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デイノニクス(2)RPR モデル(猛禽獲物拘束モデル)


Copyright Fowler et al. (2011)

 デイノニクスくらい研究の歴史が長いと、当然ながら山のように文献があり、わりと重要と思われるものだけで10個くらいはある。全部はとても読めないので、興味深いと思える研究を探してみた。これは少し前の話題であるが、私は論文を読んでいなかったので、真面目に読んでみたら予想以上に面白かった。「デイノニクスの捕食生態学」というキャッチーな表題で、かなり説得力があるが突っ込みどころもあるような気がする、面白い仮説である。少し長いが論旨に沿って紹介してみたい。

デイノニクスといえば、恐竜のイメージを一新させた昔の「恐竜ルネッサンス」の象徴的な恐竜である。デイノニクスの群れがテノントサウルスを襲い、その背中に駆け上り、後肢のカギ爪で獲物の脇腹を切り裂いている・・・そのようなイメージが強い印象を与えてきた。デイノニクスのようなドロマエオサウルス類の後肢の大きな鎌状のカギ爪は、獲物の体を切り裂く、または駆け上るための適応であり、ドロマエオサウルス類は自分よりもはるかに大きな獲物を活発に襲撃し、殺害することに特化した捕食者であると想定されてきた。しかしこうしたデイノニクスの生態についての考えの多くは、推測に基づいている。発達した後肢の第 II 指のカギ爪は研究者の興味を引いてきたが、恐竜の爪の形態を、生態のわかっている現生動物と比較した研究はほとんどなかった。Fowler et al. (2011) はドロマエオサウルス類のカギ爪を含めた足の形態を、現生の猛禽類と詳細に比較することで、新しい仮説を提唱している。

Fowler et al. (2011) はまず、現生の猛禽類において、足の形態が捕食行動とどのように関連しているかを徹底的に解析した。その結果、タカ科Accipitridaeの猛禽類も顕著に大きな第 II 指のカギ爪をもっており、それは獲物の動きを封じること prey immobilisation に用いられていることがわかった。捕食者にとって、捕まえた獲物が逃げたり反撃したりしないように制圧することは大変重要である。現生の猛禽類ではそのための戦略はさまざまで、獲物の大きさによって変わってくる。小型の獲物の場合、足でつかむことで保定され、足の指で締め付けたりクチバシでつついたりする。小型の獲物を専門とするフクロウ類は、足の指で強く締め付けることに最も適応している。ハヤブサ類は獲物を動かなくするためにクチバシで脊髄をつついたり、頭を割ったりする。一方、足の中に収まらないような大きい獲物は、締め付けることはできない。大きな獲物の逃亡を防ぐため、猛禽は自分の体重をかけて獲物を地面に固定し、羽毛や毛を抜き始める。このときタカ類はカギ爪を用いる。タカ類は足の第 I 指と第 II 指に大きく発達したカギ爪をもっており、これで必死にもがく獲物を強く固定し、生きたまま捕食を始める。獲物は出血多量などによって絶命する。
 Fowler et al. (2011) はこのような足の形態的特徴と捕食行動との関係を、絶滅した獣脚類にも応用することを考えた。現生の猛禽類のデータと比較することでデイノニコサウリアの足の機能形態を解析し、捕食行動と関連づけた。結論として、デイノニコサウリアの大きな第 II 指のカギ爪は、タカ科の猛禽と同じように獲物を固定するために用いられたと考え、RPR (Raptor Prey Restraint 猛禽獲物拘束) モデルとして提唱した。

まず種々の現生鳥類(タカ科、ハヤブサ科、コンドル科、フクロウ目、スズメ目など)で各指の末節骨の長さ、曲率、指骨の長さなどを測定したデータに、デイノニクスのデータを入れて比較すると、デイノニクスの足の形態はタカ科の猛禽と最も似ているという結果が得られた。これには大きな第 II 指のカギ爪や、その他の指骨の相対的な比率が寄与している。



また26種類の獣脚類について、各指の中足骨の長さ、末節骨の長さ、曲率、その他の指骨の長さなどを測定したデータを多変量解析で処理し、2次元のグラフを描くと、分類群や生活様式ごとにいくつかのグループに分かれた。走行性のオルニトミムス類とあまり走行性でないドロマエオサウルス類は大きく離れてプロットされた。トロオドン類はドロマエオサウルス類よりもむしろオルニトミムス類に近い位置にきており、より走行性を示している。中間的な位置にはティラノサウルス類やアロサウルス類が位置しており、アルカエオプテリクスもドロマエオサウルス類より中間的な位置にきた。

デイノニコサウリアの第 II 指のカギ爪が大きく強く湾曲していることは、現生のタカ類と同様に獲物の固定に用いられることを示唆している。足の内側にあり比較的短い指についているので、第 II 指のカギ爪は力を加えるのに最も役立つ。現生の肉食の鳥(カラスやハゲワシであっても)では第 II 指のカギ爪は食物を固定するのに用いられている。活発に捕食するタカ類やハヤブサ類は、屍肉食の種類に比べて強く湾曲した第 II 指のカギ爪をもっている。多くの肉食の獣脚類でも第 II 指のカギ爪が最も大きく、同じように固定するのに用いられたと思われる。一方、肉食でない現生の鳥類では第 III 指のカギ爪が最も大きく、肉食のものほどカーブしていない。同様に、二次的に植物食となったオルニトミムス類やアヴィミムスでは第 III 指のカギ爪が最も大きく、すべてのカギ爪で曲率は非常に小さい。このように第 II 指のカギ爪の湾曲と相対的な大きさは、肉食性、あるいは捕食性の指標となりうる。



足(中足骨と指骨)の相対的なプロポーションは、走行性やものを掴む(把握)などの機能に応じて変化する。エミューのような現生の走鳥類や、オルニトミムス類のように走行に適応した獣脚類では、第 III 指が太く、遠位の指骨が短くなり、側方の指( II と IV )が短く同じくらいの長さである。デイノニコサウリアと基盤的アヴィアラエの足では逆の傾向がみられる。第 IV 指が長くなり、遠位の末節骨以外の指骨が長くなり、第 II 指は過伸展している。これらの形質は、走行よりも把握に適している。
 中足骨が長いことは、歩幅が大きくなり走行には適しているが、足の指でものを掴む力は弱くなる。フクロウ類は中足骨が短いことで、握る力が強くなっている。基盤的なパラヴェス類(基盤的トロオドン類シノヴェナトル、基盤的ドロマエオサウルス類シノルニトサウルス)は、比較的長い中足骨をもつ。これはもともと走行性だったことを示す。派生的なトロオドン類では完全にアルクトメタターサルな中足骨となり、さらに走行に適応している。それに対して、デイノニクス、サウロルニトレステス、ヴェロキラプトルのような派生的なドロマエオサウルス類は、長い中足骨を失って代わりに短く太い中足骨を進化させた。このことは、原始的な走行性の中足骨が、トロオドン類ではさらに走行性に適応していったのに対して、ドロマエオサウルス類では(走行性を犠牲にしてでも)強く掴む方向へと進化したことを示している。



指骨と指骨の間の関節面の形状も、足の使い方についての戦略と関係している。蝶番関節ginglymoid articulation は関節の動きを一方向に限定するので、ねじれに対する抵抗が強い。非蝶番関節 non-ginglymoid articulation (ローラー関節 roller joint) はねじれに対して抵抗が少なく柔軟性を示し、走行性の種類の指によくみられる。走行性の平胸類やオルニトミムス類では、主に体重を支える第 III 指の指骨に非蝶番関節 がある。現生の猛禽類では、すべての指骨間関節が蝶番関節であり、獲物の動きに抵抗して強く握ることに関係している。派生的なドロマエオサウルス類では、すべての中足骨と指骨間の関節が蝶番関節である(第 IV 中足骨を除く)。一方派生的なトロオドン類であるトロオドンでは、蝶番関節は一部の関節に限られる。第 III 指の指骨には非蝶番関節があり、第 IV 指には弱い蝶番関節があるのみである。このことからもトロオドン類がドロマエオサウルス類よりも走行性に適していることがわかる。

デイノニクスの足で関節の可動範囲を調べてみると、最大限に曲げなくても、足で「こぶし」を握ることができることがわかった。現生鳥類では第 I 指が第 III 指と対向するが、デイノニクスでは内側を向いた第 I 指が第 IV 指と対向し、第 II 指と第 III 指は平行に動く。これはフクロウが第 IV 指を移動した形と似ているという。他のドロマエオサウルス類の足もデイノニクスの足と似ていることから、「把握する足」はドロマエオサウルス類全体に共通する形質と考えられる。


(長いので一旦切ります。つづく)


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