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バラウル




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恐竜研究の進展は本当に日進月歩で、油断もすきもないという話である。
バラウル・ボンドクは、白亜紀後期マーストリヒト期のルーマニア(ハチェグ島)から発見された奇妙な獣脚類で、白亜紀後期のヨーロッパでは最も完全な獣脚類とされた。ホロタイプは同一個体の胴体の部分骨格で、胴椎、仙椎、尾椎と胸帯、前肢、腰帯、後肢を含んでいる。最初の記載 (Csiki et al., 2010) 、ドロマエオサウルス類の総説 (Turner, Makovicky & Norell, 2012)、 バラウルのフル記載論文 (Brusatte et al., 2013) では、系統解析の結果、ヴェロキラプトルに最も近縁なドロマエオサウルス類と結論されていた。第2指の他に第1指にも大きな鎌状のカギ爪をもつ、二重の鎌double-sickleのドロマエオサウルス類として注目された。なにしろBrusatte et al. (2013) の論文には、ヴェロキラプトルそっくりのシルエットが載っているので、こぞってイラストを描いた恐竜ファンも多いはずだ。私もこのフル記載が決定版と思ってすっかり安心していた。ところが、全部読まないうちに風向きが変わってきた。
 研究の結果、バラウルは他のドロマエオサウルス類やほとんどの非鳥型獣脚類にはみられない、一連の固有形質をもつことがわかってきた。たとえば手根骨と中手骨が癒合していること、手の第3指が退化していること、足根骨と中足骨が癒合していることなどである。ドロマエオサウルス類としては、バラウルは非常に奇妙で独特の特徴をもっていることになる。ところが、これらの多くは、原始鳥類であるアヴィアラエ類にはよくみられるものでもある。
 その後Godefroit et al. (2013a) (アウロルニスの論文)はパラヴェス類の系統解析にバラウルを含めた結果、バラウルはアルカエオプテリクスより派生的なアヴィアラエ類に位置づけられた。それとは独立にFoth, Tischlinger &Rauhut (2014) (アルカエオプテリクスの論文)が行った系統解析でも、多少の違いはあるが、やはりアルカエオプテリクスより派生的なアヴィアラエ類となった。そこで、Cau et al. (2015) はバラウルの系統上の位置を主題とした研究を行い、2つのデータセットを用いて新たに解析を行った。その結果、やはりアヴィアラエ類という位置づけが支持された。Cau et al. (2015) によると、バラウルがドロマエオサウルス類であるという可能性が完全に否定されたわけではないが、当面はアヴィアラエ類という枠組みで考えるべきである、という。

実際の分岐分析は、860とか1500もの形質について計算しているので1つや2つの形質が決め手になるというものではないだろう。しかし具体的に個々の骨がどんな形態なのか見ないと、イメージがわかない。著者らは系統関係に重要と思われる多くの形質について解説している。バラウルが、ドロマエオサウルス類とアヴィアラエ類のどちらに近縁なのかという観点から見ていくと面白い。


Copyright 2015 Cau et al.

手については、A: バラウル、B: ジョウオルニス、C: サペオルニス、D: デイノニクスを並べて比較している。
 バラウルの手では、遠位の手根骨が中手骨の近位端と癒合している。これはドロマエオサウルス類には全くみられない。手根骨と中手骨の癒合は、アヴィミムスやモノニクスのような2、3の非鳥型獣脚類と、パイゴスティル類にみられる。特に、バラウルにみられる骨の癒合のパターンは、最も基盤的なパイゴスティル類(コンフキウソルニス、シノルニス、サペオルニス、ジョウオルニスなど)と共通しているという。
 バラウルでは、半月形の手根骨(lsc、中手骨と癒合している)が第 II 中手骨と第 III 中手骨の根元にある。また第 I 中手骨の近位端は遠位端より細くなっていて、中手骨の内側縁が斜めになっている。ほとんどの非鳥型獣脚類では、半月形の手根骨(右のデイノニクスのusc)は第 I 中手骨と第 II 中手骨にまたがっている。また第 I 中手骨の近位端は細くなっていない。つまりバラウルでは半月形の手根骨の位置が、側方にずれている。これはパイゴスティル類(コンフキウソルニス、シノルニス、サペオルニスなど)と似ている。またパイゴスティル類はバラウルと同様に、第 I 中手骨の近位端が細くなっていて、内側縁が斜めになっている。
 さらに第III指の状態が特徴的である。バラウルでは第 II 中手骨の側面に稜があり、遠位で第 III 中手骨と接しているので、第 II 中手骨と第 III 中手骨の間のスペースが閉じている。基盤的アヴィアラエ類では、サペオルニスのように第 II 中手骨と第 III 中手骨がまっすぐで密着しているものや、バラウルに似て遠位で接しているもの、遠位端が完全に癒合しているものなど様々である。中手骨の間のスペースが閉じている状態は、コンフキウソルニス、ジェホロルニス、ジシャンゴルニス、エナンティオルニスなどにみられる。
 バラウルの第 III 中手骨は遠位端が単純な形で、はっきりした関節顆になっていない。ドロマエオサウルス類はほとんどの非鳥型獣脚類と同様に、よく発達した関節顆をもっている。バラウルの状態は、ティラノサウルス類以外では基盤的パイゴスティル類と派生的な鳥類に似ている。
 バラウルの第 III 指は極端に縮小しており、末節骨を含めて遠位の指骨が欠けている。バラウルの第 III 指の唯一の指骨は先細りで、遠位端に小さな関節面があるので、もう1個非常に小さい指骨があったかもしれない。それでも2個である。このような縮小はドロマエオサウルス類(指骨は4個)にはみられないが、シノルニス、サペオルニスなどのパイゴスティル類には普通にみられる(指骨が2個以下)。


バラウルでは腰帯の骨が完全に癒合coossificationしており、腸骨/恥骨間および腸骨/座骨間の縫合線が閉じている。最も基盤的なアヴィアラエ類を含めて、ほとんどのテタヌラ類では腰帯の骨が完全には癒合していない。一方、ケラトサウルス類、一部のコエルロサウルス類(アヴィミムス)、鳥胸類ornithothoracines(アプサラヴィス、パタゴプテリクス、シノルニスなど)では腰帯の骨が完全に癒合している。
 バラウルでは、左右の恥骨が側方に膨らんで、腹側で急に狭まっているので、骨盤腔pelvic canalが広くなっている(VでなくU字形)。このような状態は、ヴェロキラプトルやバンビラプトルなどを含めてほとんどの獣脚類と異なっている。バラウルのようなU字形の骨盤は、パイゴスティル類(コンコルニス、サペオルニスなど)にみられる。


Copyright 2015 Cau et al.

足については、A: ヴェロキラプトル、B: バラウル、C: ジョウオルニスを並べている。
 バラウルでは、脛骨の遠位端と近位の足根骨が癒合して脛足根骨tibiotarsusを形成している。このような癒合は、コエルロサウルス類の中ではモノニクスのようなアルバレッツサウルス類やアヴィミムスのような一部のオヴィラプトロサウリアにみられる。またアヴィアラエ類の中では、完全に癒合した脛足根骨はアルカエオプテリクスよりも派生的な種類(アプサラヴィス、コンフキウソルニス)にみられる。
 バラウルでは、足根中足骨tarsometatarsus部分の骨が広範に癒合している。ヴェロキラプトルのようなほとんどの非鳥型獣脚類では、このような癒合はみられない。遠位の足根骨と中足骨の近位端の癒合は多くのマニラプトル類にみられるが、中足骨同士の広範な癒合はバラウルとパイゴスティル類にしかみられない。
 バラウルの足で最も特徴的なのが第 I 指だろう。バラウルの足の第 I 指は他の指に比べて縮小していない。ドロマエオサウルス類を含めてほとんどの非鳥型獣脚類では、第 I 指のカギ爪は相対的に小さい。一方、バラウルのように他の指に比べて縮小していない、大きな鎌状の第 I 指のカギ爪は、多くの基盤的アヴィアラエ類にもみられる(コンフキウソルニス、ジシャンゴルニス、パタゴプテリクス、サペオルニス、ジョウオルニス)。また、バラウルの第 I 指の第1指骨は 第II , III, IV指の第1指骨と同じくらいの長さであるが、これも基盤的アヴィアラエ類と同様である。さらに、よく発達した関節面からバラウルの第 I 指は完全に機能的と思われるが、これも鳥類にはみられるが非鳥型獣脚類にはみられないものである。なるほど、第 II 指の他に第 I 指も大きいのは鳥ならば普通のことというわけである。
 バラウルの第 II 指のカギ爪は、多くのデイノニコサウリアと同様に第III、第IV指のカギ爪よりも大きく肥大している。しかし、Brusatte et al. (2013)は、バラウルの第 II 指のカギ爪は、多くのドロマエオサウルス類にみられるような顕著な鎌状の形や屈筋結節を示していないと記している。バラウルの状態と似た、大きくほどほどにカーブしたカギ爪のあるがっしりした第 II 指は、いくつかのアヴィアラエ類にみられるという。
 ドロマエオサウルス類を含めてほとんどの獣脚類では、足の第III 指の末節骨より一つ手前の指骨(第3指骨)がその手前の指骨と同じくらいか、より短い。ところがバラウルでは、この指骨が比較的長く、手前の指骨の1.2倍の長さがある。この状態は多くのアヴィアラエ類にみられるのと同様であるという(コンコルニス、サペオルニス、ジョウオルニス)。


Cau et al. (2015) は、手が機能的な第III 指を欠くこと、足の第 II 指のカギ爪を使うための第II中足骨の関節面が蝶番形でないこと、足の第 II 指のカギ爪が他のドロマエオサウルス類ほど鎌状にカーブしていないことから、バラウルは雑食性ないし植物食の可能性が高いといっている。このことはアヴィアラエ類という系統的位置とも一致するという。骨盤腔が広いのも長い腸を収めることと対応するといっている。それでは、「ドロマエオ復元」に比べて「アヴィアラエ復元」はガラリと変わったのかというと、そうでもない。Cau et al. (2015) の論文も全身復元図を載せているが、第 II 指のカギ爪をあまり持ち上げていない、「おとなしいヴェロキラプトル」みたいになっている。
 仕方が無いので小型で樹上性・雑食性の祖先が地上に降りて大型化した動物としよう。しかしアヴィアラエ類としても異様な動物である。肉食傾向の強い雑食性で、普段は昆虫や果実などを食べるが、機会があればトカゲなどの小動物も捕らえるということでどうだろう。


参考文献
Brusatte SL, Vremir M, Csiki-Sava Z, Turner AH, Watanabe A, Erickson GM, Norell MA. (2013). The Osteology of Balaur bondoc, an island-dwelling dromaeosaurid (Dinosauria: Theropoda) from the Late Cretaceous of Romania. Bulletin of the American Museum of Natural History 374:1-100

Andrea Cau, Tom Brougham and Darren Naish (2015), The phylogenetic affinities of the bizarre Late Cretaceous Romanian theropod Balaur bondoc (Dinosauria, Maniraptora): dromaeosaurid or flightless bird? PeerJ 3:e1032; DOI 10.7717/peerj.1032
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ゼニュアンロン(ジェンユエンロン)



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ゼニュアンロン(ジェンユエンロン、ジェニュアンロン、ジェンユアンロン)検索のための文字列
(またやっかいな中国語名で、多分ジェンユエンロンが近いと思うが、きりがないので今回ローマ字読みで妥協する。ティアンユーもティエンユーとかティアニュとか好きに読んで下さい。)

ゼニュアンロンは、白亜紀前期に中国遼寧省に生息したドロマエオサウルス類で、2015年に記載された。羽毛の痕跡を含む、ほぼ全身の骨格が発見されている。ホロタイプはかなり成熟に近い亜成体とされている。
 中国遼寧省のドロマエオサウルス類としては、これまでに5つの属が知られていた。チャンギュラプトル、グラキリラプトル、ミクロラプトル、シノルニトサウルス、ティアンユーラプトルである。これらのほとんどは小型の動物で、長い前肢と羽板のある羽毛でできた大きな翼をもっている。唯一ティアンユーラプトルだけは、全長2m近い大型種で、後肢に比べて短い前肢をもっていた。しかし残念ながらティアンユーラプトルの標本には羽毛が保存されていなかったので、このような短い前肢をもつ種類が小型種と同じような大きな翼を持っていたかどうかは、わかっていなかった。今回Lu: and Brusatte (2015) は大型で前肢の短い2番目のドロマエオサウルス類を発見し、新属新種ゼニュアンロン・スニとして記載している。ゼニュアンロンでは羽毛がよく保存されており、小型で前肢の長い種類と同様に、大きな翼と長い尾羽をもつことがわかった。ただし、後肢にはおそらく長い羽毛はないという。
 ゼニュアンロンは遼寧省のドロマエオサウルス類としては大型のもので、保存された標本の全長は126.6 cmあり、尾の半分が失われていると考えられるので、実際の全長は165 cmに達すると推定される。これは遼寧省のドロマエオサウルス類の中ではティアンユーラプトルに次いで2番目に大きい。

ゼニュアンロンは、以下の形質の固有の組み合わせをもつドロマエオサウルス類である。撓骨が非常に細く、その骨幹は指骨 I -1 よりも細い;第II中手骨の長さが、第 I 中手骨と指骨 I -1 を合わせた長さよりも短い(他の遼寧省のドロマエオサウルス類では第II中手骨の方が長い);6個の仙椎;前肢が短く後肢のおよそ1/2の長さで、上腕骨/大腿骨の比率が0.65以下、尺骨/大腿骨の比率が0.55以下、手/大腿骨の比率が0.90以下である(この形質は遼寧省のドロマエオサウルス類の中ではティアンユーラプトルとのみ共有する)、などである。
 ゼニュアンロンは、前眼窩窩の腹側が鋭い縁で縁取られている(シノルニトサウルスと同様)、腸骨の後寛骨臼突起の後端が尖っている、などの形質でティアンユーラプトルとは異なっている。またゼニュアンロンとティアンユーラプトルでは四肢の比率も多少異なっており、ゼニュアンロンの方が後肢と比べて前肢がより短く(0.48 と0.53)、大腿骨に対して手がより短い(0.76と0.86)。しかし1個体ずつで比較しているだけなので、同種内の変異についてもっとデータがないと差があるとはいえない。このくらいの比率の違いは、ミクロラプトルなど多くの標本がある種類の種内変異の範囲内なので、ゼニュアンロンとティアンユーラプトルを区別する特徴とはいえないとしている。

羽毛は体のいくつかの部位、特に前肢と尾でよく保存されている。前肢の大きな翼は、羽軸と羽枝のある大羽で形成されている。保存上のゆがみにより翼全体の形ははっきりしないが、かなり面積が大きいものである。右の翼では、雨覆、初列風切、次列風切が確認できる。翼の大きさ、形、羽毛の構造は全般的にミクロラプトル、チャンギュラプトル、アンキオルニス、エオシノプテリクスなどに似ている。
 右の翼には、約30本の小さい羽毛が尺骨と第III 中手骨に付着しているのが保存されている。これらは、初列風切と次列風切の背側を覆う大雨覆である。多くは尺骨にほぼ垂直に付いているが、第III 中手骨に付いた遠位のものは斜めを向いており、手の長軸に対してほぼ平行になっている。これらの雨覆は現生鳥類のように短く、アルカエオプテリクスで推定されているように長く伸びてはいない。
 初列風切と次列風切も確認できるが、雨覆ほど保存が良くはない。これらの羽毛を数えるのは難しいが、約10本の初列風切と20本の次列風切があるようである。長さを測るのも難しいが、初列風切も次列風切も上腕骨の2倍以上の長さがある。これはミクロラプトルや現生鳥類と同じである。アンキオルニスやエオシノプテリクスでは1.5倍であるという。保存の良い右の翼では初列風切の方が次列風切よりも長い。次列風切は尺骨に対して垂直方向を向いているが、初列風切は手に対して鋭角をなしている。このような配列はミクロラプトルと非常によく似ている。いくつかの初列風切と次列風切は非対称な形にみえる。
 このようにゼニュアンロンは前肢が短いわりに、ミクロラプトルとよく似た大きく複雑な構造の翼をもっている。この翼が何らかの航空力学的機能をもっていたかどうかは、生体力学的解析をしないとわからないが、体の大きさと前肢の短さを考えると可能性は小さいといっている。大型で前肢の短いゼニュアンロンは、小型で飛行性の祖先から進化し、祖先の翼の特徴を飛行のためではなく別の理由で保持しているかもしれない。大きく複雑な翼はディスプレイには有用だろうといっている。

系統解析の結果はちょっと意外なものであった。従来は、遼寧省のドロマエオサウルス類はミクロラプトル亜科Microraptorinaeとしてクレードをなすことが多かったが、ゼニュアンロンを加えて解析すると解像度が悪くなってしまった。今回の系統解析では、ゼニュアンロンとティアンユーラプトルが「前肢の短いドロマエオサウルス類」としてクレードをなすことはなかった。また遼寧省のドロマエオサウルス類が一つのクレードをなすこともなかった。代わりに、すべての遼寧省のドロマエオサウルス類と、ローラシアのドロマエオサウルス亜科やヴェロキラプトル亜科を含むクレードが大きなポリトミーをなした。この不確実性は広汎な収斂によるものである。現在のところ、遼寧省のドロマエオサウルス類が一つのクレードをなすのかどうか、その中に「前肢の短いドロマエオサウルス類」のグループがあるのかどうか、はっきりしないという。ミクロラプトル類が実は多系統になってしまうとすれば、ドロマエオサウルス類の系統関係に大きな影響がありそうである。

この論文には、化石の発見の経緯や地質の情報がないので、寄贈された標本だなと予想できる。学名はスン・ジェンユエン氏への献名で、「この美しい化石を研究のために保全した栄誉をたたえて」とあるので、てっきりこの人が寄贈者と思ったら、どうも違うようだ。博物館に寄贈したのは地元の農民で、素性を明かそうとしなかったとある。そうするとスン・ジェンユエン氏の役割は、農民が化石ブローカーに売ろうとしたのを思いとどまらせ、博物館に寄贈するように説得したということなのか。名前を出したくないということは、多分ああいうことなのだろうが、どんなドラマがあったのか、いろいろ勘ぐってしまう。

参考文献
Lu: , J. and Brusatte, S. L. A large, short-armed, winged dromaeosaurid (Dinosauria: Theropoda) from the Early Cretaceous of China and its implications for feather evolution. Sci. Rep. 5, 11775; doi: 10.1038/srep11775 (2015).
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デイノニクス(2)RPR モデル(猛禽獲物拘束モデル)続き

(前回の続きです。)

獲物を捕らえて動けないように固定したら、次は解体して摂食する作業である。その方法は現生の猛禽類では種類によって異なり、フクロウ類は獲物を丸呑みするが、タカ類とハヤブサ類は獲物を解体してから飲み込む。タカ類は獲物を両足の間に固定し、頭を下げてカギ状に曲がったクチバシで獲物の組織をつかみ、上方に引っ張って羽毛を抜いたり肉片を裂いたりする。著者らはデイノニコサウリアもタカ類と同様の姿勢で摂食したと考えた。
 デイノニクス、ヴェロキラプトル、サウロルニトレステスの顎は特に頑丈ではなく、咬む力はそれほど強くないので、最初の攻撃や獲物を抑えるのには向いていない。RPRモデルでは、これらの顎はもっぱら解体作業に用いられたと考える。獲物は通常、かなり小さいもので、両足で完全に固定してあるので、顎にあまり負担はかからない。タカ類では咬む力が比較的弱いことが知られている。
 獲物を解体する際の頭の方向や動きによって、ドロマエオサウルス類の特徴的な歯の形態が説明できるかもしれない。多くのドロマエオサウルス類では、後縁の鋸歯が前縁の鋸歯よりもずっと大きく、長くのびて先端がフック状に曲がっている。この形質は、派生的な白亜紀後期の種類(ヴェロキラプトルやサウロルニトレステス)で特に強まっている。RPRモデルでは、フック状の後縁の鋸歯は獲物を顎でグリップするのに効果的だったと考える。頭を両足の間に下げて獲物をくわえ、頭を上に引き上げると、獲物の組織を後縁の鋸歯に引っ掛けることになる。つまりこの鋸歯の形態は、獲物の組織を引きちぎる際のグリップを強めていた可能性がある。あるいは、獲物の羽毛や毛を引き抜くのに役立った可能性もあるという。

ドロマエオサウルス類の手の指はものを掴むのに適している一方、風切羽が生えていて動きが不自由にも見えることは依然として謎である。現生の猛禽類の行動を観察した結果、前肢の機能についてこれまで考えられていなかった仮説が浮かんできた。現生の猛禽類が足で獲物を抑えながら、翼で獲物を囲う行動:「マントリング」と呼ばれる姿勢がよく観察される。この行動は、獲物の逃亡を防いだり、他の捕食者に横取りされないように確保するためと考えられている。RPRモデルでは、前肢のカギ爪は、逃げようとする獲物を足元に戻すように掻き寄せるために用いられたと考える。これは前肢を足の近くに下げた時の手の角度とも一致する。

ドロマエオサウルス類は、大型の地上性のハンターでも「把握する足」を発達させたという話であった。この辺まで読んで、樹上性の小型の祖先が獲得した「枝をつかむための足」を地上に降りてからも活用した、という話だろうと思っていると、Fowler et al. (2011)はなんと、逆のプロセスを提唱している。
 ミクロラプトルの研究では、足の多くの特徴、たとえば第 I 指が比較的遠位についている、足のカギ爪が強く湾曲している、遠位の末節骨以外の指骨が長い、などは樹上性への適応とされている。また基盤的な鳥類にみられる逆向きの第 I 指は、枝を握るための樹上性の適応と考えられている。Fowler et al. (2011)によると、これらのものを掴む、引っ掛ける機能に関わる特徴は、捕食のための適応でもある。ではどちらの役割が先なのかということである。Fowler et al. (2011)は、ものを掴むための適応は、小型の種類にも大型の種類(樹に登れない)にも同じようにみられることから、捕食性が先ではないかといっている。基盤的なデイノニコサウリアの中足骨が疾走に適していることも挙げている。そして樹上性の祖先が発達させた「ものを掴む足」を捕食性に転用したという可能性もあるが、そのためには地上性のハンターであるパラヴェス類の祖先が、樹上性の習性と適応を獲得し、その後地上に降りて失ったと考えなければならない。それよりも、「ものを掴む足」は地上性のハンターにおいて、もともと捕食のために進化し、のちに樹上性に転用された可能性が高いといっている。この辺りは微妙かなと筆者は思った。

さらに著者らは、パラヴェス類は捕食行動の間に「安定性はばたき」stability flapping を行ったと考えている。タカ類が大きめの獲物を捕獲して固定する際に、両足の第 II 指のカギ爪を獲物にしっかり食い込ませているので、体の安定を保つのに足を使うことができない。それを補うために、タカ類は盛んに「安定性はばたき」を行う。これはまず獲物の上に乗り、その位置を一定に保って、体重をかけて獲物を地面に固定するのに役立つ。微調整で済む場合は、翼を広げてときどき軽いはばたきを行うだけでよいという。
 「安定性はばたき」は「はばたきが先モデル」 flapping first model を支持するという。これは、はばたき運動とそれによる上昇力の発生などは、本来飛行とは独立に進化できたというものである。アルカエオプテリクス、ミクロラプトル、シノルニトサウルスなどの基盤的パラヴェス類やデイノニコサウリアには、大きな翼がある。ヴェロキラプトルのような大きめの種類にも風切羽があったことが知られている。しかし飛翔の進化との関連では多くの議論がある。中途半端な翼が何の役に立つだろうか。「安定性はばたき」においては、比較的小さい気流や弱いはばたき能力でさえ役に立っている。アルカエオプテリクスや基盤的デイノニコサウリアのアスペクト比が小さい翼は、現生のタカ類の翼と似ている。タカ類は森林性の猛禽で急襲して獲物を捕らえ、頻繁に「安定性はばたき」を行う。短く幅の広い翼は操作性に優れており、「安定性はばたき」に適している。デイノニクスの前肢の動きは、鳥類のはばたきの形と似ているとされている。デイノニコサウリアが鳥と全く同じようなはばたき運動はできなかったとしても、「安定性はばたき」の際にそれに近い原始的なはばたきをすることは可能だったろう、といっている。タカ類には長い尾羽があり、「安定性はばたき」においてバランスをとるのに役立っている。デイノニコサウリアにも羽の生えた長い尾があり、同様にバランスをとるのに役立っただろうという。

Fowler et al. (2011) の論調は以上のような感じであるが、論文を読んでの私の感想は以下のようである。
 似た形態をもつ現生動物の習性・行動との比較から入るというアプローチは面白く、成果も出している。ドロマエオサウルス類の足がタカ類と最も似ていること、獣脚類の足の形態が定量的に疾走型や把握型などのグループに分かれ、ドロマエオサウルス類は「把握する足」をもつことが認識された。デイノニコサウリアの中でトロオドン類とドロマエオサウルス類が別々の道をたどったことも示された。
 テノントサウルスのような大型恐竜の背中に登ってカギ爪で腹を切り裂いた、というようなイメージよりは、ほとんどの場合自分よりずっと小さい獲物を捕食したというイメージの方が、はるかにリアルであり、獲物を捕獲した後はまさにRPRモデルのような姿勢で固定しただろうと納得できる。歯の特徴も、ナイフのように切断するというよりも少しずつ引きちぎる、引き裂くという動作を考えるとなるほどと納得した。バラウルは第 I 指のカギ爪も大きいが、RPRモデルのように固定するのには便利かもしれない。
 しかし全体として、あまりにも現生の猛禽類とのアナロジーに頼りすぎているような気もする。そんなに何もかもタカ類と同じように考えなくてもよいのではないか。
 ドロマエオサウルス類のカギ爪は、捕獲した獲物を固定するときにはRPRモデルのように役立っただろう。では獲物を捕らえるときには使わなかったのだろうか?走りながら小型の獲物を引っ掛け、押さえつけるのには十分役立ったのではないか。なぜ、最初に獲物を捕獲する段階の考察が抜けているのだろうか。先日、科博でオオタカやオウギワシの足の骨格を見たが、タカ類では第 I 指の方が大きめのようであった。また、「オオタカの狩り」の映像も見てきたが、タカ類にとっては飛行しながら獲物を掴んでかっさらう(スナッチ)がまず重要な動作のように思われた。この動き自体は、地上性の捕食者であるドロマエオサウルス類にはできない芸当である。そこで、著者らは獲物を捕らえた後の固定に集中してモデルを考えたのではないか。もっと最初に獲物を捕獲するところを考えてほしいと思った。
 「安定性はばたき」も飛行できる動物であるタカ類がはばたきを行うのと、デイノニクスの体重で翼も不完全な前肢を動かすのとでは、勝手が違うのではなかろうか?そもそもデイノニクスくらいの大型種になると、小型の獲物を押さえつけるのに両足で獲物に乗っかっただろうか。よく描かれる肉食恐竜の捕食ポーズのように片足で押さえつけるので十分であれば、「安定性はばたき」は不要ではないか。小型の祖先の習性を引き継いでいるのかもしれないが。
 まあいろいろと示唆に富むというか、さらなる研究の糸口になるような面白い研究に違いない。皆さんはこのモデルについてはどうお考えだろうか。



参考文献
Fowler DW, Freedman EA, Scannella JB, Kambic RE (2011) The Predatory Ecology of Deinonychus and the Origin of Flapping in Birds. PLoS ONE 6(12): e28964. doi:10.1371/journal.pone.0028964
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デイノニクス(2)RPR モデル(猛禽獲物拘束モデル)


Copyright Fowler et al. (2011)

 デイノニクスくらい研究の歴史が長いと、当然ながら山のように文献があり、わりと重要と思われるものだけで10個くらいはある。全部はとても読めないので、興味深いと思える研究を探してみた。これは少し前の話題であるが、私は論文を読んでいなかったので、真面目に読んでみたら予想以上に面白かった。「デイノニクスの捕食生態学」というキャッチーな表題で、かなり説得力があるが突っ込みどころもあるような気がする、面白い仮説である。少し長いが論旨に沿って紹介してみたい。

デイノニクスといえば、恐竜のイメージを一新させた昔の「恐竜ルネッサンス」の象徴的な恐竜である。デイノニクスの群れがテノントサウルスを襲い、その背中に駆け上り、後肢のカギ爪で獲物の脇腹を切り裂いている・・・そのようなイメージが強い印象を与えてきた。デイノニクスのようなドロマエオサウルス類の後肢の大きな鎌状のカギ爪は、獲物の体を切り裂く、または駆け上るための適応であり、ドロマエオサウルス類は自分よりもはるかに大きな獲物を活発に襲撃し、殺害することに特化した捕食者であると想定されてきた。しかしこうしたデイノニクスの生態についての考えの多くは、推測に基づいている。発達した後肢の第 II 指のカギ爪は研究者の興味を引いてきたが、恐竜の爪の形態を、生態のわかっている現生動物と比較した研究はほとんどなかった。Fowler et al. (2011) はドロマエオサウルス類のカギ爪を含めた足の形態を、現生の猛禽類と詳細に比較することで、新しい仮説を提唱している。

Fowler et al. (2011) はまず、現生の猛禽類において、足の形態が捕食行動とどのように関連しているかを徹底的に解析した。その結果、タカ科Accipitridaeの猛禽類も顕著に大きな第 II 指のカギ爪をもっており、それは獲物の動きを封じること prey immobilisation に用いられていることがわかった。捕食者にとって、捕まえた獲物が逃げたり反撃したりしないように制圧することは大変重要である。現生の猛禽類ではそのための戦略はさまざまで、獲物の大きさによって変わってくる。小型の獲物の場合、足でつかむことで保定され、足の指で締め付けたりクチバシでつついたりする。小型の獲物を専門とするフクロウ類は、足の指で強く締め付けることに最も適応している。ハヤブサ類は獲物を動かなくするためにクチバシで脊髄をつついたり、頭を割ったりする。一方、足の中に収まらないような大きい獲物は、締め付けることはできない。大きな獲物の逃亡を防ぐため、猛禽は自分の体重をかけて獲物を地面に固定し、羽毛や毛を抜き始める。このときタカ類はカギ爪を用いる。タカ類は足の第 I 指と第 II 指に大きく発達したカギ爪をもっており、これで必死にもがく獲物を強く固定し、生きたまま捕食を始める。獲物は出血多量などによって絶命する。
 Fowler et al. (2011) はこのような足の形態的特徴と捕食行動との関係を、絶滅した獣脚類にも応用することを考えた。現生の猛禽類のデータと比較することでデイノニコサウリアの足の機能形態を解析し、捕食行動と関連づけた。結論として、デイノニコサウリアの大きな第 II 指のカギ爪は、タカ科の猛禽と同じように獲物を固定するために用いられたと考え、RPR (Raptor Prey Restraint 猛禽獲物拘束) モデルとして提唱した。

まず種々の現生鳥類(タカ科、ハヤブサ科、コンドル科、フクロウ目、スズメ目など)で各指の末節骨の長さ、曲率、指骨の長さなどを測定したデータに、デイノニクスのデータを入れて比較すると、デイノニクスの足の形態はタカ科の猛禽と最も似ているという結果が得られた。これには大きな第 II 指のカギ爪や、その他の指骨の相対的な比率が寄与している。



また26種類の獣脚類について、各指の中足骨の長さ、末節骨の長さ、曲率、その他の指骨の長さなどを測定したデータを多変量解析で処理し、2次元のグラフを描くと、分類群や生活様式ごとにいくつかのグループに分かれた。走行性のオルニトミムス類とあまり走行性でないドロマエオサウルス類は大きく離れてプロットされた。トロオドン類はドロマエオサウルス類よりもむしろオルニトミムス類に近い位置にきており、より走行性を示している。中間的な位置にはティラノサウルス類やアロサウルス類が位置しており、アルカエオプテリクスもドロマエオサウルス類より中間的な位置にきた。

デイノニコサウリアの第 II 指のカギ爪が大きく強く湾曲していることは、現生のタカ類と同様に獲物の固定に用いられることを示唆している。足の内側にあり比較的短い指についているので、第 II 指のカギ爪は力を加えるのに最も役立つ。現生の肉食の鳥(カラスやハゲワシであっても)では第 II 指のカギ爪は食物を固定するのに用いられている。活発に捕食するタカ類やハヤブサ類は、屍肉食の種類に比べて強く湾曲した第 II 指のカギ爪をもっている。多くの肉食の獣脚類でも第 II 指のカギ爪が最も大きく、同じように固定するのに用いられたと思われる。一方、肉食でない現生の鳥類では第 III 指のカギ爪が最も大きく、肉食のものほどカーブしていない。同様に、二次的に植物食となったオルニトミムス類やアヴィミムスでは第 III 指のカギ爪が最も大きく、すべてのカギ爪で曲率は非常に小さい。このように第 II 指のカギ爪の湾曲と相対的な大きさは、肉食性、あるいは捕食性の指標となりうる。



足(中足骨と指骨)の相対的なプロポーションは、走行性やものを掴む(把握)などの機能に応じて変化する。エミューのような現生の走鳥類や、オルニトミムス類のように走行に適応した獣脚類では、第 III 指が太く、遠位の指骨が短くなり、側方の指( II と IV )が短く同じくらいの長さである。デイノニコサウリアと基盤的アヴィアラエの足では逆の傾向がみられる。第 IV 指が長くなり、遠位の末節骨以外の指骨が長くなり、第 II 指は過伸展している。これらの形質は、走行よりも把握に適している。
 中足骨が長いことは、歩幅が大きくなり走行には適しているが、足の指でものを掴む力は弱くなる。フクロウ類は中足骨が短いことで、握る力が強くなっている。基盤的なパラヴェス類(基盤的トロオドン類シノヴェナトル、基盤的ドロマエオサウルス類シノルニトサウルス)は、比較的長い中足骨をもつ。これはもともと走行性だったことを示す。派生的なトロオドン類では完全にアルクトメタターサルな中足骨となり、さらに走行に適応している。それに対して、デイノニクス、サウロルニトレステス、ヴェロキラプトルのような派生的なドロマエオサウルス類は、長い中足骨を失って代わりに短く太い中足骨を進化させた。このことは、原始的な走行性の中足骨が、トロオドン類ではさらに走行性に適応していったのに対して、ドロマエオサウルス類では(走行性を犠牲にしてでも)強く掴む方向へと進化したことを示している。



指骨と指骨の間の関節面の形状も、足の使い方についての戦略と関係している。蝶番関節ginglymoid articulation は関節の動きを一方向に限定するので、ねじれに対する抵抗が強い。非蝶番関節 non-ginglymoid articulation (ローラー関節 roller joint) はねじれに対して抵抗が少なく柔軟性を示し、走行性の種類の指によくみられる。走行性の平胸類やオルニトミムス類では、主に体重を支える第 III 指の指骨に非蝶番関節 がある。現生の猛禽類では、すべての指骨間関節が蝶番関節であり、獲物の動きに抵抗して強く握ることに関係している。派生的なドロマエオサウルス類では、すべての中足骨と指骨間の関節が蝶番関節である(第 IV 中足骨を除く)。一方派生的なトロオドン類であるトロオドンでは、蝶番関節は一部の関節に限られる。第 III 指の指骨には非蝶番関節があり、第 IV 指には弱い蝶番関節があるのみである。このことからもトロオドン類がドロマエオサウルス類よりも走行性に適していることがわかる。

デイノニクスの足で関節の可動範囲を調べてみると、最大限に曲げなくても、足で「こぶし」を握ることができることがわかった。現生鳥類では第 I 指が第 III 指と対向するが、デイノニクスでは内側を向いた第 I 指が第 IV 指と対向し、第 II 指と第 III 指は平行に動く。これはフクロウが第 IV 指を移動した形と似ているという。他のドロマエオサウルス類の足もデイノニクスの足と似ていることから、「把握する足」はドロマエオサウルス類全体に共通する形質と考えられる。


(長いので一旦切ります。つづく)


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