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ダスプレトサウルスの系譜(1)


これはつい最近も専門家の間で議論が紛糾しているところなので、解説するのは難しいが、研究の流れだけでもまとめておきたい。海外の動画としてはEDGE Science のが短くてよくまとまっているので、それを見れば大体わかる。ダスプレトサウルスには、最近では3種あるいはそれ以上ともされる変異が報告されており、それをどのようにとらえるかについて、ホットな議論が展開されているわけである。

1)ダスプレトサウルス・トロススの発見
 ダスプレトサウルスの歴史は、Russell (1970)によるアルバータのOldman Formationからのダスプレトサウルス・トロススの記載から始まった。ホロタイプ標本CMN 8506は完全な頭骨と付属した胴体の骨格からなる。

2)ダスプレトサウルス・ホルネリの記載
 Carr et al. (2017) はモンタナ州のTwo Medicine Formationからダスプレトサウルス・ホルネリを記載し、詳細な系統解析の結果、ダスプレトサウルス・トロススとダスプレトサウルス・ホルネリは姉妹群をなすとした。つまりダスプレトサウルスは単系統のクレードであり、その中でトロススからホルネリまではアナジェネシス(向上進化)の例であるとした。向上進化と分岐進化については、すでに2017年の記事に書いてある。

3)ダスプレトサウルス・ウィルソニの記載
 Warshaw and Fowler (2022) はモンタナ州のJudith River Formationからダスプレトサウルス・ウィルソニを記載した。ウィルソニは固有派生形質がほとんどなく、トロススとホルネリの中間の形質を示し、生息年代も中間であることから、トロスス、ウィルソニ、ホルネリの順に向上進化を示す系統と考えられた。系統解析の結果、これら3種のダスプレトサウルスはティラノサウルス族(ズケンティラヌス、タルボサウルス、ティラノサウルス)につながる側系統のグレード(段階)と考えられた。つまりダスプレトサウルスは単系統のクレードではなくなってしまうということである。


Copyright 2022 Warshaw and Fowler

4)向上進化と側系統に対する反論
 Scherer and Voiculescu-Holvad (2024) は、Warshaw and Fowler (2022)の向上進化説には強い根拠がなく、分岐進化でも説明できるとして、いくつかの新しい標本を加えて独自の系統解析を行った。その結果、4種のダスプレトサウルスが単系統のクレードをなした。またホルネリが最も基盤的で、ウィルソニ、トロススの順に派生的という、逆の系統関係となった。


Copyright 2024 Scherer and Voiculescu-Holvad

5)Warshawらによる再反論―やはり側系統で向上進化である― いまここ
 Warshaw et al. (2024) は、Scherer and Voiculescu-Holvad (2024) による反論を受けて、なるべく彼らと同じ形質リストを用い、いくつかの新しい標本を追加し、あらためて系統解析を行った結果、再びダスプレトサウルスは側系統という結果を得た。つまりWarshaw and Fowler (2022) の結果が再確認されることになった。
 今回新たに追加されたアルバータのOldman FormationのTMP 2001.36.1、TMP 2003.10.3、モンタナ州Two Medicine FormationのTMDC Daspletosaurus materialは、いずれもトロススとホルネリの中間の形質を示し、ウィルソニに含まれた。


Copyright 2024 Warshaw et al.


 今回改訂されたウィルソニの特徴は、まさにトロススとホルネリの中間の形質である。ウィルソニがトロススと共有し、ホルネリにはない形質は例えば涙骨の角状突起が高いことである。これはトロススでは三角形の角状で最も高く、ウィルソニでは中間的でトロススよりは低い角状であり、ホルネリではさらに低くなり尖った角状ではなく丸みを帯びている。また前前頭骨の長軸の角度が矢状面から20°以下であるという。一方、ウィルソニがホルネリと共有し、トロススにはない形質は、上下に高く前後に狭い眼窩である。眼窩の形はトロススではより丸く、ウィルソニでは中間的で、ホルネリではかなり縦長となっている。またウィルソニとホルネリでは、方形頬骨の方形骨との関節部が側面から見えている。
 なるほど眼窩の形はかなり異なっている。これを見るとトロススの根本あたりから、テラトフォネウス族が分岐したのではないかとも思えてくる。


(2022の図に 2024 の観点を書き込んだもの)

ダスプレトサウルスが単系統となるか側系統となるかの違いは、Carr et al. (2017)と比較してWarshaw and Fowler (2022)が追加の形質データを用いているからであるという。ダスプレトサウルス・ホルネリの固有派生形質であるとしてCarr et al. (2017)の解析から除外された形質の中に、実は他のティラノサウルス類(特にティラノサウルス族)にもみられる形質が含まれている(Carr et al. もそう記述している)。それらを含めるとホルネリ+ティラノサウルス族というクレードが現れるようである。例えば、上顎骨の最前方の2個の歯間板の形態である。ホルネリとズケンティラヌスは、狭い1番目の歯間板と短縮した2番目の歯間板という形質を共有している。これはウィルソニやトロススとは異なり、またタルボサウルスとティラノサウルスでは1番目、2番目とも幅広くなっている。
 Warshaw and Fowler (2022)のときは、ホルネリのデータとしてホロタイプであるMOR 590を用いていた。これに対してCarrらから、MOR 590は亜成体であるなどの批判があったので、今回のWarshaw et al. (2024)ではホルネリのデータとしてMOR 1130(少し時代が新しい、分離した成体の標本)を用いた。その結果、ダスプレトサウルスが側系統であるという結論は変わりなく、むしろ強化されたという。2022のデータでは、上述の歯間板の形質を除くと側系統が崩れてしまい、単系統になってしまう状態だったが、今回の2024ではそのようなことはなく、側系統が保たれる。つまりMOR 1130はいっそうティラノサウルス族に近い形質をもち、ダスプレトサウルスとティラノサウルス族を結びつける要となる標本であるといっている。



参考文献
Elías A. Warshaw, Daniela Barrera Guevara, Denver W. Fowler (2024) Anagenesis and the tyrant pedigree: A response to “Re-analysis of a dataset refutes claims of anagenesis within Tyrannosaurus-line tyrannosaurines (Theropoda, Tyrannosauridae)” Cretaceous Research 163 (2024) 105957

Charlie Roger Scherer, Christian Voiculescu-Holvad (2024) Reanalysis of a dataset refutes claims of anagenesis within Tyrannosaurus-line tyrannosaurines (Theropoda, Tyrannosauridae) Cretaceous Research 155 (2024) 105780

Warshaw EA, Fowler DW. 2022. A transitional species of Daspletosaurus Russell, 1970 from the Judith River Formation of eastern Montana. PeerJ 10:e14461 DOI 10.7717/peerj.14461

Carr, T. D. et al. A new tyrannosaur with evidence for anagenesis and crocodile-like facial sensory system. Sci. Rep. 7, 44942; doi: 10.1038/srep44942 (2017).
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