高江雅人  竹工芸職人の独り言  竹工房オンセ

高江雅人  竹工芸を初めて37年、徒然なる出来事をアップしています。

階段を登っているような感覚? 3段目

2010年06月03日 05時17分32秒 | 階段を登る

ようやく、レンタルサーバーと契約し、販売も出来るサイトがスタートしだした。

しかし、忙しいシーズンになると出張に出て、家を留守にすることが多く、ネットでのお客様との遣り取りに直ぐに対応をすることが出来ない。
また、出張中は、ほとんど朝9時から夜8時頃まで、デパートの中で実演をしているので、新しいページを作ったり、こまめなメール対応などが出来ない。

そこで、インターネット要員として、パートの社員を一人雇うことにした。
この人が、現在うちの工房ではページ作りや、メール対応、発送作業などの業務をこなしている「かおる」さんだ。
最初のうちは、キーボードを打つのも、ポツン・ポツンと人差し指で一つずつ押している程度であった。新しい商品をアップするのに何日も掛かってしまったり、パソコン操作を一から教えていった。それが出来たのは、そんなに注文など入ってこないので、お客様対応に追われることは無かったからだ。
インターネット要員と云うよりは、工房の雑用係も兼ねて(ほとんど、こっちの方が多かった)働いて貰っていた。

しかし今考えると、このパソコンに慣れてもらったり、工房全体の雰囲気に馴染んでもらう時間が必要で、とても重要であった様な気がする。

翌年、もう一人ネット担当を増やす事になる。それまで、パソコン仕事が大嫌いで、ほとんどネットの事にはノータッチであった妻を無理やり説き伏せ、参加して貰った。

やはり、私が留守の時にも、責任を持って対応する要になる人物がどうしても必要に為るのだ。

当時、ホームページへの来客は一日あたり、30人から40人位であった。注文も毎日あるわけではなく、たまにポコ、ポコ、と入ってくる程度ある。

2008年にはヤフーのショッピングモールに出店した。丁度、この当たりが、素人二人が慣れないページ作りで、てんてこ舞いをしていた頃である。確かに、ヤフーに出店し少し注文が入りだして来たが、結構経費も掛かる。
結局半年ほどで、ヤフーからは撤退してしまった。

本当にこの頃は、試行錯誤の連続で、「一歩進んでは二歩下がる」。何を遣ったら良いのか判らない時であった。
ネット担当の二人も、一生懸命するのだけど、なかなか答えが出てこない!
「素人の思いつきで、素人のページで本当に売れるのだろうか?」と、半信半疑で私の話を聞いていたであろう。
人間は、「相手が有ってこそ、初めて自分を発見できる」のであって、遣っても遣っても、反応が返ってこないと気持ちが萎えて行く、モチベーションが維持できないのだ。
親方である私は、「大丈夫、必ず売れるようになるから!」と、あの手・この手と思いつくまま指示を出すだけで、こちらも確固たる論理性があるわけでは無い。

今考えると、あんな素人のホームページで、一月に10万ちょっと売り上げがあったのは、逆に信じられないな。

こんな、ちんたらしたホームページ運営が出来たのも、まだ、本業のデパート販売や、卸しの仕事がそれなりに順調に行っていたからである。

ところが、2008年の暮れ、「リーマンショック」による劇的な経済危機を迎える。日経平均株価も大暴落を起こし6000円台にまで下落した

消費は大きく落ち込み、特に我々が作っている様な贅沢品は一番打撃を受けることになる。
2009年に入り、デパートの売り上げは右肩下がりで、先行きがまったく見えない。私のところでも、前年比3割ほど売り上げを落とした。
「ネット販売を本格的に遣っていかないと、会社の存続は難しい!」と本気で考えるようになる。

そんな時、私の30年来の親友が、「俺のサッカーの後輩に、ネット販売のカリスマ的なヤツが居るんで、高江さん、紹介したるは!」と紹介してくれたのが、京都のTシャツをネット販売している岸本さんだった。

つづく

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