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ビスタヒエヴェルソル



 また随分と難解な、覚えにくい名前をつけたものである。ビスタヒエヴェルソルとは、ビスタヒ(ナバホ語の「粘土層のある場所」)+エヴェルソル(ギリシャ語の「破壊者」)で、「ビスタヒの破壊者」という意味らしい。論文には読み方(発音)の説明があり、ビスタヒイヴァーサーというらしいが、これはあくまで英語読みなので日本ではローマ字読みでよいと思われる。いずれにしても名前が難しすぎて、一般には覚えてもらえないだろう。

 ビスタヒエヴェルソルは、白亜紀後期カンパニア期に米国ニューメキシコ州に生息した大型のティラノサウルス類で、2010年に記載された。ニューメキシコ州のカンパニア期の地層からは、いくつかのティラノサウルス類の化石(部分骨格)が知られており、アウブリソドンとされたものもあった。近年2つの保存のよい骨格が発見されたことにより研究が進み、Carr and Williamson (2000)はダスプレトサウルスの一種Daspletosaurus sp. としていたが、今回の論文(Carr and Williamson, 2010)で新属新種として記載されたものである。今回は頭骨だけで、体の大部分はまだクリーニング中のようである。

他のティラノサウルス類と異なる固有の形質は、前上顎骨の口蓋突起が2つに分岐している、鼻骨の前頭骨突起が余分にある、涙骨の眼窩上突起に含気孔がある、矢状稜に尖った突起がある、前前頭骨が短い、口蓋骨の含気孔が1個しかない、角骨の内側に上角骨にはまり込むための稜がある、などである。
 特徴は多数あるが、骨と骨の結合面や含気孔などの細かい形態が多いので、外観つまり生体復元ではダスプレトサウルスやゴルゴサウルスなどと区別するのは難しいような気もする。
 アマチュア的に興味深い点としては、顎が頑丈なことだろうか。ビスタヒエヴェルソルでは、タルボサウルスと同じように下顎の歯骨と角骨がしっかり組み合って、下顎の前半部と後半部の結合が強化されている(locking mechanism)。そういわれてみれば、上顎(頭蓋)の特徴も骨と骨の結合面(縫合)が複雑化しているものが多い。強く咬むことに適応した変化なのだろうか。

 系統解析の結果、論文に示された系統図では、ビスタヒエヴェルソルはアパラチオサウルス、アリオラムス、ドリプトサウルスと共にティラノサウルス科のすぐ外側に位置している。(頭骨の側面図をみると、ダスプレトサウルスの一種とされただけあってほとんどティラノサウルス科の顔つきに思える。)また、著者らはビスタヒエヴェルソルの上顎の頑丈さに注目して、ティラノサウルス類の進化過程を古生物地理学的に考察している。ティラノサウルス科とビスタヒエヴェルソルでは、上顎骨の水平突起(歯の生えた部分dentigerous region)の丈が高いという。一方、ディロング、アパラチオサウルス、アリオラムスでは丈が低いという。ティラノサウルス類(ティラノサウロイド)では丈が低い状態が原始的であり、ディロングのような白亜紀前期の種類や、白亜紀後期でも北アメリカ東部のアパラチオサウルスとアジアのアリオラムスでは丈が低い。それに対して北アメリカ西部からアジアにかけてのティラノサウルス科では丈が高い。このことから、オーブ期に北アメリカが内海で東西に分断された後、西部で上顎骨の丈の高いティラノサウルス類が進化し、その後アジアへ渡った(タルボサウルス)のではないかと推測している。

 しかし、最近のラプトレックスの報告を受けて、著者らは論文の最後に補遺を追加している。ラプトレックスの模式標本は亜成体であり、上記の基準では上顎骨のdentigerous regionは丈が低いが、成体では丈が高いかもしれない。もしそうであれば、丈の高い上顎の進化は先の議論よりずっと早く、北アメリカ西部ではなくアジアで起きたのだろうと述べている。
 ラプトレックスは時代も古く、上顎骨だけでなく頭骨の強化に関する多くの形質がティラノサウルス科と共通しているから、起源を論じる上ではより重要に思われる。ティラノサウルス科らしい特徴の多くがアジアですでに獲得されていたとすれば、北アメリカ東部のアパラチオサウルスなどが将来的にどのように位置づけられるのか、興味深い。いずれにしてもビスタヒエヴェルソルは、少なくとも上顎についてはティラノサウルス科にかなり近づいたものと著者らは考えているようである。

参考文献
Carr, T. D. and Williamson, T. E. (2010) 'Bistahieversor sealeyi, gen. et sp. nov., a new tyrannosauroid from New Mexico and the origin of deep snouts in Tyrannosauroidea', Journal of Vertebrate Paleontology, 30, 1-16.
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