ももきよ日記

記憶の彼方へ消え去る前の雑記帳でございまする。。

紫蘭(しらん)

2014-03-21 21:45:23 | 

(3月21日、義母の庭)

紫色の蘭なので、「紫蘭」。
成る程、わかりやすい。
が、待てよ。
私は、白い「紫蘭」も見たことがある。
実物ではないが、写真でー。
2年前の淡交テキスト「茶花」5月号だ。
表紙裏にあるのは、田中昭光氏の「野の花を求めて」シリーズ。
白い紫蘭と山紫陽花が古瀬戸釣舟(花入)に入れられ、そのさりげなさは風情があり感動したのだった。

紫蘭という花は、蘭が持つ豪華さはない。
どちらかと言うと、下向きに咲くその小さい花は儚げで、鈴蘭に似ていると思う。
そして、葉も良いのだ。
義母は活け花に、田中氏は茶花にと、見事に生かしていた。
さすが、偉大な先輩方。。
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現川焼と臥牛窯

2014-03-21 08:09:50 | 茶道具


現川湯呑
第十三代 横石臥牛作

現川焼(うつつがわやき)は長崎県にて焼かれている陶器。
長崎市(旧現川村)で1692年(元禄5年)に焼かれたのが始まりで、命名は地名に因む。
現川焼は鉄分の多い茶褐色の器肌が特徴であり、多様多彩な刷毛目と加飾が施されている。
江戸時代には「西の仁清」とまで謳われたことがあったものの、藩の財政面を理由に製造は約50年しか続かず、突如として現川焼は姿を消してしまった。
しかし、明治時代になり、第12代横石臥牛が復活させ、佐世保などでも製造されるようになった。

ウキペディアに非常に簡潔な説明文があったので、抜粋した。

現川は、私の実家から遠くない。
長崎市内東長崎地域だ。
今でも覚えているが、高校の頃、鍛錬と称して、普通の遠足の倍歩かされた到着地点が「現川」だった。

ということで、言ってみれば、私にとって、自分のDNAに一番近い焼物ということになるだろうか。

臥牛窯の窯元は、佐世保にあるが、店舗は、長崎市内(鍛冶屋町)にある。
私の日常の生活圏内だ。
随分前から現在地にあり、それが続いているということは、臥牛窯が、刷毛目(現川焼)の伝統を守る全国唯一の窯元であるからだろう。
又、焼物としての魅力・需要があるということだと思う。

今回、久しぶりに、箱から出して、じっくり眺めてみたが、確かに、上品で、個性がある。
数ある焼物の中で、よくぞ生き残って来た。。
いやいや、それだけ凄く価値があるのだ。。


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