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米国の白人警官による黒人死亡の事件以来、米国を中心に人種差別反対運動が極論化している。
差別に反対する運動であれば暴力を振るっても問題ないかのような状態を異常としてとらえず「これが社会の流れ」と捉えるマスメディアの異常さもあいまって強い違和感を感じている人は少なくないはずだ。
私もその一人。

差別反対のデモンストレーションに乗っかって商店を破壊し略奪行為を働く。
車道に止められている自動車に火を付ける。
これらはほんの序の口でやがて歴史上の人物批判にもその矛先は向けられ始め町のシンボル扱いだった英雄たちの銅像は傷つけられ、引きずり降ろされ、記念館の名前は変更を強いられる。
これらは差別反対を叫ぶ人たちからの一方通行の思想の押しつけではないかとも思うのだが、そういうことを言う雰囲気すら漂っている。
それが日本のことではなくて米国のことなので事態は深刻だ。

そもそも亡くなった黒人はなぜ警察によって拘束される事態になったのか。
その部分はほとんど報道されることさえなくなってしまった。
今や彼は英雄のような扱いを受け、その弟は反差別の運動スターなのだ。
偽札所持の容疑で拘束された亡くなった黒人は果たして無辜の市民なのか。
大いに考えてみる必要がありそうだ。

この米国の反差別主義運動に異常さと背景になにかあるのかと疑ってしまうことがある。
というのも彼らは自身の国のことについては大きな声で叫ぶのだが、香港や中国ウィグルの人権弾圧や言論の封じ込め、政治犯の大量拘束についてはあまり述べない。
外国のことだからかもしれないが、それだけでは説明がつかないのは明らかだ。

反差別運動を主導する人々が米国の歴史を捏造するまでもないが、そもそもこのような行動には手本がある。
それは中国と韓国が行ってきた日本に対する歴史捏造と言論誘導とパターン。
この流れや主張の仕方が全く同じなのだ。

今回の反差別に基づく暴力行為を含む運動の背景には中国共産党の存在がある。
そう思いながらニュースを見ているとスッキリと合点がいくのが恐ろしい。


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