鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

菊松梅図鐔 貞栄

2020-07-31 | 鍔の歴史
菊松梅図鐔 貞栄


菊松梅図鐔 貞栄

 砂張象嵌を用いた描法も、時に鑑賞者を惑わすような風合いを生み出すことがある。何より下地が鉄地で、象嵌金属砂張の色調が鉛色という、華やかさの微塵もない、なんとも沈んだ色調の金属であるところがむしろ面白く、表現の要となっているところでもある。普通はもう少し図柄にメリハリがあるのだが、この鐔では梅と松葉の面において、砂張に生じた微細なくぼみが霧の中にある景色のように、霞んでいるように感じられる。菊の花も多数のくぼみが生じてそれ自体のおもしろみがあるのだが、こちらも周囲の唐草文が霞んでいるように感じられる。金属の収縮による微細なくぼみは偶然の所産ながら、もちろん意図してこの文様を創出したのであろう、沈んだ色調ながら鮮やかな技法と言わざるを得ない。

破扇図鐔 正阿弥金十郎 Kinjuro Tsuba

2020-07-30 | 鍔の歴史
破扇図鐔 正阿弥金十郎


破扇図鐔 正阿弥金十郎

 以前にも紹介したことがある。水に投げ落とされた扇が、破れ朽ちてゆく様子を文様化した作。この様子を、金銀の布目象嵌、下地である鉄地の鍛え肌を焼手腐らかしの手法で流文状に肌目が浮かび上がるようにし、さらにごく浅い肉彫で水の流れを描いている。これらの要素が重なり合い、なんとも不明確な鐔面となっている。形のないものが刻々と移り変わってゆく様子、その瞬間をとらえた図柄。扇の地紙が水に溶けてゆくような、動きが感じられるのも面白い。写真は薄肉彫の流れが際立つようにライトを加減しているが、実際にはもっと地鉄に溶け込んでいるかのように見えにくい。

桐樹図鐔 久法 Hisanori Tsuba

2020-07-29 | 鍔の歴史
桐樹図鐔 久法


桐樹図鐔 久法

 埋忠明寿を見るような墨絵象嵌からなる作。墨絵象嵌とは、明るい背景に赤銅などの暗い色合いの金属を平象嵌することにより、あたかも墨で描いたような視覚効果を狙った彫刻手法。この鐔では、下地である真鍮地も抑揚のある表面状態から濃淡変化があって古びた色合いを呈しており、桐樹は赤銅であろうか、山銅であろうか、地に溶け込んでいるかのような風合い。きりっと際立つような描法でないところも墨絵風であり、味わいが格別。墨絵には、墨が滲んで広がる様子を絵に採り入れる手法があり破墨と呼ばれる。そのような雰囲気も備わっているように感じられる。

鉄拐仙人図小柄 乗意 Joui Kozuka

2020-07-25 | 鍔の歴史
鉄拐仙人図小柄 乗意


鉄拐仙人図小柄 乗意

 この小柄では3つの要素が、実体の不明瞭な、鉄拐から離れてゆく霊魂を表現する要素となっている。実体として体を持つ鉄拐仙人は、正確な構成と彫刻によってリアルに描き出している。これも実態不明の霊魂をより不確かな存在として感じさせる工夫であろう。素材が朧銀地であることも重要で、このもやもやとした背景は朧銀地ならではのもの。鉄拐の口から出て浮遊する霊魂はぼかしを利用した平象嵌。象嵌の境界はもやっとして地に溶け込んでいるように感じられる。さらに立ち上る気のようなものを、微細な点刻の中に色合いの黒い別の金属(赤銅であろう)を平象嵌しているのである。金工芸術の面白さは、図柄だけではないことを証している作品である。

紅葉に鹿図鐔 加賀 Kaga Tsuba

2020-07-22 | 鍔の歴史
紅葉に鹿図鐔 加賀


紅葉に鹿図鐔 加賀

 金工では技法として難しい、ぼかしを活かした作品を紹介している。霧の中に佇む鹿と紅葉が主題。拡大しなければわからないだろう、鐔の全面に細かな石目地が打ち施されている。その中に、石目を打たない磨地によって紅葉の枝や下草の萩を描いている。普通、鏨を加えて描くのだが、ここでは逆の手法を採り、彫らないことで描いている。これよって、霧の中に浮かび上がるような、あるいは夕暮れ時の景色のような、不確かな空気のありようが見えてくる。



蟹図鐔 高山 Kouzan Tsuba

2020-07-21 | 鍔の歴史
蟹図鐔 高山


蟹図鐔 高山

 背景の真鍮地を腐らかしにして、独特の地模様を浮かび上がらせている。酸による腐らかしを用いると、下地である真鍮に含まれている合金の素材の叢などが影響して意図せぬ景色が生ずる。微塵に、均質に素材が錬り合せられていれば地模様など出ないのかもしれないが、この地模様が面白い。ここでは磯に打ち付ける荒波、その砕けた泡を意図しているのだろう。波濤図、立浪図など、古典から既に波の表現方法があるも、それらを用いず、一部に流れを鋤彫で表すだけで、実体としてとどまることのない波を表現しているのだ。偶然の所産は芸術ではないという方もおられようが、破墨に似て、この技法を活かした作品は金工だけのものとして、興味深く鑑賞したいものだ。

群蝶図鐔 正阿弥政徳 Masanori Tsuba

2020-07-20 | 鍔の歴史
群蝶図鐔 正阿弥政徳


群蝶図鐔 正阿弥政徳

 蝶の羽模様を様々な文様で描き表している。金と銀の布目象嵌によるものだが、線、丸、点を組み合わせると、華々しい画面になる。京の正阿弥派の得意とするところだ。だが、視点を背景に移してほしい。地面に施されている虫食い状の穴は何を意味しているのだろうか。何となく実体の不明な、何やら漂っているような、不思議な空気感である。これを春独特の気だるさと捉えると、作者の感性の豊かさに驚かされることになる。筆者だけの見かたかもしれないが、頗る面白い表現である。

牡丹に雪図鐔 埋忠彦右衛門 Hikoemon

2020-07-18 | 鍔の歴史
牡丹に雪図鐔 埋忠彦右衛門


牡丹に雪図鐔 埋忠彦右衛門

 冬に花開く牡丹。雪の積もった笹を添え描き、華やかな印象が漂う構成としている。牡丹は銀布目象嵌だが、その周囲に金布目象嵌により唐草文を施している。枝葉の表現ではなさそうだ。すると牡丹が放つ高貴な香りを表現したものか。唐草というと、植物が持つ永遠の生命感を意味することが多いのだが、もちろん牡丹の植物としての風合いをも加味して、実体のない香りをこのような文様美として表したものと捉えたい。

雪輪文図鐔 埋忠重義 Shigeyoshi Tsuba

2020-07-17 | 鍔の歴史
雪輪文図鐔 埋忠重義


雪輪文図鐔 埋忠重義

 埋忠派の金工は、事物を文様表現するを得意とした。紅葉と桜があるも、この鐔では雪そのものが主題であろう。江戸時代後期には雪の結晶の研究が進んだ結果、雪華文として様々な器物にデザインされている。それ以前は、雪というとこのようなふんわりとした文様で描き表され、雪輪という。ここでは雪輪を金銀の布目象嵌で、やはりぼかしの手法をとって、雪を実体の不明瞭なものとして描いている。

雪月花図鐔 壽矩 Toshinori Tsuba

2020-07-16 | 鍔の歴史
雪月花図鐔 壽矩


雪月花図鐔 壽矩

 東龍斎清壽の門人は、いずれも上手であり、感性も優れている。この雪月花の図も多くみられる画題で、多様な意匠とされ、東龍斎派以外でも題に採っている例をみることがある。この鐔は過ぎることのない装飾。鐔全体を微妙な薄肉彫で雪雲に表現し、その所々に美観の要素を散し配している。雲の隙間に霞んで見える三日月は銀の布目象嵌。雪も薄肉彫で柔らかく表現しており、所々に結晶が光る構成。このおぼろな月の描写がいい。

萩に鹿図鐔 壽景

2020-07-14 | 鍔の歴史
萩に鹿図鐔 壽景


萩に鹿図鐔 壽景

 壽景は東龍斎派の名工。鉄地に揺れるような不定形の額縁、あるいは窓を設け、ここから覗き見たような構成を得意とする。この鐔では、洞穴のような部分を金銀布目象嵌で、実体不明の何かがあるような、不思議な雰囲気に仕上げている。この鐔に描かれているのは洞穴のようで洞穴ではない・・・するとなんだろう。空気感であろうか。遠い記憶の中に見た、霞む景色を思い出しているのであろうか。

桜に燕図鐔 盛親 Morichika Tsuba

2020-07-13 | 鍔の歴史
桜に燕図鐔 盛親


桜に燕図鐔 盛親

 盛親は東龍斎派の金工であろう、その特徴的な図柄構成と、布目象嵌を巧みに、春のおぼろな風景、山をおぼろに包む桜の樹叢を表現している。金の布目象嵌で遠望の様子とし、間近の桜と燕を拡大して描き添え、耳際の銀布目象嵌は春霞か桜の香りか、心象的な景色としている。美しい構成であるし、このような表現は他に例がない。□

春霞図鐔 中川一匠 Ishou Tsuba

2020-07-11 | 鍔の歴史
春霞図鐔 中川一匠


春霞図鐔 中川一匠

 春の花と蝶を描いている。頗るわかり易い図柄だが、蝶が誘われてくるのは花の香りがあるからに違いない。春のおぼろな空気感と花の香りが、二つの技法によって表されている。一つは朧銀地という、淡い調子の金属が持つ風合いの活かし方であろう。微細な石目地で朧銀地が春の空気そのものを鑑賞者に伝えてくる。もう一つは微細な金の粒を流れるように木々の背後に梨子地象嵌しているところ。春霞であり、また花の香りをも暗示するぼかしの描法である。

牡丹図鐔 吉岡因幡介 Yoshiokainabanosuke Tsuba

2020-07-10 | 鍔の歴史
牡丹図鐔 吉岡因幡介


牡丹図鐔 吉岡因幡介

 特に太陽や月の表現方法について紹介しているわけではない。実体のない雲や煙のようなものの表現、絵画とは異なる金工作品においてのぼかしを使った作品を眺めている。魚子地の下に主題を描くことによって、図柄に柔らか味がうまれ、香りのような不確かなものが表現されるように感じられる。牡丹の香りは古くから尊ばれている。平象嵌の上に魚子地を打っている。作者は美観としての新しさを求めたものかもしれないが、それ以上に描いて伝えることができない何かを感じてしまう。面白いと思う。
魚子地の粒が揃っているため、モアレが生じて見にくいかもしれません。ご容赦を。

萩に月図小柄 柳川直時 Naotoki Kozuka

2020-07-10 | 鍔の歴史
萩に月図小柄 柳川直時


萩に月図小柄 柳川直時

 水に映った月。これも魚子地の下に月を描き、うすぼんやりとした、捉えどころのない月としている。それを背景に暗闇に浮かび上がる萩を鮮明に描いて対比を成しているところなど、見事な演出と言えよう。