<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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「こんなはずじゃなかった、って言って退学していく奴が多いんだよね」
と言っていたのは大学の同窓会でお会いした某映画関係の先生だった。

私の母校、大阪芸術大学は私学の芸大では国内で最も規模が大きく生徒の質も千差万別であることが知られている。
千差万別。
どういうことかというと人数が多いだけにピンからキリまでの人材が集結しており一種のパラダイス感があるのだ。
すぐにでも業界の最前線で第一級の仕事ができそうな学生から、幼稚園児の描くような出来損ないの図画工作しかできないような学生まで質、量とものバラエティーに富んでいる。
卒業生も人間国宝を頂点に浮浪者まで幅広い。
私のように職をいくつも変わってきて安定しているのかしていないのかわからないような人間はどちらかというと詰まらない部類に入る卒業生だろう。

「〇〇くん、確か弟子入りが決まったわよ」
とか、
「〇〇さんは留学ね」
というようなことを学生課で耳にしたのは就職活動に汲々としていた4回生の秋の終わりのころ。
うちの大学は留学はともかく弟子入りなんてのがあるのか、と呆然と聞いていたことを今も鮮明に覚えている。
ともかく他大学というか他の普通の大学に通っている友人に聞くのとは大きく異なっていた。
だいたい他大学の友達が盛んに話している「リクルート」なんか関係がなかった。

こういうことはレベルの如何ともし難い関西私学の芸大だからなのか。
大阪でも南河内郡河南町の一山越えれば奈良県というギリギリのところにある大学だからなのか大いに悩んだものであった。
結局私も普通の就職をすることなく卒業日を迎えた。
入社する会社も決まっていなかった。
試験を受けた会社もたった4社で全部メディア製作関係の会社で東京と大阪のそれぞれ2社の小規模プロダクションから「うち来る?」と言われたが給料を聞いて恐れをなし、まずは自由人として生きることを決心した社会人スタートであった。
もちろん社会人といっても作品作りをメインに据えていたので、世間が言うところのまともな社会人であるはずがなかった。

二宮敦人著「最後の秘境 東京藝大」を書店で発見した時、
「国内芸大の最高峰、東京藝大はどんな大学なんだ?これは是非とも読んでみたい」
と即買い求めた。
そして読んでみてアッ!と驚いた。
なんと、芸大最高峰といえども芸大は芸大。
学生の進路は我が私学の大阪芸大と対して変わらないことが判明した。
というか芸大に行くような若者は「フツウ」の者ではないこともよくわかったのであった。

驚いたのは一般言われる就職する学生が東京藝大の場合は10%しかいないことであった。
他の多くは大学院への進学や留学、アーティストとしての独自路線への踏み出しなどで、驚愕するのは卒業後約半数の学生は進路不明で行方不明者も半端ではないとうことなのであった。
中退者も少なくない。
入学しても何をスべきかを考えるのは学生であり教員ではない。
教員とてどう教えれば良いのかわからないという。
なんといっても芸術はそれぞれの受け止め方や感性が大きく影響する。
だから目標を強く持って熱意がないことには学生は務まらない。
私の大学の場合は学生数が多いことと私学ということもあって目標を見つけられなくても適当に課題作品に取り組んでいれば卒業はできる。
でも中途半端にアートを目指していたりすると冒頭のように「こんなはずじゃなかった」となり退学していくことになるのだ。
あまりの共通点の多さに愕然とするとともに芸術を学ぶというのは、同じなのだと大きく共感もし、大学生活の恐ろしさを再認識したのだった。

思えば毎年何百人もがアートを目指し芸大の門戸を叩く。
けれども売れるアーティストになるためには半端な努力だけではだめで、生涯を賭した情熱と半端ではない幸運がなければいかんともしがたいものがある。
国家公務員になるよりも司法試験に受かるよりも、ずっとずうっと難しい世界なのだ。
だからフツウの考えで入学してもいかんともしがたいものがあるのだろう。
本書にも記されているが「高い成績を取ったものが芸術家として成功するとは限らない」というのは真実だ。
このことは他の一般大学卒業者とは大きく異なる部分で、大学では最低の成績を取っていたものであっても卒業してからメキメキ頭角を表し世界のアートシーンを構成する一人になるものも少なくない世界だ。
むしろストレートに前に進む人のほうが少ないくらいで、大学は一つのきっかけ、人生経験の場でしかないのかもしれない。

そこでふと思ったのが、大学は就職するためのプロセスの一つでは本来ないということ。
日本の大学では3回生から就活を始めて卒業と同時に一斉に企業や官公庁で働き始める。
ベルトコンベアに乗っかった人生のようで楽なのかも知れないが、とってもつまらないと思えて仕方がない。
大学というところは就職活動をするところではなく自分の学びたいことを究めるところであって職業安定所ではないわけだ。
そういう意味では東京藝大は素晴らしい大学だと言えるかも知れないし、私の卒業した奇人変人大集合の大阪芸大もそうかも知れない。

30年前。
卒業を前にして私も多くを悩んだ。
なんでフツウに就職しなかったのか。
またそうしたくなかったのか。

「最後の秘境東京藝大」は素晴らしい一冊なのであった。



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