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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



究極の選択の結果、究極の状態に陥ってしまった。
つまり、エライことになった。

当然の結果と言えば尤もなことながら、それでも「こりゃあ大変だわ」となるのが今回の総選挙の結果。
なんといっても議員の質的には自民とどっこいどっこいの民主党が政権をとって「政権交代」などと叫んでいるのが、なんとも言えない。
選んだ方の当の国民の側からしてみれば、十数年前の大阪知事選を思い出す結果でもある。
どういうことかというと、冗談で横山ノックに投票したらホントに皆が冗談で投票していて、なんと当選しちゃった、みたいな当時の大阪人の感覚があるのは、否めない。

ともかく、選挙結果の反応はすでに株価に表れている。
どどど、っと下がっているのが民主党の実力評価というところか。
いつものことながら投資家の皆さんの意見は辛辣だ。
ご祝儀相場なんてちっともないのだから当然とも言える。
民主党に欠落があるとすれば、それは外交と経済。
だからこそ、株価も下落するというものだ。

そもそも今回の選挙は、国民にとっても選択の幅がほとんど残されていない苦しい内容だった。

例えば、お母ちゃんに「パン買ってきて、」と500円を貰ってコンビニにパンを買いに行ったものの、どれもこれも食べ飽きてて美味しそうに感じない。
でも何か買って帰らなければ叱られる。
そこで選んだのが味覚不明な新製品。

テレビや新聞で宣伝していて知っているけど、美味しいかどうか分からない。
でも、いつも食べている飽き飽きしたパンよりは美味しいかも知れないから、とりあえず、買ってみよう。
これならお母ちゃんも文句を言うまい。

とレジへ持って行った。
というのが今回の選挙だ。

とにもかくにも、著名な保守派政治家が次々と落選したのは「なるほど」と思わないこともないけれど、これだけ圧勝になるとは思わなかった。

どうなる?
この先、この世の中。


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久々に1週間ほどの旅に出ます。

夏休みも最終週を迎えての旅です。
尤も、私のような中年のオッサンにとっては夏休みも何も関係なく、できれば10月ぐらいに出かけたいのですが、今回は特別な事情で仕事が超忙しいにも関わらずの出発です。

ということで、出発が午前の便ですので、これにて失礼。
旅の模様はいずれブログで。


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このお盆休み中に桂枝雀生誕70年記念落語会に行ってきた。
場所は大阪のサンケイホール。
サンケイホールといえば桂米朝さんや生前の枝雀が独演会を開いていたホール。
ただし、昨年に建て替え工事が完了して昔のモッサイ、チッコイ、小汚いホールはもはやなく、そのイメージもない。
ただ、めちゃ狭くてイスの座り心地がイマイチなイメージだけは踏襲しての新しくなったホールでの開催となった。

私は昼の部を観賞しに訪れたのだが、出演者は紅雀、雀松、南光の順でゲストは落語に笑福亭松之助、トークショーにイーデス・ハンソンと桂ざこばに小米朝改め米團治。
いずれもなかなか面白く楽しい内容だった。
が、驚いたことがただひとつ。
いろいろと生の落語を聞かせていただいたが、一番面白かったのが、中入後に上映された生前の(もちろん死後はあり得ない)桂枝雀が演じた朝日放送の枝雀寄席「道具屋」のビデオだったことだ。

ビデオ上映終了後のトークショーで南光自身も「悔しいですけど」と呆れたように話していたが、今もなお、ビデオとなった枝雀が一番面白いのは、さすがだと実感、。
枝雀の落語がいかにユニークで突出して面白かったかがよく分かる落語会だった。

これで、もし今も死なずに生きていたら枝雀の芸はどんなものに発展していたことやら、と想像するとポロッと涙がこぼれそうになった。
ちょこっと困ったのであった。

それにしても枝雀の人気は今も衰えない。
私自身、枝雀は今も大好きな落語家だし、学生時代に録画した枝雀寄席のビデオテープもひどい画質ながらたまに見たりする。
とりわけ仕事が行き詰まったり、悔しいことや悲しいことがあったりすると枝雀の落語はいとしこいしや人生幸朗と生恵幸子の漫才と共に元気回復の特効薬だ。

最近のつまらない使い捨て芸人の一発芸を観ていて、こちらが恥ずかしくなくとも少なくない。
そういうテレビ衰退時代に、枝雀のような真のエンターテイメントを目にすると人類の歴史と文化度は時と共に発展するばかりではなく、著しく衰退することもあるのだと、痛烈に感じるのだ。

と、思っている今日この頃でござました。


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俳優の山城新伍といえば白馬童子。
私はそんなに年配でもないので怪傑ライオン丸や仮面の忍者赤影は知っていても、未だに白馬童子はビデオでもひとつのエピソードを通しで見たことはない。

その白馬童子を終生自分の代表キャラクターとして俳優業に勤しんでいたのが山城新伍。
その山城新伍が70歳の若さで亡くなった。

私には山城新伍といえばすぐに思い出すのは「噂のチャンネル」というバラエティーショー。
和田アキ子やせんだみつおなどが出演していた大人向けの番組で、面白いからとチャンネルを合わせて見ていると親に叱られる番組だった。
この噂のチャンネルに出ていたのが山城新伍。

「この人、奥さんお姫さま役で有名な人なんやで」

と教えてくれたのは母だったが、その時に山城新伍は花園ひろみの旦那さん、だから有名な俳優さんという印象がすり込まれてしまい、以来俳優さんではなく往年の東映時代劇女優の花園ひろみの旦那さんという認識でこれまでに至っている。

事実、山城新伍という俳優さんはお世辞にも上手な俳優さんではなかった。
私は「噂のチャンネル」以外にも時代劇ドラマ「半七捕物帳」などで山城新伍の姿を見かけたが、やはりいまいちであって、バラエティーショーの賑やかしという印象が強かった。

とはいえ、性格俳優・タレントとしてはなかなかな人ではなかったのか、と思う。
そして死してもなお、あのサングラス姿、下手くそな映画解説などを思い出すだけ個性が深く、記憶に残る人であったことは間違いない。

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つづき

私の旅先は主に東南アジア。
タイのバンコクとミャンマーのヤンゴンが一番多い。

タイのバンコクは10年ほど前にスカイトレインという3両編成の高架電車が走り始め、数年前には地下鉄も走り始めたからシンガポールを除き他の都市と比較すると各段に都市交通は便利だ。
それでも、圧倒的に電車ではカバーされいない地域の方が多いので、そういう場所を訪れる時はバスを利用することになる。

このバンコク都内のバスが、オモロイのだ。

バンコクのバスを利用するには、まず東京堂書店や紀伊国屋書店を訪れて「バンコクバスマップ」を購入する。
これは日本語で書かれたバンコクのバスガイドで、じつに優れものだ。
路線と主な観光及びショッピングゾーンが記されており、これさえ持っていればバンコクのバスの乗り降りなんか簡単さ、という錯覚に陥ることができる。

実際にこのガイドブックに従ってバスに乗ってみると、自分がこの錯覚のために迷子になってしまうかもしれないという事実にすぐ気がつくことになるのだ。
だいたい、片言のタイ語しかできない私は目的地を車掌に上手に伝えることができない。
この時点で路線バスの旅は危機的状況に陥る。
そしてバンコクでは、同じ番号のバスであっても目的違い、目的地まで行かないバス、まったく関係ないバズなど様々で、走り始めた途端ミステリートレインならぬミステリーバスになることも少なくない。

幸いなことに、タイの人たちは外国人に親切な人たちが多い。
外国人である私に車掌さんや、時には他の乗客が親切に但しバスを教えてくれるのだ。
何番のバスに乗れ。
このバスは違うので乗り換えのできる○○というところで下車しろ。
運賃はいいよ。
といったものだ、と思う。

数字や遠い、近いそして地名ぐらいは聞き取れるのでなんとか教えてくれているのだろう、ということは分かるのだが、詳細まではわからない。
もしかするとからかわれているのかも知れなかったが、みんなの笑顔を見ていると「さすが微笑みの国だ」。タイを目一杯感じるのだった、

そんなこんなで目的地に着いた時は、なんだか大冒険をしたような気分になり、下手に日本でTDLやUSJに遊びに行ったり、冒険企画ツアーに参加するよりも安上がりだし充実感は小さくない。
また町中を走る路線バスからの眺めは観光ではない、ローカルな人の営みを感じ取れる生きた面白さもあってなかなかいい。
そんなこんなでバスの旅に面白さを見いだしたのだった。

以来、地元大阪やひっきりなしに出張している東京では好んでバスを利用するようにしている。
とりわけ天保山へ遊びに行く時は、難波駅前から乗る市バスでの45分間の旅が一番気に入っている。
なんといっても地下鉄なら片道270円が、バスなら200円。
車窓を存分に楽しんで往復140円得した気分は、この世知辛い世の中、小さくないお得感をくれるのであった。

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旅の楽しみのひとつに「バス」がある。

大阪や東京で生活していると交通手段は鉄道がメインになる。
どこに住んでいても徒歩あるいは自転車で行くことのできる鉄道の駅があるからだ。
鉄道だと目的地までの時間が読めるし、都会だと運行本数も多くて1本ぐらい見逃しても10分待てば次の列車がやってくる。
それに他の交通機関と比べて運賃が安い。
例えばタクシーに片道20kmぐらい乗ったとしたら平気で8000円ぐらいは請求してくる。
これに高速道路何ぞを使うとさらに700円、800円と請求されるのだ。

しかし電車だと20kmぐらいの移動なら300円か400円といったところだ。

新幹線のエネルギー消費は航空機の10分の1なのだそうだが、タクシーと比べたほうがもっと説得力があるかも知れない。

終電車があるという欠点を除けば電車にはメリットは数多い。
これで終夜運転してくれていたら宴会の終了時間を気にしなくて済むのだが、一方において、終電車があるおかげで嫌なヤツとのつきあい酒も、
「あ、終電の時間や。ほなサイナラ。」
と逃げることもできる。

これとよく似たものにバスがある。
ところがバスは電車と違って人気がない。
都心部に住んでいる人でバスを利用する人は少ないはずだ。
大阪市バスを例に取れば老人パスを持っていて無料で乗れる高齢市民を除くと、若いヤツは乗りたがらない傾向にある。
せっかく座った座席を老人の集団に譲らなければならないからかも知れない。

私もバスでの移動があまり好きではなかった。
渋滞はする。
座れない。
もちろん時間通り走ってくれない。
さらに、その路線のバスがどこを走っているのかわからないのだ。

○○○町というバス停へ行きたいのだが、そのバスがどういうバスで何番のバスであるのか、知ることはほとんど不可能に近い。
ミャンマーのビザを取るために大阪のミャンマー領事館へ行ったのだが、桜宮近くのOAPにあったはずの領事館最寄りのバス停には、ついにバスではたどり着けなかったことは随分昔にここに書いた。

バスは安いけれども面倒な乗り物なのだ。

そんな便利の悪いバスが好きになったのは、やはり海外旅行で現地の路線バスに乗る機会が増えたからかも知れない。

つづく

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海外旅行の楽しみのひとつに外貨両替がある。
普段は使うこともない外国の通貨でお買い物をするのは、まるでタカラの人生ゲームを生で楽しんでいるような面白さがあるのだ。

私の初めての外貨はUSドル。
初めての海外旅行の行き先がアメリカに住んでいる日系人の親戚のところだったこともあり、USドルが初めての外国通貨になった。

当時は1ドル180円。
学生だったこともあり、そんなに沢山両替できなかったが(今はもっと出来ない)初めて手にしたドル紙幣を見て、
「おおおお、オモチャのお金やんけ」
と思ったものだ。
この時、本当にオモチャのお金を渡されても分からないほど興奮していたのだ。

USドル。
日本人には馴染のない単位の紙幣や貨幣が存在し、若干使いにくかった。
つまり20ドル紙幣とクオーターコインが使いにくかった。
20ドル紙幣は日本の2000円札と同じであまり意味がないように思う。
暗算が苦手な米国人が多いにも関わらずクオーターコインもいかがかと思うのであった。
但し、クオーターコインのおかげで「クオーターは4分の1の意味」と分かるようになった。
英語の苦手な私に知っている単語がひとつ増えて得をしたような気がした。

なお、2000円札と同じようにクオーターを真似て25円硬貨なんか出すと、日本では暴動が起こるだろう。

次に利用したのがシンガポールドル。
1ドル70円という中途半端なレートの為に計算しにくく、おまけにまったく馴染のない通貨だったのでUSドルにも増してオモチャのお金の雰囲気が漂い、滞在中、終始飲んで酔っぱらっていたため、金銭感覚もなくなってしまい無駄遣いをしてしまった。
シンガポールの物価は高い。
でも、私は友人と飲み続けていたのだ。

未だにシンガポールドルを見るとタイガービールと場末のパブの奥の座席で酔っ払ってくだを巻いていたインド人のおっさんを思い出し、グウェッとなる。

最もビックリしたのはベトナムのドン。
初めてベトナムを訪れた時、サイゴンのタンソンニャット国際空港で当座の資金にと10000円を両替した。
すると窓口のオバチャンはおもむろに札束を取り出し、パラパラと数え、数束を鷲掴みにすると、私の前にドシンと置いたのであった。
まさに札束の山。
その額、1200000ドン。(20004年当時。ベトナムは急速な経済発展に伴うインフレの為、今ならたぶん200万ドン)
一挙に大金持ちになったような錯覚に陥った。

私は海外を歩く時はいつも日本円用のサイフと、滞在している国用のサイフを持ち歩いているのだが、この時、サイフは意味がなかった。
そんなちっぽけな入れ物にはとても入りきらないので、札束の収納先に困惑したのであった。

札束持って暫くボーッとしていたが、そのまま立ち尽くしていても仕方がないので他の人に見られないように壁の隅に行って、ごそごそとバックパックの奥に札束をしまい込んだ。
札束でバックパックが重くなったように感じ、
「おれってお金持ちや。面堂終太郎や。」
と私の左右に黒子はいなかったが、分けのわからない快感に浸っていたのであった。

この10000円両替のベトナムドンは滞在した5日間、もし土産物を買わなかったら余っていたかも知れないくらい価値があったのであった。
但し、こういう通貨には問題がないこともない。

有名なマジェスティックホテルの屋上にあるスカイブリーズバーでカクテル2杯とおつまみ1つを頼んで支払いをしようとした私は請求額を見て一瞬ビックリした。
なんと165000ドンと書かれているではないか。
瞬間、それが165000円に見えた為、東京新宿のぼったくりバーで友人二人がぼったくられた話しを思い出し(ビール2本で150000円ほど取られたという)一時的に血の気が引いた。
ところが冷静に考えてみると、これはドンなのであって、日本円になおすと1500円程度にしかならず、外国人が主な顧客であるこの高級バーにしては随分と安い金額であることに気がついたのであった。

ちなみにそれ以外は屋台や地元の皆さんご利用の安食堂で食べていたのだ。

このベトナムドンと同じような経験はミャンマーでも得ることができる。
但し、ミャンマーはベトナムとは比べ物にならないくらい経済基盤が脆弱で、政治も腐敗しているため自国通貨が通じず、支払いの際はタイバーツやUSドルの方が喜ばれるという、情けないところもある。
まったくもってお気の毒だ。

ということで、外貨両替はとっても楽しい旅の要素だ。

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外国へ行くとき、必ず通過するのが日本と訪れる側の国の入国審査場。

だいたいにおいて、旅程の中でここが一番私たち旅行者をイライラさせる場所なのではないだろうか。

日本を出国するときや日本に帰国するときは、スピーディに処理してもらえ、並ぶことはほとんどない。(平日の関西空港の場合)
並んだとしても10分ぐらい。
よく待っても30分ぐらいだ。(成田空港の場合。二度と使わんぞ、こんな空港)

このように日本の空港ではイライラをすることは通常の体調では考えられない。(下痢ピーの時は考えられる。)
しかし、外国の入国審査場となると特別の場合を除いて、す~~~~~~~っと通れたことは例外を除き一度もない。

今は国内線に特化してしまっているバンコクのドンムアン空港でのこと。
到着したヒコーキから降りた私は一目散に入国審査場に向かった。
バンコクの入国審査場は各国から到着してくる無数のヒコーキの乗客で大変混雑する。
関西空港とはえらい違いだ。
最も多いのは近隣諸国からの便で、ついでたぶん日本からの便になると思う。

従ってカウンターが多くてもいつも混雑しており、一度だけ「Thai Passport」と書かれているところに知らずに並んで円滑に入国できたとき以外は、だいたい待たされている。

このカウンター。
どういう人が前に並んでいるのかで待つ時間が大きく異なる。

列が日本人ばかりだと、かなり円滑だ。
東京や大阪のランチタイムを見ればわかるのだが日本人は列を作るのが旨い。
そして耐える。
秩序があるので(言い方を変えればメンドウはご免なので)スムーズに事が運ぶ。
これがタイ人になればさらに円滑に流れるみたいだ。

で、これとは反対なのが、中東風の顔つきのやインド風の顔つきの人たちが集団で並んでいる列に並んだときだ。
これは気が遠くなるほど時間がかかるのだ。
別に差別とうわけではないが、タイへの入国には中東やイスラム色(インドネシアやマレーシアの温和な回教の国ではない人たち)が濃いと、審査が慎重に行われるのかものすごく待たされるのだ。
一人単独で並んでいる場合は、そんなに時間がかからないがファミリーや出稼ぎ労働者風の人たちが並んでいると、たとえあなたが日本人であっても「Thai Passport」か「ASEAN」のカウンターに並んだほうがイライラせずに済む(あっちへ行け、とぞんざいに扱われる可能性はある)可能性が高い。

アメリカの入国審査はそんなに経験はないが、一昨年、シカゴに行ったときは乗客のほとんどが日本人で審査場に並んでいたのも大半が日本人であるにもかかわらず、結構待たされた。
カウンターが三つしかなかったのだ。
アメリカ政府にはオヘア空港のJAL到着ターミナルの入国審査カウンターにもっと人を雇用するよう要請したいところだ。
失業対策として。

で、最もスピーディだったのミャンマーのミンガラドン国際空港(ヤンゴン)での入国審査であった。
ミャンマーは短期観光でもビザがないと入国できない数少ない国のひとつだが、このとき、私はアライバルビザをお願いしていた。
アライバルビザは入国審査場のてまえにあるロビーの掘っ立て小屋(当時、今は日本のODAで建設されたメチャ綺麗なターミナルビルが完成している)で発行された。
驚いたのはそれからで、列に並ぼうとした私を入管係員のお姉さんが、
「もう、並ばなくていいからこっちから出てって」
と指示されたときで、このときは並びもしなければ審査官の質問も受けなかった。

後でよく見たらアライバルビザのスタンプにすでに入国スタンプが押されていたのであった。

ということで、海外旅行の入国審査場。
地球で一番忍耐力の必要なところだ。

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お盆休みが始まった。

例年のごとくテレビや新聞は、
「今日の成田空港や関西空港はお盆休みや夏休みを利用した海外出国組みで大変な混雑です」
と伝えている。

若干いつもと違うのは、酒井法子の逃避行(これも一種の旅行といえなくもない)が前面に伝えられているので、成田や関空のニュースが少しばかり小さくなっていることだろう。
相変わらずの内容のないニュースであふれている。

ご存知の通り、私も旅は大好きだ。
国内国外を問わず知らない場所、知っている場でも遠いところを訪れるのはものすごく魅力的だ。

そんなわけで、この十年間だけでも訪れた国は、結構ある。

タイ、ミャンマー、ベトナム、ラオス、シンガポール、台湾、米国と言った具合だ。
米国以外が近場なのは遠くに行く時間がないからなのと、遠くに行くお金がないことが複合して原因している。
米国は遠くてもいけたのは出張だったからだ。

ともかくこの中で一回しか訪れなかったのは台湾、ベトナムと米国だが、米国も約10年おきに3回行っていることを思えば初めてではない。

で、外国を訪れるといつも困るのが土地の言葉。
そこで話すことの出来ない外国語を何とかしようと安直に考え、購入してしまうのが「トラベル会話帳」の書籍類。
これさえ買えば短期の旅行中はなんとかなると考え、買ってみるのだが、結果は喜劇である。

試しに会話本を持って街に繰り出したとしよう。

まず、したい質問のページを捜すのが一苦労だ。
道を聞きたいのか、店の場所を聞きたいのか、キップを買いたいのか、腹が痛いのか、カテゴリーで分けられているものの、ターゲットの文を探すのは並大抵ではない。
知らない人を呼び止めてから質問するまで時間がかかると私のようなおっさんの場合は迷惑がられるのが関の山だ。

で、やっと見つけて話しかけようとすると、そこに書かれているのは読むことも出来ない文字(タイ語やミャンマー語など)と発音を示す「カタカナ文字」。
で読めない文字をスキップしてカタカナで書かれているように言ってみても、発音の微妙なところやイントネーションが異なるので、まず最初は通じない。
何度か繰り返しているうちに、こっちの表情が壮絶になるため、相手は次第に恐れをなして離れていくか、運がよければ気の毒がってトラベル本を覗き込もうとする。
覗き込まれたら、こっちのもの。
そこに書かれているこっちには読めない文字、でも向こうには親しみのある文字が初めて機能するのだ。

「あああ」
と言った具合に相手は速攻で理解。
大抵の場合、ニコッと笑って質問に答えてくれる。

で、ここで新たな問題が発生する。
質問が「イエス」「ノー」形式であればそう複雑なことはないのだが簡単、そうでない場合は、また新たな戦いが始まってしまう。

つまり親切に応えてくれている相手の回答が理解できないのだ。
端的に言って、何を言っているのか理解できない。

当然のことながら話すことも読むことも出来ない外国語。
聞き取ることなんかできるわけがない。

そこで、回答に相当するページを探すことになるのだが、これが一苦労になる。
またまた相手に凄い時間を取らせてしまい、こっちもまたまた苦渋に満ちた必死の形相に変化するのだ。

そんなわけで結局、トラベル会話本は以後使われなくなり「地球の歩き方」や「わがまま歩き」「ブルーバックス」などがメインになるのだ。
それでも心配だから、
「いざと言うとき使えるかも」
と考えてお荷物になるだけのトラベル会話帳をバックパックに詰め込んで歩くことになる。
本当にご苦労さんだ。

結局、海外旅行では下手にトラベル会話帳なんぞに頼らず、わからなければ日本語か知っている英単語をつないで大阪のおばちゃんのように大きな声でしゃべるほうが効果がある。
不思議なことだが、人間同士、わからない言葉でわめいていたら、なぜか意味が伝わるようなのだ。

タイ然り、
ミャンマー然り、
ベトナム然り、

台湾なんぞは英語と日本語で話していたら、
「すいません、日本語でお願いします。私、英語だめなんです」
と流暢な日本語で言われてびっくりしたくらいだった。

なお、会話帳で唯一役に立ちそうなのが「指さし会話帳」。

でもこれとて他のトラベル本と変わるところはほとんどない。
しかし他のと違うのは絵が豊富で漫画として楽しめるところに実用性があるといえるだろう。

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ともかくシャレにならない。

なにがシャレにならないかというとラスベガスで開かれているスタートレックコンベンションがシャレにならないというのではない。

人気アイドル酒井法子の覚せい剤逃亡事件のことがシャレにならないのだ。

山梨県は恐らくオウム真理教以来の大騒ぎになっているに違いなく、お盆休みも手伝って、
「アイドルを探せ!」
てな具合に、趣味で酒井法子探しをしているものもいるに違いない。

それにしても暴力団のメンバーが家族にいるタレントを政府もよく裁判員制度のPRビデオに使っていたものだ。
「アイドルは清潔だ。う○こさえしないものだ。」
などという空想が担当者の頭の中に生きていたのかも知れない。
まったくもってアホだった。

皇宮警察の警察官を採用するときには一族郎党が調査対象になるということを耳にしたことがあるが、政府広報のビデオやパンフに登場させるタレントにも同様の措置を図らねばならない、となぜ気づかなかったのか。

同じタレントやシンガーの槙原某や清水某あたりをPRタレントに起用していたほうが前科もあることだし、男だし、アイドルではないのでう○こもするだろうし、「あ、あのタレントやったら、やっぱりね」とダメージも小さかったに違いない。

が、そこはアイドル。
ダメージは小さくない。

ともあれ、高校野球の入場行進曲にも使われた歌を歌ったような酒井法子が自分のマンションでホンマモンの夢冒険をしていたことが世間に与えたショックが大きい。

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