糸巻図鍔 間
糸巻図鍔 銘 間(砂張)
砂張(さはり)と呼ばれる象嵌技法を用いた鐔は、技法が特殊であるため、そのほとんどが文様表現である。
砂張鐔を紹介する。鐔の中にあって特異な存在感を示すことから、興味深い作品世界である。鉄地と灰色の金属のみからなる渋い味わいは、茶の美感を呈して侘び寂びの世界を追究した肥後鐔の渋さとは大きく離れた魅力であることを述べたい。
砂張とは鉄砲に施された平象嵌に始まる。近江国の国友村では戦国時代末期から江戸時代初期にかけて主要武器である鉄砲を盛んに製作した。この装飾が、砂張と呼ばれる鉛、亜鉛、錫などの合金で行われたが、時代が下って鉄砲の生産が低下して以降、装飾技術が他の工芸分野に求められることとなり、結果として砂張による鐔装飾が際立ったと考えられる。江戸中期に隣国の伊勢亀山藩の抱工となった貞栄、正栄などが個名を知られている。間と銘する工は複数いたと推測されるが、これも近江国の鉄砲鍛冶で間一派と考えられる。
技法は七宝と似ている。鉄地に文様を鋤き施し、ここに加熱溶融した砂張を流し込んで冷却固化させるもの。実際には、拡大写真をみても分かるように、砂張の微細な粒を文様の隙間に置き、加熱溶融させたようだ。写真例では溶融が不十分であったものか、粒が残っている。
加熱溶融した金属が冷却固化すると、体積が減って表面に窪みが出来る。溶融した金属に中に閉じ込められていた空気が、固化の際に気泡となって表面に現われる。不完全な溶融により粒が残る。表面に固化の際に微妙な凹凸ができることがある。時とともに表面が酸化されて光沢を失う。金属の結晶のような肌が現われることがある。など、作者の意図を越えて生じた諸々の景色が鑑賞の要素となる。楽焼など茶器の肌を楽しむのと似ている。比較的軟質であるため、扱いは丁寧にする必要があるも、素手で触れて良いことから、指先でその質感も楽しめる。
とにかく、面白い作品世界である。
この鐔は、糸巻を意匠したもので、表裏対称に、図柄を透かしたかのように配しているが、わずか一ミリほどの鋤彫に砂張を象嵌している。砂張鐔の多くは表裏を異なる意匠とする。この鐔では表裏同図としているところも興味深い。銘は間(はざま)。