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バラウル




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恐竜研究の進展は本当に日進月歩で、油断もすきもないという話である。
バラウル・ボンドクは、白亜紀後期マーストリヒト期のルーマニア(ハチェグ島)から発見された奇妙な獣脚類で、白亜紀後期のヨーロッパでは最も完全な獣脚類とされた。ホロタイプは同一個体の胴体の部分骨格で、胴椎、仙椎、尾椎と胸帯、前肢、腰帯、後肢を含んでいる。最初の記載 (Csiki et al., 2010) 、ドロマエオサウルス類の総説 (Turner, Makovicky & Norell, 2012)、 バラウルのフル記載論文 (Brusatte et al., 2013) では、系統解析の結果、ヴェロキラプトルに最も近縁なドロマエオサウルス類と結論されていた。第2指の他に第1指にも大きな鎌状のカギ爪をもつ、二重の鎌double-sickleのドロマエオサウルス類として注目された。なにしろBrusatte et al. (2013) の論文には、ヴェロキラプトルそっくりのシルエットが載っているので、こぞってイラストを描いた恐竜ファンも多いはずだ。私もこのフル記載が決定版と思ってすっかり安心していた。ところが、全部読まないうちに風向きが変わってきた。
 研究の結果、バラウルは他のドロマエオサウルス類やほとんどの非鳥型獣脚類にはみられない、一連の固有形質をもつことがわかってきた。たとえば手根骨と中手骨が癒合していること、手の第3指が退化していること、足根骨と中足骨が癒合していることなどである。ドロマエオサウルス類としては、バラウルは非常に奇妙で独特の特徴をもっていることになる。ところが、これらの多くは、原始鳥類であるアヴィアラエ類にはよくみられるものでもある。
 その後Godefroit et al. (2013a) (アウロルニスの論文)はパラヴェス類の系統解析にバラウルを含めた結果、バラウルはアルカエオプテリクスより派生的なアヴィアラエ類に位置づけられた。それとは独立にFoth, Tischlinger &Rauhut (2014) (アルカエオプテリクスの論文)が行った系統解析でも、多少の違いはあるが、やはりアルカエオプテリクスより派生的なアヴィアラエ類となった。そこで、Cau et al. (2015) はバラウルの系統上の位置を主題とした研究を行い、2つのデータセットを用いて新たに解析を行った。その結果、やはりアヴィアラエ類という位置づけが支持された。Cau et al. (2015) によると、バラウルがドロマエオサウルス類であるという可能性が完全に否定されたわけではないが、当面はアヴィアラエ類という枠組みで考えるべきである、という。

実際の分岐分析は、860とか1500もの形質について計算しているので1つや2つの形質が決め手になるというものではないだろう。しかし具体的に個々の骨がどんな形態なのか見ないと、イメージがわかない。著者らは系統関係に重要と思われる多くの形質について解説している。バラウルが、ドロマエオサウルス類とアヴィアラエ類のどちらに近縁なのかという観点から見ていくと面白い。


Copyright 2015 Cau et al.

手については、A: バラウル、B: ジョウオルニス、C: サペオルニス、D: デイノニクスを並べて比較している。
 バラウルの手では、遠位の手根骨が中手骨の近位端と癒合している。これはドロマエオサウルス類には全くみられない。手根骨と中手骨の癒合は、アヴィミムスやモノニクスのような2、3の非鳥型獣脚類と、パイゴスティル類にみられる。特に、バラウルにみられる骨の癒合のパターンは、最も基盤的なパイゴスティル類(コンフキウソルニス、シノルニス、サペオルニス、ジョウオルニスなど)と共通しているという。
 バラウルでは、半月形の手根骨(lsc、中手骨と癒合している)が第 II 中手骨と第 III 中手骨の根元にある。また第 I 中手骨の近位端は遠位端より細くなっていて、中手骨の内側縁が斜めになっている。ほとんどの非鳥型獣脚類では、半月形の手根骨(右のデイノニクスのusc)は第 I 中手骨と第 II 中手骨にまたがっている。また第 I 中手骨の近位端は細くなっていない。つまりバラウルでは半月形の手根骨の位置が、側方にずれている。これはパイゴスティル類(コンフキウソルニス、シノルニス、サペオルニスなど)と似ている。またパイゴスティル類はバラウルと同様に、第 I 中手骨の近位端が細くなっていて、内側縁が斜めになっている。
 さらに第III指の状態が特徴的である。バラウルでは第 II 中手骨の側面に稜があり、遠位で第 III 中手骨と接しているので、第 II 中手骨と第 III 中手骨の間のスペースが閉じている。基盤的アヴィアラエ類では、サペオルニスのように第 II 中手骨と第 III 中手骨がまっすぐで密着しているものや、バラウルに似て遠位で接しているもの、遠位端が完全に癒合しているものなど様々である。中手骨の間のスペースが閉じている状態は、コンフキウソルニス、ジェホロルニス、ジシャンゴルニス、エナンティオルニスなどにみられる。
 バラウルの第 III 中手骨は遠位端が単純な形で、はっきりした関節顆になっていない。ドロマエオサウルス類はほとんどの非鳥型獣脚類と同様に、よく発達した関節顆をもっている。バラウルの状態は、ティラノサウルス類以外では基盤的パイゴスティル類と派生的な鳥類に似ている。
 バラウルの第 III 指は極端に縮小しており、末節骨を含めて遠位の指骨が欠けている。バラウルの第 III 指の唯一の指骨は先細りで、遠位端に小さな関節面があるので、もう1個非常に小さい指骨があったかもしれない。それでも2個である。このような縮小はドロマエオサウルス類(指骨は4個)にはみられないが、シノルニス、サペオルニスなどのパイゴスティル類には普通にみられる(指骨が2個以下)。


バラウルでは腰帯の骨が完全に癒合coossificationしており、腸骨/恥骨間および腸骨/座骨間の縫合線が閉じている。最も基盤的なアヴィアラエ類を含めて、ほとんどのテタヌラ類では腰帯の骨が完全には癒合していない。一方、ケラトサウルス類、一部のコエルロサウルス類(アヴィミムス)、鳥胸類ornithothoracines(アプサラヴィス、パタゴプテリクス、シノルニスなど)では腰帯の骨が完全に癒合している。
 バラウルでは、左右の恥骨が側方に膨らんで、腹側で急に狭まっているので、骨盤腔pelvic canalが広くなっている(VでなくU字形)。このような状態は、ヴェロキラプトルやバンビラプトルなどを含めてほとんどの獣脚類と異なっている。バラウルのようなU字形の骨盤は、パイゴスティル類(コンコルニス、サペオルニスなど)にみられる。


Copyright 2015 Cau et al.

足については、A: ヴェロキラプトル、B: バラウル、C: ジョウオルニスを並べている。
 バラウルでは、脛骨の遠位端と近位の足根骨が癒合して脛足根骨tibiotarsusを形成している。このような癒合は、コエルロサウルス類の中ではモノニクスのようなアルバレッツサウルス類やアヴィミムスのような一部のオヴィラプトロサウリアにみられる。またアヴィアラエ類の中では、完全に癒合した脛足根骨はアルカエオプテリクスよりも派生的な種類(アプサラヴィス、コンフキウソルニス)にみられる。
 バラウルでは、足根中足骨tarsometatarsus部分の骨が広範に癒合している。ヴェロキラプトルのようなほとんどの非鳥型獣脚類では、このような癒合はみられない。遠位の足根骨と中足骨の近位端の癒合は多くのマニラプトル類にみられるが、中足骨同士の広範な癒合はバラウルとパイゴスティル類にしかみられない。
 バラウルの足で最も特徴的なのが第 I 指だろう。バラウルの足の第 I 指は他の指に比べて縮小していない。ドロマエオサウルス類を含めてほとんどの非鳥型獣脚類では、第 I 指のカギ爪は相対的に小さい。一方、バラウルのように他の指に比べて縮小していない、大きな鎌状の第 I 指のカギ爪は、多くの基盤的アヴィアラエ類にもみられる(コンフキウソルニス、ジシャンゴルニス、パタゴプテリクス、サペオルニス、ジョウオルニス)。また、バラウルの第 I 指の第1指骨は 第II , III, IV指の第1指骨と同じくらいの長さであるが、これも基盤的アヴィアラエ類と同様である。さらに、よく発達した関節面からバラウルの第 I 指は完全に機能的と思われるが、これも鳥類にはみられるが非鳥型獣脚類にはみられないものである。なるほど、第 II 指の他に第 I 指も大きいのは鳥ならば普通のことというわけである。
 バラウルの第 II 指のカギ爪は、多くのデイノニコサウリアと同様に第III、第IV指のカギ爪よりも大きく肥大している。しかし、Brusatte et al. (2013)は、バラウルの第 II 指のカギ爪は、多くのドロマエオサウルス類にみられるような顕著な鎌状の形や屈筋結節を示していないと記している。バラウルの状態と似た、大きくほどほどにカーブしたカギ爪のあるがっしりした第 II 指は、いくつかのアヴィアラエ類にみられるという。
 ドロマエオサウルス類を含めてほとんどの獣脚類では、足の第III 指の末節骨より一つ手前の指骨(第3指骨)がその手前の指骨と同じくらいか、より短い。ところがバラウルでは、この指骨が比較的長く、手前の指骨の1.2倍の長さがある。この状態は多くのアヴィアラエ類にみられるのと同様であるという(コンコルニス、サペオルニス、ジョウオルニス)。


Cau et al. (2015) は、手が機能的な第III 指を欠くこと、足の第 II 指のカギ爪を使うための第II中足骨の関節面が蝶番形でないこと、足の第 II 指のカギ爪が他のドロマエオサウルス類ほど鎌状にカーブしていないことから、バラウルは雑食性ないし植物食の可能性が高いといっている。このことはアヴィアラエ類という系統的位置とも一致するという。骨盤腔が広いのも長い腸を収めることと対応するといっている。それでは、「ドロマエオ復元」に比べて「アヴィアラエ復元」はガラリと変わったのかというと、そうでもない。Cau et al. (2015) の論文も全身復元図を載せているが、第 II 指のカギ爪をあまり持ち上げていない、「おとなしいヴェロキラプトル」みたいになっている。
 仕方が無いので小型で樹上性・雑食性の祖先が地上に降りて大型化した動物としよう。しかしアヴィアラエ類としても異様な動物である。肉食傾向の強い雑食性で、普段は昆虫や果実などを食べるが、機会があればトカゲなどの小動物も捕らえるということでどうだろう。


参考文献
Brusatte SL, Vremir M, Csiki-Sava Z, Turner AH, Watanabe A, Erickson GM, Norell MA. (2013). The Osteology of Balaur bondoc, an island-dwelling dromaeosaurid (Dinosauria: Theropoda) from the Late Cretaceous of Romania. Bulletin of the American Museum of Natural History 374:1-100

Andrea Cau, Tom Brougham and Darren Naish (2015), The phylogenetic affinities of the bizarre Late Cretaceous Romanian theropod Balaur bondoc (Dinosauria, Maniraptora): dromaeosaurid or flightless bird? PeerJ 3:e1032; DOI 10.7717/peerj.1032
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