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肉食の系譜
”ピグミー”ティラノサウルスとしてのナノティランヌスは存在しないようだ
この研究の本文のデータは本当に大腿骨と脛骨の組織像だけなので、これだとこれらの標本が成長途上の幼体であることは言えるが、ナノティランヌスという種の幼体である可能性は否定できないのではないかと思ったが、それもちゃんと書いてあった。
AFPニュースなどの記事だけではやはり、何が新しいのかなどの経緯が十分にはわからないですね。ジェーンがティラノサウルスの幼体であるとは以前からよく言われていたことでもあり、また既に骨の成長線から11歳と推定されていたはずだ。今回はそれと何が違うのか。
ジェーンは、Erickson(2005) の研究で、腓骨の組織像から11歳(以上)と推定されていた。しかし腓骨は、体重を支える大腿骨や脛骨と比較して成長が遅く、個体の成長を必ずしも正確に反映していない可能性があるという。今回、著者らはジェーンとピティーの大腿骨と脛骨の横断切片を作り、組織像を詳細に解析した。この「大腿骨と脛骨」という点が新しい。比較のために大型の成体のティラノサウルスや、アリゲーター、ダチョウの骨についても観察している。
ジェーンとピティーの大腿骨と脛骨の組織像は、成熟した個体の骨の最も外側にあるはずのEFS(external fundamental system) がないことや、密集した骨小腔、骨繊維の配向の状態、血管網の発達の程度などの組織像から、盛んに骨形成を行なっている成長過程の幼体のものと考えられた。
年輪のような環状パターンについて、この論文ではよく言われるLAGだけではなく、CGMという用語を用いている。Cyclical growth mark (CGM) とは一年周期で起こる骨形成の停止が皮質骨に記録されたもので、はっきりした成長停止線 lines of arrested growth (LAGs) または、輪郭があいまいな環状帯annulus rings の形をとるという。
このCGMsを数えると、ジェーンは死亡時に少なくとも13歳だったと考えられた(大腿骨のCGMsが13本、脛骨のCGMsが10本)。またピティーは少なくとも15歳と考えられた(大腿骨のCGMsが15本、脛骨のCGMsが13ー18本)。
この年輪の間の層の厚さについて、この研究では非常に面白い指摘をしている。かなりのばらつきがあるというのである。
恐竜の成熟の程度を解釈する際には、しばしばCGMsの間の層の厚さの変化が用いられる。典型的には層の厚さは最も内側の部分で大きく、幼体の急速な成長を反映しているとされる。そして中央から外側の部分にかけて、層の厚さは徐々に減少していき、これは成体の大きさに近づくにつれて成長速度が低下していく様子を反映しているとされている。ジェーンとピティーの場合も、最も外側の層の厚さは、内側のいくつかの層よりは小さくなっていて、このことからこれらは成体ではないものの、スーのような大型の成体の半分ほどの全長で、成熟に近づいていると議論されていた。ところが、ジェーンとピティーの内側部分の層の厚さにはばらつきがあり、内側から外側に向かって一貫して(単調に)減少しているわけではないという。つまりこれらの標本では、CGMsの間の層の厚さは成熟度の指標として信頼できない可能性があるというわけである。著者らは成体の骨にもばらつきが見られるのではないかと考え、大型の成体であるUSNM PAL 555000 やMOR 1128 の骨を観察したところ、最も内側の部分に、中央部分よりも明らかに薄い層が観察された。つまり、薄い層の外側(後の時期)に急激な成長が起こりうるということだ。著者らは組織像の観察結果と合わせて、ジェーンとピティーは実は指数関数的な成長の前の段階であるとしており、このようなばらつきを考慮すると、ティラノサウルス類の成長曲線の研究にも影響があるだろうといっている。
CMNH 7541 は最初ゴルゴサウルス・ランセンシスとされた小型の頭骨であるが、1988年にバッカーらはこれを新属ナノティランヌスの成体のホロタイプ標本として記載した。しかしその後、詳細な研究によってCarr (1999)やCarr and Williamson (2004) は、CMNH 7541はティラノサウルス・レックスの幼体であると結論した。現在では多くのティラノサウルス類の専門家は、CMNH 7541をT-rex の幼体であると考えており、これはゴルゴサウルスなど他のティラノサウルス類の確実な幼体にみられるのと共通した形態学的特徴に基づいている。しかし一部の研究者らはその後もナノティランヌスの有効性を論じており、その主張はホロタイプのCMNH 7541の形質だけでなく、もう少し大きいジェーンBMRP 2002.4.1 の頭骨の形質にも基づいている。彼らはホロタイプとジェーンに共通する形態学的特徴をナノティランヌスの成体の特徴と考えて、ジェーンをナノティランヌスと呼んでいる。ホロタイプのCMNH 7541には胴体の骨がなく、ナノティランヌスの支持者らはジェーン をナノティランヌスと考えているので、ジェーンの四肢骨の組織像はナノティランヌスの成長過程を表すと思われる(CMNH 7541についても推定できる)。
そして今回の組織学的データから、ナノティランヌスは骨格が成熟した”ピグミー”ティラノサウルス類であるという仮説は否定できる。残る仮説は2つあり、1)ナノティランヌスは有効な属であるが、ホロタイプも含めてこれまで得られている標本は全て未成熟であり、成熟した個体が得られていない;2)ホロタイプ、ジェーン、ピティー、その他の中型のティラノサウルス類の標本は、T-rexの幼体である;となる。
ジェーンとピティーの大腿骨と脛骨の組織像はすべて、盛んに成長している幼体の特徴を示しており、これらは指数関数的な成長期にまだ入っていないと考えられた。これらのデータからは2)の仮説が最も可能性が高く、Carr (1999) や Carr and Williamson (2004) の形態学に基づく結論とも一致する。
ティラノサウルスの成体と幼体でニッチ分割をしていたということもよく聞くし、納得はするのであるが、ナノティランヌスという別種の捕食者もいるような複雑な生態系であって欲しいという気持ちもある。今回の研究は「ダメ押し」のようなもので、ナノティランヌス支持側の希望はかなり追い詰められたようにも見える。
論文の表現をそのまま用いたが、昨今のポリコレの風潮では”ピグミー”ティラノサウルスという書き方はまずいのかな。。
参考文献
H. N. Woodward, K. Tremaine, S. A. Williams, L. E. Zanno, J. R. Horner, N. Myhrvold, Growing up Tyrannosaurus rex: Osteohistology refutes the pygmy “Nanotyrannus” and supports ontogenetic niche partitioning in juvenile Tyrannosaurus. Sci. Adv. 6, eaax6250 (2020).
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