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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



タイの首都バンコクで大規模な政治的デモンストレーションが繰り広げられている。
親タクシン派のマサック政権に対して退陣を要求してのデモストレーションだ。

タイ人が退陣。

ショーモナイ洒落はさておいて、日本でこのニュースがほとんど報道されていない。
相変わらずだ。
日本のマスコミはアジアといえば支那か南北朝鮮というのが通り相場で東南アジアはあんまり関係がないらしい。

ところがこのマスコミが無視を決め込むタイには約10万人の日本人が住んでいて、年間120万人(うち1名は私)の日本人観光客が訪れ、2万社以上の日本企業が進出し、しかも地域の拠点を置いている。
バンコク日本人学校には1700人もの日本人子弟が通っていて、街にはレンタルビデオのTSUTAYA、コンビニのセブンイレブン、ファミマ、スーパーのジャスコ、ミスドなどがあちこちにあり、ボーとしていると、
「ん? ここ日本?」
と勘違いするくらい近しい国なのだ。

そのタイで大きな政変が起こりそうなのに日本のマスコミはほとんど報道しないのだ。

で、今何が起こっているのかというと、
・デモ隊がプーケット国際空港を占拠し、エアラインは運休状態。
・国鉄がスト中。
・テレビ局チャンネル11が占拠中。
・首相府が2万人のデモ隊で占拠中。
ということらしい。

この原因は私は詳しくは知らないのだが、タイ人がついに本気で華僑に対して怒りをぶちまけ始めたのではないかと思っている。

「タイ人は中国人大嫌いなんですよね。」

と教えてくれたのは私が通っていたタイ語教室のM先生であった。

それまで私はタイ人とタイ国籍を持つ華僑との間にそんなに強い確執があるとは思わなかった。
しかし2つの民族の対立は深刻で、バンコク出身で温厚なM先生をして中国人の悪口を言わせると私以上だったのでびっくりしたのであった。
タイ語で中国人のことを「コンチン」というのだが、この「コンチン」は最も忌み嫌われる存在ということで、「コンチン」に容姿の良く似た人の多い「コンイープン」こと日本人は注意することが必要だ。

で、この「コンチン」と今回のデモがどういう関係かというと、国外追放状態になっているタクシン元首相は歴然とした「コンチン」なのであった。
彼は自分の地位を利用して財産をため込み、しかもそれをコンチン国家とも言うべきシンガポールに送り続けていたのだ。

自国の富を搾取され、それを大嫌いなコンチン国家に送り続けた腹黒い政治家にコンタイは非常に大きな怒りを発したのであった。

そういうことで、今回のデモンストレーションは、
支那人(悪いヤツ等)vsタイ人(いい人達)
の対立ではないのかと、間違っているかも知れないけど思っている。

で、支那大好きの日本のマスコミはコンチンに味方して報道しないのかも。
政情不安になったら大きなダメージを受けるのは日本企業なのに。

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初めてミャンマーを訪れた時、最も訪れてみたい場所は、有名な名刹シェダゴンパゴダでもなく、ゴールデンロックでもなく、日本の兵隊さん達を弔っている日本人墓地でもなかった。
最も訪れたかった場所はインド・ムガール帝国最後の皇帝のお墓であった。

日本が明治維新を迎えて世界の歴史に登場したちょうどその頃、イギリスはインドおよびミャンマーの植民地化をほぼ完了した。
イギリスの統治は過酷だった。
インド、ミャンマー両国のプライドと歴史を粉々にするために両国の元首を相互の国に拉致し監禁し、死に至らしめた。
ミャンマーのミンドン王は首都マンダレーから連行されインドへ。
そしてインドムガール帝国の皇帝パファードル・シャー2世はミャンマーへ連行された。

そのパファドール・シャー2世の墓を訪れることが私の最大の目的なのであった。
この墓を訪れることは欧米列強の植民地支配の実態を生で見て感じることができると考えたからだ。

ところで、このインド最後の皇帝の墓がミャンマーのヤンゴンにあることはミャンマー唯一の旅行ガイドブック「地球の歩き方」には書かれていない。
日経BP社から出版されている旅名人ブックス「ミャンマー」にも掲載されていない。
さらに、あのバックパッカー専門誌「旅行人」にも掲載されていないのだ。

これだけ歴史的に重要なスポットがなぜ掲載されていないのか。
その理由はまったく持って不明だが、単なる無知か、ミャンマー関係の編集者であっても興味がないのか、ほとんどの人びとに知られていないのだ。
ちなみに地元ヤンゴン市民でも知る人は少なく、私のガイドを務めてくれたミャンマー人ガイドのTさんはもちろん、現地旅行社のスタッフも知らないのであった。

このような超マイナーだがとっても重要なスポットの存在を何故私が知っていたかというと、高山正之の著作を読んでいたからだった。

週刊新潮に変見自在というタイトルのコラムを連載している高山正之はユニークなコラムを多数執筆している。
それらの共通した特徴は「世間では常識にされているものが、実は大嘘であったりまやかしであったりすることが多い」ことを実例を挙げながらズバッと論破していることだ。
インドの皇帝の墓についても、確かアジアンハイウェイの取材の途中のピソードとしてミャンマーのことが記されており、そこにかかれていたと記憶する。

このように、当然知るべきことが(ま、インドの皇帝の墓がヤンゴンにあることを必ずしも知る必要はありませんけど)メジャーな新聞やテレビでは取り上げられない。
それを正面から取り上げているところが著者の魅力だ。

新刊「ジョージ・ブッシュが日本を救った」も、前作(スーチー女史は善人か)、そして前前作(サダム・フセインは偉かった)に続いて奇抜なタイトルだが、ブッシュの悪口ばかり言っていると、表面ばかりしか見なくなり、その後ろに隠れていて注意しないと見えないものを見失うことが良くわかるコラム集だ。
ただ、朝日新聞の悪口(尤も、書かれていることは事実ですけど)には、ちょっと食傷気味な気配はある。

週刊新潮連載の痛快コラム集第3弾。

~「ジョージ・ブッシュが日本を救った」高山正之著 新潮社刊~

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「星野仙一にWBCの監督は任せられない」

某雑誌の吊り広告に大きな見出しが書かれていた。
オリンピックでメダルが取れなかった最大の原因は星野のマネージメントにあったのだという理論だ。

確かに星野の監督としての責任は小さくない。
しかし星野一人が悪いのではなく、参加選手のほとんどに敗因があったのではないかと思えるのだ。

例えば金メダルを勝ち取った女子ソフトボールは選手村で合宿生活。
しかしプロ選抜の男子野球は豪華ホテル。
ガチンコ勝負と物見遊山ほどの差がある。

これに加えて存在するのが「スポーツ根性論」。

怪我を押してプレイした阪神タイガースの新井や日ハムの稲葉。
彼らは本当にプロなのか、実に疑わしい。

「怪我をしてでもプレイした彼らは素晴らしい」
「怪我をしているのにプレイさせた星野仙一は何様だ」

様々な意見が飛び交っているが、私はどうして欠場しなかったのか疑問に感じている。
怪我をしているのならどうして素直に申告し、代わりの選手を出さなかったのか。

そこには「怪我をしてても頑張れば美しい」などという「勘違い」を正しいと思い込んでいる雰囲気があるのではないか。

これは女子マラソンにも言える。

オリンピックは国内のリーグ戦や国内大会と異なって国家間の戦いだ。
すべての選手が国家の威信を懸けてプレイしているわけで、個人のスタンドプレイなど必要ない。
怪我をしてでも頑張った、なんてのはナンセンス。
多くの人に迷惑をかけ、期待を持って見守っていた人々に対して、無責任すぎやしないか。

オリンピックに出場するために努力しているのは何も選ばれし選手ばかりではない。
多くのスポーツ選手が憧れ、戦い、そして勝ち抜いて出場権を手に入れる。
国旗を抱いてゴールインする栄誉を掴むために頑張るのだ。

だから選ばれし選手は勝たなければならないし、そう努力しなければならない義務がある。
従って、怪我をしたり体調不良で勝てないとなれば、代わりの人に出場する権利を渡すのが当然だ。

「体調がめちゃくちゃ悪くてどうしようもなかったんですけど、大切な国際会議のお客様の晩餐会だったんで、厨房で私が指示を出してました」
と調理中にゲロを吐いて倒れたシェフが褒められるかどうか考えてみたらいいい。

スポーツ根性論。
こんな根性論はマンガの中だけにしておいて欲しいものだ。

※私はタイガースファンだけど、新井はもう甲子園に戻ってこなくてもいいような気がしないでもない。

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高知への旅。

国道55号線を安芸市から高知市に向って走っていると、ここにも竜馬先生が。

「誰やねん、これ?」

思わずツッコミたくなるリアルな「カラーの」竜馬先生。

坂本龍馬もこれだけ自分が商売に使われるとは想像しなかったに違いない。
それにしても、「キモイ」のであった。

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一昨日の続き。

往年のハナ肇の銅像を彷彿させるヤ・シィパーク(高知)の竜馬先生。
色といい、できあいといい、ハナ肇なのだ。

「あ、っと驚く!」

と竜馬先生が言うわけはないが、高知には変なものが少なくない。
と、思った。

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夢の話で恐縮だが、なぜか昨夜の夢にゼンジー北京が登場した。
本人の手品も楽しめたのだが、どういうわけか、私は「ゼンジー北京」と書かれたTシャツを着ていたのだ。

「そのTシャツどうしたん?」

とおなじ「長屋」に住んでいる見知らぬ人に羨ましがられていると、乗る筈であったヒコーキが出発した。

というなんかよくわからない夢なのであった。

北京オリンピックが閉会したが、なんともやりきれない出来損ないのオリンピックだった。
今日の産経新聞朝刊によると、閉会式の観客はなんと、
「動員された公務員のエキストラ」
であったらしい。
あまりの暑さに外国人記者や関係者は大勢が退席しているにも関わらず誰一人として席を立つ者を見かけなかったというのだ。

「インターネットを自由にして、集会をしている人たちを監獄にいれないだけで、ロンドンオリンピックは北京の品位を上回る」

こういうふざけたオリンピックの後でゼンジー北京の夢を見るのも、なんか納得できるというものだ。

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高知県の「ヤ・シーパーク」を訪れてきた。

ここは高知県の南国市と安芸市の中間点にあり、めちゃくちゃ奇麗なビーチが広がっている。
海はもちろん太平洋。
海の水もメチャ奇麗だ。

なぜ、ヤ・シーパークなのか。

それはたまたま通りがかったたら「ヤ・シーパーク」なんていうふざけた名前の道の駅を発見し、関西人としての私の血が騒いだからだ。
ちなみにヤ・シーパーク入り口にはヤシの木が植えられており、駄洒落は具現化されているのだ。
恐るべし、高知県。

で、もっと恐るべくものは、ヤシの木の下で高知県の英雄「坂本竜馬先生」が樹脂パレットに固定され、縄で縛られ突っ立っていたことなのであった。
しかもパレットごと緑色に着色された竜馬先生は炎天下にさらされて誠にお気の毒な様相であった。
色が緑色だけに、私は往年の人気年始番組「オールスター隠し芸大会」のハナ肇を思い出してしまったのだった。

ということで、ヤ・シーパークのスタッフの皆さん。
竜馬先生をもうちょっとなんとかしてやってください。



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映画が始まりと同時に、なにやら無数にひらひらと海中を漂っているものがあった。

「なんじゃい、ピンクと白のパンティか?」

と、子供用映画でありながら私は翔んだイメージを勘違いしてしまっていたのだった。
ヒラヒラと舞っているピンクと白の物体は女性用パンティではなく「クラゲ」なのであった。

そのクラゲに囲まれながら水中でボンベもつけずに作業している気色の悪いオッサンがいた。
「なんじゃい、この映画は」
始まって、数分ですでに映画は分けのわからない雰囲気に包まれ始めていたのだった。

「崖の上のポニョ」

ぽーにょ、ぽにょ、ぽにょ♪
の歌だけが耳について離れない宮崎駿監督の最新作をやっと見てきた。
見てきたが世間一般の評判通り、なにがんやら分からんような映画なのであった。

もしかすると、
1.素晴らしい動きのある
2.色彩豊かな
3.秀でたアイデア
4.ジブリ哲学のイマジネーション
といった2次元アニメのテクニックを見せつけるための作品だったのかも分からない。

ちょうどスピルバーグが特撮テクニックを見せつけるだけのような作品「宇宙戦争」を作ったような作品だったのだ。

確かに見ごたえは十分で、人魚姫の話をモチーフにした筋立ても面白くないことはない。
しかし、中身は矛盾だらけで説明不足。
ストーリー何ぞどうでもよろしい、見ているうちに頭が痛くなってくる映画なのであった。

とりわけ海の水がだんだんと上昇してきて街もなにもか飲み込んでしまうところなど、イマジネーションを通り越し、安心して見ていることさえできなくなる。
きっとインドネシアスマトラ島の皆さんや、タイ・プーケット、ピピ島の人びとにはとてもじゃないが気持ちよく見ることのできる代物ではないだろう。
街がみんな沈んだのに、あれだけ大きな波が起こっていたのに、
人びとは皆、めちゃ陽気なのだ。
正直、狂気さえ感じる。

で、浮かんだ感想はちょっとお遊びが過ぎるのではないか、ということだった。

映画そのものは確かに凄い。
しかし、それがどうなの?
と思えるところにこれまでの宮崎作品とは違った「?」が灯っている。

エンディングに流れる、
「ポニョの歌」
を聞くと、ジブリ作品の多くは宣伝の上手さなのかな、とついつい昔の角川作品を思い出してしまったのだ。

ま、一回は見ておいても良いのでは。

~「崖の上のポニョ」2008年 スタジオ・ジブリ作品~

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私は子供の頃、アメリカのTVコメディ「じゃじゃ馬億万長者」が大好きだった。
ド田舎の一家が石油を発見してしまったために大金持ちになり、ビバリーヒルズへ引っ越して来て大騒動を引き起こすという、今では描けないような田舎者をコケにした凄い番組だ。
ドラマの最大の魅力は登場人物のキャラクター設定であった。

一家の長ジェド・クランペット。
いつも騒動の原因を作り出す甥のジェスロ。
美人だがアホな娘のエリー。
欲の塊・銀行の頭取さん。
頭取さんを支える秘書。

そんなハチャメチャのキャラクターの中、最も輝いていたのが「おばあちゃん」。
アイリーン・ライアン演じるメチャ痩せチビのばあちゃんは凄い人であった。
様々な得意技を持つばあちゃんでだったが、中でも最も得意としたのが「薬作り」。
アメリカのド田舎に伝わる中国人もビックリの民間薬は、あらゆる病気に対応していたように記憶する。
尤も、それらは薬というよりも魔女が作る中世ヨーロッパの黒魔術で抽出したもの、という感がないでもなかったが。

で、ロバート・L・シュック著「新薬誕生」はそんなドタバタコメディの胡散臭い薬の話ではなく、世界最大手の製薬会社がいかにして新薬を開発しているのかを素人にも分かりやすく書き記した医療ドキュメンタリーだ。
8っつの製薬会社の8つの薬の開発物語と、それぞれの会社の成り立ちが紹介されていて、ビジネス書、経済歴史書としても面白い。
ほとんどのケースが、ここ10年ほどの間に開発された最新の薬品に関するもので、驚くことが沢山あり、なぜ「あの有名人が死んで、あの有名人が病魔から復帰したのか」納得できるような内容も書かれていた。

薬品の世界で最も驚くべきことは、ほとんどの薬品は20世紀に入ってから開発されたということだ。
人類は19世紀までその科学的証明のなされていない、いわば「ばあちゃんの薬」を飲んでいた。
じゃじゃ馬億万長者の世界を笑うことはできないわけで、このテレビ番組が放送されていた1960年代から70年代にかけてでさえ、本書に取り上げられている薬品は開発されることさえ想像できなかったものばかりだ。

ここ数年、製薬会社はビッグな合併を行い会社規模を拡大している。
その後ろには膨大な研究開発費が必要とされているということは日経新聞などでよく言われていたが、もうひとつ何故なのかよくわからない部分があった。
本書を読むと、その投資額と、その途方もない規模のギャンブル性に経済ニュースの背景を実感することもできる。

一般の人でも楽しめる、とは思うのだが、そこは科学ドキュメンタリー。
難しいところも少なくない。
それでも、読後はあのJ・トールワルドの「外科の夜明け」に匹敵する驚きと感動を感じることの出来るノンフィクションだった。

~「新薬誕生 100万分の1に挑む科学者たち」ロバート・L・シュック著 小林力訳 ダイヤモンド社刊~

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最近マンゴー味のかき氷がすごく流行っている。

かき氷といえばつい最近まで味のラインアップは決まっていて、
イチゴ、
メロン、
レモン、
ミルク(練乳)、
宇治(抹茶)、
ミント
が定石だった。

いや、定石というよりもこれぐらいしかなかった。

そこに登場したのが「マンゴー味」。
これは一種の革命と言っても過言ではないだろう。

数年前から大阪ミナミの難波ウォークで「マンゴーアイス」だったかなんかが大きな話題を集め全国の甘党をうならさせたことがあった。
きっとこのあたりが起源だと思うけど、今年の夏はその「マンゴー味のかき氷」もトレンドが爆発した。

他にも「黒糖きなこ」なんて和風のも登場し、ますますバリエーションの増えているかき氷。

南国好きの私には「マンゴー味」は大歓迎。
もちろん自分の国、日本大好きでもある私には「きなこ味」も大歓迎。

でも、台湾のかき氷には、ちとかなわないような気もしないではない。

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