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2020年6月11日御聖体の大祝日のミサの写真です【大阪】

2020年06月12日 | 聖伝のミサの予定
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

昨日2020年6月11日の御聖体の大祝日のミサの写真です。












【聖体の黙想】聖体はわが伴侶である

2020年06月12日 | 聖伝のミサの予定
テニエール神父著『聖体の黙想』 (1953年) (Révérend Père Albert Tesnière (1847-1909))より

人である聖体

聖体はわが伴侶である

 礼拝 私たちがただいま祭壇上に礼拝申しあげるイエズスは、私たちのかたわらに住み、都会と田舎を問わず私たちの行くところに伴ない絶えず私たちと一緒にいらっしゃるのである。このイエズスは、私たちが幼児期を脱して知恵のつきはじめたころ、初聖体の日にはじめて私たちのもとに来られて以来いつも私たちとともにとどまっていらっしゃる。だから、いにしえの預言者や聖会博士の口を通して、主がご自分からお名乗りになった『われらの伴侶』のみ名ほど、主にふさわしいみ名はない。

 主はこの世に天下り、私たちと同格の者とおなりになった。そして地上では私たち人間の忠実な信頼すべき忍耐深い友として、一切の仕事をしてくださるのである。私たちのたどる小道がいかに卑しく、いかに険しく、またいかに恐ろしくても主はいつも私たちのかたわらにおいでになって、いつでも、そのあたたかいみ手を伸ばしておいでになる。

 私たちは天国に至るために、小やみなく常に歩まなければならない。私たちは旅をするよう運命づけられている。涙の谷は昼でも暗く、人生の断崖絶壁は非常に危ない。障害は途上に横たわり、盗賊は路傍に出没する。けれども、主が私たちと一緒においでになるかぎり、そこになんらの危険もない。主は衣の裾をからげ、腰に帯し、杖をとって私たちと一緒に歩いてくださる。

 私たちは人生の朝より、寒く暗い老年の夕べに至るまで、長くて苦しい一日を歩み続けなければならない。頭上には烈日が輝き、足もとには岩石と茨とが道をふさいでいる。まことに艱難辛苦をきわめる旅である。だがそれが何であろう。主はご自分から私たちと一緒に軛(くびき)をにない、私たちの労働をわかち、私たちのように額に汗を流された。このように休みなく働かれるだけでなく、必ず主の御助けを願えと私たちにいわれるのである。それは、主が一緒においでにならなければ、私たちは何ごとをもなすことができないからである。

 私たちは兵士である。私たちの一生は戦場で過ごすのである。この戦いは休戦時のない悪戦苦闘で、あざむきと残虐とがその特徴である。けれども、それが何だろう。主は私たちと一緒に戦い、私たちの試練を分けてくださる。

 流刑にされた罪人なる私たちの故郷は天国である。地はもともと恩恵の楽園であり、光楽の天国に通じるこころよい大道であるはずだった。だが私たちは、忘恩と傲慢とによりその外に追放され、血に飢えたサタンが統治する異郷におかれて、私たちを憎み、私たちを迫害してやまない異邦人の間にさまよわなければならなくなった。しかし私たちは恐れない。主は御父の住み家である天国の美しい宮殿を捨て、主を囲んで奉仕する無数の天軍と別れて、私たちの流刑の伴侶となり、私たちのように憎まれ、追われ、背(そむ)かれたもうた。主は死に処せられ、休みどころである御墓においてさえも非道な戦いがいどまれた。

 最後に、私たちは鉄鎖につながれ、牢獄に投げ入れられた囚人である。天主の御稜威(みいつ)に対しての反逆と天主の正義に対しての無限負債とは、私たちを無期徒刑、終身懲役に処したのである。私たちの看守は、悪魔であり、罪悪であり、そのほか種々雑多な不幸である。それらは無数で、しかも残酷無情冷血をきわめ、一刻も私たちをしいたげることをやめないで、この世の牢獄から、永遠の地獄の罰へ私たちを突き落そうとする。しかし王の御子なる主は、この牢獄の中にも降りてくださった。私たちの鎖、私たちの刑具は、主の御手足にまとってこれを緊縛した。ああイエズスよ、私たちは御身を礼拝したてまつる。私たちと同じ鎖につながれ、私たちと同じ苦役に服される同囚のみあるじよ。

感謝 これらの真理を聖櫃の前で黙想することは、どんなに楽しいことであろう。二十世紀の間、イエズスは私たちと共にとどまられて、私たちの旅の疲れ、私たちの労働の汗、私たちの戦いの困難、私たちの流刑の苦痛、私たちの牢獄の恥辱と苦役とをわかたれたのである。
私たちは地上の生命の続くあいだ――それはほんとうはたいして長くない――これらの苦しみをしのげばよいのである。その数年ないし数十年が終わりさえすれば、天主に忠実であるかぎり、天国の休息と報酬とを受けることができる。私たちの逐謫(ちくたく)は終わり、私たちの鉄鎖は地に落ち、それらの傷あとは光栄ある聖痕として光り輝く。だが私たちの伴侶イエズスの仕事は、世界の終わり、時間の続くかぎり、なくならないのである。それまでイエズスは、ちょうど険阻な山に住んでいる修道士たちが、天主の愛のために道行く旅人たちをひとりひとり案内するように、主は順次に新しい時代の人々の人生の旅を助けてくださる。どのような危険にあっても、主は決して子どもたちをお見捨てにならない。またどんな酷暑厳寒の国々にも、またどんな不毛荒涼とした砂漠の僻地にも主はそこにおいでになって、故郷を離れて異郷に流離(さすら)う人々を励ましてくださる。人々から忘れられ、ののしられ、時としてかすめられる聖櫃は、主が牢獄にいる人々を慰めるために自らお選びになった虜(とりこ)の場所である。ああいかなる愛、いかなる勇気であろうか。

 あなたの尊い伴侶から受けるすべての慰めと力とを喜ぼう。主は私たちを愛されるとともに、私たちのために必要を予想して、楽しい食物、力のある食物、故郷の先験、救済の証拠である御血肉を用意された。実に主は限りない親切な伴侶でいらっしゃる。

償い あなたは主に対して忠実だったろうか。あなたの方でたびたび主を裏切り、主を見捨てはしなかったか。あなたにへつらいはしても、その実、盲目なうえに利己的であって、しまいにはあなたとともに泥沼に落ち込むような人々との交際を好まなかったか。あなたは主の御導きを嫌い、主の勧めにそむき、主の御言葉を無視しなかったか。あなたは主のご努力を無にし、主の流刑をさらに苦しくし、主の牢獄をもっと辛くするやっかいな重荷、恥じねばならない伴侶ではなかっただろうか。
これらの点を糾明して必要な償いをしよう。

祈願 最後まで主に忠誠な伴侶であるように、必要な恩恵と力とを願い、これからは主のよい伴侶となろう。

 私に対する主の思し召しを知り、主の御言葉を理解することができるよう祈ろう。また主に忠誠を守り通すに必要な手段をとることができるよう賢明忠実で超自然的な指導霊父を送られるよう主に願い望もう。

実行 毎日聖体中においでになる尊い伴侶を訪問して、主と交わることを学ぼう。





時がやって来た。教皇様が、世界中のカトリックの司教様と一致して、ロシアをご自分の汚れなき御心に奉献するように。もしもそうすれば、世界には平和が来るだろう。

2020年06月12日 | お説教・霊的講話

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2020年6月7日、三位一体の主日に東京で録画した小野田神父のメッセージを書き起こしでご紹介いたします。




聖父と聖子と聖霊との皆によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日は三位一体の主日です、おめでとうございます。

今日は2つ、お話したい事があります。


1つは、来たる6月13日、土曜日ですけれども、大阪で特別にファチマのマリア様を讃える日を行ないたいと思っています。

何故かというと、日本は終戦直後、すぐに司教様たちが集まって、そして日本をマリア様の汚れなき御心に奉献しました。

これは最初に、日本に再宣教する時にフォルカード神父様が、那覇で、日本を聖母のいとも浄き御心に奉献した、というこれの更新でした。平和が戻って、そしてそれを感謝する為のお祈りでした。

ところでこの今、世界中でコロナウィルスや、あるいはその他色々な難しい問題がある時に、世界中の司教様たちはすぐに、マリア様の汚れなき御心に向かって、自分の国を司教区を奉献しました。ところが、まだ日本の司教様たちはそれをなさっておられません。


私たちはぜひ、特別の御恵みによって、司教様方が御恵みに動かされて、日本を奉献して下さるようにお祈りしたいと思っています。その事が実現する為にも、私たちは特にマリア様にお祈りしようと思っています。

なぜ汚れなき御心なのでしょうか?それは、ファチマとすごく関係があります。

6月13日というのは、普通の日ではありません。

1917年6月13日、マリア様はファチマで、初めて人類にご自分の汚れなき御心を、目に見える形で表しました。それは普通私たちが想像していた、こうバラの花があったり、剣で貫かれたりしていた御心ではなくて、イエズス様の聖心と全くそっくりの、茨の冠に被せられた、そして炎が、愛の炎が轟々と燃える御心を子供たちに見せました。

そして同じ6月13日、1929年6月13日、トゥイという所で、やはりマリア様はご自分の御心を見せながら、そして三位一体のヴイジョンを見せながら、ルチアにこの事を教皇様にお願いするように伝えました。

それは既に、特に今この時に、マリア様がお願いをしに来た、「時がやって来た。教皇様が、世界中のカトリックの司教様と一致して、ロシアをご自分の汚れなき御心に奉献するように。もしもそうすれば、世界には平和が来るだろう。ロシアは回心するだろう。そしてこの多くの人が救われるだろう」と。「しかしもしもそうでなければ、ロシアは誤謬を広めて、そして戦争、飢饉、飢餓、それから教会に対する迫害があるだろう。多くの善い人も悪い人も亡くなるだろう。殉教するだろう。そして無くなってしまう国も、この地上から消え去ってしまう国々もある」と。

またイエズス様は特に、この「教皇様がそれをしなかったとしたら、フランスの王のようになるだろう」と。

フランスの王は、イエズス様の聖心にフランス王国を奉献するようにと頼まれていながら、それをしませんでした。

100年後、王はその地位を失ってしまいます。そしてフランス王国は、革命によって無くなってしまいました。

それを避ける為にも、また日本の為にも、日本の多くの霊魂が救われる為にも、この救霊の為にも、どうしてもマリア様の汚れなき御心へ信心がなされなければなりません。

そこで6月13日に、特別の日を行なおうと思っています。どうぞいらして下さい。


第2のメッセージは、

このファチマの天使が教えてくれた第2の祈りがあるのです。それは3つの文章から、お祈りから構成されています。

1つは、三位一体に対する深い礼拝。

第2は、御聖体。御体・御血・御霊魂、そして御神性を天主に捧げて、罪の償いとして捧げる、という御聖体について。

第3は、イエズス様の聖心の無限の功徳、イエズス様の聖心とマリア様の御心の無限の功徳によって、罪人の回心を乞い願うという聖心の神秘。

「至聖なる三位一体、聖父と聖子と聖霊よ、我、御身を深く礼拝し奉る。世界中のすべての御聖櫃のうちにましまし給うイエズス・キリストのいとも尊き御体、御血、御霊魂と御神性を、イエズス・キリスト御自身が受け給う侮辱、冒涜、無関心を償う為に、御身に捧げ奉る。イエズス・キリストの至聖なる聖心とマリアの汚れなき御心の無限の功徳によりて、あわれな罪人の回心を御身に願い奉る。」

これは、どうしてこういう順序にあるかというと、「何か、典礼と同じだ」という事に気が付きます。

今日は「三位一体」の主日ですが、来たる木曜日は「御聖体」の祝日、そしてその次の翌週の金曜日は、「聖心」の祝日です。ピタリと合っています。

東京では来週主日、御聖体の荘厳祭を行ないます。是非いらして下さい。御聖体は今世界中で、特に日本では非常になおざりに、粗末に、敬意を受けずに、取り扱われています。これを償わなければなりません。

ですから、愛する兄弟の皆さん、深く歓迎いたします。どうぞいらして下さい。御聖体を礼拝する為にいらして下さい。御聖体を愛する為にいらして下さい。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。



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--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
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