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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



昼休みに弁当を食べながらネットで新聞を読んでいたら気の毒な話が載っていた。

今朝、JR宝塚線の塚口駅で交代したばかりの運転手が運転席に充満していたウンコの匂いで運転できなくなるトラブルが発生した。
なんでも、直前まで乗務していた車掌さんが「便意を催し」我慢できなくなってお漏らししてしまった、というのが原因なのだという。

JR宝塚線塚口駅といえば一昨年の大事故の現場となったすぐ近くの駅。
脱線事故ではJRを痛烈に批判した市井の人々も、今回の事件には気の毒に思うことは間違いない。

以前から鉄道やバスなどの乗務員が勤務途中で「催した」らどうするのか。
大きな疑問だったが、今回この気の毒な事件でその処理方法を納得した。
つまりひたすら我慢するしかないらしい。

「ウンコタレ」のトラブルにより列車が4本運休したとのニュースだったが、JRさん、どうぞこの車掌さんを罰しないであげてください。

とっさの「ウンコ」は容易に我慢できません。

一方赦せない事件は一昨日の鳥取空港。

夕方6時。
羽田に向かってタキシングを開始した全日空機の中で事件が起こった。
これはなにもCAがウンコをちびってしまったというのではない。
搭乗していた女性客の一人が「気分が悪いので降ろして下さい」と体調不良を訴えたからだった。

病人を乗せて飛ぶわけには行かないので飛行機はターミナルに引きかえし、女性を降ろした。

「どうしたんですか?」
との問いに、女性が言ったその言葉に思わず皆はひっくり返った。
「私は閉所恐怖症。乗ってみたけど、ダメだった」

こういう手合は厳しく罰するに限るのだが、何のおとがめもなかったのか飛行機は24分遅れて出発し、件の女性はJRで東京へ向かったという。
是非とも女性の名前と顔写真を公開し、未来永劫ヒコーキには乗せないでいただきたい。

それにしても弁当を食べながら「ウンコ」ネタの新聞記事を読んでいるのもどうかと思う昼休みではあった。

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読売新聞のウェブ版を開くと「MARUZEN」の大きな文字に「amazon.co.jp」の小さな文字の広告が。
「ん?」
丸善とアマゾンドットコムの提携?

消費者にとってマッタク無意味な提携だ。

丸善といえば洋書輸入の老舗で、たった10ドルのペーパーバックを3000円以上で私たちに売りつけてきた悪徳業者。
その洋書販売の悪徳業者と洋書販売に革命を起こしたアマゾンドットコムの提携には怖い背景が隠れているのかと疑ってしまうものがある。

「アマゾンさん、アマゾンさん。日本の洋書はもっと高くても売れますよ」
「丸善さん、丸善さん。ホントですか?そうですか?」
「ほんとですよ。そうですよ。あんたが安く売りすぎたので客は『あ、洋書ってこんなに安かったんだ』と思うけど。私と貴方が組んだらもとのガッポガッポにもどるはず」
「え?そうなの、そうなの。んじゃ、あんたと組んじゃおか」

てな会話が交わされたかどうかは知らないが。

今後の書籍の価格の動向が注目される提携ではある。

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ダジャレを言っている場合ではない。
またまた奈良で医療機関をたらい回しにされた揚げ句、救急車が事故を起こして乗っていた妊婦が流産をしてしまったという。

「医療ネットはできてたけれど、かかりつけのお医者さんが必要だ」

救急車でたらい回しされるような地域で「かかりつけのお医者さん」を容易に見つけられるかどうかはわからないが、全国的に医療システムの問題が指摘されるなか、奈良は特別問題がありそうだ。

昨年の10月に同じく奈良県内でいくつもの救急病院をたらい回しさせられた患者が、今回と同じく大阪府下の医療機関に向う途中に死亡した。
結局昨年のこの事件の教訓をまったく活かすことができず同じことを繰り返した。

ところで、奈良県は大阪のベットタウンで、その中心となる奈良市、生駒市、大和郡山市、橿原市といった地域は住むには大変便利だ。
大阪までの通勤時間は1時間、自動車で移動すると渋滞さえなければさらに短い時間で移動できることは他の地方に人たちにはあまり知られていない。

「奈良って大阪からものすごく近いんですね」
と東京からの客人はいつも言う。

通勤圏内1時間となれば首都圏では渋滞口として一等地。
このような一等地の住宅地域での医療体制がこれだから恐れ入る。

奈良は大阪のベットタウンであると同時に古い街でもある。
古都というだけでなく、ながくその土地に住み着いている人が多いという意味。
従って高齢者の人口も多い。

ここ数年、奈良県には目立った産業もないこともあり数多くの老人医療施設が多額の公費を注がれて建設された。
あっちの街にも老人ホーム。
こっちの街にも老人ホーム。
自治体に金はないが「福祉」と名が付けば国から金が出るのでたくさん建てた。
一方、奈良では談合体質が恒常化しており、箱物は順番で建設を決めている、と言われる。
管理団体も順番で決める、と言われる。
産官共同作業なのでバレることもない、と言われる。

でも県下のある町役場では二三年に1回の割合で逮捕者を出しているくらいなので、真実なのかもわからない。
もちろん容疑は「収賄」だ。

これに対して医療は整備に金がかかり医者も集まらず、システムを作っても役人や地元の特定業者のポケットに小銭が転がり込むこともないから中途半端なことしかしないのか。

奈良の医療はいったいなんなら。
シャレでも言わないと不安で住めないところになってしまうかもわからない。

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写真:三条大橋((C)2007 Torigara Entertainments)


予想通り、東寺前のバス停からは四条大宮を経由して祇園へ行くバス、壬生車庫へ行くバス、そして四条大宮を終点にするバスが走っていたのだ。

どのバスに乗ろうか。
と、私は悩んだ。

「祇園へ行こうか。四条河原町から八坂神社あたりは京都で最も賑やかなところだ。この辺りをウロウロするオノボリサンを観察するのも今回の京都の旅(但し日帰り)の目的にかなっている」
と考えたり、
「そうだ、壬生へ行って新撰組の足跡を辿るのもを悪くない」
とも考えたりした。

とりわけ壬生へ行って新撰組ゆかりの地、壬生寺や新撰組屯所跡を見て回るという案に興味を魅かれた。
壬生から河原町辺りまで歩いて新撰組の巡視活動を辿るのもよし。
壬生の周辺には染め物工場なども多いので、その京都ならではの作業所の雰囲気を満喫しながら新撰組の日常に思いをはせるもよし。
「お、もしかするとここは土方歳三が歩いた道かもわからない」
「おお、この水場で脱藩浪士を斬り捨てた刀を洗ったのかもわからない」
「おおお、壬生から河原町の池田屋(現パチンコ屋)は意外に近いではないか」
など想像を巡らすのも悪くない。

様々なイメージが私の脳裏を去来した。

しかしよくよく考えてみると、これでは私がオノボリサンになってしまい「夏真っ盛りに京都へやって来る頭脳めでたきオノボリサンを観察する」という旅の目的に合致していないことい気がついた。
まったくもってマヌケな妄想であった。

それよりもなによりも、気温36℃。
さっき買った500ミリリットルのお茶もあっという間に飲み干した。
シャツは汗でビショビショ。
ズボンの股座は裂けている。
こんな過酷な状態で気長に行き先別にバスを選んでいる場合ではない。
ともかく最初にやってきたバスに乗り、冷房の効いた車内で涼をとりたい。

ちょうどそこへ「壬生車庫行き」のバスが前のバス停を出たという表示がバス停に灯った。
大阪や京都の市営交通はどうしてこうも無駄なものを作るのだろう。
こんな電子表示器を作るのであればバス停を小屋にして冷暖房を入れていただきたいところだ。
ちなみに京都は夏はものごっつう暑いし冬はものごっつう寒い。
気候的にはエエとこはかなり少ない。
なのに観光地として人気があるのは、嵐山の紅葉に騙されているのかもわからない。
以上、ちょっと余談。

で、バスがやってきたので「これ幸い。冷房がやってくる」とバスのやって来る方向を見ると、なんとやってきたのは「祇園行き」のバスなのであった。
どうなっているんだ。
マッタク。

行き先はどうでもよく、ともかく祇園行きのバスが来たので四条河原町に行くことに決めバスに乗った。

バスはガラガラだったがズボンの股が裂けているので高いところに座るのは躊躇われた。
車内はガラガラとはいえ客はいる。
「お、あの兄ちゃん、ケツ破けてるわ~」
なんて指を指されたら恥ずかしいではないか。
そこで「優先座席」のステッカーの貼られた横並びの座席に腰を降ろした。

しかし、横並びの座席は反対側の座席と向かい合わせになっているので、前の座席から見るとズボンの股が裂けているのを見破られそうな気がした。
ヤバイ。
やばいのでショルダーバックを膝の上に置いて、膝小僧をしっかりと寄せて座り直した。
しかし、この座り方も何だか変だ。
大の男が膝小僧を揃え、ショルダーバックを膝に置いて座るなんて、まるでオカマさんみたいではないか。

ズボンの股が裂けるといかに問題が多いか。
つくづく考えさせられたのであった。

つづく



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安倍内閣の初めての改造が実施されて新しい閣僚の顔ぶれが発表された。
「ずいぶん思い切った人を入閣させたね」
という意見もあれば、
「いくらがんばっても安倍じゃダメ」
という意見もある。

「信頼の回復に努めます」
と首相が述べれば、再び、
「信頼の回復を図るのはあなたでしょ」
という意見が上がり、
「『辞めていただく』のもあなたでしょう」
なんていう辛口の意見が並べられる。

相次ぐ閣僚の不祥事で内政が混乱した責任は安倍首相にあることは間違いない。
決めなければならない税制改革も遅々として進まず、社会保険制度も止まったまま。
これだけ考えれば確かに安倍首相は実務力に乏しいといわざるを得ず、批判のそしりは免れないだろう。

しかし、安倍首相がそんなに無能だとも思えない。
公務員改革を着々と押し進めていることも確かだし、中国、韓国という反日の隣人とも距離を置きつつ円満な状態を作り出している。
憲法改正に必要な国民投票案も現実化しようとしているし、何に不満があるかといえば、よくよく考えると思いつかないというのが本当のところだ。

「安倍政治はすぐ止めよ」
というMIXIなどで見受ける一般民衆の主張はマスコミに煽られた、いわば暴徒の発言に近いものがある。
たとえば、安倍首相が退陣して、与党が自民から民主党に移れば少しは政治知識を持ち合わせていれば、現状よりさらに混沌とする社会になることは明らかだ。
小沢代表は風見鶏で政治家生活を送ってきた札付きで、鳩山、管に至ってはリーダーとしての業績も経験も乏しい。

第一、民主は自民のはみ出しと社会党の残党による烏合の衆。
まとまるはずがない。
経済、防衛、外交。
すべての面で日本社会が混乱することは目に見えている。

民衆は忘れているのだ。
平成7年1月の阪神淡路大震災で破壊された神戸の町に救出に向かう自衛隊を足止めし、病院船の提供を申し出たアメリカ海軍の援助を断り、必要以上に多くの民衆の財産と命を奪ったのは民主党と社民党の人たちだったことを。

安倍首相批判の裏には以下のプロセスが潜んでいる。

安倍首相は憲法九条を変えようとしている。
つまり、護憲活動家には都合が悪い。

安倍首相は公務員改革を徹底し、公務員天国を破壊して当たり前のシステムを作ろうとしている。
つまり、労働組合や公務員には都合が悪い。

安倍首相は子供たちに愛国心を持たせて他の国々と堂々渡り合える教育制度を作ろうとしている。
つまり、中国や韓国に媚びてきて日教組や赤旗政党には都合が悪い。

安倍首相は三世議員なのに就任時には人気があり、かつ正論を唱えていた。
つまり偏向報道のお得意なNHKや朝日新聞、最近おかしい読売新聞には都合が悪いし、世襲議員は「バカでなければ」ならないという理論から外れているので気に入らない。

この公務員、マスコミ、労働組合には共通点がある。
みんな同じ大学などの出身者がリーダーを務めているということだ。

安倍批判の裏を読む。
この半年のドタバタは小泉に太刀打ちできなかった反改革派の逆襲劇に過ぎないのかもわからない。

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デジタルカメラの一眼レフ戦争はついに我々庶民の手に届かないレベルに到達した。

どういう意味かというと、ニコンもキヤノンも年末商戦に賭けてくる新機種が庶民には手の出しようのない中上位機種になったからだ。

先週はデジタル一眼市場における二つの雄が相次いで新機種をプレス発表。
まず、キヤノンが中級機種のEOS40Dと新型最上位機種のEOS1Ds-Mark3を発表すると、間髪を入れずにニコンが中上位機種のD300と最高級機種のD3を発表した。
両社の対抗意識は凄まじい。
新機種発表のタイミングも僅か数日ズレただけ。
これって何か裏があるのか疑いたくなるようなタイミングのよさだが、きっとどちらも産業スパイなんかを送り込んでいるのだろう。
それはともかく、いずれもレンズを同時に購入したら20万円以上もするカメラたちで私のような一般庶民には関係のない高級カメラだ。

欲しいけど容易に買えない。
でも欲しい。
そんなアナタにD40。

ということで、私はボディ価格6万円以下のニコンの安もんデジタル一眼D40のユーザーなのだが、こういうボディ価格だけで20万円を越えるカメラ(EOS40Dは除く)が飛ぶように売れるとメーカーは予想し、事実売れるのだから世の中どうにかなっているとしか思えない。

経済紙も雑誌も両社を持ち上げ盛んに読者の購買意欲を煽っている。
なんでもデジタルカメラの一眼レフは日本企業の独占で他の国の会社は手を出していないハイテク商品なのだという。
しかもその中でのニコンとキヤノンのシェアは両社で60%以上だそうで、商売とは関係のないTOBで揺れたペンタックスやカメラとは関係のない電池で揺れたソニーなどは可哀相なところだ。

で、こういう新製品が発表されると書き込み件数が急増するのが価格ドットコムなんかの製品批評。
実物を観る前から「色の再現性がどう」とか「ノイズがどう」とか「速写性がどう」とかと言った「プロみたいな評」が飛び交うのだ。

はっきり言おう。
「そんなん、どうでもええやんか。」
と。

綺麗に写せて使いやすいカメラ。
新型カメラを頻繁に出して競争するより、手に馴染むそんなカメラを作って欲しい。

メーカー同士で競争するのは結構だけど、なんかフィルム時代の繊細さに欠けているような。
そんな気分にさせるデジタル一眼戦争だ。

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写真:ヤンゴン中心部「サクラタワー」の最上階から撮影

一カ月ほどブランクができてしまいましたがミャンマーレポートの続きです。
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一昨日(8/23)、ミャンマーの前首都ヤンゴンで小規模のデモ行進があったことを各メディアはそこそこの大きさで報道した。
スーチー女史率いるNLDのメンバーも参加した今回のデモ行進は軍事政権に対する民主化要求のデモではなく物価高騰を何とかしろというデモだった。

実際ミャンマーの物価上昇はかなりのもので、このGWに訪れた時、バス代などは私が初めてこの国を訪れた2003年と比較すると倍になっていたのだ。
倍といっても日本人の私にはドトールコーヒー一杯分より遥かに安いのだが、平均所得が日本人の20~100分の1程度のミャンマーの人々にとってはただ事ではない。

物価の上昇は昨年公務員の給与が引き上げられたのがきっかけとなって始まった。

「公務員の月給は6ドルなんです」

初めてミャンマーを訪れた時にガイドさんの説明にビックリしたのを今も思い出す。
生活に必要な米や豆類などは現物支給されるし官舎も提供されるということなので、6ドルでもやっていけないことはない。
ことはないが、やはり現金収入が乏しいので現金収入を考える。それが悪しき賄賂や恐喝に繋がってしまうのだ。
空港などで時々目に低級役人による理不尽な外国人旅行客やそのガイドさんたちへの現金要求がそれなのだ。

そんな低給与の公務員の給料が月額12ドルかなんかに引き上げられた。

「首都をネピドー(旧名ピンマナ)に移したからなんです。あんなところに行きたいって思う人なんかいませんよ。」

というのは昨年末の話。
公務員の不平を逸らすための昇給で物価も吊られて上昇するのもわからないこともない。
食品が上がり、衣類が上がり、そして折からの石油価格の世界的な上昇にともなって燃料費が高騰した。

ヤンゴン市内を運行するバス会社は多数あり、その車両の多くが日本からの中古車であることは度々このブログで紹介している。
例えばヤンゴン国際空港の空港内のバスも日本の中古。
車内には「つぎとまります」の表示も「降車ボタン」も「広告」もそのまま残されており、何も知らない日本人旅行客がここへやって来ると、まず最初に驚く場所にもなっている。
もちろん市内は当然、地方へ行っても日本の中古バスが普通に走っていて、ヤンゴン市内には「南海バス」「銀バス」「京都市営交通」「神戸市営交通」「東急バス」などのが縦横無尽に走り回っている。
遺跡の街、バガンへ行った時には「志摩スペイン村へ」の看板を付けた元近鉄バスが走っていたので「なんじゃこりゃ?」と思ったことを昨日のことのように記憶している。

鉄道は環状線が走っているだけ。
地下鉄もモノレールもないヤンゴン市内の一番の足がこのバスなのだが、このバスの燃料は配給制。
一日に配給される燃料の量は政府によって定められている。
当然のことながらそんな配給燃料ですべてを賄えるわけが無く、とどのつまりは営業をするためにバス会社は「闇燃料」に走ることになる。
闇燃料は路上や町外れで販売されていて、18リットル缶や三角形のポリ製オイル漏斗で現金取引。
使う通貨はチャットも使うがドルも使う。
外国人客たる私ができることと言えば、その闇燃料取引の場所にいても、見て見ぬふりをしてあげること。
公定燃料が値上げされると、それ以上に闇燃料が値上げされるのは当然の成り行きだ。

燃料値上げが物価高に繋がり市民の生活を圧迫する。
結局、最近は政府との打開点を探し始めているというスーチー女史率いるNLDも身近な「経済問題」を放置しておくことはできなかった、というのが今回のデモになったのだろう。

ところで、燃料費高騰に苦しむミャンマーだが、ここが豊富な天然資源に恵まれた国であることを私たち日本人はあまり知らない。
知らない証拠がいつものその脳天気さに現れている。
「ミャンマーの人権問題は米英と歩調を合わせなければ」
なんてのがその代表的な意見だ。
ホントは人権なんかどうでも良いというのが米英の本音なのに、日本人はバカ(正直)なので気付かない。

この国の地底には石油、鉄鋼、ウラン、銅などの希少金属、ルビー、サファイアといった宝石類が掘り出されるのを今か今かと待っている。
数種類の鉱物を除きほとんどの天然資源を本来であれば自国内ですべて賄える国、それがミャンマー。
その金になる天然資源がことごとく未開発となれば利に聡くて腹黒い米英が放っておくはずはない。
これら二つの国がその利権を手に入れるためなら戦争も厭わないことはイラク戦争を見てもイスラエル擁護の体質を見てもよく分る。
ここミャンマーでもスーチー女史を利用しての人権問題は「民衆を煽り立て、あわよくば軍事政権を倒して親英親米の政権を作ろうよ」というのが真相だ。

インド洋の東の端アンダマン海。そのマレー半島沿いに延びるミャンマー南部の島々の地下に巨大な油田が眠ると言われている。
数年前にはドイツの企業が調査団を滞在させていた。
余談だがここは1987年に北朝鮮工作員が仕掛けた爆弾が炸裂して大韓航空機が墜落した場所でもある。
で、ドイツならば良いのかどうかは知らないが、日本政府がミャンマーへ投資することを快く思わない米中はアムネスティだとか国連だとかを駆使して、日本の対緬支援を妨害しているというのが国際政治のパワーバランスだ。
なんせ日本は歴史的にも親緬だし、ミャンマーは世界三大親日国の一つ。
そんな二つが意気投合したらますます東南アジアでの日本の影響が強くなって「好ましくない」と言いたいところなのだろう。

この米英の資源獲得戦略に最近登場したのが、ご存知無法国家の中国で、こっちは米英に遠慮することなくミャンマーに経済援助に軍事援助。
道路を作り、首都を移させ、国境を越えてどんどん中国製品を買わせる。
目的は昔の援蒋ルートの経済動脈化と資源の乏しい自国のエネルギー源確保。
あわよくばミャンマーの国土もちょこっといただければベストかな、と言いたい所か。

ということで、米英という敵に加えて中国という腹黒い友好(に見えるだけの)国が物価高騰の背後にいることをマスメディアは同時に報道すべきだろう。

なお、ミャンマーでのデモ行進は違法だが、今回拘束されたのは数人で、よくよく考えてみるとNLDも公に活動している。
これを中国の北京で法輪功あたりがデモ行進したらどうなるか。
考えてみると、なかなか面白いと思うのは私だけか。

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作家の吉村昭が亡くなって早くも一年。
その最後のエッセイ集が発刊された。
そのタイトルは「ひとり旅」。

綿密な取材に基づいて小説を書いていた吉村昭の取材旅行がひとり旅だったということで最後のエッセイ集は「ひとり旅」というタイトルが付けられた、というわけらしい。
さすが選者が奥さんの津村節子だ。

それにしても吉村昭の小説は本当に面白いものが多かった。
正直に言ってハズレ作品は非常にすくなく、私の好みに合わなかった作品はほとんどない。
逆に吉村昭の小説に接することによって「ドキュメントノベル」という世界の面白さを教わった。

先日「カポーティ」という映画をビデオで観て、その感想をここに記したが、その主人公トルーマン・カポーティが米国のノンフィクションノベルというジャンルを切り開いた作家ということになれば、吉村昭は日本でノンフィクションノベルというジャンルを切り開いた作家だと思う。

作家人生前半の戦記物は今の作家にはとても書けないだろう迫真のリアル感のあるドラマが並んでいた。
たとえば今、戦争を描く小説はとかくその残虐さや悲惨さを前面に押し出し「憲法第九条を守ろう、改悪反対!」みたいな軽薄さと胡散臭さに溢れているが、吉村昭の作品にはそういう押しつけがましい平和主義は一切なかった。
その代わりに後半生の時代小説と共通の吉村ワールド独特のエッセンスが込められていて、そこから私たち読者は人間というものの泥臭さや醜さ、妙に汗臭く血の匂いがするところなどを感じとっていた。
その結果、
「ああ、戦争は恐ろしいな」
という感想を持ったり、
「これは素晴らしいが悲しい先人の業績だ」
なんて感想を持つに至る。

最も印象深い話の一つに東京大空襲の時、一機の敵戦闘機が低空飛行で吉村昭の頭上を飛び越える時、そのパイロットの姿形、表情までがくっきりと見えたというのがある。
そういう、ちょっと耳にしたことのないような実話をさりげなく教えてくれる。
そんな読む者に対する、とりわけ私たちのような若年の者に対する心配りがあったように思えるのだ。

で、それらエッセンスの素が取材旅行なのだ。

そういう意味で吉村作品のエピローグとして「ひとり旅」ほど相応しい題材はなかったに違いない。


~「ひとり旅」吉村昭著 文藝春秋社刊~

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昨日、三人の死刑囚の刑が執行された。
例によって死刑廃止論者がギャーギャー騒いで「反対!」と叫んだ。

この死刑廃止論者の共通点は「反日」もしくは「既存の文化の徹底破壊」。
死刑制度も法制度上の既存文化なので破壊したいという思惑か。

新聞も産経を除くほとんどが死刑に対して否定的な記事を掲載した、
朝日新聞はもちろんのこと、驚いたことに保守系であるはずの読売新聞までは反対傾向の記事を掲載。
もしかすると言論界から死刑宣言されそうな渡辺恒雄を擁護しての記事なのかも分らないが、最近の読売新聞は論調の左傾化が目立っておかしい。

亀井静香も「死刑反対」と声高に叫んでいるが、この人なんか政界からすでに死刑にされていて、なんの発言力も影響力も持っていない。
むしろ引退してから好き放題を現役時代より言うようになったハマコウのほうが、社会に対する影響力は強いかも分らない。
この際、なんの業績もないのだから自ら死刑になったらいかがだろう。

で、やっぱり「死刑反対」を叫ぶ最先鋒は社民党の福島瑞穂。
この人は自分の器量や能力が政治家に向いていないことが分らないかわいそうな人で、党首を務める社民党がそうであるようにこの人自身もすでに死んでいる。
死んでいるにも関わらず「死刑反対」を叫ぶのは土井たか子以来の「何でも反対」の姿勢なのか。
阪神大震災の時に自衛隊出動を妨害し被害を拡大したり、パチンコ屋から金をもらっていたり、北朝鮮を擁護したり、北朝鮮に拉致した人を「助けて下さい」と被害者の家族がお願いしたら情報を売って「被害者を殺させた」実績(?)などを考えると、死刑にすべきは「この党も」というところか。
福島瑞穂が「死刑反対!」を叫ぶのは単に何でも反対の反日姿勢、既存文化の破壊を目論む思想的以上の自己弁護に他ならないような気がして仕方がないのだが。

とうことで、しっかりと安心した社会作りをするために、政治の世界から福嶋瑞穂を死刑にせよ。
なんといっても「バカは死ななきゃ治らない」。

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写真:あついはずです。((c)2007 Torigara Entertainments)


寺院で仏像をデジカメに収めることができないというのも苦痛だが、同時に寺院の中から外の風景をとることができないというのも写真好きには苦痛なのだ。

私は建物の中から建物の窓枠や扉枠をフレームにして外の風景を写すという技法が大好きで、海外へ行くとこの手法を使ってよくシャッターを切る。
するとちょっとぐらいの出来損ないの写真でも、
「なかなか渋いですね~」
と素人の知人を黙らせることができるのだ。
但し、素人でも知らない人の場合や、知人でもプロの場合は「ふ~ん」で終ってしまうので注意が必要だ。
下手をすると「ちょっとまずいよね、露出が+0.5くらい変だ」なんて言われて自尊心に傷が付きかねない事態になってしまう。

講堂の隣にある金堂も状態は同じで中にいる大勢の観光客は私と同様「写真とりたいけど.......ん~撮れない」という状況だ。
どういう理由で撮影できないのか。
土門拳など有名な写真家先生は多くの仏像写真を残しているが、どうしてそういう先生方は撮影できて、私らのようなド素人はダメなのか。
タイやミャンマーではじゃんじゃん写せるのに。
もしかすると特別な要件が必要なのかも分らない。
例えば素人は金を出さないから、有名じゃないから宣伝なにならないからか写させないのか。
それとも仏像そのものが美しいので、ちょっと腕があれば誰でも構図も露出もライティングもバシッと決まった写真が写せるので、「巨匠カメラマン」先生が単なる写真屋(ビジネスマン)であることがバレてしまうことを避けるためなのか。
ちゃんとした理由を明記していただきたいというものだ。

東寺の南面は国道一号線に面している。
その南側の門をくぐってすぐのところに弘法大師像が祀られていた。
この弘法大師像というのにも何かの規格のようなものがあるのだろうか。
確か台湾の台北にある某お寺でも同じ弘法大師像を見かけたのであった。
その弘法大師像前の広場では炎天下のもとガキども三人が虫とり網を持って走っていた。
ガキどもに暑さは関係ない。

境内を一回りして拝観受付まで戻ってきた。
やはり東寺は京都観光の中心エリアからちょっとばかり外れているところということもあり観光客は少なめだった。
オノボリサン観光客を観察するにはやはり有名観光エリアに行かなければならない。

東寺の五重の塔を間近で見ることも出来たので次のスポットに向かうことにした。

またまた慶賀門から大宮通りに出た。
この大宮通りを北に向かって走っている市バスに乗って移動することにしたのだ。
バス停は門のすぐ北側。
大宮通りなので、きっと四条大宮方面に出られるのだと思って行き先時刻表を見ていると「ピンポーン!」。
すべてのバスが四条大宮方面に行く路線だったのだ。

でも、メチャクチャ暑い。
東寺を出る時に売店で買い求めた500ミリリットル入りのペットボトルのお茶はほとんど飲んでしまった。
汗になるだけなのに、とハンカチで汗を拭いながら大宮通りをJRの跨線橋に目をやれば、道路の表示器に「36℃」との温度表示。

どうりでズボンの股が裂けているのも忘れるくらい暑いはずだ。

つづく

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