多文化共生なTOYAMA

多文化共生とは永続的なココロの営み

(とやまのラーメン紀行8)2013/07/14

2000-01-08 22:00:23 | とやまのラーメン紀行
(とやまのラーメン紀行8)2013/07/14
「受け継がれるもの」

終戦後以降、富山のラーメンを支え、こよなく富山県民に長く親しまれてきたお店に、「大喜」と「まるたかや」があります。

この両店とも、ある時期から県内に複数店舗展開を始めます。かたや「元祖富山ブラック」ののぼり旗を立て、かたや「ラーメン王国」のキャッチコピーの名のもとに。かたや漆黒の鶏がらスープ、むっちり太麺、高濃度シナチクに大量のチャーシューと厚切りネギそして粗挽きのコショー。かたや豚骨醤油のスープ、カリカリに揚げた背脂、すりおろしニンニクそして串に赤割。経営者が変わっても、両店の発祥店には、今なお行列が途絶えることがありません。

人間という生き物は、長くても100年ほどしか生きることができず、このため、同じ店舗や会社であっても、経営者が変わっていくということが、世の常です。どんな大国、大企業であっても、この宿命に立ち向かうことはできないのです。

しかし、この複数店舗展開以前に、両店には暖簾分けをしたお店があります。これが「大喜根塚店」や「まるなかや」「まるたや」であったりします。「大喜」創始者の弟子であった方が後日開店し、その味を再現されているという「喜八」などもあります。直系、傍系、姉妹店、弟子入り、暖簾分けなどなど、味の継承にはさまざまな形態があるでしょう。こうした関係性をつぶさに知る由もない消費者にとっては、その味がオリジナルであるかどうかなど、ほとんど意味をなさないことに等しいのかもしれません。
県東部の巨人として名を馳せた「山久」も経営者が変わっているようですが、初代店主がその味を求めたという妙高方面の店舗自体が既に当時の姿を留めない形に変化していることを考えると、オリジナルという言葉は「起源」という意味は持つものの、常に今現在が、オリジナルであると考えるべきではないかと思うに至ります。

例えば、大沢誉志幸のCMソングやアーノルド・シュワルツェネッガーがヤカンを振り回していた頃の日清カップヌードル、さらには、それ以前にゲームセンターで食べたカップヌードルなど、今でも「あのときのカップヌードル、食べたいなぁ~」という気持ちに誘惑されることがありますが、常に現在進行形で変化し続ける世の中にあっては、それを求めるのは、なかなか困難なことのようです。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
毎日毎瞬の出会いを大切にしていきたいですね。

(写真は文中にある「まるたかや」牛島店)