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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



新潟でM6.8の地震が発生して一週間が経過した。
先週の土曜日、タイ王国のバンコクにいた私は酒を飲み、ナイトバザールを堪能した後、ホテルに帰ってこのニュースに接した。
酔い心地でフラフラする頭の中、NHK海外放送にチャンネルを合わせると、ほとんどが地震関連ニュースで占められていた。
「映画鑑賞中の小泉首相は新幹線脱線の報で直ちに総理官邸に.....。」
新幹線脱線?
人ごとで申し訳ないことだが、関西に住む私にとって新潟ははるか彼方の一地方に過ぎない。正直言って、そのような人口密度もさして高くない田舎で起こった地震など普通ならあまり興味はない。
ところが「新幹線が脱線した」という言葉にただごとならぬ異変を感じ、酔いも醒め、その夜はかなりの時間までテレビのニュースを見ていた。
見ているうちに、妙なことに気づいた。
被災地の住民のインタビュー画像を見ていると、家が潰れたり、命からがら逃げてきたその住民が笑顔でインタビューに応じているのだ。
なぜ笑顔なのか。
テレビにインタビューされて嬉しいのだろうか。それとも、なにもかもむちゃくちゃで笑わずにはおれなかったのか、理由はわからない。
新潟の人たちが想像を絶する規模の天災に遭遇し、笑うしかなかったのだろうか、と一瞬思った。
しかし、わたしは十年前、関西を襲った阪神大震災を思い出し「これは少し変だ。」と思ったのだった。
阪神大震災で震源からは比較的遠い大阪の我が家でも本棚の中身が散乱し、奥行きの狭い棚は傾いた。
発生当日、西宮にある同僚の自宅にバイクで駆けつけると、傾いた家の中で、疲労と恐怖で困惑した家人の姿を目撃した。
テレビで放送された映像も同様だった。
「寒くてかなわんのよ。」
とテレビカメラに訴えていた避難所の老人も困惑した表情だった。
つまり、だれも「笑顔」の者はいなかったのだ。
バンコクで見るNHKに映し出される被災地の住民は皆、笑っているのだった。
外国、という土地で目撃したニュース映像のためか、その「笑顔」の異様さが、より強く印象に残ったのだった。
申し訳ないが、それはあたかも殺人現場でインタビューを受け、笑いながら答えるやじ馬に似た卑屈さを感じずにはおれなかったのだ。
数日が経過し、行政に対して食料を求め、家を求める一部の人たちの姿に、なにか卑しいものを感じずにはいられなかったのは私だけだろうか。
私自身、大した被害はなかったのだが、阪神大震災で家を失い、その後大きなローンを抱えることになった友人を見ているだけに、今回の新潟地震はどこか角栄以来、この土地が持つ、卑屈な利権がすでに動き出しているような気がしてならないのだ。

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とりがら書評 その4

白いアオザイを纏ったスタイリッシュな女性が雨上がりの通りを横切る一瞬を捉えたファッショナブルなスナップ。
その有名な一枚の写真を表紙にしたフォトエッセイ「サイゴンの昼下がり」の著者、横木安良夫の最新刊が本書である。

ロバート・キャパといえば報道写真家集団マグナムの創設者として知られているが、なんといってもスペイン内戦の一コマを捉えた一葉の写真「くずれゆく兵士」を写した写真家として有名だ。
そのキャパが1954年にインドシナ(ベトナム)で地雷を踏んで世を去るまでの数週間をルポルタージュしながら、筆者が今年〔2004年)、その場所を探し出すまでを描いている。

イラク戦争で再びフォトジャーナリズムが注目されるようになった現在、キャパはその先駆者であるといえるだろう。
キャパはあらゆる意味において戦場写真家の先駆けだ。
彼の死があまりに象徴的であるために、その後にベトナムを取材した多くのジャーナリストの死を代表するものとなってる。

つい数年前、沢木耕太郎が「一号線を北上せよ」のなかでキャパが遭難した場所を探し求めてついに発見できずにハノイに戻ったことを書いていた。その文章を読んだ時、それだけインドシナ紛争は歴史の彼方に去りつつあると感じたのだった。
本書で著者はキャパの最期の地をついに発見するのである。しかしそれよりも本書で注目されるべきポイントは、キャパという「偉大な」写真家が、「人生の区切りである四十才を過ぎて、何をするべきなのかを見つめていたのではないか」という点にスポットライトを当てていることだ。
二十代で名声を手中に収め、放蕩ともいわれる青年期を送ってきた男が、果たして次の人生になにを求めていたのか。それは現代の私たちにも相通ずる永遠のテーマと云えるだろう。

激しく生きることを、ともすれば忘れそうになる私たちの世代への何らかのメッセージを秘めているような気持ちにさせる一冊であった。


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昨日の産經新聞朝刊で「EUが民主化の遅れを促すためにミャンマーへの制裁の圧力を高める」という意味合いの記事が報じられていた。ミャンマーの軍事政権はけしからん、というわけだ。

ミャンマーという国は軍事政権が絶対的権力を行使して北朝鮮のような政治を行っている、という印象が日本人の間にもしみ込んでいて「ミャンマーは危険な国だ」という固定観念が植えつけられている。
しかし現実のミャンマーは将軍様の国のようなチンケな国ではない。むしろ温厚でまじめな人たちが暮らす美しい国なのである。
政府が情報を操作していることは確かだが、裕福な家やホテルには衛星放送のアンテナが立ち、CNNやBBCといった彼らにとっての敵性放送が自由に受信できる状態で、そこからインテリたちは自分達の国や海外の情報を知ることができるのだ。

EUがミャンマーを制裁したがるのは、ミャンマーが東南アジアに於ける最後の弱者であることが原因だろうと私は推測している。
タイやマレーシアはすでにEUも驚く経済力を持ち、ベトナムはその真面目さと優秀さで高度成長を続けている。シンガポールはもはや何もいうことがない。
インドネシアは経済力を貯えつつあるところで、民族問題にEUにつけ込まれ、弱体化の憂き目にあった。

それもこれも第二次世界大戦後、飯の種にしようとしていた豊かな大地である東南アジアに独立されたためジリ貧になったEU諸国の恨みがそこここにあるのが原因だ。

ミャンマーは自らの政治的停滞につけ込まれ苦しんでいる。
ミャンマー人は敬虔な仏教徒で穏やかで真面目な性格を有している。もし、ここが力をつけるとこの地域の力をEUが益々力を失うことになるので、いじめるのだ。
スーチー女史を讚える人が多いが、あの人は英国籍。父親が偉大なミャンマーの独立指導者というだけに過ぎない。
EUがミャンマーの政治的停滞につけ入るやりかたは1850年代、ミャンマー王室のもめ事につけ入って、そのまま侵略してしまった英国のやり方に似ている。

日本はどういうわけかEUと同じ歩調をとろうとする。
しかし、日本人は知るべきだ。ミャンマーの人たちが一番信用し、なおかつ期待しているのが日本人であることを。
ミャンマーへ行って中国からの援助で作られた橋や建物が作られていっているのを目にするが、それを見た私にミャンマー人は言うのだった。
「あれは日本人が中国に貸したお金で中国がミャンマーを援助しているんですね。だからミャンマー人は中国ではなく日本がミャンマーを援助してくれているのだと知っています。」

日本の外交はもっとしっかりしてもらいたいものだ。

--------- 初めての政治ネタでした ---------

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御堂筋パレードを見た。
「見に行ってきた」のではなく「見た」のだ。
昨日の日曜日。たまたま淀屋橋近くの客先で仕事をしていたら、たまたま御堂筋パレードが開催されていて、それを目撃したという感じなのだ。
しかし「たまたま」といっても写真好きの私がこのチャンスを逃すわけがなく、持っていた仕事用のデジカメで撮りまくったのは言うまでもない。
パレードの写真は意外と難しく、だいたい面白い写真を撮ることはできない。したがってパレードを写すよりも観衆のなかにいる変なヤツを探しだして写すことが一番面白いのだが、今回はタイミング良く、元関西テレビの名物アナウンサー桑原征平さんを写すことができた
(変な表情ですが)。
桑原征平さんといえば、私にはやはり子供の頃に見ていた「ワイワイワイド」の突撃レポータが印象的で、したがって桑原征平とフルネームで呼ぶよりも「征平ちゃん」と呼んだほうがしっくりくる。
ところでカバゴン長官はどこ行ったんやろ。

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イチローの活躍に日本のプロ野球もすっかりスポーツニュースのトップから
外されて、ドラゴンズのリーグ優勝には誰も注意を払わなくなってしまった。
メデタシ、メデタシ。

「いしいひさいち」のコミック選集ドーナツブックスの第五巻に次のような
四コママンガが掲載されている。

場面は就職面接。新卒の入社を目指す三人の学生が人事課を訪れ面接を受け
る冒頭のシーンだ。

案内「十五番、十六番、十七番の方、お入り下さい。」
A「ヨシ。面接は第一印象がポイントだからな。」
ーA、B、C、三人の学生が面接室に入るー
人事担当「まず、お名前をおっしゃて下さい。」
A「ハイ。鈴木一郎です!(と元気一杯に答える)」
B「長曽我部剣之助です。」
C「中小路稲天です。」
人事担当「(Aに)えーと、君はなんと言いましたっけ。」
A「.......ウウウ.......(と泣く)。」

本書の初版は1984年1月16日。
今なら「A」が一番目立つのは間違いなし。
作者もまさか、しごく平凡な「鈴木一郎」なんて名前が、こんなに大きくなる
なんて想像もしなかっただろう。

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