至極平凡に、2004年度中に読み漁った書籍の総決算を試みよう。
他人の読んだ本の総決算なんか読みたくない、と言う人は速やかにこのブログから離脱するように......。
今年読んだ書籍はマンガと雑誌と再読本を除きおおよそ六十冊。その六十冊からいくつかをピックアップして振り返ってみたい。
今年は元旦に雑誌「諸君!」を購入し、それにのめり込んだために、最初に読んだ書籍は一月の中旬。初代ビルマ(現ミャンマー)首相バー・モウが執筆した「ビルマの夜明け(太陽出版)」であった。
今年は早くからGW頃にミャンマーへ行こうと決めていたので、ミャンマーの知識を得るために買い求めた一冊であった。
ミャンマーの独立は一般に1948年といわれていて、現ミャンマー政府もそれを公式の独立としているが、実際のところ1944年に大日本帝国の後押しにより独立したのが最初の独立であった。このとき首相に就任したのが弁護士で独立指導者であったバー・モウであった。
バー・モウはノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチー女史の父君であられるアウンサン将軍の実質的な指導者であった。
ミャンマーに今も語り継がれる「三十人の志士」を生み出したのもこの人で、本書はバー・モウ氏が戦後、新潟県での亡命生活から英国軍に自首し、解放された後に著した一種の回顧録である。
現在のミャンマーでは発禁書物に指定されているようだが、なかなか興味深い記述があり、日本の戦中戦後史を研究する上では、必読の資料といえる。
とりわけ我々日本人から見て外国人であるバー・モウが客観的な視点で日本人を評価しているのが興味深い。
もっとも印象に残った一ヶ所が泰緬鉄道に関する記述だ。
泰緬鉄道は映画「戦場にかける橋」で有名な悪名高き日本軍を描いたストーリーで知られている。
ところがバーモウの記述によると、泰緬鉄道は地元住民に歓迎されたプロジェクトであり、この鉄道がインフラとしてタイからミャンマーにかけて、絶大な効果をもたらしたことがほんの数行であるが書かれていた。
これは当時、タイのカンチャナブリなどで雇用されたタイ人労働者が通常の1.5倍から2倍の賃金を受取り、地域経済に多大の潤いをもたらしたという証言と一致する。
そのほか、日本軍将校でありながらミャンマー語を巧みに扱い、ミャンマー独立軍の指導者として活躍したジョ・モウ(本名 鈴木大佐 だったと思う)がミャンマー人になりきってしまい、度々自国、つまり大日本帝国陸軍の将校とぶつかりあったエピソードなど、歴史教科書や小説では触れられない内容が一杯だ。
次に印象深かったのは「イラク便り(扶桑社)」である。
これは昨年、イラクで殉職された外務省の奥大使が同省のホームページに寄稿していたイラクの現状に関する短いレポートをまとめたものだ。
昨今、日本の官僚の出来の悪さに辟易することしきりではあるが、本書は、外務省の中はアホな外交官(例:元駐ペルーの青木大使)ばかりでないことを私たちに伝えてくれた。
しかも優秀で義侠心のある「普通の」外交官はアメリカとか欧州には勤務せず、イラクとかソマリアとか、アフガンとか、とかく危険なところへ勤務させられる、または本人が望んでいくことを知ることの出来る一冊であった。
ちなみにこの一冊と先日読了した「武士道の国から来た自衛隊」が妙にリンクしていて、読む者、つまり我々に日本国民に何やら考えさせるものが訴えられているのであった。
今年はビジネス書も読んでみた。
パコ・アンダーヒルの「なぜ人はその店で買ってしまうのか」と「なぜ人はショッピングモールが好きなのか」(どちらも早川書房)の二冊だ。
マーケティングという考え方はまだまだ私のように中小企業に勤務する者にとって身近なものとは言えない。ところが本書を読んでみて、それは明らかに間違いであることに気がついた。
中小企業であっても、商品を販売する、しかも効果的にという意味で、マーケティングの分析というものは不可欠であるということを痛感させてくれた。
とりわけ中国や韓国、インド、東南アジアの国々にが猛烈に日本を追撃してくる現在の世界市場の中で、私たちが生き残るには何をすればよいかを考えると、それはマーケティングと製造開発の二人三脚以外にないということだった。
作る、ということにおいてはコストの点で中国にはとてもかなわない。
品質、ということにおいては韓国、台湾がかなり肉薄してきている。
そこで日本が生き残る方法は高い教育水準(少々疑問もあるが)と好感の持てる性格(これも疑問があるが)を駆使して、マーケティング技術を向上させ、他社、他国が追いつけない企画開発を行うことということだ。
もともと、こういうビジネス書は知ったり顔で書かれたものや、お説教まがい、自慢まがいのものが多くて大嫌いなのだが、たまたま愛読する雑誌に紹介されたことから読み始めていくと、いわゆるデータ集めした教科書のような書物ではなく「読み物」であった点が私を夢中にさせた原因だろう。
結果的に一年で読了した六十冊のうち、ノンフィクションが全体の七割ぐらいであった。
ノンフィクションというジャンルでは沢木耕太郎のノンフィクション全集(文藝春秋社)がこの十二月に最終巻が発行されてグランドフィナーレを迎えたが、夏前に発行された「1960」というタイトルの巻がとりわけ面白かった。
この巻では高度成長期における池田勇人についてのルポルタージュ(今回初掲載)が収録されていて、非常に興味が惹かれた。
社会党稲沼書記長刺殺事件(テロルの決算)などとリンクして当時の世相や政治家の姿を現在と比較して考えると、じつに面白いものであった。
ということで、来年はどのような書物に出会えるか。
ワクワク楽しみにしている年末である。
他人の読んだ本の総決算なんか読みたくない、と言う人は速やかにこのブログから離脱するように......。
今年読んだ書籍はマンガと雑誌と再読本を除きおおよそ六十冊。その六十冊からいくつかをピックアップして振り返ってみたい。
今年は元旦に雑誌「諸君!」を購入し、それにのめり込んだために、最初に読んだ書籍は一月の中旬。初代ビルマ(現ミャンマー)首相バー・モウが執筆した「ビルマの夜明け(太陽出版)」であった。
今年は早くからGW頃にミャンマーへ行こうと決めていたので、ミャンマーの知識を得るために買い求めた一冊であった。
ミャンマーの独立は一般に1948年といわれていて、現ミャンマー政府もそれを公式の独立としているが、実際のところ1944年に大日本帝国の後押しにより独立したのが最初の独立であった。このとき首相に就任したのが弁護士で独立指導者であったバー・モウであった。
バー・モウはノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチー女史の父君であられるアウンサン将軍の実質的な指導者であった。
ミャンマーに今も語り継がれる「三十人の志士」を生み出したのもこの人で、本書はバー・モウ氏が戦後、新潟県での亡命生活から英国軍に自首し、解放された後に著した一種の回顧録である。
現在のミャンマーでは発禁書物に指定されているようだが、なかなか興味深い記述があり、日本の戦中戦後史を研究する上では、必読の資料といえる。
とりわけ我々日本人から見て外国人であるバー・モウが客観的な視点で日本人を評価しているのが興味深い。
もっとも印象に残った一ヶ所が泰緬鉄道に関する記述だ。
泰緬鉄道は映画「戦場にかける橋」で有名な悪名高き日本軍を描いたストーリーで知られている。
ところがバーモウの記述によると、泰緬鉄道は地元住民に歓迎されたプロジェクトであり、この鉄道がインフラとしてタイからミャンマーにかけて、絶大な効果をもたらしたことがほんの数行であるが書かれていた。
これは当時、タイのカンチャナブリなどで雇用されたタイ人労働者が通常の1.5倍から2倍の賃金を受取り、地域経済に多大の潤いをもたらしたという証言と一致する。
そのほか、日本軍将校でありながらミャンマー語を巧みに扱い、ミャンマー独立軍の指導者として活躍したジョ・モウ(本名 鈴木大佐 だったと思う)がミャンマー人になりきってしまい、度々自国、つまり大日本帝国陸軍の将校とぶつかりあったエピソードなど、歴史教科書や小説では触れられない内容が一杯だ。
次に印象深かったのは「イラク便り(扶桑社)」である。
これは昨年、イラクで殉職された外務省の奥大使が同省のホームページに寄稿していたイラクの現状に関する短いレポートをまとめたものだ。
昨今、日本の官僚の出来の悪さに辟易することしきりではあるが、本書は、外務省の中はアホな外交官(例:元駐ペルーの青木大使)ばかりでないことを私たちに伝えてくれた。
しかも優秀で義侠心のある「普通の」外交官はアメリカとか欧州には勤務せず、イラクとかソマリアとか、アフガンとか、とかく危険なところへ勤務させられる、または本人が望んでいくことを知ることの出来る一冊であった。
ちなみにこの一冊と先日読了した「武士道の国から来た自衛隊」が妙にリンクしていて、読む者、つまり我々に日本国民に何やら考えさせるものが訴えられているのであった。
今年はビジネス書も読んでみた。
パコ・アンダーヒルの「なぜ人はその店で買ってしまうのか」と「なぜ人はショッピングモールが好きなのか」(どちらも早川書房)の二冊だ。
マーケティングという考え方はまだまだ私のように中小企業に勤務する者にとって身近なものとは言えない。ところが本書を読んでみて、それは明らかに間違いであることに気がついた。
中小企業であっても、商品を販売する、しかも効果的にという意味で、マーケティングの分析というものは不可欠であるということを痛感させてくれた。
とりわけ中国や韓国、インド、東南アジアの国々にが猛烈に日本を追撃してくる現在の世界市場の中で、私たちが生き残るには何をすればよいかを考えると、それはマーケティングと製造開発の二人三脚以外にないということだった。
作る、ということにおいてはコストの点で中国にはとてもかなわない。
品質、ということにおいては韓国、台湾がかなり肉薄してきている。
そこで日本が生き残る方法は高い教育水準(少々疑問もあるが)と好感の持てる性格(これも疑問があるが)を駆使して、マーケティング技術を向上させ、他社、他国が追いつけない企画開発を行うことということだ。
もともと、こういうビジネス書は知ったり顔で書かれたものや、お説教まがい、自慢まがいのものが多くて大嫌いなのだが、たまたま愛読する雑誌に紹介されたことから読み始めていくと、いわゆるデータ集めした教科書のような書物ではなく「読み物」であった点が私を夢中にさせた原因だろう。
結果的に一年で読了した六十冊のうち、ノンフィクションが全体の七割ぐらいであった。
ノンフィクションというジャンルでは沢木耕太郎のノンフィクション全集(文藝春秋社)がこの十二月に最終巻が発行されてグランドフィナーレを迎えたが、夏前に発行された「1960」というタイトルの巻がとりわけ面白かった。
この巻では高度成長期における池田勇人についてのルポルタージュ(今回初掲載)が収録されていて、非常に興味が惹かれた。
社会党稲沼書記長刺殺事件(テロルの決算)などとリンクして当時の世相や政治家の姿を現在と比較して考えると、じつに面白いものであった。
ということで、来年はどのような書物に出会えるか。
ワクワク楽しみにしている年末である。