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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



南海電車なんば駅で飲み尽くしたエビアンのペットボトルを捨てようとゴミ箱を探したら、1階エスカレーターの前に写真のゴミ箱が..........。

「へットホトル」
ってなに?



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その昔、私が小学生であった頃(1970年代)。
岡山の祖父の家を訪れるとブラックボディのレトロな扇風機が動いていた。
その時は「ああ、田舎だからな」と、岡山=田舎=レトロな扇風機がシンクロして、その時代物の扇風機の実用的存在になんら疑いを持たなかった。

その扇風機がただ者ではないことを知ったのは、母に連れられて大阪四ツ橋にあった市立電気科学館を訪れた時であった。
なんと、そこには「昔の扇風機」として岡山のおじいちゃん家にあるのと同じ扇風機が展示されていたのだ。
「ううう、あの扇風機、お母さんより年上やったんや」
子供心に強い衝撃を受けたのは言うまでもない。

経済産業省のアホ役人が「長期間使った家電製品は火を吹く危険があるから有効期限を明記せよ」などという法整備を画策しようとしている。
まったくもって笑止千万。
余計なお世話。
農林水産省が主導した食品の消費期限の表示義務化と一緒で消費者、つまり一般国民をバカにした行動と言わざるを得ない。

だいたいにおいて、機械の使用期限だとか、食品の賞味期限などというものを判断するのは消費者であって、役人ではない。
どこの誰が腐ったものを食うというのか?
どこの誰が長期間掃除も点検もされていないボロい家電製品を使い続けるというのか?
そんなこと国やメーカーが責任を持つのではなく消費者個々が責任を持つのは当然だ。

こういう発想が生まれるのは、
「国民はアホやから、わしら優秀な官僚が守ったらあかんねん」
というもともと人を見下げた考え方に端を発する。
そりゃ官僚の皆さんは東大や京大や早慶あたりを卒業していらっしゃる優秀な方々なのであろう。
少なくとも大阪芸大や武蔵野美大、宝塚造形大ではないはずだ。
しかし、そこには受験勉強の能力にのみ秀でた世間知らずの環境と頭脳しかなく、国家の制度を云々する能力はない。

故障のほとんどない世界一品質の日本製自動車に車検制度。
まだ食べられる食材を捨てさせる勝手な消費期限。(船場吉兆とは意味違います)
認可しても責任取らない医薬品制度。

それに加えて家電の有効期限表示制度。

「ものは大切に使おうね」
日本人の美徳はどこへやら。
こういう馬鹿げた発想しかしない人を役人に集めておいてどうするの。
もしかして「有効期限認証協会」とかを作って天下りするつもりなのかもわからない。

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■とりがらビジネストーク入門(3)

とうことで、バルブメーカーの営業マンのことを思い出した私のK君へのアドバイスは、お話ツールを作ってみることであった。

「で、どうつくったらいいんでしょうか」
「まずここ(東京支社)周辺の地図やな」

私は東京浅草辺りの観光地巡りをしてみることを提案。
名古屋から出てきたばかりのK君には、東京の地理を知ってもらう必要を感じたのだ。

「私なら時代劇の舞台になったところを、あれこれ歩いてみるけどな。」
「は~」

私はテレビの時代劇が好きだったので、そこに登場する地名の場所は歩いて回ったことがある。
意外に東京は、というか江戸の町は広いことがわかった。
先日、ある本で知ったのだったが、江戸時代、すでに江戸(東京)は端から端までの徒歩での移動で日帰りができないくらいの大都市だったという。
「ちょいと恵比寿の伯父のところへ行ってくるよ」
なんてセリフを聞いたらかなり歩かなければならないことをイメージしなければあらない。

半年ほど前、私は門前仲町に宿をとった。
「どうせ歩いていけるやろ」
私の会社の東京オフィスはJR浅草橋駅近くにある。
高を括って早朝歩き出したら、1時間半もかかってしまったのだった。
土地に不案内でなこともあったのだったが、地図で見ると大して遠くない距離でも結構あるもんだと感心した。

「ほら、君の故郷の名古屋と比較するのもええで」
「そうですね」
「私の場合は大阪と東京の比較やけど、これって一般的すぎてオモロナイし。名古屋だったらええかも」
「で、どう比較すればいいんですか?」
「まず、駅やな。東京の新宿駅といえば大阪なら梅田駅だが名古屋なら名古屋駅か」
「はい」
「で、東京駅は大阪なら新大阪、名古屋では名古屋駅」
「はい」
「上野駅は地方への玄関口だから、大阪なら天王寺駅、で名古屋なら名古屋駅だ」
「なんでも名古屋ですね。ちょっとバカにしてませんか?」
「しているわけないやろ。で、繁華街。渋谷に対して大阪なら梅田茶町、名古屋なら栄。原宿に対して大阪ならアメリカ村、名古屋なら栄。さらに、代官山は大阪では堀江、名古屋なら栄だ。」
「あ、やっぱりバカにしてますね」
「ま、正直私は名古屋はほとんど知らないので、どこに繁華街があるのか分からない。」
「はあ。」
「そういうことがあっては困るので、その土地を歩いて知るわけだ」

以上はかなり脚色しているが、つまりは営業トークはまずはその街を知るところから始めなければならないということなのだ。




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■ビジネストーク入門(2)

ビジネスにおいて初めてお会いするお客さんとの話のネタに何を選ぶかは、なかなか難しいものだ。
こういうことに於ては以下の職業の人たちが知識豊富と思われる。

・保険外交員
・通信教育販売員
・英会話倶楽部(教室ではない)勧誘員
・自転車に乗ったモ○○ン教の外国人宣教師
・漫才師
・大阪のオバチャン
・街角の高額版画販売員
・ソープ嬢
・バナナのたたき売り
・詐欺師
・バンコクタニヤの客引き
・バンコクパッポンのやたら美人なオカマのお兄さん
などである。

実際のところ、気質の人が上記の人たちのように、初対面の人たちといきなり親しく話し始めるなどということは、ほとんど不可能に近い。
そこで必要になるのがネタ本である。

私の会社が取引をしているバルブメーカーの1社では新入社員が入社すると共に、その社員に一冊のクリアファイルを渡し、自分の会社の紹介に必要な数々の資料を『手作りさせる』ところがある。

「これがうちの会社のあるところです」
初めてそこのN氏に会った時、クリアファイルを広げて親しげに話し出したのでビックリしたが、そのツールの手作り感に魅了された。
そこには会社にまつわる客からされるであろうと予測される質問に対する答えが容易されており、市販のツールでは対応できない凄みがあった。

例えば、会社の近くの駅、その駅前にある由緒正しい神社とその言い伝え、物語の挿し絵、さらに駅前の居酒屋の名物料理などなどが記されているのだ。
時には広告の切り貼りが貼られ、またあるところには「○○ページへ」という具合に関連しているが違った話題に飛ぶように摂家去れていたりする。

「凄いですね、これ」
と、思わず訊いてしまった私への回答は、

「実はこれ、入社してから何年も使い続けるんですよ。だからあるお客さんに質問されて答えられなかった内容についても、後で調べてその部分を補強しておく。すると、次の同じようなお客さんと接する時に答えが用意されていて、スムーズな会話が成り立つんです。」
「宝ですね」
「まさしく。ボロボロになっちゃいますけど、捨てられないですね。世界に一冊しかないですから」

自分のオフィスの前を通っている大通りの名前も知らないK君に、私はまさにそのファイルを作ることを提案していたのであった。

つづく


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■ビジネストーク入門(1)


偶然なのかどうか分からないが二人の知人の女性が運送会社に就職した。
しかも海外の。

一人目は英会話で長らく同じクラスに在籍したS子ちゃんで、彼女は憧れの香港で日系のH社に就職が決まった。
もう一人はお馴染のミャンマーでガイドを務めてくれていたTさん。
こちらはサイクロンが襲いかかってくる僅か数週間前にシンガポールに出国。
華僑の都市国家で米国系のF社に就職が決まった。

二人とも、その業界は初めてで、はた目から見ていると非常に心配になってくる。
ただしどちらにも言えることだが女性にしてはバイタリティに富んでいるし、女性であるだけにおしゃべりの技術は充実していると思われるので、おそらく大丈夫であろう。

大丈夫ではないのは、うちの会社の新入社員だ。

先日の東京出張の時、入社3ヶ月目のK君に、
「○○さん。初めてのお客さんのところではどんな話をしたら良いんでしょうか?」
と訊ねられた。
「経験を重ねるしかないわな」
と身もふたもない回答をしてから、私は「しまった」と思った。
よくよく考えてみると、私もよくわからなかったのだ。

K君はうちの会社に入ってくる前、名古屋で生活をしていた。
ちなみに生まれも育ちも名古屋である。
「K君、君はうちの東京支社がどこにあるのかお客さんに説明できるんか?」
と私は訊ねた。
「......と言いますと?」
「例えば、会社の前を通っているこの通り。この名前は知っているわな」
うちの東京オフィスの前は靖国通りだ。
「......知りません」
私はズッコケそうになってしまった。
自分の会社の前の通りを知らないのだ。

「自分の会社の場所ぐらい説明できるようにしとかんと。ビジネスはそこからやで」
と私はあれこれ話し始めた。

「はあ~~~」
「例えば、ここの周辺の名所旧跡ぐらいも覚えとかなアカン」
「はい」
「だいたい、休みの日は何してんの?」
「寝てます」
「ね、寝てます?」
「はい。」
「せっかく東京に出てきてるのに、寝てるんか?」
「はあ」
「東京に住むのは初めてやろ。もっとこう、未だ若いんやから渋谷にでてみるとか、六本木ヒルズに行ってみるとか、東京タワーに上ってみるとか、皇居を奉拝するとか、靖国神社に右翼を見に行くとか、秋葉原でメイドさんと一緒に写真を写してみるとか、スタバに入ってみるとか」
「スタバぐらい名古屋にもあります」
「....そうか、つまりはお上りさん的なことせんといかんで。」
「はい。」
「その街になじまないかん。」

よくよく考えてみると、大阪弁で「東京の街に馴染まなアカン」と論じている私に説得力があるはずはなかったのであった。

つづく

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以前私が務めていた会社の社長はロータリアンで、
「こんど、なんかチャリティーをやろう、いうことになったんやけどなんか良いアイデアはないか?」
ということが話題になったという話をしてくれた。
で、そのロータリークラブの会長である、ある大手企業の役員さんが、
「女子プロゴルフのチャリティーコンペはどうやろう」
と提案した。

「女子プロゴルフやて..........美人のおらん女子プロゴルフでおもろいか?」

セクハラなんてことは言わなかった時代だったが、
「おおおおおおお、うちの社長はそんなこと言うたんか........怖~」
と思ったことが印象に強く刻まれている。

ところで、最近は女子プロゴルフにスターが多く、注目されるようになってきた。
自動車の広告や航空会社の広告、テレビ番組にも登場し露出度もアップ。
しかし、ひとつ文句をつけるのなら、
「やはり美人はいない」
というのが社長ではなく私の今の感想だ。

ゴルフはひとりで黙々と戦うスポーツであるためにどうしてもプレーヤーは寡黙に成らざるを得ない。
その結果として眉間にしわが寄り、口元がぐいっと引き締められ、難しい表情が顔面の筋肉を固定する。
屋外、とりわけ日光にもろさらされるスポーツであるため日焼けもすごく、屋内での練習なんて機会も少ないから真っ黒けになる。
まるで夏休みの小学生だ。
このためもともとの美人でも「日焼けした般若」のような面になってしまうのだろう。

そういえば、あの人気女子プロゴルファーの笑顔も鬼が笑った表情に見えなくもない。

ということで、社長の意見は正しかったんじゃないか、とも思えるのだが。
要は、ゴルフは女性を美しく見せるスポーツではないのが真相なのかも分からない。

以上、ちょっと怖いネタでした。

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昨日は会社のゴルフコンペだった。
私は別件で参加できなかったが、参加できなかってよかった。
というのもあの土砂降りの雨の中、ゴルフなんかしていると不快なだけでちっとも面白くないと思ったからだ。

しかし、雨のゴルフはアマチュアゴルファには自分の未熟な技術の絶好の言い訳になるのだから、面白い。
昨日のゴルフも多分「雨」のせいにした言い訳が炸裂していたことだろう。

「雨やから、ボールが弾まへんから飛距離が出えへんかったわ」
という言い訳も聞かれたであろう。
しかし、プロの打球をご覧あれ。
キャリーは長くとも私のチョロ球のようにコロコロと転がって飛距離が延びることはないのだ。

「雨やから、レインコート着て暑かっし、動きにくかった」
という言い訳も聞かれたことであろう。
しかし、レインコート着るのは本人の勝手であるし、日ごろの運動不足で身体が動きにくくなっていることをレインコートのせいにするのも本人の思い違いだ。

「雨やから、パットが重かった」
という言い訳が最も多いかもわからない。
しかし、こういう人に限って晴れたたら晴れてたで、
「ここのグリーンは読みにくいわ」
という言い訳を準備しており、抜かりはない。

と言う具合に「雨」は下手なゴルファーにとっては恵みの雨。

なお、快晴の場合は、
「このクラブ、ヘッドのバランスがいまいちやから」
とか、
「親父から貰った中古のクラブやし」
とか、
「もうちょっと良いクラブ買わなあかんな」
と言う具合に「ゴルフクラブのせい」にできるので、ゴルフは「言い訳」には事欠かないスポーツだと思う。



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コンビニセンスストアの24時間営業が問題になっている、そうな。

京都議定書を守るため政府の提唱する省エネも最終段階に入っている。
節約できるものは節約し尽くし、海外のCO2排出権というわけの分からない新型ODAもやってみた。
ところがあんまり効果が出ない。
出ないのも当たりまえ。
日本の省エネは世界でも最も進んでいて、それ以上の削減はなかなか難しい域まで達していたのに、「京都議定書に調印」とばかりに省エネ後進国の欧米にそそのかされたのが現在のあたふたする姿になっている。

で、その省エネ行政のひとつが24時間営業を続けるコンビニの夜間営業規制。

もともと昔は24時間営業の小売店なんかなくても対して困らなかった。
もちろん、あるに越したことはなかったが普通の生活をしていれば夜中に買い物をする必要もなかったし、子供が屯することもなかった。
深夜営業のコンビニがなければ、強盗の類いも営業活動をやりにくいはずで、省エネ以外の効果もありそうだ。

現在コンビニエンスストアは電気消費量の少ない照明器具や冷蔵庫などの導入を検討、またはすでに進めているが、そんなのは単なるポーズにしかならない。
よくよく考えてみれば、「朝7時から夜11時まで営業するよ」という名前のコンビニも、24時間営業。

全国に数万店あるコンビニのほとんどが夜間休むと、どれだけ省エネになるかわからない。
店の電力、製品をデリバリーするトラックの燃料、製品を段取りする工場や配送センターの電力、そこへ通勤する人たちのに移動燃料費。
かなりの節約になるというわけだ。



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久々にスターフライヤーを利用した。

羽田から関西空港まで利用したのだが、なんで飛行機で東京から大阪まで1時間半もかかるんだ、と文句を言いたくなるフライトだった。
もちろん航空会社に責任はない。
責任は大阪市上空を関空の進入路に出来ない航空管制に責任がある。

「間もなく最終の着陸態勢に入ります」

とアナウンスがあった時は徳島上空。
どんどん神戸に向かって飛ぶもんだから、

「おおお、ワシ、行き先間違えて乗ったんかな」

と一瞬ドキッとしたが、いわゆる北から着陸で大阪湾一周コース。
で、しかも着陸したのが「関空第二滑走路」
着陸してからターミナルまで約10分。

片道11000円は魅力的だが、正直、新幹線の方がらくちんだ。



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ミャンマーの国軍の創設はアウンサン・スーチー女史の父親がリーダーを務めたビルマ独立義勇軍に遡る。
このビルマ独立義勇軍はミャンマー人のみの力で設立したのではなく、当時の日本政府の力が大きく関わっていて、むしろその助力があったからこそ英領インドの一部であったミャンマーが独立軍を創設することができたのだ。
しかし、現在のかの国の現状を見ると他国に力を借りた独立軍には大きな歪みがあったようだ。

昨日、出張の帰りの飛行機の中でBBCニュースを見ていると、サイクロン被害のミャンマーがレポートされていた。

徹底的に破壊された田園地帯。
配給品を奪い合う人たち。
壊れた寺院。
などなど。

私自身、何度も脚を運んでいるところなのでその惨状には本当に目を覆いたくなる。

「逮捕されるかも知れないという危険を犯して一人の男性が証言をしてくれました」
というレポーターの言葉に続く男性被災者の言葉に私は驚いた。

「軍政は何もしてくれません。海外からの援助も全て断っています。こんな軍政なんか要らない。誰か、援助物資と一緒に武力で退治してもらいた。」

自分の国をなんとかするために他国に頼る。
もしかすると、この国に染みついてしまった負の遺産なのかもわからないし、そうまでしないと助からないといった達観しているのかもわからない。
しかし、自国の政治を変えるのは、その国民の仕事であり、他国に頼るのは筋違いだ。

ミャンマーが経済制裁を食らっているのは資源を持っているから。
その資源を狙って先進諸国はもちろんのこと中国も虎視眈々と自国の保護国に落とし込めようと狙っている。

こういう考え方を平気で報道し、問題としないBBCも旧宗主国としての嫌みなところか。

ミャンマーの復興はミャンマー人の力で。
明るい未来をミャンマーが求めるには、それが必要だ。

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