今朝のFM。聴くつもりはまったくなかったのだが、試験に備えてのながら勉強のBGMに流していた番組。そこで、過去のハリウッド映画の白人男性中心を非難していた。
韓国の女性ナビゲータだが、米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーの多様性を意識しての発言だろう。曰く、女性や人種マイノリティーなどを積極的に起用することが興行成績の増大につながることにようやく気が付いたとのこと。
ばかじゃないの?ハリウッド映画の最近の不調は、金儲け主義に走るがために、失敗を恐れてマスプロダクションに走ったことにある。つまり映画のパターンができてしまって、そこからの離脱がむずかしくなってしまったからだ。けっして、出演者の多様性の貧弱さに原因があるわけではない。
韓国ナビゲーターは、こざかしく、文化の多様性こそ将来につながるとしているが、自分で考えて導き出したものじゃないことはすぐにバレバレだ。
最近の日本の政治家といい、メディアの社畜といい、自分で考えることを放棄してしまった輩が多く目につきいやになってしまう。ちょっと考えればわかることだ。「鬼滅の刃」の主人公がオランダ人だったら、果たして日本で人気を博しただろうか?
あるいは韓国人だったら?タイ人だったら?文化の多様性の良さを否定するつもりは毛頭ない。だが、作品に感情移入ができるかどうかは、また別の問題だ。