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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



山崎豊子の「沈まぬ太陽」で描かれている日航123便の犠牲者の身元確認シーンは壮絶を極める。
残された数々の遺品や遺体の一部を手がかりに遺族や警察、日本航空の社員たちが身元を確認していく姿は読者の胸を激しく打つ。
ちなみに事故原因を作ったボーイング社社員の姿はない。
中でも犠牲者の一人が遺したメモに記された遺書は衝撃的で、1990年代になってから知りあった私のオーストラリア人の友人も熟知していたくらい報道から受けた世界のショックは大きかった。

ただ「沈まぬ太陽」を読むと、犠牲者の身元確認のための手法として現在ではあたりまえになっていることが、たった20年前の航空機事故ではまだ採用されていない技法であったことに気づき愕然とする。
そう、20年前は未だ「DNA鑑定による身元確認」という科学的で極めて正確な手法が実用化されていなかったのだ。

エミリー・グレイク著「死体が語る真実」は法人類学者という耳慣れない特殊な職業にスポットを当てたノンフィクションだ。
法人類学者とは、人体のほんの一欠けの骨でもあれば、それがどの部位の骨であるのか、どういう機能を司っている部位なのか、ということが特定することの出来る「特殊技能」をもつ科学者のことである。
この特殊技能はどういう時に生かされるのかというと、やはり犯罪や事故の犠牲者の身元や死因の特定を行うことに使われるのだ

著者はケンタッキー州で検死官として活躍している法人類学者で、本書は著者自身の生い立ちから、検死官としての仕事に従事するようになり、やがて9.11テロという未曾有の大惨事の犠牲者の検死に従事するまでの経験が綴られている。

本書にも記されている通り、検死官なる職業は私たち一般人には数本のアメリカテレビシーズでしか、その存在や仕事の内容を見聞きする機会がなかった。
それらの番組も、1970年代の科学でもって描かれており、現在のそれとは大きく異なっている。

技術的視点からの検死という職業もなかなか奥深いものが本書からは感じられるが、それよりも、一個の人間が物体と化してしまった人間に対してどのように接していけば良いのかを本書では強く訴えかけているのだ。
原野に放置された死体がどの程度で腐敗を開始すのか、またウジ虫がその死体を貪り食い尽くすのはどのくらいの時間を要するのか。
扱っている題材が題材だけに紙面から目を背けたくばなる描写も少なくない。
しかし、そのおぞましい表現の中からも犯罪や事故の犠牲になった人々に対する愛情とまで表現したくなる検死官としての、いや人間としての使命感は感動をもって深く深く読者の心に刻まれるのだ。

とりわけNYのWTCビルで亡くなった数千の人々の見分けもつかない遺体の部分部分を検死し、それが自分の知人や家族の成れの果ての姿であったことに接した著者の仲間たちの慟哭は、本書が単なる検死に関わる好奇心だけで読まれる作品ではないことを物語っていた。

~「死体が語る真実~9.11からバラバラ殺人までの衝撃の現場報告」エミリー・クレイグ著 三川基好訳 文春文庫~

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