<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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第二次世界大戦中、日本は必死のパッチで米国、英国と戦った。
国家総動員。
子どもも大人も、男も女も、
「欲しがりません、勝つまでは」
ということで、鉢巻巻いて頑張った、というようなことを父母や祖父母から耳にする。
軟弱な映画や出版物は禁止され、西欧の音楽も禁止。
なぜか、盟友ドイツのクラシック音楽もどさくさに紛れてというか、他の西欧の音楽と当時の日本人には区別がつかなかったから敬遠する傾向があったという。

一方、イギリスはともかくアメリカはというと、ハリウッドやブルードウェイは相変わらずの娯楽主義でディズニーなんかは「ダンボ」みたいな映画を作って余裕のシャクシャク。
「イギリスやアメリカに行って煙突の数でも数えてきてはどうなんだ」
とは、戦争反対派の連合艦隊司令長官だった山本五十六の言葉。
それだけ国力に差があったということで、現代の私たちには笑っていのか泣いていいのか、歴史のひとコマとして反省もし、誇りにも思う部分だ。

時代は半世紀以上流れて現代。

日本の尖閣諸島の領有権を主張する中国は、まさに現代の漢民族の品格を表す暴力で訴えた。
国民総暴力。
共産党の人民軍は「日本に宣戦布告せよ」と政府中央に迫っているらしい。
日本の海上自衛隊は大日本帝国海軍が名称を変更したままのオーシャンネイビーであることを知ってか知らずか、日本には平和ボケ憲法(©橋下徹)があるので、いくらいいもの持ってても使えないからそれでいいのか。
たとえポーズとはいえ、恐ろしい話で、大阪市の橋下市長の発言の通り、自衛権を発動するための法的準備を早急に進める必要があると思える。

随分前だが、故ハマコーは「核武装しなければなりません!」と大阪サンケイホールでの講演会で吠えていたのを思い出す。
核武装までは行かなくても、泥棒国家、暴力団国家には備えなければならない事実がここにある。

で、こんな非常事態の中で先週の大阪南部は岸和田のだんじり祭で大盛り上がり。
人口20万人の街にその倍ぐらいの見物客がやってくるというだけあって、市内の幹線道路は露店とだんじりと群集でごった返し。
太鼓と鐘と笛の音が鳴り響き、
場合によれば1000人の曳き手で重さ4トンのだんじりが街路を駆け抜ける。
テレビは中継するわ、ヘリコプターは取材で来るわ、
私はビールをへべれけになるほど終日飲み続けるわで、大変だった。

総動員は対敵でわいわいやるのではなく、祭りの大騒ぎなのであった。
来日、在日中国人への暴力や嫌がらせも聞くことはなかった。

半生記経って日本も変わった。

非常時下の「だんじり祭り」。
政治はダメだけど、日本の強さの証明を一つ見つけた感じがしたのだ。

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