私は子供の頃、アメリカのTVコメディ「じゃじゃ馬億万長者」が大好きだった。
ド田舎の一家が石油を発見してしまったために大金持ちになり、ビバリーヒルズへ引っ越して来て大騒動を引き起こすという、今では描けないような田舎者をコケにした凄い番組だ。
ドラマの最大の魅力は登場人物のキャラクター設定であった。
一家の長ジェド・クランペット。
いつも騒動の原因を作り出す甥のジェスロ。
美人だがアホな娘のエリー。
欲の塊・銀行の頭取さん。
頭取さんを支える秘書。
そんなハチャメチャのキャラクターの中、最も輝いていたのが「おばあちゃん」。
アイリーン・ライアン演じるメチャ痩せチビのばあちゃんは凄い人であった。
様々な得意技を持つばあちゃんでだったが、中でも最も得意としたのが「薬作り」。
アメリカのド田舎に伝わる中国人もビックリの民間薬は、あらゆる病気に対応していたように記憶する。
尤も、それらは薬というよりも魔女が作る中世ヨーロッパの黒魔術で抽出したもの、という感がないでもなかったが。
で、ロバート・L・シュック著「新薬誕生」はそんなドタバタコメディの胡散臭い薬の話ではなく、世界最大手の製薬会社がいかにして新薬を開発しているのかを素人にも分かりやすく書き記した医療ドキュメンタリーだ。
8っつの製薬会社の8つの薬の開発物語と、それぞれの会社の成り立ちが紹介されていて、ビジネス書、経済歴史書としても面白い。
ほとんどのケースが、ここ10年ほどの間に開発された最新の薬品に関するもので、驚くことが沢山あり、なぜ「あの有名人が死んで、あの有名人が病魔から復帰したのか」納得できるような内容も書かれていた。
薬品の世界で最も驚くべきことは、ほとんどの薬品は20世紀に入ってから開発されたということだ。
人類は19世紀までその科学的証明のなされていない、いわば「ばあちゃんの薬」を飲んでいた。
じゃじゃ馬億万長者の世界を笑うことはできないわけで、このテレビ番組が放送されていた1960年代から70年代にかけてでさえ、本書に取り上げられている薬品は開発されることさえ想像できなかったものばかりだ。
ここ数年、製薬会社はビッグな合併を行い会社規模を拡大している。
その後ろには膨大な研究開発費が必要とされているということは日経新聞などでよく言われていたが、もうひとつ何故なのかよくわからない部分があった。
本書を読むと、その投資額と、その途方もない規模のギャンブル性に経済ニュースの背景を実感することもできる。
一般の人でも楽しめる、とは思うのだが、そこは科学ドキュメンタリー。
難しいところも少なくない。
それでも、読後はあのJ・トールワルドの「外科の夜明け」に匹敵する驚きと感動を感じることの出来るノンフィクションだった。
~「新薬誕生 100万分の1に挑む科学者たち」ロバート・L・シュック著 小林力訳 ダイヤモンド社刊~
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