<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地





私の好きなドリンク類というと日本酒とビール。
たまに焼酎やウィスキー、ワインなどを飲むこともあるが「家飲み」なら断然日本酒かビールだ。
ビールはもともと細かな銘柄を選ぶことがなかなか難しく、お気に入りは?と問われると
「夏はオリオン、冬はエビス。年間通して平均値は黒ラベルかな」
と答えることにしている。

一方、日本酒は種種様々な銘柄や品種がある。
子供の頃は父が飲んでる酒を見て酒も銘柄は大関だとか黄桜だとか、日本盛しかないものと思っていた。
ところが実際は数えるのもたいへんなくらいの銘柄があって、それぞれ味と香りと歴史文化を楽しむことができるようになっていることに気づいたのは当然のことながら成人してからのことであった。

酒の旨さに衝撃を受けたのは大学生の時。
父が高校生活を送った岡山県高梁市をお訪れた時だった。
この町は小さな頃から父が車で時々連れて行ってくれたところだった。
自分で一人旅ででかけたのはこの大学生になってからが初めてだった。
高梁駅を下りて備中松山城まで歩いて行こうと思った。
お城は父が卒業した高校の裏手の山の上にあり位置はわかっていたので地図も持たずに歩くことにした。
備中松山城は小さな山城だがちゃんと天守閣があるお城で、しかも江戸期に建てられて現存する数少ない「本物」の天守閣である。
あまり全国的に名を知られた派手なところではないが、あの赤穂浪士の大石内蔵助が訪れたことのある城と著名ではある。
その備中松山城へ行こうと、てくてくと街中を歩いていると1軒の造り酒屋さんらしきお店を見つけた。
もともと、
「岡山のお酒は不味くてかなわん」
と勝手に思っていたところもあり今ひとつ興味を誘わなかったのだが、せっかく父の町に来たのだから一本買い求めようと720ml瓶を買って大阪へ戻ってきた。
実際岡山の酒が美味しくないと法事や親戚の集いで岡山の祖父母宅を訪れる度に実際に飲んで思っていたので全く期待していなかった。
ところが高梁で買ってきた酒を冷蔵庫で冷やしてクイッと飲んだら、これが劇的に美味かったのだ。
さらにロックにしたらもっと美味いかも知れないと思ってグラスに氷を入れて酒を注ぎグイッと飲んだらさらに美味しさが増したのだった。
岡山の酒の印象が一挙に変わった瞬間であった。
岡山の海側の酒はあまり美味しくないが山側の酒は違う。
岡山の魅力を再発見するとともに、日本酒文化そのものの魅力を大いに感じたのであった。
今となってはその酒蔵の名前は失念してしまい、何度も高梁に行ったのに見つけることができていない。
もしかすると無くなってしまったのではないかと思っている。

ちなみに高梁市は映画「男はつらいよ」のサクラの夫・浩の出身地という設定になっている町でもある。

そんなこんなで地方を旅すると酒を探し求める癖がついている。
先日仕事で京都宇治にあるお客さんのところへ行った帰りに仕事中なのに思わずその癖が出てしまった。
酒の引力に惹かれてしまったのだ。
その時私はJR奈良線の電車に乗って京都駅に向かって移動していた。
JR奈良線は京都駅と木津駅を結ぶ関西のローカル線なのだが、これが混雑路線にも関わらず未だに単線。
ところどころの駅で対向列車待ちがある。
とろとろと移動しながら桃山駅で停車中しているとなんとなく「もうここで下車して京阪電車で大阪へ帰ろう」という想いが浮かび上がってきた。
京都駅まで行ってそこから満員の新快速電車で大阪へ戻るのが面倒になってきたのだ。
それにJR桃山駅から京阪伏見桃山駅はさして離れておらず、あるいても10分そこらだし歩くのも気分転換になるとも思った。

駅を出て伏見桃山駅に近づいてくると次第に賑やかになり、伏見桃山駅と平行してある近鉄桃山御陵前駅付近から商店街の人通りが「街」になってくる。
伏見桃山駅の改札口に降りる階段まで来た時、路肩にある観光地図が目に止まった。
伏見桃山というと伏見の古い町並みが残るところ。
京阪の大阪に向かって次の駅「中書島駅」までも歩いて15分ぐらい。
ちょうどカメラも持っているし龍馬で有名な「寺田屋」も見たことが無いので寄ってみよう。
と少々寄り道をしてみることを決断したのだった。

で、京阪の踏切を越えてすぐの小道を南に曲がって少し歩くと、なんとそこには酒蔵があるではないか。
当たり前なのだが、伏見は酒の街としても兵庫灘と並ぶメジャーどころなのを忘れていた。
ここは古から京への酒供給基地であったことをすっかり忘れていたので酒蔵を見た時は、
「おおおお~これはこれは」
と感激してしまったのだ。
しかも、
「酒蔵があるということは、どこかで試飲ができるかもしれない」
と仕事そっちのけで頭のなかが伏見の酒でいっぱいになった。
伏見といえば黄桜、松竹梅などが思い浮かぶが、歩いて行く先にはなんと月桂冠のもともとの酒蔵「大倉記念館」が建っていたのであった。
「おー、酒の博物館ということが酒が飲めるかも!」
真っ昼間から酒というのもなんだが、試飲ぐらいいいじゃないか。
社会見学だし。
などと分けのわからない理屈をつけたりなんかした。
入り口はすでに多くの観光客で混雑していた。
一人のおっさんは酒を飲んでいる。
話しているのは日本語ではない。
中国語なのであった。
インバウンドの襲来は京都伏見にも当然のことながら押し寄せていたのであった。

受付で入場料の300円を払った。
すると、
「お車でお越しではありませんか」
と訊かれた。
「いいえ、電車です。」
と答えると小さなペットボトル入りの月桂冠純米酒をプレゼントしてくれたのであった。
「おぉ、300円の入場料でお酒付き!」
感動したのは言うまでもない。

月桂冠は創業400年の歴史ある企業ということはここを訪れるまで全く知らなかった。
月桂冠というブランド名は明治になってから使い出したようだが、それにしてもこれだけ多くの酒蔵を伏見の一等地に有しているとは不勉強で知らなかった。
お酒のペットボトルをいただいたからおべんちゃらを言うわけではないが、酒屋の財力とその奥深さに自然に感心していたのだった。

記念館の出口でペットボトルとは別に試飲があった。
咳止め薬を飲むような小さなプラスチックの小さなカップで3種類のお酒をいただいた。
100年前の製法で作ったここでしか飲めない月桂冠。
そして今の月桂冠純米酒。
そして梅を発酵させて作った梅の酒。梅酒ではなく、梅の酒の3種類。
これが美味い。
どれもこれも美味かったのだが、梅の酒はここでしか買えない月桂冠の特別仕様。
「梅酒は焼酎ですが、これは違いますよ」
と説明に力が入っていた。
試飲の後は出口へ、なのだがそこにはちゃんと売店があり伏見の土産やここでしか買えない月桂冠グッツが販売されていた。
私は無論勤務時間中だし、昼休みの見学感覚で来ているので何も買わずに記念館を出た。
それによくよく考えてみると京都には仕事でしょっちゅう来ており、何か買いたいときは面倒くさいが中書島か伏見桃山で途中下車してここへくればよく、何もこれから大阪の事務所に帰るときに買わなくてもいいのだ。

結局、三杯の試飲がポカポカ陽気の京都の春と相まって帰りの京阪電車で心地よい眠りを誘ってくれた。
量も微量だったので淀屋橋に到着した時はすっかり酔いも冷め仕事モードにリセット。

伏見の酒は心地よいリフレッシュになったのであった。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )