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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



タイのバンコクへ行くと「船」が重要な足となる。

初めてタイのバンコクへ行った時、地下鉄はもちろん高架鉄道BTSも走っていなかったので、交通手段はもっぱらバスとトゥクトゥクだった。

バスの欠点は今でもそうだが路線がよくわからないこと。
今でこそプラトーナムの伊勢丹にある紀伊国屋書店や、あちらこちらに点在する東京堂書店で売られているバンコクバスマップは大変役に立つが、それでも間違えて乗ってしまう。
トゥクトゥクは料金をごまかされないように細心の注意が必要だ。

そこへいくと船は便利だ。
チャオプラヤー川を上り下りするチャオプラヤーエキスプレスボートは最も便利で、渋滞はないし料金は安いし、川風が心地よいしで今ではバンコクへ行くと要もないのに乗ったりなんかするのだ。

で、このチャオプラヤーエキスプレスボートを利用することで付いた習慣が、「船で移動したい」という欲求だ。

先日、大阪の天保山を訪れた。
ここに大阪市営の渡し舟が運営されており、対岸のUSJ付近と結んでいることを知った。
で、乗ってみるとこれが意外に快適で、わずか3~5分の乗船が爽やかでバンコクでのボートの旅を彷彿とさせた。

料金はチャオプラヤーエキスプレスボートより安い。
つまり、無料。

市道と同じ扱いなので無料なのだそうだ。

ということで、船に乗りたくなったら天保山に行くことにしよう。


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今日もブログは休息モード。
異動したら暇になるかな、と思っていたら結構忙しい。

写真でゴマカス時事放談。

世界遺産、タイのアユタヤの写真をお楽しみください。

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バンコクでの私の定宿の最寄り駅はBTS”スカイトレイン”のサパーンタクシン。(タクシン大橋駅)
この駅で下車してニューロードに出るとBTSの高架下には数多くの露店が出ていて、たまに私はここでクウィッティオなんかを食べたりする。

このニューロード(チャロンクルン通)を北に歩くと銀行やセブンイレブンが並んでいて、その先にはロビンソンデパートがある。
このデパートの地下にあるスーパーマーケット・トップスはいつも日本への帰る時にお土産を買うお店だ。

だいたい空港でのお土産ほどばか高くて、かつ喜ばれ難いものはない。
バンコク新国際空港でもお土産と言えば高くて味は今一つのチョコレートや、これまたどうしてこんな値段もするのかと疑問で仕方がないレトルト食品のようなものばかりである。
で、私は安くて喜ばれるスーパーで売っている普通のお菓子を買い求めることにしているのだ。

だいたいはタイ・グリコのポッキーやTEENSと言う日本では見かけないチョコレートクッキー。
それにランプータンやマンゴスチンの缶詰め。
お酒のおつまみにぴったりのTAROなどを買い求める。

旅行鞄に詰めきれないほど買ったところで日本円で数千円。
持って帰っても日本が本社のグリコだったり、中国製じゃないタイ製の缶詰めだったりするので喜ばれる。
安くついた私も大いに嬉しいというところだ。

このトップスやロビンソンデパート、ついでながらマクドナルドとケンタッキーとミスタードーナツがここにはあるのだが、この建物の前に毎朝出ている屋台の「サラパオ」と「パートンコー」はメチャ美味い。
マクドとケンタとミスドが束になってかかってきても勝てないくらいメチャ美味いのだ。
夫婦者とおぼしきオジサンとオバサンが切り盛りしている店で、私はここの「サラパオ」(1個2バーツ)が特にお気に入りだ。
サラパオ、パートンコーとは日本語で言えば揚げパン。
サイズと形はサラパオがシュークリームぐらいでパートンコーが大きめのカリントウというところ。
ちょっと甘味が付いていてサラパオはドーナツに近い味。
パートンコーはあまり甘くなく、さ~なんと表現していいのだろう。
どちらも表面がサクサクしていて小麦色。
宿の朝食より美味しいので私は時々これを買って食べている。

このサラパオにそっくりの揚げパンを昨年末ミャンマーのヤンゴンで見つけた。
「これ、大好きなんやけどな」
と言う私に、
「これですか?これならどこにでも売ってますよ」
と教えてくれたのはガイドのTさん。

最近仕事が詰まらないので美味しいサラパオの作り方でも習って日本で商売でも始めようかと思っている。そこで習うことを口実にミャンマーやタイへ行こうと考えているのだが、これってもしかして単なる現実逃避か?



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仕事が忙しくてブログを考えている時間がありません。

と言ってはなんですが、せっかくなのでタイのホアヒンにある「お好み焼屋さん」を紹介。

「何? お好み焼って? そんなんあんの?」

と疑いの読者さん。
上の写真をご覧ください。

ホアヒンは静かなビーチで有名な高級リゾート。
高級だけどそこは庶民性溢れるタイのこと。
街の中心のナイトバザールには様々な屋台が並びます。

「お好み焼屋さん」もその一つ。

お好み焼と、ヤキソバを売ってます。
で肝心の味はと言うと........本物を期待してはいけません、というところでしょうか。

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ここ2日ほど、堅い話ばかりなので柔らかい話題をと思ってみたけど思いつかなかったので、シーフードのご紹介。

写真の料理はタイのバンコクからバスで3時間のホアヒンビーチにあるシーフードレストランで注文した「魚の丸揚げと野菜炒め中華風」(正式名称は分らない。)
氷と一緒に魚が一杯並んだ陳列棚から「これ頂戴」と選んだ魚を好みに調理。
シンハビールと一緒にいただいたらメチャ美味い。
シンハのジョッキ2杯とこのシーフード料理で600円ぐらいだったような気がするが、忘れてしまった。
金額は忘れたけれども忘れられないのが料理の味。

ホアヒンのナイトバザールに並ぶ露店シーフードレストランの魅力溢れる一品料理。
ああ、夏休みはホアヒンへ行きたい!


※ホアヒンヘはバンコクの南バスターミナルからエアコン高速バスで約3時間。(20~30分おきに運行)
王室のビーチがある閑静な海辺の町だ。

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ミャンマーのモンユウ市郊外には想像を絶する巨大なお釈迦様の仏像が建造中であった。
その高さ170m.

詳しくは明日の本ブログ「ミャンマーレポート2007(6)」をお楽しみに。

ということで、今日は疲れているのでこのへんで............。

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私のかすかな心配は杞憂に終った。
というのも、「仲間の一味では?」と思ったタクシーの運転手は、おかしな方向に走ることなく、もとのスクンビット通りに戻ってきてBTSのプラカノン駅のコンコースへ上がる階段前で停車した。

メーターのゴマカシもなかった。
ちなみに私はチップは払わなかった。

私はいたって冷静であった。
ただしその冷静さはタクシーを降りると同時に急速に萎えて行った。
そしてそれとは逆にタクシーの走り去るのを見送ってから、急速に不安感が生じてきた。

もしかすると私は今さっき、エライ大変な経験をしたのではないか。

サイアムまでの切符を購入し改札口をくぐり、電車を待っている間も、その感覚はますます高まり鼓動が速くなってきて、血圧も上がってきているみたいだった。
もともと血圧が高いので、あまり上がると危ない。
トランプ詐欺で金を巻き上げられることはなかったが、その後の不安感で血管がぶち切れして死んでしまったということになると、笑えない。

笑えるのは私の友人たちだ。

死んでしまった私が笑えないのは当たり前だが、そんなこんなで私が死んだことが後々私の友人たちに知られることになると、忘年会などの飲み会でその都度話題にのぼり、その宴会の席を大いに盛り上げる「ネタ」になってしまうのは、なんとなく悔しい。
なかでもその席に死んだ私が同席して一緒にドンチャンできないのが一番悔しい。

しかし、その不安感も冷房がガンガンに効いた電車に乗って、プラスチック製の椅子に座ると気分が落ち着いてきた。
私は何事もなかったかのように平常心を取り戻し、「妙竹林な夢を見た」という感覚で、ボンヤリと沿線の景色を見つめていたのだった。

その夜、いつもなら落ち着いてシーロムにある居酒屋で飲んでいるところなのであったが、なんとなく落ち着かなく、ルンピニーナイトバザール内の無料ライブが楽しめるフード&ドリンクコートでポークの照焼きなどを酒の肴にビール大ジョッキ1リットルを飲んでいたのであった。

結局、どこにいても飲んでいることに変りはなかったが、居酒屋で一人、カウンターの女の子やタイ人の板さんと話をして高い料金(日本で飲むよりはメチャ安い)を払うよりも、少々騒々しくても賑やかな場所で飲みたいというのが、私のその時の心理状態だったのだ。
つまり不安感が寂しさに変化していたのかも知れなかった。

以後、MBKショッピングセンターでもサイアム東急百貨店でも、ジョジョらしい姿を見かけたことは一度もない。
しかし、観光地で、あるいはショッピングセンターで、あるいはレストランやバザールで声を掛けられるたびに、ジョジョの一家(一味とも言う)のことを思い出すようになった。

一度だけ東急百貨店とBTS国立競技場前駅を結ぶ歩道橋の上で見知らぬタイ人女性から声を掛けられたことがある。
その時私はブラックキャニオンコーヒーと言う名前のカフェでアイスコーヒーを買い求め、ボンヤリと人の流れを眺めながら休んでいたのであった。

「あなた、日本人?」
とそのオバハンは英語で言った。
「そうだよ」
と私。
「私の従姉が今日本に住んでいるの」
「.......そう」
「東京だったかな。あなたも東京?」
「違うよ」
「誰か待っているの?」
「そう、友達を待っているんだ」
と私はウソをついた。

オバハンはまだまだ話足りなそうだったが、「友達を待っている」の一言で、どこかへ消えてしまった。
彼女もまたカモを探し出そうと、街中を歩いている詐欺師の一味なのかな、と考えたりもしたのだった。

実際のところ、タイでは私も人の親切に接して、心が和らぐことが少なくない。
とりわけ田舎へ行くと見ず知らずの人から、
「どこ行くの?」
と「たどたどしい英語」で訊ねられ、
「○○まで行こうと思ってるんですが」
と答えると、
「遠いし、暑いし、危ないよ。私の後ろに乗りなさい。」
と自分のバイクやトラックに乗せてもらったことも一度や二度ではなく、「微笑みの国」は確かに存在し、異国に住む者同士が心豊かに接するという経験に、タイがますます好きになってくることも、また確かだ。
もちろん、彼らは謝礼を要求することはないし、何かお礼にあげようとしても決して受取らないのだ。

ちょっとした油断が犯罪のドツボにはまってしまう。
ジョジョの一味との遭遇は、そんなタイの裏社会をかいま見た、貴重な一瞬だったと、今では思い込むことにしている。

「バンコクのトランプ詐欺 完」

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「叔父貴だよ」
とジョジョは言った。

そんなことは言われなくても分っている。
交通事故に遭って足を骨折し、通院しているらしいことも分る。
それにしても、白々過ぎやしないか。

「うううう、日本からのお客さんかい」
とジョジョの叔父貴。
なんで英語なんだ。
この一家はタイ人であるにも関わらず、ジョジョもオヤジも従姉のリンダも、そして叔父貴もみんな英語を話すのだ。
で、その英語の質問に対して、
「そうだよ」
とジョジョ。

「日本からのお客人。このように私は今、不自由な身の上です。お金が要ります。」
今度は泣き落としだ。
この泣き落とし演技も益々白々しい。
次に出てくる時はきっと反対側の足に包帯を捲いているに違いない。
このジョジョ一家の演出は吉本新喜劇と表現したが、間違いなく、その通りだ。
よくよく見て見ると、ジョジョの叔父貴は間寛平に似ていなくもない。

間寛平が片足に包帯を捲いて、松葉杖をついて舞台を出て来たところを想像していただきたい。
私が、このジョジョの家の1階居間で見ているのは、まさにそんな「なんば花月」のようなところなのだ。
私は秘かに、ここジョジョの家を「サイアム花月」と名付けた。

「どうだい。これで見て見ぬふりはできないだろう。君も日本人だから」
とジョジョは叔父貴の治療費を稼ぎ出すためにブルネイのお金持ちを巻き込んだトランプ詐欺への勧誘をはたきかけてくる。
私が日本人だからどうした。日本人だったら、見て見ぬ振りはできないというのか?

これがもし、誰かが犯罪に巻き込まれようとしているところや、川でおぼれているところであるのなら、見て見ぬふりはできないであろう。
しかし、犯罪に巻き込まれようとしているのは「私」なのだ。
このシュチュエーションで、助けなければならないのは私自身であることは明白だ。

それに、ニューペッブリー通りにあるというソープ......いや病院での治療費なんか真っ赤なウソなのは見え見えだ。
演技がバレているのを気付かないのだろうか。
この連中は。
これ以上、彼らに付きあいしている場合ではない。

私は「悪いけど、ご馳走にもなったけど、帰るわ」と言って玄関へ向かった。

「待ってくれ!せめて1万バーツだけでも、この叔父貴にあげてやってくれないか?」
ジョジョはついに本音を出した。
トランプゲームをしないのであれば1万バーツをくれと言うのだ。
嫌なこった。
1万バーツと言えば、3万5千円ではないか。
そんな金があれば、関空とバンコクの間を往復できる。
吉本新喜劇の観劇料にしても高すぎる。

「それも、できない」
と言って私は玄関の扉に手を掛けた。

「待って!」
とジョジョは焦った様子で言ったが、ジョジョのオヤジが彼を抑えた。
「じゃあ、外まで送ろう」
と言ったのはオヤジであった。

玄関を出ると、家の前の短い路地を出たところに何故か一台のメータータクシーが止まっていた。
こんなところでタクシーが客待ちをしているのは随分とオカシイ。
きっとトランプゲームの負けが込んだ私を乗せて、銀行のATMへ向かう予定のタクシーの筈だったのだろう。
私はできればこんなイカサマ詐欺集団が準備したタクシーには乗りたくなかった。
乗りたく無かったが、早くこの場から立ち去りたくもあった。

タクシーに乗り込むと、
「BTSのプラカノン駅へ行ってくれ」
とタイ語で頼んだ。

窓からジョジョの家の方を見ると、ジョジョがうつむいていた。
リンダがニタニタ笑っていた。
ジョジョのオヤジは無表情にこちらを見ていた。
何故か、重傷を負っているジョジョの叔父貴も松葉杖をつきながら背筋を伸ばしてこちらを見ていた。
不意にジョジョのオヤジが運転手に向かってなにか声を掛けた。
「ん? 何、言うたんや?」
と一瞬不安になったが、運転手はフフフを薄ら笑いを浮かべると、西に向かって車を走らせはじめた。

つづく


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「どうしてこれだけの良い条件でゲームをしようとしているのに、あなたは協力しようとしないの?」
とジョジョのオヤジは言った。

「そのブルネイ人は金を持っていて、私があなたに良いカードをわざと渡すから負けない筈はないんだよ。ブルネイ人のカモを騙そうよ」
と盛んに言うが、本当のカモは私なのだ。
断じてゲームを受け入れることはできない。

「もう良いです。帰ります」
と私は立ち上がった。
もうこうなれば、できる限り早く帰りたい、この場から去りたいと思うようになっていた。
このまま話を聞いていたら、何をされるか分ったもんではない。

わたしは席を立ちゆっくりと1階へ歩いた。
オヤジは「どうして?」を繰り返すが、どうしてもへったくれもない。

1階のロビーにはジョジョとリンダ、そしてメイドのオバハンがいた。
私とオヤジの姿を見たジョジョは私に歩み寄り、
「どうしたの?」
と訊いてきた。
いけしゃあしゃあと良く言えたものだ。
あんたの家族はイカサマ詐欺師一家か?と言いたいところだが、だまっていた。

オヤジの目線で事態を掌握したのかジョジョが私に話しかけて来た。

「すまない。不快な気分にさせたのなら、謝る」
「謝る必要などない。賭博はダメ。家訓だから。ご馳走してくれてありがとう。」
と拒否して帰ろうとする私をなんとかなだめようと、今度はジョジョが私の説得にかかり出した。

「お袋が入院していて金が要るんだ」

その話はここへ着た時に聞いた。
ジョジョの母親は入院していて、今日この場にはいない。
しかし、その時点で「金がない」なんて聞いていなかったぞ。
それに金がないのにどうして、あれだけ豪華絢爛な昼飯が出てくるんだ。それにその豪華絢爛な昼飯を調理していたのはメイドのオバハンではないか。
メイドを雇えるような金があって、お袋さんの入院費が払えないなんて本末転倒ではないか。

「実はお袋だけじゃないんだ」

お袋さんの話だけでは不足だと思ったのか、ジョジョはまた新たな話を始めた。

「うちの叔父貴が先日交通事故に遭って、足を折ってしまって通院中なんだ。タイでは保険はないから多額の治療費がかかるんだよ」
「叔父貴?」
「そう叔父貴だ。ここの北のニューペップリー通りにある病院へ通ってるんだ。小さな病院だとだめだからな」

ニューペップリー通りえばといその沿線には日本大使館もある大通りだが、有名なソープランドも数多く並んでいる風俗のメッカでもある。
もしかしたらその病院というのは、ソープランドのことではないのか。
私はますます疑った。
それにタイにも保険ぐらいあるわい、とも思った。
旅行者の無知につけ込んだ悪質なウソである。

「帰る」
「そういわずに、まずは叔父貴に会ってくれ」
「何?」
「ここに来るから」
「一緒に住んでいるのか」
「ああ。足が悪いから出てこなかったんだ」

暫くすると、奥の方から松葉杖を着いた痩身の中年男がノッソノッソと歩いてきた。
右足には足の付け根まで届くような「ブーツの形をした」包帯を捲いていた。
そう、まさしくブーツの形をしていたのだ。
どう考えても、さっきまで何事もなく動いてた男が、「出番です」と呼ばれて「んじゃ、いこか」とばかりに包帯の衣装を足に履いて現れた、という感じなのだ。

これではまるで吉本新喜劇ではないか。

つづく

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家訓はともかく、私は普段でも賭事はあまりしない人間である。
しないというよりも、嫌いである。

私はこれまでの人生にギャンブルと呼べるものを経験したのは4回しかない。
パチンコを3回とラスベガスのカジノでスロットマシーンを楽しんだ1回。
その合計4回だけでなのである。
そのうち3回のパチンコも1回は高校時代、友人とのつき合いで10分ほどプレイしたのと、社会人になってから出張時に得意先の営業マンとのつき合いでプレイした2回の計3回。
自らすすんで楽しんだのはラスベガスのスロットマシンだけなのだ。

というのも、私は賭事なんぞというものは胴元が確実に儲かるようなシステムになっている不公平なお遊びだと思っているからだ。
それには、正当性は認められず、ちっとも面白いと感じないのだ。
もちろん競馬のようなギャンブルもあるが、ポーカー、麻雀、ルーレット、パチンコ、スロットなどという謂わば仕組まれた賭事は、「必ず負ける」と分っていて何が面白いんだ、というのが私の考え方だ。
実際パチンコの好きな人は「勝った時のこと」は自慢げに語って聞かせてくれるが「負けた時のこと」が語られることは、まず無い。

かと言って、私は負けることが単に嫌いなのかというと、そうではない。
その証拠に過去30数年間と言うもの、私は阪神タイガースのファンであり続けているのだ。

「えっ?タイガースって強いんじゃないの?」
と言うあなた。
あなたは幼稚園児か?

我がタイガースがとっても強いのはここ4~5年だけの話で、それ以前は周知の通り「ダメ虎」などと陰口を叩かれた。
それ以前はダメ虎まではいかなくても、ただ「最下位になったことがない」というだけの超人気チームなのであった。

実際10年ちょっと前くらいのタイガースは最悪で、毎年ダントツの最下位を爆走し、高い金を払って雇い入れた外国人の助っ人は「神お告げ」と称して勝手に帰国するなど、プレイ以外の話題にだけはこと欠かなかった。

余りのぶざまさに「見ちゃおれん」と仕事の忙しさも手伝って暫くテレビを見ていないあいだに、多くのベテラン選手が姿を消し、気がつけば、
「誰やねん。こいつ」
というような知らない選手ばかりの状態になっていた。
その「知らない選手」のなかに現在の今岡選手なんかがいるわけで、本当にこんな明るい未来は誰にも予想のつかないものだ、とつくづく感じるのである。

なお、最近そのタイガースが先祖返り(つまりダメ虎に)しはじめていることに、私は懐しさを感じながらも、若干の不安と不満を抱えていないでもないのだ。

で、余談はともかく、だから「負けること」は嫌いではあるが、それが野球のような本当のゲームであれば納得できるのだけれども、賭博となればそうはいかない。

さてさて、「家訓」を盾にイカサマ賭博への勧誘を断る私に、ジョジョのオヤジは必死にゲームへ参加するように説得にかかりだした。
しかし、その説得も私にとってはなんら魅力を感じないばかりか、これが「有名なバンコクのトランプ詐欺」であることを確信させるだけの、証拠固め以外のなにものでもなかったのだ。

つづく

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