暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて茶事を楽しんでいます。2015年2月に京都から横浜へ戻りました。

スエーデンからのお茶だより・・・・瑞暉亭の今昔-3

2016年09月23日 | 茶友
                  
                       オーネル家の林檎の木とお孫ちゃん

Oさんことオーネル敏子さんから次のようなメールと訳文が届きました。
「瑞暉亭(ずいきてい)についていろいろな方が書かれたものがあり、
 瑞暉亭のタイトルで一冊の本になり1996年に出版されています。
 ウーラ・ワグナーさん(当時の民族博物館長)の文はその中のものです」

 

瑞暉亭再建          ウーラ・ワグナー著     (オーネル敏子訳) 

1984年に民族博物館では「日本 生きた伝統 (Japan Living tradition) 」の名で1年間日本に関する展示がありました。 
これをきっかけに瑞暉亭再建の動きが高まり、その頃私(ウーラ・ワグナー)は日本へ行く機会があり、瑞暉亭再建の援助や寄付金集めに協力する組織や茶人に声を掛けました。
其の時は寄付金の必要性を理解してくださる方はいましたが、援助金出資までには至りませんでした。


                  
                     民族博物館の日本を紹介する展示コーナー
 
イーダ・トロッテグ(Ida Trotzig) の二人の孫、ゲイビー・ステンバリー・コック(Gaby Stenberg Koch)とウメ・ステンバリー・ラードブルシュ (Ume Stenberg Radbruch)が再建案に非常に興味を抱き、日本との折衝に協力してくれることになりました。

こうしてイーダの孫二人、民族博物館の責任者ベント・ペトリ(Benft Petri) 、アクセル・イバロ(Axel Iveroth)、タロウ・ガデリウス(Taro Gadelius)らにより再建運動の会が作られたのです。 
タロウ・ガデリウスはGadelius・KK・Japanの会長で、個人的にもトロッテグ家やステンバーリ家と交際があり、昔の茶室建設の時に石探しに藤原銀次郎氏を援助したそうです。


タロウ・ガデリウスの提案は最初の茶室建設に大きな援助のあった王子製紙と連絡を取る事でした。
1989年には王子製紙、十條製紙、本州製紙、神崎製紙の四製紙会社と、スウェーデンのガデリウスAB社が茶室を寄贈してくれることになったのです。
日本の茶室設計の第一人者である中村昌生教授が設計にあたるという知らせを受けた民族博物館の喜びはひとしおでした。


寄贈決定の手紙には、新茶室の建設ならびに寄贈は藤原銀次郎翁の精神を継ぐもので、日本とスウェーデンの友好と文化交流の更なる発展の一助になってほしいと記してありました。
同時に1990年5月がガデリウス社設立100周年になるので、そのお祝いを記念して、ガデリウス・KK・日本とガデリウス・AB・スウェーデンが茶室の輸送と庭造りの費用を負担すると決定したのです。


                  
                         緑に囲まれた瑞暉亭の佇まい

1989年11月4日に日本で、秩父宮殿下、メインの寄贈社の代表者、スウェーデン大使、スウェーデンからのゲストの立ち合いの元に、新茶室の仮組立が行われました。
旧瑞暉亭と同じように、新茶室も「瑞暉亭」と命名されました。 
民族博物館の代表としてイーダさんの孫二人も参加しました。

一方、スウェーデンでは関係者が同意決定していた茶室が建つ場所で、土台の工事が同時に進められていました。
皆が同意したのは旧瑞暉亭の場所はそのまま残して置くことでした。 
スウェーデンと日本の見解から新茶室をどの場所にするか、いろいろ検討されました。
スウェーデン側はオープンである事、日本側は静かで緑の多い事が要望され、現在の位置に決まりました。

例年にない温かい春に恵まれた1990年3月の初め、大きな荷が届き、茶室の屋根の棟上げが行われました。 
また、京都から土台石が届きました。
1990年夏、ついに新しい「瑞暉亭」が完成したのです。


                  
                             瑞暉亭の広間

茶室の建物自体が芸術作品です。
日本の茶室は禅との関係が深く、民族博物館は最初からヨーロッパ風のカフェとは異なる事は承知の上でした。
茶道文化の真髄は茶室で行われる茶会を通じてこそ心から味わい、正しく理解することが出来ます。

民族博物館は日本茶道裏千家スウェーデン同好会会長の叡子(宗叡)デューク(Eiko Duku)、
現在は裏千家スウェーデン淡交会との協同で茶道教室を開催しています。
見学するだけの茶室ではなく体験できる場として、茶の湯のデモンストレーションを行っています。
(この項おわり)


        スウェーデンからのお茶だより   前へ    次へ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

お茶サロンまであとわずかになりました

2016年09月22日 | 茶会など
                  
                       庭先でハーブティーを一服・・・夏のある日に

9月24日(土)開催の第3回お茶サロンまであとわずかになりました。
胸をドキドキさせながら、暁庵、相田康子さん、Kさんの3人のスタッフがお客さまをお迎えします。
なんといっても、お客さまとのお出会いが一番の楽しみです・・・・。

Kさんが続き薄茶の稽古に励んでいます。
当初の予定では濃茶がなく薄茶だけ差し上げるつもりでしたが、心変わりしました。
遠近各地よりお客さまがいらっしゃるのだから、やはり濃茶でおもてなしをしたい・・・と思いました。

                  

もう一つは、大きな茶碗(詳しくは茶会前なのでナイショ)が我が家へやって来たのです。
一碗で5人分の濃茶をゆうゆう点てられます。
茶碗がやって来てまもなくのこと、Nさんに依頼していた古帛紗が出来上がってきました。
19世紀末の古い裂地を紡いだ古帛紗(詳しくは茶会前なのでナイショ)を茶碗に合わせてみました。
すると、これがもうぴったり!なのです。
茶碗の制作年代はわかりませんが、茶碗と古帛紗が二百年余の時を経て、互いに呼び合って我が家で出逢ったような錯覚を覚えました。

それで、濃茶とつづき薄茶です。
濃茶は暁庵、Kさんに薄茶をお願いしました。

                      

昼食後、相田康子さんのハーブティー講座へバトンタッチです。
相田さんが(社)日本ティーコンシェルジュ協会1級認定講師であり、
ティーコンシェルジュチャンピオンシップで昨年今年と2年連続優勝したことを知り(凄い!です)、
ハーブティーに興味を持ちました。

実は今年に入り、左足の激痛や突然の眩暈など、予期せぬ体調不良に襲われました。
左足の激痛は腰椎すべり症、突然の眩暈は自律神経から・・・とのことで、確たる治療法はありません。
自分の身体と向き合い、相談しながら症状が出ないように気を付けることしか対策がありません。
その中で感じたことは「未病に対処する」「常に体調を良好にコントロールする」方法はないだろうか?

                      
                             左側は元気が出る「アリスのカップ」

それで、相田さんに相談し、6月からハーブティー2種を飲んでいます。
コマーシャルではありませんが、私に合っていたみたいで、まぁまぁ快調にこの夏を過ごすことが出来ました。
でも、ハーブティーのことを全くわかっていませんので、ハーブティー講座をとても楽しみにしています。

今日も  が降っています。
明日は野の草花を採取したいのだけれど、長雨があがらないかしら?  ますように・・・。

  
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

スウェーデンからのお茶だより・・・Oさんのメール

2016年09月19日 | 茶友
                        
                              1990年に建てられた、新・瑞暉亭の広間

スウェーデンのOさんからメールが届きました。
新・瑞暉亭のことを知りたい、日本にも紹介したい・・・という要望に応えて
関連の記事を翻訳してくださっています(アリガトウ!)。
そんなOさんの近況を今日はお茶だよりとしてご紹介します。
瑞暉亭という茶室を中心にイキイキと活動されているOさんやスウェーデン淡交会のお仲間の様子が垣間見られ、
お茶仲間として心からエールを送ります。

                        
                                 スウェーデン民族博物館
 Oさんからのメール

暁庵さまへ

暑さが和らぎ これからはいい季節ですね。 
私は毎年10月から11月ごろ日本へ旅行するのですが、今年は帰ったばかりなのでちょっと残念です。 
先日瑞暉亭を借りて、スウェーデン淡交会の仲間で茶箱の月点前をやりました。 
残念ながらお天気がいまいちで満月はみれませんでしたが・・・。
私は和菓子をつくり好評でしたよ・・・。

                        
                                   お月見の菓子

遅くなりましたが1990年代の民族博物館長のウーラ・ワグナーさんの書いた記事を訳したので送ります。 
あくまで私の訳だから、文章は先生の手で直してください。
何しろ翻訳したのは何年ぶりかで、日本語がちょと怪しいかもしれませんので、よろしくお願いします。
一応新瑞暉亭の建設について少しはわかると思います。 
瑞暉亭についていろいろな方が書かれたのがあり、瑞暉亭のタイトルで一冊の本になり1996年出版されています。
今回のウーラさんの文はその中のものです。 
その本の中にイーダさんのお孫さんが書かれた文があり訳してみますが、もう少し時間をください。

                       
                                新・瑞暉亭の躙り口

去年(2015年)は瑞暉亭25周年記念で修復工事が行われました。
これもすべて寄贈金で行われ、京都から3人の職人さんがみえました。 
この時のビデオが博物館のサイトにあるので見てみてください。
   https://www.youtube.com/watch?v=Y-UUBFf2YRY

旧瑞暉亭を寄贈した藤原銀次郎さんの親戚の方もスウェーデンへ来られて、この修復工事に力を注いで援助されました。
修復工事の案を出され、活動をした方が資金集めに今年「瑞暉亭の友の会」を発足されました。

                        
                             Oさん宅の林檎の木

Yさんお稽古頑張ってらっしゃいますね。 
それにお茶サロンの話や先生のブログをとても楽しみにしています。
こちらは日本の柿のように枝が垂れ下がった林檎の木をよく見かけます。 
我が家も2本の林檎の木がありますが、年によっては取れすぎて困ることもあります。
自然の中で採れるブルーべりーはやはりスウェーデンならではでしょうね。

瑞暉亭 先生にこんなに興味を持っていただいて、訳した記事がお役に立てば嬉しいです。 
では次はお孫さんの記事を訳して送ります。           Oより
                                             


       スウェーデンからのお茶だより   前へ    次へ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

長月の稽古だより・・・三重棚で盆香合

2016年09月13日 | 暁庵の裏千家茶道教室
                     

9月7日(水)は長月の最初の稽古日でした。
8月の夏休みモードに終わりを告げ、気合を入れて稽古に励まなくては・・・と、気持だけは前向きです。

その日は、FさんとN氏が残暑にもめげず、颯爽と着物姿で来庵してくださいました。
・・・ところが、暁庵は暑さでバテ気味のため洋服で失礼しました。

購入したばかりの三重棚を使ってみました。
関西のS先生宅で三重棚の稽古をして以来、いつか購入して使いたい・・・と憧れていた棚です。

三重棚は利休が初めて用いたと記憶にありましたが、調べてみると、お好みが多いのにびっくりです。
    三重棚は、地板の他に三枚の棚板が三重に重なっている棚をいう。
    元来は仕掛棚といって棚が五重の水屋用であったものを、
    千利休が桐木地で三重に好み直して席中に用いた。
    再好みとして、宗旦好みは一閑張で、表千家七代如心斎好みは桑木地、
    九代了々斎好みは真塗、裏千家十代認得斎好みは黒掻合せ、
    久田宗全好みは真塗爪紅(つまぐれ)です。   茶道大辞典(淡交社)


暁庵のは表千家如心斎好みの桑三重棚写で、指物師・仙正(仙水正之)作です。
一番上には花や香炉を飾っても好いそうで、これも楽しみです。

                      
                         三重棚 
                      (カメラ故障にてS先生宅の三重棚です)

さて、肝心のお稽古ですが、Fさんが盆香合と貴人清次薄茶、N氏が茶杓荘と唐物です。

棚を使う盆香合は久しぶりです。
8月に入って茶友Kさんから電話があり、
「盆香合で棚を使う場合、貴人畳の角に置いた炭斗はいつ元の場所に戻したかしら?」
・・・う~ん、つい先だって「夕去りの茶事」で盆香合をしたのですが、棚なしでした。
そんなこともあって、棚ありにしました。

盆香合は、いつもと同じ初炭手前ですが、香合が名物であったり、由緒がある場合
香合を炭斗に入れずに、後から盆に載せて運び出し、香を手で焚きます。
香合は初雁蒔絵香合(春斎作)、盆は真塗四方盆、心入れの香(稽古では白檀3枚)を香合に入れます。

・・・(前略)・・後掃きをし、羽箒を炭斗の上へ置いてから、炭斗を持って客付を向き、
貴人畳の角に炭斗を置き、風炉正面に戻り、左ひざを下げて灰器を持ち、香合を取りに水屋へ下がります。

香合をのせた盆を左手で持ち、右手で香合を持ち添えて運びだし、風炉正面に座ります。
棚の前に盆を両手で置き、香合を両手で取り左掌にのせて蓋を取り、盆の上に置きます。
香は手で焚き、蓋を閉め、盆の上に香合を置くと、拝見が掛かります。

盆を持ち客付にまわって拝見に出し、一膝下がって、手をついて控えています。
盆を取りに出た正客が自席へ着くと、一膝進み、貴人畳の炭斗を持って正面を向き、
棚の前に炭斗を置きます。
客付へ戻り、カンをかけ、釜を上げた位置へ引き、カンをはずし、水次を取りに水屋へ下がります・・(後略)。

                       
                        雁金草 (季節の花300)

盆香合のハイライトは問答・・・と思っていますが、さて問答は
「香合のご由緒は?」
「先年茶室披きをした折、恩師から頂戴しました「初雁蒔絵香合」でございます。
 ちょうど9月でございましたので、この時期になりますと恩師のことを思い出しながら
 使わせて頂いております。作は前畑春斎でございます」
「それは何よりのお品と存じます。
 美しい木目が、重なる雲のようにも波のようにも見えますね。
 はるばると空や海を渡って来た初雁(ご亭主)をきっと恩師の先生も嬉しく迎えたことでしょう・・・
 お盆は?」
「真塗四方盆で、輝斎作でございます」
「先ほどから好い香りがしておりますが、お香は?」
「茶室披きの時と同じにと思いまして、鳩居堂の伽羅(香銘・藤袴)を焚かせて頂きました」
「・・・初雁蒔絵香合と藤袴、ご亭主様のいろいろな思いを感じながら拝見させて頂きました。
 ありがとうございます」

Fさんもあれこれ考えてくださって、問答は難しいですが、伺うのを楽しみにしています。
                                      

        暁庵の裏千家茶道教室   前へ    次へ    トップへ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

友にエールを・・・茶道会館・研究会茶会「つぼ仙人」

2016年09月11日 | 茶会など
                       

2016年9月4日、茶道会館(高田馬場)で行われた研究会茶会へ出かけました。

茶道会館で学んでいる方たちの曜日ごとの研究会が毎年行っている茶会ですが、
今年から6月と9月の2回に分けられたとのことです。
今年も茶友Yさんへエールを送りたくって、後半の9月の茶会へFさん、Kさんと3人で繰り出しました。

10時半に高田馬場駅で待ち合わせです。
台風が次々と襲来している合間なので、迷った末、洋服で出かけましたが、
お二人ともステキな着物姿です・・・それに雨も予報に反して降らずじまいでした。

今年の御題「人」がテーマですが、茶券に次のように書かれています。
   研究会茶会  御題「人」
 ☆ 真之間   つぼ仙人    水交会
 ☆ 峰春亭   主人公     一樹会
 ☆ 山茶屋   ○△□     華葉会  
 ☆ 至誠軒   点心席            

全席まわりましたが、茶友Yさんのいらっしゃる水交会「つぼ仙人」席について記します。

                       

最初の待合(椅子席)の床には扇子が掛けられ、下に古書が置かれていました。
    扇子の書の読み下しは
       身は百尺桜上に居り
       眠を万巻書中に
       放(ほしいまま)にす    長谷川棤南(明治の書家)

    古書は、「公事根源新釋・下巻」(宮中の行事を記したもの)
二番目の待合には、深山幽谷の水墨画が掛けられています。

・・・水交会の方に伺うと、つぼ仙人は元お役人だったとかで、宮中行事の書を荘ったそうです。
扇子の書と水墨画は、いかにも仙人がそこにいらっしゃる雰囲気がありました。

 
お早目ですが、茶席で興味深く伺った「つぼ仙人」のお話しを書いておきます。

  このお話の主人公である費長房(ひちょうぼう)は、市場を管理する役人でした。
  市場に薬売りの老人がいて、店の軒先に壺を一つぶら下げていて、
  市が終わると、壺の中にひょいと飛び込んでいました。
  高楼の上からこれを見ていた費長房は不思議に思い、ある日、老人に随って壷の中へ入りました。
  そこには立派な御殿があり、うまい酒と豪華な料理が並べられ、二人は一緒に酒を飲み交わします。

  費長房は老人と深山幽谷へ入り道術の修行をしたのですが、仙人にはなり切れず帰ることになりました。
  別れ際に老人は費長房へ3つの贈り物をくれたのです。
  不老長寿、行きたいところへ行ける一本の竹の杖、地上の鬼神を管理できる一枚の護符。

  竹の杖にまたがると、瞬く間に家に着きました。
  家を離れて十日しかたっていないと思っていたのが、すでに十数年が過ぎていました。
  その後、費長房は3つの贈り物を駆使して、つぼ仙人として活躍したそうです。(後漢書・方術伝より)


                        

本席(真之間)の床には、「蓬莱五彩雲」の軸、西垣大道和尚筆です。
はっとするほど気品のある白い花、遠目には芙蓉のようにも見えましたが、
白いタチアオイと水引が唐銅の壷に生けられています。
香合は銀製の薬を入れる小箱。

点前座は、雲龍風炉に雲龍釜が掛けられ、つぼつぼ棚の水指は白磁青海波。
棗は群鶴平大棗(前畑春斎作)、
茶杓は、櫟(いちい)の錫杖(つえの形状)、銘は「飛翔」です。
主茶碗は赤楽(初代小川長楽)、替茶碗は仙人の絵がある伊万里でした。

最後に蓋置がとても珍しい形をしているのを発見。
十分杯(じゅうぶんはい)と言って、杯の下に穴があり、杯の中央に小さな搭があります。
サイホン式になっていて穴を押さえて使います。
茶友Yさんから、つぼ仙人には次のようなエピソードあるそうです。
壷中の酒盛りで、老人は一本の指で酒の入った壺をぶら下げて戻ってきました。
壺には一升ほどが入っているように見えましたが、二人で一日中飲んでもなくならなかったとか。

帰り際に、書院に3枚の護符を発見しました。
関帝廟、水天宮、もう1枚・・・思い出せませんが、3枚目の護符が一番大事かも・・・。

費長房ですが、その後大切な護符をなくし、亡霊どもにとり殺されてしまったそうです。

                        
                                十分杯(じゅうぶんはい)の構造
                
つぼ仙人のお話に因む道具組は楽しく、奥深く、想像力をいろいろかきたててくれました。
きっと水交会の皆様も十分に楽しまれたのではないでしょうか。
Yさん、今年も楽しい茶席をありがとう!   

コメント
この記事をはてなブックマークに追加