眼前に広がる夜明けのバガン。
そのパノラマ。
「Tさん....凄いよ......ありがとう」
「.....何がです?」
「夜明けを見に行こうって言ってくれて」
もしTさんが昨夜、朝日を見にいこうと誘ってくれなかったら、私はこの雄大で爽やかで素晴らしい景色を一生目にしなかったかも分らない。
だからこそ、私はTさんに本心から感謝の言葉を捧げたのだ。
しかし、彼女にとってはそんなに珍しい景色ではないらしく、私ほどには感動していない様子だ。
このダイナミックな景色は日常的な風景なのかもわからない。
もしそうだとすれば、それは凄いことではないか、と思えるのだった。
いったん太陽は低く垂れ込めた雲の中に隠れてしまったが、再び顔をのぞかせた時、その輝きは私たちの周辺に広がる無数の遺跡の仏塔を照らし出しバガン全体に黄金の塊が鏤められたような景観を浮かび上がらせたのであった。
「凄い.......」
とつぶやいたのは私ではなくTさんであった。
やはり彼女もこの景色に大きく感動していたのであった。
「凄い景色ですね」
と繰り返す。
「来て良かったです」
私と一緒やないかい、と思ったのは言うまでもない。
実際のところ、Tさんも色んなお客さんを案内し、ここバガンを訪れるのだが、朝日を眺めることはほとんどないのだという。
それはほとんどのお客さんは夕景なら是非とも見ておこうとするのだそうだが、朝日は拝まない。
なぜなら朝日を拝むためには早朝に目覚めなければならず、面倒だ。
それに、そんなに無理して起きるよりも、朝は居眠りを決め込むことにした方がいい、という考え方に原因があるようで、つられてきっとTさんも居眠りを決め込むのだろう。
「田舎はゆっくりとできるから良いですよね」
と以前彼女が言ってたのは、ゆっくり眠れるからかも分らない。
でも、本当はガイドさんだからといって、こんなに朝早く客の相手をする必要はないのだ。
ガイドさんでも勤務時間というものがあり、朝の5時にホテルからお客さんを案内し、朝日を見せなければならないという義務はない。
私はガイドさんというよりも友人として接してくれたTさんの好意を大切にしたいと思ったのだった。
太陽が高くなるにつれ周辺の風景もはっきりと見えるようになってきた。
陽の光が投じてできる周辺のパゴダの影は、だんだんと短くなってきている。
「反対側へ行ってみましょうか」
とTさんを誘って太陽の昇ってきている方向とは反対側。つまりパゴダの西側へ下へ落っこちないように仏塔の周りを歩いて廻った。
太陽に正面を照らされた西側の景色を見たかったのだ。
ところが、西側へ行ってまた新しい感動が私たちを待っていたのだ。
私の見た感動的な驚くべき景色とは、順光に照らされた美しいバガンとエヤワディ川の輝きではなかった。
その光景とは、今、私たちが登って立っているダーマヤジカ・パゴダの仏塔がバガンの大地に巨大なシルエットを投映し光と影のドラマを展開している景観だったの。
「Tさん、凄い。パゴダの形が地面にクッキリと浮き出てるよ」
「.......ホントですね.......全然気がつきませんでした.......凄いですよ」
とTさんもそのダイナミックな影の形に暫し呆然の趣だった。
パゴダから降りてきて自転車の所まで戻るとすっかり夜は明けきっていた。
子供たちも朝の掃除は終りのようだ。
「さあ、帰りましょうか」
とTさんは言った。
「いやですけど、帰りましょう」
「なんですか?それ」
「日本に帰るのがイヤなんです」
「ハハハ.......馬鹿なこと言わないで下さいね」
「ハイ」
自転車に跨がりパゴダの参道から表通りに出ると、通勤通学の多くの人々が自転車に跨がりバガンの朝の風を切って走っていた。
あるものは肩掛のシャンバックを下げて。
またあるものは2重や3重のステンレス製のお弁当箱を下げて走っていた。
私たちも走った。
「ホテルまで競争しましょうか」
とTさん。
「私に挑戦するとは10年早いですよ」
と私。
「え~、じゃあ、行きましょうか」
とTさん。
「行きましょう」
私は思いっきりペダルを漕いでTさんの前に出た。
「あ、私より先に行ってホテルへの道、わかるんですか」
「.....あ....わからない。」
「ほらほら!」
とTさんが笑いながら私を追い抜いて行った。
「あ、こら!待たんかい」
バガンの空は紫色から澄みきった紺碧の色に変わろうとしていた。
天気晴朗。
今日も暑くなりそうだ。
ミャンマー大冒険 ~完~
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