家に限らず、時代の上がる所謂古金工の作にはその時代の道具を図としたものがある。武士の身の回りに存在するものであれば理解できるのだが、使用されなくなって全く理解できない図も頗る多いのが現実である。それが故に作品を紹介する上で苦労する。写真は弓矢に茗荷の採り合わせになる図。判り易い物だが、この取り合わせは、現代では理解し難い。古く「弓矢に冥加あり」の謂いがあった。武士として弓矢に長じていることに誇りを感じていた意識を示したものである。作品として面白いのは、冥加を茗荷に擬えて添え描き、さらに蟻をも描いている。今では駄洒落と切り捨てる人もいるようだが、我が国の古典には言葉遊びが備わっている。赤銅魚子地高彫金色絵。地板をはみ出すほどに大きく描いているところに乗真の特徴がある。

大根図笄 後藤宗乗 Sojo-Goto Kougai

2012-05-21 | 鍔の歴史
大根図笄 (鐔の歴史)



大根図笄 無銘後藤宗乗

 大根を含めて多くの植物は、古くは薬として捉えられていた。七草として数えられるのもその理由であり、自然の生命力を体内に取り入れることから、一年が始まる。溶け出した雪の間に見える新芽は、それだけでも生命感に溢れている。即ち自然神への感謝と、自然の恵みを大切にする意識。我が国には、そのような古代中国に興った神仙の教えが普通に備わっているのである。後藤家に限らず、このような図は頗る多い。しかも、大根、芹、山葵、山椒などなど、これらの植物は図柄としても面白みに溢れている。□

家紋図笄 後藤宗乗 Sojo-Goto Kougai

2012-05-19 | 鍔の歴史
家紋図笄 (鍔の歴史)



家紋図笄 無銘後藤宗乗

 なんて格好が良いのだろう、二ツ矢羽根の紋の背景に樋定規を透かしで施した、きりっと引き締まった図柄。樋定規だけを描いた作もあることから、樋定規が図に採られる意味には何かありそうだ。直線的なこの図は、それが故に謹直であらねばならない武士の姿を意味していると想像する。三ツ石畳紋の背後にも樋定規が高彫されている。これも意図するところは同じである。□



魚図小柄 紋宗乗光孝 Sojo-Goto Kozuka

2012-05-18 | 鍔の歴史
魚図小柄 (鐔の歴史)



魚図小柄 紋宗乗光孝(花押)

 釣り得たものであろう、ススキや杜若などの植物の茎を通した魚の図。赤銅魚子地に高彫金色絵。釣りという行為や道具を描くのではなく、日常の何気ない光景に目を向けたもので、自然に生きる者の存在が窺いとれる図柄でもある。後藤の後代に魚尽図があり、本作に比較してより写実的な作風であり、作者の意識など自ずと題を得た理由の違いや、感性の違いが浮かび上がってくる。古いということ、時代の経過によって変質した表面の風合いも鑑賞の要点。笄に直したのは光孝。

敦盛直実図目貫 後藤宗乗 Sojo-Goto Menuki

2012-05-17 | 鍔の歴史
敦盛直実図目貫 (鍔の歴史)



敦盛直実図目貫 無銘後藤宗乗

 屏風絵としても人気の、源平合戦『敦盛に直実』図である。一の谷を急襲した源氏に追われる平氏の武士が、軍舟に逃れようとしていた。手柄を立てようとそれを追う直実であったが・・・余りにも有名な話であり、江戸時代には様々な脚色で歌舞伎などの舞台で演じられている。
 この目貫の作風も、福神相撲図に似たおおらかな彫口である。しかしながら細部まで丁寧な仕上げであり、技量の程が理解できよう。名品の一つである。

二疋犬図目貫 宗乗 Sojo-Goto Menuki

2012-05-16 | 鍔の歴史
二疋犬図目貫 (鍔の歴史)


二疋犬図目貫 無銘後藤宗乗

 赤銅地容彫金色絵。伝統的な二匹の図ながら、ここでは阿吽の相を示さず、遊びに夢中な仔犬の表情と動きを巧みに表現している。玩具にしてくわえているのは何であろうか、一つは扇のようだが、茶道具の羽箒のようでもある。ころっとした身体、その跳躍する様子が愛らしい。これが後に闘犬として成長するものか、首輪として締められた縄の存在が後の姿を暗示しているようでもある。

山羊図二所物 宗乗 Sojo-Goto Kozuka・Kogai

2012-05-15 | 鍔の歴史
山羊図二所物 (鍔の歴史)



山羊図二所物 紋宗乗光孝(花押)

 走る二匹の動物を組み合わせる構成は後藤家の伝統。例えば獅子、虎、牛、馬、鹿など。阿吽の相を呈しているところにも古典的な意識が窺いとれる。この二所物も、元来は目貫と揃いであったものと思われる。魚子地に高彫色絵を施した塑像を据紋したのは、十三代光孝。小柄の像の表面が擦れているが、その風合いも魅力的だ。実際に腰に帯びていると内側が擦れる。即ち小柄の表面の金色絵が剥がれている。使用による時代感も楽しみたい。