暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて茶事を楽しんでいます。2015年2月に京都から横浜へ戻りました。

清峰会茶会へ・・・畠山記念会館・浄楽亭にて

2016年12月02日 | 茶会など

              「仙桃庵」(せんとうあん)の軸・・・一目見ただけで胸が熱くなりました

6月頃に茶友Mさんこと松尾宗華さんから電話を頂きました。
「11月20日に畠山記念会館で茶席を持つことになりました。
 Kさんと一緒に是非いらして下さい」
体調が今一つというMさんですが、とても明るく前向きな姿勢にいつも元気づけられています。

                       

その日から11月20日の清峰会茶会を楽しみに待っていました。
その間にご主人I氏とMさまがお揃いで社中N氏の名残の茶事へお出ましくださり、感謝です。

当日11時にKさんと畠山記念会館のフロントで待ち合わせ、すぐに濃茶席へ・・・。
でも濃茶席は2席(翆庵と毘沙門堂)とも既に整理券が配られ満席とのことで、
茶会に不慣れな二人はうろうろするばかり・・・。
やっと薄茶2席(沙那庵と明月軒)の整理券をゲットし、早めに点心席へ入り一息着きました。

                       

石州流の沙那庵と裏千家流の明月軒で薄茶を頂戴し、Mさんの浄楽亭へ向かいました。
すでに15時近くになり最終のお席だそうで、間に合って良かった!
Mさんは表千家流、暁庵は裏千家流なので
「席主のMさまは古い茶友でございまして、お流儀が違いますが正客席に座らせて頂きました。
 どうぞ皆様、宜しくお願い致します」

             

席主Mさんは洋服、しかも車椅子です。
その堂々とした席主ぶりと床の「仙桃庵(せんとうあん)」と書かれたお軸に感激し、もう胸が熱くなりました。
「Mさま、本日は誠におめでとうございます・・・
「仙桃庵」は表千家九代・了々斎の御筆です。

仙桃とは中国神話に登場する桃のことで、
崑崙山に住む最高位の仙女・西王母の誕生日(3月3日)に蟠桃会(ばんとうえ)という宴が催されます。
古来、桃は魔よけの力があるといわれ、崑崙山には不老不死の霊薬とされる桃の木(蟠桃)がありました。
この桃は三千年に一度しか熟さず、西王母は桃が実ったのをお祝いして蟠桃会を開きます。
その宴に呼ばれるのは超一流の神仏たち、長寿と富貴を象徴する宴だそうです。

そんな神話から「仙桃庵」とは、西王母にちなんで長寿と富貴を慈しみ、茶を楽しむ庵と思っていたら、
席主Mさんの誕生日が3月3日で、茶会の直前にお軸との出会いがあったとか・・・。
実は、ご主人I氏とMさんが建てられた茶室の名前が「仙桃庵」、「仙桃庵」の茶事へもお招き頂きましたが、初めてその命名の意味を知ったのです。
茶道具との出会いは不思議なもので、軸「仙桃庵」が清峰会茶会へ臨む、Mさんのすべての思いを表わしているように思われました。

                    

茶花が大好きなMさん、どんなお花かしら? と楽しみにしていました。
花は桃色の西王母とブルーベリーの照葉、黄釉の花入(即全作)が花をより華やかに引き立てています。
時代を感じる春秋蒔絵香合、そして赤楽茶碗が床に荘られていました。
あとでお尋ねすると、六代・覚々斎手造の赤楽で銘「羅漢(らかん)」、
Mさん扮する西王母の茶会へ馳せ参じた聖者のお一人のようにも思われます。
機会がありましたら、「羅漢」で濃茶を喫んでみたいものです。

                    
                    

お点前さんは袴姿の若者、久しぶりの表千家流お点前です。
華麗な呉竹蒔絵の大棗(一后一兆作)から茶が掬いだされ、さらさらと茶が点てられました。
薩摩焼の呉器写という珍しい茶碗(碌々斎書付)で、まさに月に叢雲の薄茶を頂戴しました。
しっかり熱く美味しかった! 茶銘は金輪、詰小山園でした。
 
最後に、気になっていた茶杓ですが、銘「西王母」(碌々斎作、即中斎箱書)。
その銘を伺って、やっぱりMさんは西王母の化身として今日の茶会へ現われたのだ・・・と妙に納得し、
お体の回復と長寿と益々のご活躍を祈りつつ、浄楽亭を後にしました。

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霜月の稽古だより・・・歌銘の茶杓

2016年11月30日 | 暁庵の裏千家茶道教室
                   
                      やっとコナラが色付いたのに雪が・・・(11月24日)

霜月もつごもりとなり、あわてて稽古だよりを書いています。
その日(23日)は午前中にKさん、午後からFさんとAさんの稽古でした。

27日の口切の茶事にKさんが半東見習いとして茶事デビューすることになり、
足指負傷の亭主に代わり薄茶点前を担当してくださいます。
それで、口切の茶事の茶道具を使って薄茶点前をお稽古しました。
(・・・茶事当日、いつものようにきれいなお点前でデビューを無事果たしました。
 きっと本人は大変だったと思いますが、一生懸命のおもてなしはお客さまに心地良く伝わったことでしょう。
 見習いの文字が取れるのを目標に頑張りたいとのこと・・・頼もしく思っています)

                   

午後はFさんの初炭手前から始まりました。
炉になって初めての初炭なので、ベテランさんとはいえ基本に返って細かく指導します。
特に歩き方、座わる位置、湿し灰の撒き方、炭の置き方でしょうか。
香合は朱色が鮮やかな柿、持つとずっしりと重く、高岡銅器です。
香は鳩居堂の黒方(くろぼう)でした。

Fさんの台天目、Aさんの唐物と薄茶平点前と稽古は続きます。
風炉と違い、炉では外隅と内隅があり、足の運びや座る位置が難しく、
身体が慣れ親しんだ頃に風炉へ変わるのはいつものことです。

                   

Aさんの薄茶の茶杓銘が素敵で、毎回伺うのを楽しみにしています。
この日の茶杓銘は「常盤(ときわ)」、歌銘とのことなので
「どうぞお歌のお詠み上げを・・・」とFさん。

「お歌は
   常盤(ときわ)なる松のみどりも春来れば  今ひとしほの色まさりけり

 作者は源宗于(みなもとのむねゆき)、古今和歌集でございます」

有名な歌ですが、Aさんがお詠み上げくださると一層みやびに聞こえて、うっとり。
食いしん坊の暁庵はこの歌からいつも表千家の常盤饅頭(ときわまんじゅう)を連想しています。
常盤饅頭は、千年変わらない松の翠(みどり)を寿ぎ、白い薯蕷饅頭に緑色に染めた白小豆を包んだ、お正月用の菓子です。

歌銘の茶杓に刺激を受けた暁庵はさっそく文庫本・万葉集(三)を購入し、何か心に留まる万葉の歌はないかしら? と読んでいます。

                   

                   
                        ・・・こんなに積もりました

ところで、「常盤なる松の・・・」の源宗于(みなもとのむねゆき)ですが、
調べてみると、他にもお気に入りの和歌がありましたので、記しておきます。

    
    
    山里は冬ぞさびしさまさりける  人めも草もかれぬと思へば   (古今集)


    
    
    人恋ふる心は空になきものを  いづくよりふる時雨なるらむ

   (人を恋する心は我が胸にあって空ではないのに、どこから降ってくる時雨(涙)なのだろうか)


翌日(24日)の未明から雪になり、11月の雪景色にびっくりでした。   


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五葉会・唱和之式・・・晩秋の花を詠む

2016年11月29日 | 暁庵の裏千家茶道教室
                     

11月11日に五葉会が開催され、久しぶりにN先生にお出まし頂きました。

科目は軸荘付花月、唱和之式、昼食後に茶通箱付花月です。
とてもハードな内容でしたが、N先生のご指導の下、新鮮な気持ちでお勉強ができました。
中でも唱和之式が大好きでして、1年ぶりにワクワクしながらお稽古しました。

                     

唱和之式は、全員で花を活け、亭主が香を焚き、全員で香を聞き、亭主が濃茶を点て、全員で濃茶を頂きます。
(思い出すままに、ポイントだけ書きますが、詳しくはコチラをご覧ください
最初は八畳ですが、亭主が香を最後に聞き、香盆を床(書院)へ荘り、立つと同時に連客一同四畳半へ進みます。

亭主が濃茶を点て、仮座へ入り、亭主も一緒に濃茶を頂き、拝見の茶碗を正客へ持っていき、亭主は点前座に戻ります。
「薄茶は花月で」の亭主の挨拶で客は帛紗を付け、(菓子付)花月となります。
薄茶が終わり、拝見物が出され、亭主が取りに出て、総礼の後、亭主は拝見物を持ち、正客は干菓子器を持って、連客一同立って、亭主は水屋へ下がり、客は八畳に戻ります。

亭主が重硯箱を持ち出し、客は懐に忍ばせていた短冊に、最初に活けた花に因む和歌をしたためます。
亭主が文台を持ち出すと、正客から順に短冊の和歌を二度読み上げ、短冊を文台に置いて回します。
和歌をひねり出し、短冊に書き付け、唱和するシーンが何とも言えず優雅な雰囲気です。
自分はさておき、皆様の様子を拝見して、いつもうっとりしています・・・

                    

花も季節によって違いますので、炉と風炉と、時季を変えて楽しみたい唱和之式です。
記念に和歌を記しておきます。

                    
        ほととぎす
           ほととぎす亡き人しのぶ花なれば
                幼き我を重ね思ほゆ      宗真



                    
        野紺菊
           雨に濡れ心も寒し野紺菊
               永遠の別れの友をしのぶ     宗里



                    
        もみじ
           風ふけば落つるもみじば水きよみ
               ちりぬ影さえ底に見えつつ    宗智



                    
        つわぶき
           虫の音も百花も絶えてそののちに
               庵なぐさむつわぶきの花     宗曉



                    
        石蕗
           照葉には心うつろふ様々と
               石蕗凛とまっすぐに立つ     宗悦



                    
        
           菊の香に昔の教え忍びつつ
               我が行く道に思いおこせば    宗厚




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鎌倉円覚寺の風入と呈茶席

2016年11月25日 | 暮らし

11月3日~5日まで鎌倉円覚寺で宝物風入がありました。
最終日5日の午後、5年ぶりに円覚寺を訪れました。
円覚寺は正式には瑞鹿山円覚興聖禅寺といい、臨済宗円覚寺派の大本山です。

                    

お目当は円覚寺の開山・無学祖元(仏光国師)の所要品を入れた開山箪笥と国宝・舎利殿です。

開山箪笥は背負えるくらいの小さな箪笥のため、火災などの難を免れ、今に伝えられています。
繊細な鎌倉彫や自然木の払子(ほっす)、水晶の数珠、団扇、精密に彫られた酔翁亭図堆黒盤や椿梅竹文堆朱盤がガラスケースの中に展示されています。
開山箪笥の中には九条袈裟や法具を包んだ帛紗があって、遠く中国の南宋や元時代の織物、染色、刺繍の素晴らしさが垣間見られます。
それにしても開山・無学祖元が使用した物たちのなんと繊細で優雅でオシャレなことか・・・当時の仏教文化の質の高さにびっくりしました。

                                          
                    
                          開山所用と伝えられる茶道具

九条袈裟(たぶん「白茶地団龍文紋羅九条袈裟」だと思う・・・)が一枚展示されていました。
しっかり見ようとして、右足指を防御柵にぶつけ、おもわず「痛いっ!!」 
すると、目の前の廊下に座っていらした3人の御坊様から声が掛かりました。
「あぁ~痛かったね。痛いのは生きている証しや・・・」と。
「・・・・(痛みでしばし絶句のあと)なぜ九条袈裟と言うのですか?」とお尋ねしました。

お坊様が通常着用している袈裟の大きさが一条、九条とはその9倍の長さ、約4メートルの大きな袈裟が九条袈裟です。
四ツ頭など正式な儀式には九条袈裟を着用しますが、大きな袈裟のため着用が大変で難しく、円覚寺では七条袈裟を用いることも多いとか。

風入なので、どの部屋にも素晴らしい墨跡、書状、仏画などが所狭しと掛けられています。
足指の痛みをこらえながら見て回りましたが、いささか疲れてきたころに
「茶席で抹茶を一服いかがでしょうか? 最終のお席になります」とお声が掛かりました。
喜んで第二展示場(大書院)の呈茶席へ入りました。

                    
                              大書院から庭を見る

床には無準師範像(南宋時代の高僧、無学祖元の師)、無学祖元像、夢窓疎石像の3幅の肖像画が掛けられています。
点前座には風炉釜、染付の水指が置かれた高麗卓があり、私は点前座に近い末座に座れたのでじっくりお点前を拝見させて頂きました。
お点前は若い雲水さん、裏千家流です。
文字で表現するのは難しいのですが、歩き方、茶碗の運びだしから魅了されました。
所作の一つ一つが基本を守りつつ、指の先端まで神経が行き届いているような繊細な美しさを感じ、
1つも漏れさじと見つめます。

特別注文したという蓮弁の菓子と、天目台に乗った茶碗が運ばれてきました。
菓子と薄茶を頂戴しましたが、その間もお点前が気になって目が離せません。
最初から最後までゆったりと落ち着いたテンポも、閑かなる気迫も崩さず、見事でした。
別世界のような清々しい雰囲気はお点前の雲水さんのお茶に対する心構えや日常の修練から生まれていると思うのですが、
円覚寺の風入へ来て思いがけず、自らを反省する機会を得、茶の原点に触れたような気がしています。
(きっと今の私に必要なことだったのでしょう)

                    
                    妙香池(みょうこうち)・・・夢窓疎石作と伝える庭園の遺構

日が落ちるのが早いので、せかされるように国宝・円覚寺舎利殿へ。
大好きな舎利殿と5年ぶりの再会でしょうか。
そのあとに弁天堂と「洪鐘(おおがね)」へ長い階段を登り、眼前に広がる北鎌倉の秋景を楽しみ、帰途に着きました。

                    
                              国宝・円覚寺舎利殿

足指の痛みが取れず、2週間以上が経ってから近所の整形外科へ行き、レントゲン写真を撮りました。
「ほらっここ見て。骨折しています・・・」とM先生。
湿布して、中指と一緒にテーピングしていますが、年内にくっつくかしら?? 

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2016年 名残の茶事へ招かれて・・・その3

2016年11月23日 | 茶会など
                      
(つづき)
いよいよあの変な形の茶杓です。

半泥子作で茶杓銘は「苦茶(くちゃ」とか。

川喜多半泥子は半泥子という号の他に「無茶法師」「其飯(そのまま)」などと名乗っていたそうで、「無茶法師」を連想する「無茶苦茶(むちゃくちゃ)」からの銘でしょうか、
対でもう一本「無茶(むちゃ)」という銘の茶杓がありそうですね。
茶杓「苦茶」は幅広でユニークな形状ですが、右利きの人が茶を掬いやすいように工夫して、わざと変形した形になっています。
形にとらわれない自由な発想が素晴らしく、遊び心を感じる銘と言い、半泥子の魅力いっぱいの茶杓でした。

                                          

ご亭主N氏は若くして会社を起し立派に育て上げた実業家であり、古美術の蒐集家でもあるので、
実業家そして陶芸家である川喜多半泥子(1878~1963年、明治11年~昭和38年)を大いに尊敬し、その作品を愛していらっしゃいます。
今回の茶事にはできたら半泥子作を・・・と思ったようで、待合の掛物、茶杓、さらにもう一点が登場して、私たちを楽しませてくれました。

濃茶が無事に終わり、流石のN氏も少々お疲れのようで、後炭と薄茶は半東Fさんが大活躍でした。
N氏も交え、いろいろなお話をしながら薄茶を頂きました。
干菓子はいちょう煎餅と紅葉です。
主茶碗は紅葉御本、半泥子作です。
上品で優雅な姿、内側に現れた火色の美しさ、持てば手にしっとり馴染む感触・・・好いですねぇ。
「秋の風」という銘があるそうですが、四季を通じて使って頂きたい茶碗でした。

薄器は古唐津の広口茶器、大きな牙蓋が付いていて、数寄者好みの一品です。
半泥子の「苦茶」の茶杓が侘びた味わいの薄器にぴったりお似合いでした。

                      

・・・楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますね。
こうして名残の茶事「来し方を省みて・・・」は終了しましたが、今なお茶事のあれこれを思い出しています。
N氏の堂々の亭主ぶりに安堵し、私も客として茶事の愉しさをしっかり味わいました。
一口に茶事といってもいろいろな茶事がありますが、車椅子で来てくださった茶友と過ごした、
忘れられない茶事になりそうです・・・。


最後に次客M氏から嬉しいメールが届いたので記します。(もう感謝!しながら・・・

暁庵さま
先日は茶事にお誘い頂きありがとうございました。

Nさまのご亭主ぶりには深く感じ入りました。
「正真に慎み深く、おごらぬさまを侘と云う」という言葉を思い出しました。
懐石や点前の一所懸命さ、道具の説明をするときの楽しそうなご様子に
こちらも愉しくひとときを過ごさせて頂きました。
また、Mさまの 時を過ごすにつれお元気になられる姿も印象的でした。
型にはまらぬ暖かい一座に加えて頂いた事に心より感謝申します。   Mより



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