子供たちの小遣い稼ぎと表現してしまえばそれまでだが、彼らを相手にしていると、ガイドをしてくれた少女だけでなく、彼らとの交流は結構楽しめるのだ。
タビィニュ寺院という、このバガンでは最も巨大な部類に入る寺院を訪れた時のことだ。
この寺院には絵はがきや手札サイズの水彩画、バガンの写真集などを売り歩いている少年たちが数人いた。
「本当に、どうなってんだんか分んないんですよ。あっちに行っても、こっちに行っても、絶対にその子が土産物を持って立ってるんです。もう信じられないって感じで」
と昨夜、皆で夕食を食べている時に石山さんが、驚くべきバガンの土産物売りの少年に遭遇した話しをはじめた。
寺院は大体に於いて東西南北の四方向に対してそれぞれ入り口があり、それぞれにまたお釈迦様の像が安置されているわけだ。
パゴダの内部は四角い回廊となっていて、中には見事なばかりの壁画と数多くの仏像が並んでいる。
外部に通じる出入り口や明かり取りの窓は、それはそれで見事としか言いようのない美しい光景が展開されている。
で、問題の少年は東西南北にあるどの入り口にも瞬時に現れ「まるで瞬間移動ができるみたい」な恐るべき能力を備えていると、石山さんは話していた。
「で、そこ何処なんです?」
と、私が訊ねると、
「それが名前を覚えてないんですよね」
との返答だ。
無理もない。
ここバガンに限らずミャンマーの地名、人名、お寺の名前などの一般固有名詞は、日常生活に於いて私たち日本人が接することのほとんどない名称ばかりで、覚えること困難であることこの上ないのだ。
もっとも、この覚えにくい名称はなにもミャンマーに限ったものではなく、お隣のタイや(私が行ったことのない)カンボジアをスキップしてさらにその隣のベトナムでも同じようなことが言える。
ただベトナムに関してはよくよく名称を聞いてみると漢字に当てはめることが出来ることがわかり、その後の記憶は「音」プラス「漢字」という漢字文化圏特有の方法をとれないこともないが、それとて実際は例外なのだ。
だから私は石山さんの「名前を覚えてないんです」という答えイコール「作り話」などとはまったく思わなかったのである。
で、その石山さんが指摘した少年がいたのは、ここダビィニュ寺院であることが石山さんと別れてから判明したのであった。
初めその少年は私とTさんの姿を見かけても、あまり関心を示さずに普通の素振りを見せていた。
「なんか買ってくれませんか」
ぐらいのことは声を掛けてきた。
で、そのミラクル移動は私たちがパゴダの中に入った途端始まったのであった。
私とTさんが中の薄暗い回廊を歩いていると、まず最初の窓のところにその少年が連続綴りになった絵はがきをダランと垂らして、ニコニコしながら私たちを見つめていた。
「なんですかね、あの子?」
「ハガキを買ってもらいたいようですよ」
で、とりあえずこちらもニコニコしながら無視して通り過ぎ、次の面の回廊を歩いていくと次の窓の向こうには、もうその少年が同じ姿勢で立っているではないか。
「あ、石山さんが言ってた子はあの子だ」
と叫んだのはTさんであった。
確かに。
石山さんの証言の中に、「もう、ジャイアンそっくりな子なんです」というのがあった。
まさしく、絵はがきを持って窓の向こうに立っているのは容姿がドラえもんに出てくるジャイアンにそっくりな少年だったのだ。
「次の窓にもいるんですかね?」
「どうでしょう」
とまたまた無視して通り過ぎると、微かに表を走るペタペタという足音が聞えた。
「Tさん、あの子走っているよ」
「走ってますね」
私たちはなんだか可笑しくなってきた。
で、彼の期待を裏切るべく反対方向へ戻ることに決めた。しかも足音をさせずに。
「あの子どうするでしょうかね?」
「.....ハハハハ」
いつまで経っても私たちが現れないので、ネタがバレたことの分った少年は一目散に私たちが向かった反対方向へ向かって走り出したようだ。
私たちが、その反対側の窓で「ハハハ」と笑って待っていると考えるのは、甘い。
私たちは少年の慌てて走る足音を確認すると、もといた窓にたどり着く前に、またまた180度方向を変えて、静々と小走りに歩いた。
もとの窓に走ってきても私たちがいないので、少年は嵌められたことに気づきまた方向を変えて走り出した。
「次の窓を飛ばしましょ」
「急げ!」
私たちは次の窓へ少年が到着する前に全速力で通過して、もともと入った入り口のところにやってきた。
そこへ息を切らしながらジャイアンが駆け込んできたのだ。
ザマーミロ。
べーだ。
ということで、まるで鬼ごっこだった。
ここミャンマーのバガンまでやって来て、地元の少年と鬼ごっこをやることになるとは思わなかった。
Tさんもガイドをすっかり忘れて鬼ごっこを楽しんでいるのであった。
おかげでパゴダの中の壁画や仏像を見るのはすっかり忘れてしまったが、なかなか面白い体験をさせていただいた。
私は楽しい体験をさせてくれたお礼に少年から絵はがきを買い求めた。
少年はこの地の小学生で今日は午前中が学校。
午後は小遣いを稼ぐため働いているのだといった。
つづく
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